王朝和歌が美しいのは古語の響きが美しいからではないと僕は思う。本当にそうだとしたら、今の日本人も古語で詩や文章を書けばいいし、それらは無条件で美しい作品になるだろう。でも、もちろん実際にそうはならない。滑稽な時代錯誤にしかならない。

王朝和歌が美しいのは、当時の和歌が、恋愛や仕事、生活において欠かせない重要な伝達・表現の手段だったからだ。切実に伝えたい情報があり、それを最適な形式で表現しようとしたとき、はじめて文章は強い力を持つ。その力が、現代人の心を打つのだ。

現代人の文章力が低下している、というような説をよく聞く。国語の授業を増やすべきだ、などという人もいる。しかし本当に問題なのは、切実に何かを伝えたいと考える人が減っていることなのではないか。
カツラ美容室別室 (河出文庫)/河出書房新社

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くっつきそうでなかなかくっつかない、男女の曖昧な友情を、さりげなく、しかし正確に描いた小説。芥川賞の選考ではおおむね酷評を受けて受賞を逃したらしいが、僕は現代の若者をよく描写した佳作だと思う。

疲れる女といるよりも、アパートで牛乳を温める方がいい。

男女の間にも友情は湧く。湧かないと思っている人は友情をきれいなものだと思い過ぎている。友情というのは、親密感とやきもちとエロと依存心をミキサーにかけて作るものだ。ドロリとしていて当然だ。恋愛っぽさや、面倒さを乗り越えて、友情は続く。走り出した友情は止まらない。

こういう科白を吐く主人公・淳之介の優しさとクールさに、三十前後の読者の多くが親近感を覚えるのではないか。