クリント・イーストウッドによる硫黄島2部作の一作。
アメリカ軍による硫黄島攻略戦で写された、一枚の写真によって、
自分の知らない間に英雄に担がれた若者たちの数奇な人生を、
子供世代の目で描いている。
自分の知らない間に英雄に担がれた若者たちの数奇な人生を、
子供世代の目で描いている。
プロパガンダの恐怖を描いた作品で、硫黄島からの手紙とは違って、
戦場の悲惨さではなく、戦争というシステムの恐怖を描いている。
戦場の悲惨さではなく、戦争というシステムの恐怖を描いている。
戦場を知らない人間ほど、英雄を賛美して、大衆はそれに酔う。
そして、政治家や軍人は、無知な大衆を煽って、戦争へ、全ての力を傾けていく。
そして、政治家や軍人は、無知な大衆を煽って、戦争へ、全ての力を傾けていく。
イーストウッドが、この時期に、こういう映画を撮った意義は大きい。
戦争に正義はない。英雄もない。
ただ大勢の有望な若者が無意味に消耗されるだけ。
戦争に正義はない。英雄もない。
ただ大勢の有望な若者が無意味に消耗されるだけ。
そして、戦争本質。
一番卑怯で、残虐なことをしないと、戦には勝てないという事実。
一番卑怯で、残虐なことをしないと、戦には勝てないという事実。
最近のイラク戦争でも、ジェシカ・リンチ救出作戦において、この種の
プロパガンダが起こった。
プロパガンダが起こった。
政府が嘘の情報で、世論を操作して、理性的判断をダメにさせてしまう。
奇妙なことに、まったく同じシーンのようにだぶって見えてしまった。
「お帰りなさい、我らが英雄」という町を挙げてのお出迎え。
その後の展開。
映画や小説、自伝。とにかく、国民を戦争へと煽っていく。
そして、「私は英雄ではない」と、英雄へと祭り上げられた人間は、大きな声で
事実を叫んでも、その声は響かないという現実。
その後の展開。
映画や小説、自伝。とにかく、国民を戦争へと煽っていく。
そして、「私は英雄ではない」と、英雄へと祭り上げられた人間は、大きな声で
事実を叫んでも、その声は響かないという現実。
歴史は繰り返す。
そういう教訓として、いい映画だった。
そういう教訓として、いい映画だった。