あまりにも毎晩ワインがやめられないので、自分は今、自宅で入院している、と考えることにした。仕事は、1,2時間事業所の様子を様子を見に行くだけにし(コロナが怖い)長居はしない。そして、食器洗いをし、夜ご飯を作り、連れ合いが戻ってくるのを待つ。今日は、待っている間、ソファーで寝てしまった。9時には消灯なので寝る準備。寝るモードに入る。入院していれば、当然酒は飲めないでしょう。コロナが落ち着くまではこんな調子かな?
8月4日、オミクロンに感染した。ラゲ何とかを4日のみ治ったかと思ったら、やめたとたん発熱し、保健所に電話しても、かかりつけの病院がOKを出さないから入院もできず、10日後くらいに、他の指定病院へ入院。対してしんどくなかったので、解熱剤を投与され翌日を迎える。朝、来た看護師がパルスオキシメーターを付けて間もなく、医者が飛んでくる。
何が始まったかと思ったら、HCUに連れていかれ、重篤化への一歩手前、よくなるの50、このまま人工呼吸器につながるまで悪化するの50だって。SPO2が90なかったようだ。そのあとは、あのすこぶる痛い導尿をされ、うつ伏せで寝かされ、高濃度の酸素吸入。1週間、ベッド上でのうつ伏せ生活。大のほうもベッドの上で。もう、恥ずかしいも何もなかった。各種点滴をされ、結局
間質性肺炎が増悪し、酸素ボンベを常に携帯する生活に。階段をちょっと上がっただけで、SPO2が90を切る。医者は、コロナなので、この後どうなるかはエビデンスがないと。3か月たった今も、ボンベを携帯したり、リュックにしょって常に酸素を吸入している。煙草は47歳の時にやめたのに。
これで、唯一の楽しみのエアロビクスやズンバなど、スポーツクラブとは無縁の人間になった。いよいよ、何をして生きていけばよいかわからない。30代から、ロードバイク、マウンテンバイク、スキー、40代からエアロなどのフィットネスクラブ通い。これが楽しくて、仕事も続いていた。このすべてが奪われた今、何もやる気がしない。ウオーキングすら、SPO2 90を維持しようとすると、80歳くらいのおじいさんに抜かされる。酸素ボンベがないとどこにも行けない。
酸素療法はお金がかかって、月づき3万円が飛ぶ。もし、特定疾患で賄われなかったら、医療費は月々5万円に達する。もう、やけになって毎晩酒をのむ。退職金は使い果たした。今は、まだ、起業した会社が順調だから何とかなっている。でも、自分の精神状態を正常に保つのが無理かもしれない。
ANCAになって、ステロイド生活になり、免疫が落ちているところでオミクロンにかかり、主治医に見放されもう少しで危なかった。命は助かったが・・・。私の主治医は、医科大学なので、私が今後どうなるか楽しみなようで、すごく機嫌がいい。ふざけるな。
今は、また、コロナがはやってきているので、一人でずっと家にいる。人生、山あり谷ありとはよく言ったもんですね。
自分の会社も、オミクロンにやられ、乗り越えられるのだろうか、とか、信頼しきっていた右腕の若者が、突如いなくなったり、私自身にすごいクレームが来たり、この3か月、かなりのダメージを受けました。予想はしていましたが、毎晩のように酒に逃げいていたので、肝機能がすごいことに。ドクターは、そのことについては一切触れず。当たり前です。患者が一番わかっているのだから。アンカは1月のものですが、2,0と正常範囲内でした。
もう、どうでもよくなってきている自分いて、投げやりになってしまっています。
もう少しで年金・・・と弱気になっている自分がいます。何に対しても自信が持てなくなり、眠ることができず、眠剤を3倍くらい飲んでいるので、肝機能、びっくりするぐらい悪くなりますよね。
リツキサンをしているので 、免疫がほぼない自分が、医者にもワクチン接種しても意味ないよと言われ未接種の自分がかからず、まめに2回摂取している職員がかかったり。職員がかかると、一定期間休ませないとならなく、自分は出ずっぱりとなり、体も疲弊しています。なんか。変な世の中ですね。難病の人間が、健康な人の代わりをし疲弊していく。まさに、世の中は不条理ですね。