去年の11月に、夫の両親が終活を始めたという記事を書きました。
その続き。
「自分達が死んだら、戒名はいらない、位牌はも作らなくていい」
と、お姑さん言っていました。
息子夫婦には子供がいないので、将来お墓や仏壇の世話をする人がいなくなるという心配。
お寺との付き合いや法事などの面倒ごとを、息子にはさせたくないという親心。
それはわかるけれども…。
私の父親は生前アルコール依存症で、飲酒が原因で30代で糖尿病になり、離婚し、何度も断酒に失敗し、40代で肝硬変になり、49歳であっさり死んでしまいました。
そんなろくでもない父親でも、子である自分としてはちゃんと弔ってあげようという気持ちで、20年以上供養してきました。
父の名誉のために申し添えると、離婚してからの5年間、シングルファーザーとして子の養育の義務を果たしていました。
ちなみに、母親は再婚相手の墓に一緒に入ると思うので、死後の供養は、娘の私達がすることは特にないかもしれません。

それに引き換え、夫の両親はまともな人達で、夫は過去も現在も、どれだけ親の世話になっていることか。
私としては、死後のことは息子にまかせて、心配事なく旅立ってもらいたいと思っています。
というか…。
親亡き後の供養なんてささいなこと。
法事なんて数年に1回だし、お寺さんへのお布施はできる範囲でいい。
むしろ、
生きている老親の世話をする方が大変じゃないか。
私はそう思います。
お姑さんには
「死んだあとのことは心配しなくていいから、生きている間のことを考えて」
と言っておきました。

お姑さんは現在74歳。
「私は長生きしなくていい」
とは言うけれど、この超高齢化社会。
90歳まで生きる女性は約50%。
女性の2人に1人は90歳まで生きます。
誰の世話にもならず、本人が望むような年齢で人は死ねるわけではありません。
私、言いました。
「おとうさんを見送ったあと、おかあさんは10年、15年と生きるかもしれない。そうなると、お仏壇にはおとうさんの位牌はあった方が良いのではないか。」
「実家の大きい仏壇は、二人とも亡くなったあと処分する。うちに仏間はないからリビング用の仏壇を買うことになるので、位牌は小さめのをお願いしたい。」
「困ったときの先祖頼み。私の妹が生死の縁をさまよったときは、父に祈るしかなかった。
いずれは旦那くんも、心の拠り所として親の仏前に手を合わせるときがくる。」
そういう話しをしたら、お姑さんちょっと目に涙を浮かべていました。
