いやぁ、ざわちん、ほんまにかわいい!!!
おどろおどろしい名前で、まるで横溝正史の世界のようだが、実在する。
横溝にゆかりの岡山県と鳥取の境にあるこの人形峠は一昔前には日本のゴールドラッシュを生みかけた場所である。
というのも、1955年(昭和30年)このあたりの地中にウラン鉱床があることが分かったのだ。
発見地点には現在「ウラン鉱床露頭発見の地」の碑が設置されている。
翌1956年(昭和31年)に原子燃料公社が設立され、8月に人形峠出張所を開設してウラン鉱の調査開発が始まった。
結果、日本で唯一、まとまった鉱量の見込めるウラン鉱であると確認された。
鉱山は「人形峠ウラン鉱」と命名。これは大きく三つの地区に分かれており、それは1.倉吉鉱山、2.東郷鉱山、3.人形峠鉱山である。
そののち、ここで取れるウランは、実は実用性に乏しいことが判明してしまい、10年で閉山の憂き目にあう。
ところで、名前の由来になった伝承がある。
峠にはかつて、巨大な蜘蛛がいて、峠を越えようとする旅人を捕食していた。あるとき、これを退治しようとするものがおり、藁人形の囮を用意し、これを峠に設置すると、大蜘蛛が囮に襲いかかった。その隙に大蜘蛛を弓矢で射殺し、見事に退治することができた。
以来、この峠を「人形峠」と呼ぶようになった。
人形峠に「人形峠アトムサイエンス館」があり、原子力の基礎から発電の仕組みまでを紹介する施設だ。
パソコンゲームなどで子どもでも興味深くエネルギーについて学ぶことができるという。
また、岡山県が行っている環境監視活動などもイラストやクイズ、模型を使って学習できるという。
◆ 岡山県 環境とエネルギー ◆ (pref.okayama.jp)
ところで発見された当時、日本は空前のウランブームだったという。
それにあやかり、人形峠あたりでもウラン饅頭が売られたという。
またウランは体にいいということで、ウランをぶち込んで白濁した風呂に入り、床の間や庭に鉱石を置き、ウランをまぶして作った焼き物まであり、極めつけはウラン音頭。レコードが発売されたという。
無謀というか、ハチャメチャ。
公認放射能まみれじゃん。あきれたなぁ。
まぁ古来より、日本では「放射線は健康に良い」という(ホルミシス効果)迷信がかたくなに信じられていたという。
古くは大正時代に銀座に「マダムキュリーキャバレット」なんていう、ラジウム水を飲ませる、今から考えたらハチャメチャな店があったりしたという。
島津製作所はラジウムは精力増進になりますという宣伝をしていたという。
こうやって何よりも危険な「もの」が、一般家庭へと、堂々と流入し始めていたころが、日本にもあったという。
高野寛のサードアルバム「CUE」に収められている曲で「人形峠で見た少年」という曲がある。
トッドラングレンのプロデュースで作られたこのアルバム、この曲がどことなく居心地悪そうに鎮座している...昔はその感覚の意味がよくわからなかった。
今ならよくわかる。
高野寛は反核を信条としたアーチストだということは、今では有名だからだ。
この曲は決して一つだけ浮いているわけではなかったということもよくわかってきた。
例えば「虹の都へ」とこの曲は、延長線上にあり、要するにひとつながりとして納められているのだ。
印象的なところを抜き出してみよう。
「東の果て 小さな国の 眠れる石 埋もれた峠」
「少年は灯りを手に 昔からの掟を破る」
「峠に入り 眠る石に触れた」
「金色の石を手にした 少年は光になった」
「光と風は 森を倒し 生き物は埃になる」
「今は静かな時 石は深く眠る」
この歌の少年が意味するものは、何なんだろうか?



