8年前のこの日…
ようやく環境も色んな意味で収束した事もあり、昨年の夏からずっと待ちわびていた事をあらためてスタートした。
それがここである。
その前年の夏、私はこの場所で運命的な出会いを果たし、当時今思えばとある下らない事をしていてその願掛けで他の事をやらない中にいた。
当時はやれなかったものの、『この環境が収束したら始めよう』と心から決めていた。
そして8年前のこの日。
私はついに、ここ『ブログ』をスタートしたのだった。
ブログをやろうという事は、『ノベルを投稿する場所』という目的で、受験生時代から前提にしていたが、進学後は当時の下らない事をしていたために始めるタイミングを逃し、いつしか『ブログを始める事そのもの』に気が向かなくなっていたのだった。
そんな中で、その『ブログを始める事そのもの』を私のもとに舞い戻らせてくれたのが、ここで出会った存在だった。
私が特にする事もなく、適当にネットワークをぶらついていた時、このサイトと後に直に会う事にも通じる運命的な出会いをしたのが、9年前の夏だった。
その相手は、当時の私と同じポケモンへの関心を持っていた相手で、その内容は当時の私には『これを待ってたんだ』と言わんばかりの内容だった。
それからというもの、気が向いたらその相手の記事を覗きに行くのが楽しみになり、ある時、その記事にコメント機能があるのに気づいた。(ブログにおいて、当時の私は『日記のような事を書ける』というイメージしかなく、コメント機能の存在自体知らなかった)
それに気づいた私は、是非とも『いい記事ですね』と一言挨拶しておこうと思い、(今で言う『いいね!』に当たるような感じ)コメントしようとしたが、その記事は『会員でなければコメントできません』とあり、コメント出来なかった。
普通なら諦めるはずだが(当時の私はさっきも言った通り、ブログを始める事そのものが考えになかった)、不思議とそうならず、むしろこれが私がブログを始めようと決心するきっかけとなったのだった。
今思えば、もし会員にならなくてもコメント出来る形だったら、間違いなくブログを始めないままコメントをしているだけで終わっていただろう。
その翌年である8年前の今日。
私は満を持してブログデビューを果たしたのだった。
そしてそこから、きっかけの存在との交流を皮切りに、幅広い交流と今に残る交流が始まったのだった。
それからいつの間にか8年の月日が流れていた。
毎年カウントしていても、あらためてその時が訪れると、その長さをあらためて実感するのが不思議なところだ。
デビュー当時のような交流と環境はすっかりなくなりながらも、きっかけの存在や今も交流をしてくれる存在がいてくれるのが、8年というひそかに長い年月を実感させるもう一つの糧となっている。
関わりが長く続いているという事。
それこそがこのブログが続けられている事そのものと言えるからだ。
ブログそのものを続ける事は、私自身が退会しない限り出来る事だが、それだけに、『続くのは当たり前』という事になるので、続けられているという実感がわかないのだ。
しかし、『このブログを通して出会い、交流をしている存在』が今も交流してくれているのがあるとまた別の事となる。
かつてのように、頻繁に記事を書く事もなくなり、このブログをしている一番の目的から離れて以降、私がブログを続ける理由が『ここで交流出来る存在がいるから』になっていた。
ここから離れてしまえば、今度こそ交流の機会を全て手放す事となり、交流に限らず、その相手に対する全ての事がなかった事のように消える事となる。
そうなれば、今まで築いた関係は『遡ってなかった事になる』ようなもの…
そういった『関係の存在そのものが最初からなかった事になる』事がいかに耐え難い事かは、私と交流していた存在が退会や放置をする形で私のもとから離れた経験を通して痛感した。
そして、それは同時に『このブログを続ける事は、私に限らない多くの交流してくれる存在のためでもあるんだ』という事に気づかせる事にも通じた。
私がその事に具体的に気づかない中にいた時も、その思いのもと、記事を書く事や交流が少なくなった中にいて、ここを退会せず、だからといって放置もせず、最低限の事をする形でこのブログを進んで続ける事が出来ていたのだろう。
ブログの存在は、単なる述懐記事の投稿場所に限らず、そこから生み出される様々な事のもと、幅広い様々な発展がある事だったのだと私は今までとはまた違った意味であらためて実感したのだった。
こうした形で、ブログを続けられている以上、これからも私自身の事の一つとして、このブログは続けていこうと思う。
もちろん、ただこのブログを残すだけでなく、これからもこのブログに新たな記事を投稿する事を最低限していく形で…
今の私を築いた存在は、このブログにもあるのだから…
ようやく環境も色んな意味で収束した事もあり、昨年の夏からずっと待ちわびていた事をあらためてスタートした。
それがここである。
その前年の夏、私はこの場所で運命的な出会いを果たし、当時今思えばとある下らない事をしていてその願掛けで他の事をやらない中にいた。
当時はやれなかったものの、『この環境が収束したら始めよう』と心から決めていた。
そして8年前のこの日。
私はついに、ここ『ブログ』をスタートしたのだった。
ブログをやろうという事は、『ノベルを投稿する場所』という目的で、受験生時代から前提にしていたが、進学後は当時の下らない事をしていたために始めるタイミングを逃し、いつしか『ブログを始める事そのもの』に気が向かなくなっていたのだった。
そんな中で、その『ブログを始める事そのもの』を私のもとに舞い戻らせてくれたのが、ここで出会った存在だった。
私が特にする事もなく、適当にネットワークをぶらついていた時、このサイトと後に直に会う事にも通じる運命的な出会いをしたのが、9年前の夏だった。
その相手は、当時の私と同じポケモンへの関心を持っていた相手で、その内容は当時の私には『これを待ってたんだ』と言わんばかりの内容だった。
それからというもの、気が向いたらその相手の記事を覗きに行くのが楽しみになり、ある時、その記事にコメント機能があるのに気づいた。(ブログにおいて、当時の私は『日記のような事を書ける』というイメージしかなく、コメント機能の存在自体知らなかった)
それに気づいた私は、是非とも『いい記事ですね』と一言挨拶しておこうと思い、(今で言う『いいね!』に当たるような感じ)コメントしようとしたが、その記事は『会員でなければコメントできません』とあり、コメント出来なかった。
普通なら諦めるはずだが(当時の私はさっきも言った通り、ブログを始める事そのものが考えになかった)、不思議とそうならず、むしろこれが私がブログを始めようと決心するきっかけとなったのだった。
今思えば、もし会員にならなくてもコメント出来る形だったら、間違いなくブログを始めないままコメントをしているだけで終わっていただろう。
その翌年である8年前の今日。
私は満を持してブログデビューを果たしたのだった。
そしてそこから、きっかけの存在との交流を皮切りに、幅広い交流と今に残る交流が始まったのだった。
それからいつの間にか8年の月日が流れていた。
毎年カウントしていても、あらためてその時が訪れると、その長さをあらためて実感するのが不思議なところだ。
デビュー当時のような交流と環境はすっかりなくなりながらも、きっかけの存在や今も交流をしてくれる存在がいてくれるのが、8年というひそかに長い年月を実感させるもう一つの糧となっている。
関わりが長く続いているという事。
それこそがこのブログが続けられている事そのものと言えるからだ。
ブログそのものを続ける事は、私自身が退会しない限り出来る事だが、それだけに、『続くのは当たり前』という事になるので、続けられているという実感がわかないのだ。
しかし、『このブログを通して出会い、交流をしている存在』が今も交流してくれているのがあるとまた別の事となる。
かつてのように、頻繁に記事を書く事もなくなり、このブログをしている一番の目的から離れて以降、私がブログを続ける理由が『ここで交流出来る存在がいるから』になっていた。
ここから離れてしまえば、今度こそ交流の機会を全て手放す事となり、交流に限らず、その相手に対する全ての事がなかった事のように消える事となる。
そうなれば、今まで築いた関係は『遡ってなかった事になる』ようなもの…
そういった『関係の存在そのものが最初からなかった事になる』事がいかに耐え難い事かは、私と交流していた存在が退会や放置をする形で私のもとから離れた経験を通して痛感した。
そして、それは同時に『このブログを続ける事は、私に限らない多くの交流してくれる存在のためでもあるんだ』という事に気づかせる事にも通じた。
私がその事に具体的に気づかない中にいた時も、その思いのもと、記事を書く事や交流が少なくなった中にいて、ここを退会せず、だからといって放置もせず、最低限の事をする形でこのブログを進んで続ける事が出来ていたのだろう。
ブログの存在は、単なる述懐記事の投稿場所に限らず、そこから生み出される様々な事のもと、幅広い様々な発展がある事だったのだと私は今までとはまた違った意味であらためて実感したのだった。
こうした形で、ブログを続けられている以上、これからも私自身の事の一つとして、このブログは続けていこうと思う。
もちろん、ただこのブログを残すだけでなく、これからもこのブログに新たな記事を投稿する事を最低限していく形で…
今の私を築いた存在は、このブログにもあるのだから…
























