昨日のコロナの数もすごかったですね。気になるのは〇亡する人が多くなってきたこと。いよいよ恐ろしくなってきた。かみさんともソーシャルディスタンスをとる、家でもマスク。食事は別々、トイレも別々。8月にかかったばかりだから大丈夫だとは思うけど、あの時のことを考えると恐ろしくて。HCUの時、医者に毎日聞いた。「まだ、50・50」なんですか?と。あの時は、さすがに心や環境の準備が何もできていなかったので、早く帰って、いらないもの全部捨ててすっきりしよう。みんなに迷惑をかけないようにと考えていたが、いざ、帰ってくると、のどもとすぎれば・・・で、だらしない自分に戻ってしまう。まず仕事、ある程度段取りをつけておこう。家の中、ごみをかたづけよう。

 片付けていると、写真が出てきたり、思い出の品々が行く手を阻む。過去ときっぱり縁を切りたいところだが、感情がそうさせない。かみさんは、朝から大忙し。会社が11月決算で、末尾なので支払いに追われている。自分は朝から家でゴロゴロ。怖くて外出もできないし・・・。言い訳か?罪悪感でつぶれそうになる。8月にコロナにかかって入院した時も、相当迷惑をかけた。頑張って外仕事をしまた調子が悪くなって入院になったら、もっと迷惑をかけるよなとか、考える。

 せめて食器洗いでもするか。こんな能無しである。ほんと、一人で長くいると頭が変になる。

 人工肺とかできないのかな。また、リュックしょわずに、駆け回りたいな。鏡を見るとムーンフェイスにカニューレ跡がしっかり残っている。体重は何とかとどめているが、動けないのだから少しずつ増える。

 暗くなるのが早くなってきましたね。12月21日くらいが冬至でしたっけ。それまでは、我慢ですね。

 いつからか、友達もいなくなった。大学時代の無二の親友とは、会社で上司になってしまい、人が変わってしまい、一切会わなくなった。気持ち悪い話だが、学生時代、奴の下宿で飲んで帰って、1枚の布団で一緒に寝たもんだ。

 退職して、仲の良かった後輩たちも、なんだか、悪いこと(今よくある未成年と)をして、音信不通になるものが3人。連絡をする気もしない。

 昔は、飲み屋へ通うのが好きだった。家の一軒建つぐらい飲むことに費やしただろう。毎晩、行っていた。ジム通いするころからやめた。今は恐ろしくて行く気もしない。

 電話が来るといえば、電気だの、何かの勧誘だの、保険だの、月末は仕事の関係で「ピぃゴロゴロ」とファックスばかり来る。

 そういえば、料金を払えば話を聞いてくれるところもあるようだが・・・なんか怪しい。

 こうやって書いていても、単なる暇つぶし。これと言って書きたいこともない。

 20数年前に、8人世帯で入ったこの自宅。今では、かみさんと二人。そして、ほとんどの時間自分ひとり。

 ああ、屋久島とか、そっちのほうへ行って、のんびり暮らしたいな。漠然と思う。昔、あちらの出身の友達がいて、浜辺でウクレレをポロンと引いて、なんて言っていた。

 そうそう、オーロラを見るのが一生の望みでしたが、昨日、ユーチューブのライブでアラスカのそれを映し出していた。75型の(ハイセンスの安いやつ)画面で見るそれは感動ものだった。

 そろそろ家事の時間ですね。

 

 またまた、オミクロン株が大変なことに。新型コロナは、間質性肺炎と同じだよ、と知らされ、まさに、8月にかかった時に肺が不可逆的な状態にされました。今は、なにもしていなければ、SPO2 93くらいはあるのですが、ちょっと階段でも登ろうものなら、80台になってしまいます。うちの中でもホースにつながれるのが嫌なので、リュックをしょっています。大体、2,5キロあります。肩が凝ります。それでも、心臓に負担をかけたくないので、リュックをしょいながら家事をします。今はもっぱら主夫をしています。4時くらいまで、パソコンの前で仕事をし、その後食器洗いとか。

 スーパーに買い物に行くとどうしてもワインに手が伸びるので、夕食は宅配サービスにしました。6時になったら、さっさと食べてしまいます。おなか一杯になると、飲酒欲も減りますよね。何もしないとまた、酒が飲みたくなるので、少年時代にやっていたプラモデルを作ることにしました。ユーチューブを見ると、たくさんの解説動画があります。また、私の事業所の目の前にラジコンとかのショップがあります。でも、外出が嫌なのでアマゾンで頼みましたが、あっという間に着きました。まずは、自分が今乗っている「86」の同型、同色の物を作ろうと思っています。

 ちまちました趣味があまり好きではなく、自転車旅行をしたり、キャンピングトレーラーを引いたり、フィットネスクラブを3つも掛け持ちして楽しんできたのもいよいよ終わり。この3か月、悩みに悩みましたが、元に戻らないものはどうしようもありません。でも、一日おきに、ユーチューブの動画を見て、室内でエアロビクスをしたり、筋トレをしたり、もちろん、酸素は最大量を投入し、一回で2,5リッターの小さいボンベがなくなります。こんなことしていいのかわかりませんが、常にSPO2は90台以上を保っています。

 結構多趣味で、アマチュア無線なんかも昔やっていて、1アマの資格を持っています。今となっては宝の持ち腐れですが。オーディオも趣味で、真空管アンプを造ったりしていましたが、両耳ともアンカのせいで聞こえが悪く、これはあきらめざるを得ませんね。一人で家にいるととってもさみしいので、昔、よくやっていたスカイプ英会話でもやろうかと考えています。フィリピンの先生なら安いですよね。

 この時間は暇なので、つらつら書いてしまいました。でも、今一番しなければならないことは、家の片付けです。年越しに、帰ってくる若いものもいるので、夫婦二人であらした(仕事を持ち込んで)部屋たちを片付けなければなりません。まずそこからですね。

 

 

 16年ほど前に狭心症をやった。冠動脈の一番太いところが95パーセント閉塞していて、カテーテル手術をした。ドリルであの細い血管を掘って、ステントを入れた。全身麻酔ではないので、動いている心臓の血管を掘るのですから、気が気ではない。ちょっと間違ったら・・・。あの手術は、なんといっても、足の付け根の動脈の穴を閉じるのに朝まで座ったっきりで動けない。腰が痛くなる。まるで、拷問だった。でも、そのあとは、快調に心臓は動き、また、マウンテンバイクやロードバイクにも乗れ、フィットネスクラブも大いに楽しんだ。

 時は過ぎ、2018年の秋に中耳炎になり、さっぱり治らず、左耳聾と宣告された。一生聞こえないと。しかし、原因がANCAであることがわかり、ステロイド30ミリを朝晩で飲むと、少しずつ聞こえるようになってきた。奇跡だと思った。

 もう、4年もたつのか・・・と考えると、コロナでまた、新しい難題を抱えるのか(酸素につながれる)と思うと、今度は何が来るのかと心配になる。1年位前から、確かに心臓のあたりが苦しく眠れないこともしばしばあった。でも、狭心症の時の痛みとは違う。心臓の動脈も狭くなっているところがいくつもあるのだろう。今度は・・・と思うと、酸素は外せない。私は、慣れで、少々SPO2が低くても苦しくない。80台なら平気だ。でも、そんなこと言って、酸素を外していたら、たぶん、心臓に少しずつ負担が来るのでしょう。

 ボジョレーヌーボー、ずいぶんと高くなりましたね。私はペットボトルのハーフを買いましたが、ペッとボトル臭がきつくて、げんなりした。こんな、ステロイドを飲みながら、毎晩酒を飲み、どうなってしまうのでしょうね。

 話はコロコロ変わりますが、日本の医療ももう信用できないですね。コロナを旗印に、人の命がどうなろうと知ったこっちゃない。基礎疾患のある人はワクチンを。というが、もしそれで〇んだら、基礎疾患のせい。医者も笑いながら患者の問いかけに、「〇んでも自己責任ですから」と、リスクとベネフィットの話ばかり。いかに、コロナの前で「人の命」が、軽くなってしまったか。

 私にも子供がいるが、コロナで5分5分と言われたときに、電話すらしてきたものはいない。世の中、変わってしまいました。看護師も、私のような重症化一歩手前の患者に対し、平気で「この状態から家族にも面会できず、いってしまわれた方もいますよ」なんて、平気な顔で言う。本当にここは日本なのだろうか。医療ドラマの泣かせられる美談なんてどこにもない。

 昔の日本が懐かしい。今は、病気になったもん負けです。と言いながら、酒を飲んでいる自分に腹が立つ。