前記事で、

日本は「四季の国」から「二季の国」になったとして、

「四季の歌ならぬ二季の歌なんてのが出てきたりして、、、」

などと書きましたら、

早速、マダムとうこさんからコメントが付いて、

「是非是非、二季の唄の作詞をして!」とのことでビックリ仰天。

 

不肖、駄洒落亭軽々、作詞など大それたことは出来ませんが、

何かしら、お返事せねばと、四季の歌の替え歌でも捻ってみました。😅

 

「二季の唄」

 

 春を愛した人は、

 心せわし人

 瞬時の春を見逃すまいと

 花追い人となり

 

 夏を愛した人も、

 心疲れきて

 長過ぎる夏はもうイヤと

 秋 待ちわびる

 

 秋を愛した僕は、

 心寂し人

 愛を失くしたハイネのように

 ひとり 詩を書く

 

 冬を愛した人も

 心まで冷えて

 豪雪はもうたくさんと

、春 待ちわびる

 

 四季を愛した人は、

 心清き人

 美しい四季の巡りの、

 美を愛でる人

 

なんちゃって、😅

 

にきにきにきにき二木の菓子、 じゃないや、

にきにきにきにき二季の歌詞、でした。

ど~もすいません、林家三平で~す!(^^;)

 

以上、昭和の人にしかわからないダジャレで、

締めさせていただきました。(^^;)

(昭和の人、わかりますよね、)

 

こんなところでご勘弁を!

 

あちらこちらで、昨日は25度以上の夏日の気温、そして、今日の最高気温は昨日より15度以上も低い10度以下の地域が続出、驚きの声が上がっていますね。

ここのところの寒暖の差、三寒四温などと、のんびりしたことを言ってられません。

三寒四暑ですね。

いよいよ今年は3月にして冬から夏へ一足飛び。

まさに春は何処へ行った?

 

昨年は夏から一気に冬になり、

木々の色づく中、コートの襟を立てて、落ち葉を踏みしめながらの、

私の大好きな秋子さんとのデートもままならず、

ダウンコートを着た冬子にヤキモチの一発をくらってノックダウン。

 

ここ数年来、恐れていた「日本は四季の国」から

「日本は二季の国」へと変貌を遂げ、

ついに「日本二季物語」、完成のようです。

 

そのうち、「四季の歌」でなく「二季の歌」などというのが出てきたりして、、

 ♪秋を愛する人は、心寂し人、

   愛を失くしたハイネのようで、お気の毒さま~♪

 

今日も、老人の繰り言でした。(-_-;)

 

年を取ると探し物が多くなると言いますが、本当に、毎日のように

何かしら見つからなくて、「おかしいな~」「変だなあ~」と言いながら、

部屋の中をウロウロしています。(^^;)

 

そうこうしている内に、今日は、ふと、井上陽水の「探し物は何ですか~」という

歌声が頭に浮かんできたのです。

私の年代の方なら、よくご存知の歌でしょう。

 

 探し物は何ですか♪

 見つけにくいものですか

 カバンの中も 机の中も

 探したけれど見つからないのに

 まだまだ探す気ですか

 それより僕と踊りませんか

 夢の中へ 夢の中へ

 行ってみたいと思いませんか

 うふっふ~ うふっふ~

 はあ~、♪

 

無性にこの歌を聴きたくなって、早速 You-Tube で聴いてみました。

そしてこの歌を聴いて、この歌詞を読んで、

若き日、学生時代、人生の意味がどこにあるのか、自分はどう生きたらいいのか、どう生きるべきなのか、その道が見つからず、迷い道に入って煩悶していた頃のことが、ありありと思い出されました。

 

これは以前、ブログにも書いたように思いますが、私をその泥沼から抜け出させてくれたのは、ゲーテの言葉でした。

「頭の中だけでグズグズ悩んでばかりいる者は、柵に囲まれた、狭くて乾燥した荒地の中を、ぐるぐる歩き回っている牛のようなものだ。さあ、その柵を飛び越えて外の世界に出てみなさい。そこには緑豊かな素晴らしい野原が広がっているのだから。」というものでした。

柵の中の荒地を歩き回っている牛!そうだ、まさに自分のことだ!と

丑年のケイケイは思ったのです。(ざ、ぶ、と、、)(^^;)

というわけで、象牙の塔で考えばかり巡らせていてはダメだ、実社会へ飛び込んで、

汗を流して働き、体を動かし、人と出会い、さまざまな喜怒哀楽を感じることの中に生きる喜び、感動を覚えることが出来るのだ、と、遅ればせながら気づいたのです。

 

そして、今日のこの歌、

 探し物は何ですか

 見つけにくいものですか

 カバンの中も 机の中も

 探したけれど見つからないのに

 まだまだ探す気ですか

 それより僕と踊りませんか

 夢のなかへ 夢の中へ

 行ってみたいと思いませんか

 うふっふ~

 

なんと!この歌はゲーテの言葉と同じことを言っているのではないか!と、

思えてきたのです。

 

実は、最近、漠然とではありますが、残りの人生をどのような心持で生きたらいいのか、などと、あの若き日ほどではないけれど、生き方の探し物をしているような気分になることがあったものですから、「探し物は何ですか♪」が耳に響いてきたのかもしれません。そして若き日のことをちょっと思い出したりしたようです。

 

老人の戯言でございます。

その実、現実には駄洒落ばかり言って、何でもユーモアに昇華して、

好きなことをして楽しく暮らしておりますので、

お笑い下さい。(^▽^)

 

 

懐かしい歌ですよ。よろしければ、

 

今朝、いつものようにリリーの散歩に出かけた時、見かけた光景です。

私の前を歩いていたお爺さん(注、お爺さんと言っても私よりも若いかも😅)に、

近所のおばさん2人が声をかけました。

「あら、○○さん、今日も写真撮りにお出かけ?いいですね~、趣味があるって。

行ってらっしゃい!」

お爺さんは、少し照れたように、「へへへ、まあ」と言いながら足早に歩いていきました。

なるほど、背中にカメラでも入っているのかリュックを背負って、手には三脚を持っていました。

 

その後ろ姿を見ながら、そのおばさん二人の会話が、耳に入ってきました。

「○○さん、いいわよね~、老後も家でじっとしてるより、毎日出かける趣味があってさ。それにさ、奥さんも、ご主人が毎日家にいたら、うっとうしいものね。奥さんにとっても、いいことよね。」「そうよね~、ははは、」だと。

 

そりゃそうかもしれないけどさ、近くに犬の散歩をしている爺さんが一人いるのに、

そんなことを大声で天真爛漫に言うもんじゃないよ。

「いや、男だってね、いくら永年連れ添った妻だって、老後に24時間一緒にいると、ちょっと散歩に行ってくるとか言って、しばらく離れたくなるもんだよ。お互いさまさ。」と言ってやろうかと思ったけど、、

言いませんでした。はい。😅

また、少しご無沙汰してしまいました。

ここのところ、公私ともに何かと慌ただしい日々でして、

つい、ブログに書くことを考えたりしながら、そのまま眠ってしまいます。(^^;)

充実した日々と言うべきか、老化現象と言うべきか、その両方ですね。

 

最近、驚いたことと言えば、

先日、私の誕生日に娘夫婦宅で祝をしてくれたのですが、その時、

N.Z.の孫娘とLINEの生ビデオ通話を繋いでくれて、

まるで、孫が目の前にいるように、画面見ながら皆で会話出来るのですね。

ケイケイ爺さん、感激でありました。(これも老化現象か、😅)

 

孫娘は、すっかり、2年目のN.Z.生活に溶け込んでいるようでして、

学校で、化学のレポートをクラスで褒められたとか言って、

英語で書いたレポートを5~6枚、画面でサーッと見せてくれました。

ケイケイ爺さんも昔はかなり一生懸命に英語の勉強をしたつもりでしたが、

高2で化学のレポートを英語で書いて褒められたとか、思いがけないことに

驚いて、涙を流さんばかりにその成長を喜んだもものでした。

(これも老化現象、😅)

 

話変わって、今日は南武線で、私が乗っていた電車が人身事故で急停車。

そのまま、なんと1時間半近くも缶詰になってしまいました。

昨年も、山手線渋谷駅で、私が乗っていた電車が人身事故、この時は

駅のホームに入っていたので10分ほどで電車から降ろしてくれましたが、

今日は駅の手前だったので、1時間半「絶対に外に出ないでください」の放送が

繰り返され、缶詰でした。

ま、座っていたので、ただひたすら待ちましたが、心身ともに非常に疲れました。

 

というわけで、ここしばらくご無沙汰している間も、喜んだり、疲れたりの

毎日ではありました。

今日は「疲れたり」の日でしたので、この辺で、おやすみなさい。

(^o^)ノ < おやすみー