アエネイスの話は、古代ローマ史を勉強する者として散文の簡約を読んだが、ウェルギリウスの叙事詩を忠実に訳したものではなかったのが心残りであった。コロナ禍による余暇増大につき、ついに意を決することとなった。せっかくなのでメモるが、この訳は長母音表記に拘っているのでまだるっこしい。

 

 第1巻: 冒頭で、私は一人の英雄を歌う。(彼は)女神ユーノーの怒りを受けて苦難に耐えた後、ローマを建国するのだ、と。カルターゴーについての説明も。トロイアの後裔がカルターゴーを滅亡させるという宿命についても。

 だがシキリアが目路のはるかに消える時、ユーノーが風神アエオルスに命じてアエネーアースの船団を北風と荒波で翻弄し、アフリカのリビュアの浜へと向かわせる。その様を見てウェヌスはユーピテルに嘆く。ユーピテルは、父を継ぐアスカーニウスの後裔の祭祀の王女がマルスによって懐胎し、双生児を生み、狼の乳に育まれたロームルスがその血統を主持し、その民たるローマ人の栄えにわしは終局も期限も与えることはないと語る。そしてメルクリウスを遣わして、ディードーにシロイアの人々を迎えるよう伝えさせる。ウェヌス女神により、ディドーが兇悪の兄ピグマリオンによって夫を殺され、逃げるようにしてカルターゴーに建国した経緯が語られる。二十隻の船団で残ったのは七隻だと嘆くアイネーアースを雲に包んで都の丘へと誘う。そこのユーノー神殿の大扉の彫刻に、イーリオンの戦争とその英雄たちを認める。アキッレウスの戦車に引きずられるヘクトル、その遺体を引き取る父王プリアモス、トロイア陣営に加勢したアマゾンの女将ペンテシレーアも描かれている。

 この神殿に歩を向ける女王ディードーに、アイネーアースの部下たちが話しかけ、自分たちの素性を説明する。彼らを歓迎するディードーの前に、アエネーアースを包んでいた雲が破れ、女神の御子の光り輝く姿が露わになる。女王はその立派さに驚き、彼らを王宮に迎える。アエネーアースが息子アスカーニウスを呼びに行かせると、ウェヌスは彼をクピードーになりすませ、女王に情火を吹き込むよう命じる。ディードーはその子を抱き上げ、クピードーは女王の胸に新たに激しい愛情を燃え立たす。女王は夜のふけるまでギリシア軍の奸計とトロイア没落の話などを所望する。

 

 第2巻: アエネーアースは思い出すのも辛いトロイアの破滅のさまを語り出す。ギリシアの将は樅材で山のように巨大な馬をつくり、その腹に武装した兵をかくし入れ、艦隊はミュケーナイへ出航したように見せかけて最寄りのテネドス島の入江に隠れた。トロイアでは、彼らの置き土産について二つの意見に分かれる。そこへラオコーンが駆けつけ、その馬を信ずるなとその腹に槍を投げ立てる。その時、一人のギリシア人捕虜が連行されて来る。シノーンである。彼は王プリアモスに木馬の狙いは何かと問う。それは、オデュッセウスとディオメーデスがトロイアの聖殿からアテーネー女神の像を剥ぎ取り、聖なるリボンに触るという悪事をなし、予言者カルカースが、ギリシアに帰って武器と故国に返した神々を奉じて出直せと告げ、木馬は女神に不敬のゆるしを乞うためのものだと答える。すると、祭壇にあった神官ラオコーンめがけて二匹の大蛇が現われ、彼の息子二人を呑み尽くし、父親にとりついて縛める。ラオコーンが斧を振り上げるも大蛇はアテーネーのやしろに身を隠す。これを見たトロイア人は木馬の足に車輪をつけて城内に引き入れ、アクロポリスへ安置する。カッサンドラの予言に耳を貸す者はいない。

 夜になると、アエネーアースの目の前に血糊と埃にまみれたヘクトルが現われ、トロイアの聖物(アテーネー女神の頭飾)と守り神(ウェスタ神の聖火)を差し出し、これらをここから奉じ去り、新しい城都を建設せよ、と告げた。業火に焼かれる城下では、プリアモスも落命する。ヘレネーは祭壇に隠れ、ミュケーナイに帰って王妃に戻ることになる。アエネーアースは父の邸に至る。逃げるのを拒む父アンキーセスは、孫ユールスの頭巾の頂きが軽く火を吹き光を放つのを見ると、水をかけて火を消すも、ユーピテル神の吉兆を見てとり、息子の肩に担がれてトロイアを落ち延びる。途中、妻のクレウーサを見失い、亡霊となった妻は夫に、ティベルの河がゆるやかに流れる国で王国を得ることになろう、と告げて消える。

 

△ラオコーンの群像、ヴァティカン博物館

△アテナ像を手にしたアンキセスを肩に載せ、ウェスタの聖火を持つアスカニウスを連れてトロイアを落ち延びるアイネイアス、ベルニーニ、ボルゲーゼ美術館

 

 第3巻: 神々の意思を受け、アエネーアースらはイーダ山の麓で船隊を建造し、流浪の旅に出る。先ずはマルスの地トラーキアで母なるウェヌスと神々に犠牲を献ずる。そこで抜いた木から黒い血が滴る。この地で王の裏切りにあい殺されたポリュドーロス[プリアモスの息子のひとりで養育に出されていた]であるとわかり、葬いをする。次はデロス島へ寄港し、アポッローンに行くべき先を尋ねる。「古き汝の母さがせ」との答えをアンキーセスはクレタ島と解釈し、そこへ向かう。着いてみれば様子がおかしい。その時、トロイアから持ち出した家の守り神の聖像が夢枕に立ち、行くべき先はヘスペリア(西国)、イタリアの地だ、アウソニアの地を求むべし、と告げる。アンキーセスは、そういえばカッサンドラがイタリアの地に行く運命を予言していたと言う。途上、ストロパデスの島で怪鳥ハルピュイアに食事を邪魔され、彼らの苦難は、食卓をかじるほどに飢えるまでは許されないと予言する。そしてエペイロスの浜を北上し、カーオンの地に着く。そこではピュッロス(アキッレウスの子ネオプトレモスのこと)が狂ったオレステースに殺された後、プリアモスの子ヘレノスが支配者となっていることを耳にし、会いに行く。その妻となっていたアンドロマケーにも会う。ヘレノスは司祭として一行の取るべき航路を予言する。至近距離をとってこの対岸のイタリアの浜を避け、シキリアでは迂路をいとわず、スキュッラとカリュブデスを避けるべく、左へ左へと進み、を経由してテュッレーニア海を行き、冥界の入り口を過ぎ、クーマエの巌窟に運命の書きつけを隠し置く女予言者シビュッラに宣託を乞い、魔女キルケの住む島を経て漸く、安住の地に至る、と。樫の樹下に三十の子を産む白豚がうずくまる所である。部下が食卓を「嚙る」とも恐れることはない、と。一行はその予言に従い、タレントゥムの湾を望み、エトナをはるか海上に見たところで左に船を向ける。一つ目の巨人族キュクロープスの住む島で、哀れにもそこに取り残されたオデュッセウスの仲間、アカエメニデスと会い、ポリュペーモスの洞窟での惨事を聞かされる。盲いたその巨人の姿をも見る。一行はアカエメニデスの案内でオルテュギアに至り、さらにパキューノスの高い岩角を西に折れ、ゲラス、アクラーガス、セリーヌス、リリュバエウム、ドレパーヌムに至る[この時代にこれらのギリシア都市はまだ建国されていないはず?!! ]。その地でアンキーセスが他界する。ドレパーヌムを出港した後、北風によってここに漂着したのであった。

 

 第4巻: 女王ディードーは夜も眠れないほどにアエネーアースを恋い慕い、その気持ちを妹アンナに打ち明ける。恋に狂ったその様を見かねた女神ユーノーは、二人を結婚させましょうとウェヌスに話を持ちかける。ウェヌスは、アエネーアースをイタリアから遠ざけようという企みを見抜きつつもそれに合意する。森に狩猟に出かけた時、雹混じりの風雨を降らせ、両人を同じ洞窟にて固い契りで結ばせることとする。

 この「結婚」の噂がリュビアの町々を抜けていき、かつてディードーに求婚を斥けられたイアルバス王の耳に届くと、王はユーピテルに縋って訴える。ユーピテルはメルクリウスを呼び出して、船出をすべしとの命令を伝えさせる。これを受けたアエネーアースは髪を逆立たせ、声を失い、航海の用意を部下に命じる。これを知ったディードーは狂乱し、詰ったり、脅したりしてかきくどく。そして死を決し、妹アンナに内定の屋根なき所(中庭?)に火葬の薪の壇を高く設え、契りの寝台も男が残していった一切を載せるように命じる。

 アエネーアースは船出し、ディードーは物見よりその船隊を認めると、思いっきり憎まれ口をたたいて罵り、自分の仇を打つものが出て欲しい、トロイアの者らはたえず戦争しているがいい、と呪う[なんとなくハンニバルとか、ローマの内乱を彷彿とさせられる]。そして亡き夫の乳母を、アンナを呼びに行けと去らせ、アエネーアースから贈られていた剣を寝台の上に立ててその上に倒れ伏す。アンナはそこによじ登り、姉を膝に抱くが、ユーノーは彼女の苦悶の魂を解いて放せとイーリスに命じる。

 

 第5巻: アエネーアースがかえり見ると、ディードーを焼く大火焔がカルタゴ城の天に映ずるが、その意味はわからぬまま胸が締めつけられる。一行は、アンキーセスの遺骨を守るトロイアの血を引くアケステスの港を目指す。父を埋葬してから一周忌、その墓所に参ると、大蛇が現われて供え物に口をつけて退く。そこで亡父に競技会を捧げることにする。先ずは競漕、そして陸上競走、拳闘、弓矢の射比べ、少年たちの騎馬戦、それぞれ優勝者はみごとな褒美を受ける。その時、女神ユーノーはイーリスを遣わし、病気で寝ているはずの老女の姿をとらせると、この土地にトロイアを求むべしと、船に火を投じさせる。アエネーアースはユーピテルに援助を乞い、雷雨を降らせてもらう。戦隊は四隻を焼失したが、ほかは難を逃れる。

 老司祭ナウテスの提言により、航海に疲れた者たちをアケステスのもとに残していくこととする。その都はアケスタ[現セジェスタ]と呼ばれることになろう、と。アエネーアスは天よりアンキーセスの似象が現われ、選り抜きの若く勇敢な者らをイタリアへ導け、そこでシビッラに案内されてエーリュシウム(極楽)に行き、どのような都を持つことになるかを知らせよう、と告げる。

 一行は出航し、ウェヌス神はネプトゥーヌスにユーノーの仕打ちを嘆くと、海神は航海の安全を保証するが、舵長のパリヌールスが海に落ちると予言する。

 

 第6巻: 一行はクーマエの岸辺に辷り着き、アポッローンの主座するアクロポリスに巫女シュビッラの洞窟を訪ねる。その神殿は、ミノースの王国から逃れたダエダロスが降りたって置いたものであり、その扉にはミーノタウロスの話が彫られている。洞窟は百にわかれた穴で、ざんばら髪の巫女の錯乱してわめく声が響く。トロイア人たちはラーウィーニウムの域内に住むことになるが、激しい戦いを経ることとなる。ユーノーのもたらす困難にたじろぐことなく大胆に進むべし、と。アエネーアースは巫女に地下界への案内を乞う。巫女は、それに先立ち果たすべきことがあり、それは金の葉をもつ枝をもぎとるべし、汝の息絶えた友を墓に埋葬すべし、と言う。浜辺に来ると、トリートンに憎まれて溺れ死んだとされる喇叭手ミーセーヌスの亡骸を認め、湯灌し、火葬の葬いをする[彼の墓所は後にローマの海軍基地となる]。そして、天より飛来した二羽の鳩が黄金の葉をもつ枝へと導き、アエネーアースはそれをシュビッラに届け、巫女の案内で地下界へと入る。死者たちの亡霊が見え、その中にパリヌールスも認める。川守カロンに誰何されるが、巫女が金の枝を示し、船に乗せてくれる。ケルベルスには眠り薬入りの団子を与える。ディードーの亡霊にも会う。様々な亡霊をいちいち挙げてはきりがない。ようやくアンキーセスに会うと、これからイタリアで生まれる子孫について語られる。ラウィーニアとの間に生まれるシルウィウスに始まり、マルスの子ロームルス、さらにはユーリウス・カエサル、アウグストゥスについてまで。そして巫女と息子を象牙の門まで送り出し、船隊はガエータの港に到る。

 

 第7巻: アエネーアースの乳母ガエータが亡くなり、その地に葬られる[南ラツィオの現 Gaeta の起源とされている]。月光のもと、キルケー女神の住む地をかすめ行き、ティベルの川波が渦を巻く辺りで陸岸に舳先を向ける。

 その地の王ラティーヌスは、サートゥルヌスを始祖とする。家系にもはや男子はなく、適齢期の娘のみ。王妃アマータは、その娘にルトゥリー族のトゥルヌス王を婿にと切望していたのだが、ラティーヌスがアクロポリスを築いた時、アポッローンの予言者が、異国の英雄が近づきつつあり、その軍隊は全都を支配することになる、と言い、祭壇の火が王女ラーウィーニアの長い髪に燃え移り、彼女が光に包まれるという大戦争を予告する事件があった。王はさらに亡き父王ファウヌスの宣託を求めて森に入ると、娘をラティウムの者に添わせることなかれ、やがて異国の婿が来て、その後裔があらゆる土地を支配することになる、との予言を得る。

 一方、アエネーアースから木の下で麦餅の上に果樹を盛って饗宴をひらき、その薄い台をも食べつくす[このことは第3巻で怪鳥ハルピュイアのケライノーが予言し、司祭ヘレノスも言及していた][フルーツタルトみたいなものを想像してしまう]。「ああわれら、食卓までも食べつくす」とユールスが冗談を言うと、その地が予言の地であると知る。

 翌日、その地を統べるラティーヌス王のもとにオリーヴの枝を翳させて使者を送ることとする。王はトロイア人を歓迎し、トロイアの始祖たるダルダヌスはこの地からトラーキア地方に行ったと聞いたことがあると話し、様々な贈り物を受け、アエネーアースとの友誼のしるしに返礼として名馬などを贈る。

 この成り行きにユーノーは憤り、形相凄まじく、毒蛇の髪もつ復讐神アレクトーを呼び出し、不和と戦争を引き起こす奸策をめぐらす。先ずは、王妃アマータにとりつき、狂乱を募らせ、ラティーヌス王の思惑を転覆させる。そして若いトゥルヌス王のもとへ行き、老女予言者の姿をとり、若者を焚き付け、ラティヌス王への進軍を指示させる。さらに、狩りをするユールスのもとへ行き、猟犬を兇暴たらしめて、王が大切に飼う牡鹿を追わしめ、ユールスはそれを射抜く。牡鹿を可愛がっていた牧人たちとトロイアの若者たちの間に戦いが始まる。ユーノー女神は復讐神を去らせ、ラティーヌス王にトロイア人への宣戦布告を強い、ヤヌス神殿の扉を打ち開く[ローマではこの扉は戦争中は開けられている]。

 そしてトゥルヌス王に味方する陣営のリストが挙げられる。エトルリアからは、メーゼンティウス[カエレの王]とその息子ラウスス、アウェンティーヌス[アルバの王]、ティーブルトゥス[ティブルの建設者]とその兄弟たち、カエクルス[プラエネステの建設者]、メッサープス[メッサピアの王]、クラウスス[サビーニー族の王でクラウディウス氏の始祖]、その他いろいろ、カンパニアの種族も馳せ参じる。

 

 それにしてもヘラは嫉妬深い女神だとは思っていたけれど、こんなにもイケズだったとは・・・カンピドリオにも祀られているけれどね。そういえば、イタリアのギリシア文化圏には、航海者イアソンの守護神だったこともあり、ヘラの神殿や聖域が多い。セーレ川をはさんでエトルリア勢力と対峙したパエストゥム、シチリアのアクラガス(アグリジェント)やセリヌンテ、カラブリアのカーポ・コロンナ、バジリカータのメタポントなど。

 余談ですが、ローマの考古学ツアーをやった時、オスティアでの昼食のデザートにクロスタータ・デイ・フルッティ・ディ・ボスコにして、みんなで土台のクッキーも齧ったのを思い出した。