宅録ミュージシャン3月5日 かっての映画館たち  | 脱腸亭日常 ~MY TESTAMENT of trifling beetle~

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基本毎日更新。名誉も金も、素晴らしい音楽を作り人々を感動させようという気持ちもない、極めて不心得なアマチュアミュージシャンであり、アマチュアアーチストtrifling beetleの遺書。
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マクドよりも歴史の古いハンバーガーチェーンがあって、「ホワイト・キャッスル」という。

ひとつひとつが非常に小さくて、マクドのハンバーガー1個と4個が相当するといわれている。

近年「ハロルドとクマール、ホワイト・キャッスルへ行く」という映画があったが、実は日本にも、かってあったそうだ。

が、程なく撤退したという。



河原町通には5つの映画館が、かってあった。が、ものの見事に全滅した。

もっとも最盛期には八千代館なんかのエロ系列もいくつかあったし、5つどころではないのだが。

 

河原町六角西北角に並立していた京都宝塚劇場(南)、スカラ座(北)は一番行った回数が多い。

現在は「mina」になった。

両方とも東宝系で、主に、邦画の京宝、洋画のスカラ座という棲み分けであった(大体において)。

京宝で観た映画では、やはり「犬神家の一族」と「悪魔の手毬唄」が印象深い。

市川崑の金田一耕助シリーズは「獄門島」以外、すべてここで観たものである。

1階の駸々堂、2階のカレー屋「ボルツ」も懐かしい。

ここは本格的インドカレー店で、いちびって10倍カレーを注文し、一口食べて嘔吐したこともよく覚えていたりする(笑)。

30倍カレーというものもあったが、想像するのも辛い味だろう。

鹿肉カレーの「Namaste taj Mahal (ナマステ タージ マハル)」新風館よりもボルツだ(笑)。




おととし行った時にはパスタ「五右衛門」になっていた。

スカラ座では「スターウオーズ」かな。

 

三条河原町東入ル北側にあった東宝行楽は1階が映画館、2階は洋菓子店「モーツァルト」。

京都人にはかなり馴染み深い店だ。

京都駅八条口にもこの店の喫茶店がある。

宮崎駿の作品を上映する初日とか、もうこの辺りものすごい行列だったこともおぼえている。

建物をぐるりと囲んで二周みたいな(笑)。

 

河原町三条下ル東入、京劇レジャービルは、今みたくボーリング場だけのビルではなく、かっては映画館も併設していた。

いつのまにやら映画上映からは撤退。

ここの入口にあった、今にもずり落ちそうなほど不釣合いな大きな映画看板が懐かしい限りだ。

 

河原町三条上ル東側にあった朝日シネマ

ミニシアター系で、マイナー系な作品を主に上映していた。

いつのまにやら突然閉館したが、COCON烏丸3階に「京都シネマ」として復活しているそうだ。

 

ところで、三条河原町、新京極入口南西角の「レストラン不二家」も懐かしい。

今はもうないが、映画の帰りとかによくここでメシ食って帰ったものだ。

当時の彼女と映画デートの帰りに、ここで生まれて初めてレアステーキを食べて(ええかっこしてというか、軽いボケのつもりで)、翌日激烈な腹痛を起こし、もう腸捻転を起こしたブタみたいに転げまわって大笑いされたのも懐かしい(大笑)。

心斎橋や有楽町では今でも営業しているそうな。

 

市バス内の吊り広告、および「祇園をどり」の会場で有名だった祇園会館

いつのまにやら吉本の「祇園花月」に変わった。

ロードショーが過ぎた作品なんかを積極的に上映していた。

 

四条大宮にも大宮東映などがあった。

餃子の王将の1号店、ラーメンの京一本店が近所にあって、そちらの方が馴染み深い。

 

マイナーだが、一乗寺通商店街にあった京一会館、左京区公設市場の2階という場所にあった。

旧作上映オンリーだったがATGなんかをよく上映していた。

「天々有」本店のラーメンも併せて思い出す。

 

今や映画鑑賞の拠点は京都駅南側とか二条とか、あるいは久御山とか、そういうところに移っている。

いわゆるシネコンだ。

河原町にもシネコンがあるが、流行っているとは到底思えない感じだ。

 

甘いキャラメルの臭いがものの哀れを誘う限り。