円楽が逝き、猪木が逝き。
1979年~80年・点景
HEROと感触
ザ・ベストテンが始まり、空前のブームになり始めていた頃、謎の「甲斐バンド」がヒットチャートを駆け抜けていた。
「HERO]というそのナンバーは腕時計のCMとして毎日テレビで流れていた。
作詞・作曲はもちろん、甲斐よしひろ。
同曲は甲斐バンド初のCMタイアップ曲。
それは、広告代理店によって巧妙に戦略が練られ、1979年1月1日午前0時と同時に、民放各局で一斉に服部時計店のCMが流れ、彼ら4人の雄姿と同曲がオンエアされたのである。
78年12月31日から79年1月1日に変わった瞬間、民放各局は一斉に同じCMを流したのである。
ややしゃがれた声のリードボーカル、甲斐よしひろが「HERO ヒーローになる時、アハーそれは今…」とゾクッとするようなフレーズをシャウトした。
デビュー2年目からテレビ出演をせず、年間100本のステージをこなし続けてきたライブにこだわるバンドが新年早々、時計の「SEIKO」のCMを通して、あけましておめでとう代わりに強烈なインパクトのあいさつを全国に届けたわけだ。
このCMの反響は大きく。正月からテレビ局をはじめ、SEIKO本社の電話は鳴りっ放しだったという。
甲斐は当時のインタビューでこう言っていた。
「甘酸っぱい思いでも、悲しくて泣いてしまうような歌でもいい。けれどいつまでも泣き濡れていてはダメ。人間生きていかなくちゃいけないんだから、そしたら明日をみつめるべき。チャンピオンになれるヤツは限られているけど、ヒーローにだったらそれぞれなる瞬間がある」。
HERO ヒーローになる時
Ah Haそれは今
HERO 引き裂かれた夜に
お前を離しはしない
CMソングの命綱は、わずか30秒でお茶の間のハートを掴むキャッチーなメロディにある。
甲斐は見事にそのオーダーに応え、同曲は年が明けると共にヒットチャートを駆け上がり、同年2月26日、オリコン1位に立った。
そして翌月、あの歴史的なシーンを僕らは目撃する。
甲斐よしひろのロックな自己演出、生涯で唯一度のザ・ベストテン出演。
それは、1979年3月15日―― TBSの『ザ・ベストテン』だった。
同年2月15日にランクインして以来、出演不可を貫いてきた甲斐バンドが生涯で唯一度、同番組に出演した回である。
久米サンと黒柳サンが第3位に入った「HERO」を紹介すると、カメラは中継先に切り替わり、NHKのスタジオに――。
そこは、甲斐がDJを務めるNHK-FM『サウンドストリート』の公開録音の場。
車座に座ったファンが取り囲む中、一切、司会の2人と話をしないという条件で、甲斐が一人語りを始める、手には水割りのグラス。
「きょうはTBSのヤツらがきているけどよぉ」と言葉遣いは悪かったが、歌いだすとスタジオライブからの中継ながら、その迫力は圧巻。
1979年3月15日、TBS「ザ・ベストテン」の視聴率は30%を超えた。
1位が沢田研二の「カサブランカダンディー」から西城秀樹の「YOUNG MAN」に代わったからではではない。
テレビの生出演に難色を示していた甲斐バンドが3位にランクインした「HERO ヒーローになる時、それは今」をナマで歌ったからだった。
★79年3月ランキング★
1 HERO(ヒーローになる時、それは今)/甲斐バンド
2 YOUNG MAN(Y・M・C・A)/西城秀樹
3 カサブランカ・ダンディ/沢田研二
4 モンキー・マジック/ゴダイゴ
5 美・サイレント/山口百恵
6 チャンピオン/アリス
7 ジパング/ピンク・レディー
8 夢追い酒/渥美二郎
9 ガンダーラ/ゴダイゴ
10 北国の春/千昌夫
注目君は薔薇り美しい/布施明
※ランキングは当時のレコード売り上げ、有線放送、ラジオ、テレビのベストテン番組などの順位を参考に、話題性を加味してスポニチアネックスが独自に決定。
ところで、幼馴染みに漫画家の小林よしのりサンがいる。
2人は小・中・高と同じ道を歩み、高校で小林サンは漫画に、甲斐サンは音楽に傾倒。
そして 「感触(タッチ)」。
「HERO」 の次にシングル発売されたこの曲を、当初は曲調からか 「HERO」 の二番煎じとか二匹目のドジョウ のように言う人もいた。
ですが、こちらのほうが好きだという人も多かった。
当時、浜田省吾が自身のラジオ番組でこの曲を、"甲斐バンドの最も好きな曲" としてあげていた。
「HERO」 で得た勢いをさらに加速させた曲。
"陽の当たらないところ" を歩いてきた男が "太陽のある場所へ走り続けよう" と歌っているわけである。
ちなみに1978年の紅白視聴率は72.2%
紅組のトリは山口百恵「プレイバックパート2」
白組トリは沢田研二「LOVE」






