しおんパパtalltreeです。
今は好きでも、子どもの頃には嫌いだった食べ物がありますね。野菜の煮物やヒジキなどは、小さい時「どうしてあんなもの食べるんだろう」と思ったものでした。確かに昔の人参やトマトは、今より香りがキツかった気がしますが。
しおんはご存じの通り、ハンバーグが大好物です。でも以前から、野菜もヒジキも好きです。怪しいものは、クンクン匂ってから、お皿をこちらへそっと差し出して「またぎ」ます。
まだネコの習性が抜け切らないようです(笑)
お手数ですが、この写真クリックしてみて下さい…。
同じように、大人になってから初めて「いいな~」と思う歌や歌手ってありますよね。
私、子どもの頃は、越路吹雪という人が気持ち悪かったです。まあ、小学生でこの人が好きなシブい子どもも少なかったでしょうが…。
現在は時々聴きたくなって、車の中でも聴いたりします。これはたぶん、どこかのサービスエリアで買ったのだと思います。ファンというほどではありませんが、「サン・トワ・マミー」や「ラストダンスは私に」などは、ギター弾いて歌ったりしています。
さて、標題の「愛の讃歌」ですが、今日のお話は、実は前回のボクシングつながりなのです。
越路吹雪の「愛の讃歌」はご存じ盟友岩谷時子の作詩。原詩とはかなり違います。
淡谷のり子は、ほぼ原詩どおりに歌っていました。フランス語はすっかり忘れましたが、確か「もしこの青空がなくなっても」から始まり、「あなたが望むなら髪の色もかえましょう」などというような意味で、オリジナルに近い詩でした。
フランスのボクサー、マルセル・セルダンはあの映画「レイジング・ブル」で有名になったジェイク・ラモッタに敗れてタイトルを失い、リターンマッチへ向かう途中、飛行機事故で亡くなります。しばらくして、パリの街に哀切な歌声が流れました。これが「愛の讃歌」です。
エディット・ピアフはセルダンの恋人だったのですね。
この曲は、日本では結婚式などでよく使われますが、本当は、亡き恋人への思いを込めた悲しい歌なのでありました。
この話、ご存じの方も多いかと思いますが、前回コメントをいただいて、ふと思い出し、書いてみました。
お粗末様でございました。
カラオケで越路吹雪風に歌うと、自己満足ながら、雰囲気でますね(笑)…コメント大歓迎!

