つい一昔前まで、人生50年と言われていたものが、

今や、人生100年などと言われる時代。

人生を交響曲にたとえて、100年を4分割すれば、

1~25歳までが、第1楽章

26~50歳までが、第2楽章

51~75歳までが、第3楽章

そして、76歳から100歳までが第4楽章、ということになり、

まさに、私の人生、今、第4楽章が始まったところじゃないか、

ということに気が付いた。

 

実際、76歳という歳になって、

「いよいよ人生の最終章に入ったな、さて、人生の最終章を如何な心持で生きるべきか。」などということを、たしかに、じわりと感じたりしてきておりました。

そして、第4楽章ということで、今日、ふと、思い出されたのが、

ベートーヴェンの九つの交響曲の中でも、私が最も好きな、第7番の第4楽章でした。

 

ベートーヴェンの九つの交響曲はどれも素晴らしく、

特に有名な、3番、5番、6番、9番、など、重厚だったり、美しかったり、劇的だったり、壮大だったりで、これぞベートーヴェン、これぞ交響曲という感じなのですが、私が一番好きなのは、実は第7番なのです。

7番だけは、もちろん重厚な所もあるけれど、軽快だったり、ベートーヴェンにしては、どこかユーモラスな感じさえして、とても楽しく、心が躍るのです。

 

ただ、同じ「第7番」でも、特に、特に、私が「これぞ!」と思う演奏がありまして、それは、1986年、5月19日、世田谷区の三軒茶屋にある昭和女子大・人見記念講堂で、バイエルン国立管弦楽団をカルロス・クライバーが指揮して「第7番」を演奏したものです。(私がその場にいたわけではありません。残念!)

この演奏会のYou-Tubeがありますので、下に貼り付けました。

全楽章は長いので、是非、第4楽章だけでも視聴してみて下さい。

全体で34分37秒のところ、27分12秒のところから、第4楽章が始まります。

このカルロス・クライバーの指揮、バイエルンの演奏、心躍ります。

 

長々と、7番のことを書きましたが、

私の人生の最終章、第4楽章も、この演奏のように心躍る日々であっていいじゃないか、いや、あるべきじゃないか、と思ったのです。

何だか、近頃、急に老いたような気分になることもありますが、なんのなんの、

1楽章よりも、2楽章よりも、3楽章よりも、楽しく、愉快で、どこかユーモラスでもあり、しかも、フィナーレは大いに盛り上がって、客席から一斉にブラボー!が飛び交った、この演奏会のような人生の第4楽章の終わり方なら最高じゃないか、とね。

 

 

 

一言、付け加えさせていただくと、

何故、この演奏会に特に思い入れがあるかと言いますと、

この演奏会が行われたのは、1986年5月19日となっていますが、

私は1981年頃から15年ほど、その人見記念講堂の近くに住んでいたのに、

その演奏会のことを知らずに見過ごしてしまっていたのです。

後年、You-Tubeを見るようになって、そのことを知って悔やむことしきり、

でありました。

 

そんな思い出のある、カルロス・クライバー指揮のベートーヴェンの交響曲第7番、

その最終章が、私の人生の最終章と重なって、

「最終章というのは、何も、だんだん寂しくなっていくものではない。最終章こそ、大いに盛り上がってブラボーで終わっていいのだ、いや、終わるべきものなのだ」、と、我田引水、自画自賛、大いに勇気づけられた七十六翁でありました、とさ。(^▽^)

(私の最期にも、ブラボーが、かかるかしらん、😅)

 

お騒がせ致しました。(^^;)

毎度、お騒がせしております。(^^;)

 

前記事で、先日、私達の同好会、弦楽アンサンブル「リスタ」の最後の演奏会をやりました、と書きました。

その時のプログラムは、第1部は全員(10人)で「さよならの夏」など4曲。第2部では3~4人づつの小編成で「ロンドンデリーの歌」「私のお父さん」など4曲、そして、第3部は、また全員で「アヴェ・ヴェルム・コルプス」「ディヴェルティメント137」、アンコールにヘンデルの「水上の音楽」というものでした。

 

その第2部の「ロンドンデリーの歌」を、カルテットで私がメロディーを弾いたのですが、録画してくれた方の映像を見たら、私は何を焦っていたのか、ゆったりと弾くべき曲なのに、テンポは速いし、音が上ずっていたところもあって、残念な演奏でした。あとの3人の人にも私のテンポが速くて悪いことをしたなと、反省しきりです。

 

そこで、今日は、ゆったりとしたテンポで、もう一度、弾いて録画してみようと思い立ち、転んでケガした時以来の私の心掛け、「急がない、慌てない、転ばない」の精神で😅、弾いてみました。

 

前置き、言い訳ばかり長くて、すみません。(^^;)

あの時以来、引きずっていた反省の思いにケリをつけようと、ゆっくり弾いてみた

「ロンドンデリーの歌」でございます。よろしければ、「ふ~ん、そうなの」って感じで聴いてくだされば、有難き幸せであります。😅

 

 

ありがとうございます。

先月、私の誕生日の2週間前に、私達の同好会、弦楽アンサンブル「リスタ」の、

第10回にして最後の演奏会をやりました。

その時のスナップです、

誕生日の2週間前でしたから、生後、75歳と350日のケイケイです。

 

 

友が送ってくれたものですが、

さすがに頭髪も白いものがグッと増えて、顔つきも老人風になって、

なるほど、最近、電車で席を譲られるのも、むべなるかな、と思った次第。

 

で、もう一枚写真があります。ヴァイオリンを弾いているところを

後ろから撮ってくれていたもので、後ろ姿です。

以前、私は、「女性は後ろ姿ですよ」という記事を書いていて、

去年の9月には、ご丁寧に自分でリブログ記事まで書いていました。

それを思い出して、正面が老人風なら、では、後ろ姿で勝負はどうだと。(^^;)

 

 

う~む、後ろ姿も、背中が少し丸くなって、

何だか哀愁が漂っていているようで、とても「勝負だ!」などとは

まいりませんな。

写真は実に正直に写し出すものだと、実感させられたところです。

 

そして、気が付くと、今日で76歳と24日であります。

でも、私は「自然な老化現象は『受け入れる』」という人生観ですので、

白髪だろうと猫背だろうと、決して嘆いているわけでなく、

この歳まで生きてきたのだな~、76歳というのはこういう味わいのものかと、

しみじみと、そして、ほのぼのとさえ感じているのです。

 

友から送られてきた写真を見ながら、そんな感慨を持ちました、とさ。

(^▽^)/

 

昨日、テレビで「世界の驚きの映像」的な番組があって、

その中で、とても微笑ましい、と同時に、まさに驚きの犬の映像がありました。

 

それは、外国での出来事でしたが、

いろいろな犬種の犬を23匹も飼っている人がいて、

その犬たちの驚くべき行動を映したものでした。

 

その犬たちが、主人の部屋の入口に集まって部屋の方を向いているのですが、

主人が、名前を呼ぶまでは、全員(全犬)が入口から入ってきません。

主人が「Jack!」と呼ぶと、Jack が他の犬をかきわけて入ってきます。

主人が「Betty!」と呼ぶと、Betty が他の犬をかきわけて入ってきます。

(Jack とか Bettyとか 私が勝手に仮に付けてます。名前覚えてないので、(^^;))

 

その間、他の犬たちは部屋の入口で、部屋の中を見ながらちょこんと座って、

自分の名が呼ばれるまで、決して勝手に入ることはしないのです。驚きました。

 

ちゃんと座ったまま、呼ばれるまで動かない自制心があるのです。

しかも、ある犬種だけの特長ではなく、さまざまな犬種が混じっているのに、

全員が(全犬が)すべて、自分の名前を呼ばれてから、部屋に入ってきました。

 

人間に近いと思われる霊長類の猿やゴリラだって、このような節度ある行動は

とれないのではないでしょうか。いや、人間だって怪しい。(笑)

 

私はウチのリリーを見ていると、

リリーは常に、私が次に何をするかということをじっと見ていて、

私が外出の服を着ようとすると、寂しそうな顔で大人しく見ていますが、

リリーとの散歩の服を着ようとすると、もう嬉しくて、一緒に行くぞと

そわそわしています。

私の機嫌が悪そうな時は、遠くからじっと私を見ています。

機嫌が良い時は、遊ぼ遊ぼ、と目が輝いています。

私が話しかける言葉の多くを確かに理解していること間違いありません。

私の指示にはよく従いますし、喜怒哀楽さえ共感してくれているかの如きです。

 

犬は主人の指示に忠実に従ったりする従順さと、自制心を持ち合わせ、

何よりも、人の気持を慮るという、高度な素晴らしい心を持った動物だと思います。

霊長類の猿やゴリラだって、これだけの従順さや自制心はないのではないでしょうか。いやいや、人間だって怪しい人が多いが、、。(笑)

 

人が、これほどまでに犬を可愛がるのは、犬の姿かたちの可愛さはもちろん、

犬はとても高度な理解力や自制心を持ち、さらには、人の心を慮るほどの能力を持っていて、人との心の交流が出来ることを見せてくれるからではないかと、昨日のテレビ番組を見て、さらに確信したところでした。

 

な、リリー!

お前は賢い!優しい!偉い!可愛い!

変な人間より、余程、素晴らしい!(^^;)

さ、散歩に行こう!

 

以上、爺バカ満載の4月7日の朝でした。(^^;)

 

一瞬の春を逃すまいとばかりに、桜が急に満開になりましたね。

そんな春の日、「花の歌」という曲が耳に留まりまして、

以前から知っていた曲ではあったが、改めて聴くと、

とても美しいメロディーだと思い、急に弾きたくなりました。

もともとピアノ曲のようですが、ヴァイオリン譜もありましたので、

大慌てで一夜漬けの練習しまして、お粗末ながら、アップしてしまいました。

というわけで、「美しき花の歌」と言うより、「散りゆく花の歌」のように

なってしまいましたが、ま、本人の自己満足ということでお許しあれ。(^^;)