最近、ユーチューブばかり見ている。ハイセンスのテレビを買ったが、今のテレビってすごいですね。初めから、ネット接続できる。いろんなジャンルを見ているが、昨日から、「禁酒」にはまっている。いよいよ、毎晩晩酌するようになり、ワールドカップのサッカーや「鎌倉殿」「アトムの童」などを飲酒しながら楽しむようになってしまった。こういうことをしていると、なんとも、幸せな気分になる。酒が、高揚心をあおる。ドーパミンが出ているということだ。番組が始まる数時間前からのみ準備をする。

 その反面、不眠になり、アルコールにプラスし眠剤をのむ。肝臓が悲鳴を上げる。

 昨日、ユーチューブをホーム画面から適当にみていると、禁酒の動画が出てきた。すっかり見入ってしまった。なるほどというメカニズム。夜のドラマの間には必ず、ビールのcmがはいる。すっかり洗脳される。昨日は久々に飲まずに眠った。驚くほど深く眠れた。

 考えてみると、諸悪の根源は酒にあったように思う。仕事のストレス解消にと酒を大量に飲んでいた。翌日、仕事帰りにジムへ行って、すかっとし、また、帰ってきてから1時ごろまで飲む。土曜、日曜も同じ。運動して汗をかき酒を抜くのも快感だ。やりすぎる。酒で疲れ、ジムで拍車をかける。いよいよ、体も限界を超え、今の病になったのだろう。会社を退職し、起業して1年間は芽が出ず、やっとよくなってきた矢先だった。2018年11月には中耳炎になった。事業がうまくいかないさ中。あれから、4年がたつと思うと、時の速さを痛感する。そして、いまだに酒を飲み続けている自分にあきれる。この4年、かなりの痛い思いをしてきた。

 アルコールのほかにドーパミンが出るものを見つけること。やっぱり、今の仕事かな。今は、仕事=不安定感はあるけど楽しい、(サラリーマンだったころは苦痛)ものなので、仕事と思わずに趣味だと思ってやろう。それが一番ですね。

 いよいよやばくなってきた。自分でもわかる。何をするにも、どこへ行くにも酸素が必要。

 外出しようと思う。寒いので着込む。それでも動きにくいのに、2,5キロのリュックを背負う。鼻にカニューレ装着。

 マスクも同時につけているので耳たぶがもたず、すぐ外れる。肩がこる。仕事にならない。

 結局家にいることになる。寒いから動かずYouTubeばかり見ている。

 もう、なにもかもしたくなくなる。今日も、朝ご飯は食べ12時まで寝ていた。寝て食べるだけの生活。かみさんが帰ってくると

 仕事の悩みを打ち明ける。なんとかしてやりたい。でも、走ることもできない今の自分。酸素吸って、イスに座ってるだけのじいさん。酒が回ると、元気だけは出るが、次の朝は嫌悪感と気持ち悪さだけ残る。

 明日は一か月に一度の受診日。行くの行くのすらめんどくさい。でも、ステロイドもらわないと生きていけない。また、あの医者に会うと思うと気が萎える。明日は、精神科に行ってみようかと。話を聞いてもらうだけでもいい。

 学生時代は(50年前)は、いつもリュックをしょっていたな。結構重かった。それを考えれば何のことないのだが、その頃とは肉体が全然違う。

 動画でエアロビクスを、リュックをしょいながらやった。心臓に違和感が。やっぱりやめた方がいい。1時間ぐらいやったら、その後、寝込むほど疲れる。

 酒ばかり飲んでいると、体重がどんどん増える。なおさら動かなくなる。悪循環だ。ショルダーバックにボンベを入れてみようかな。でも、マスク、カニューレ、めがねをかけるとめがねが落ちる。どうしようもない。

 これが、この先ずっと続くと思うと、鬱になる。事業の方もコロナの影響で大幅減。給付金ももらったが焼け石に水。会計士からはギリギリですねと。役員報酬上げる予定が、そんなこと言える立場にはなくなった。

 年金が私の場合は64才から。65から全額支給らしいが。すこしでも早くもらっておこう。でも、今更お金を貯めてどうする?何に使う。旅行に行くにも時間がない。一応、経営者なので何かあったら出動しなければならない。自分だけ地元を離れるわけにはいかない。旅行するにも、HOTを頼まなければ。屋久島とか行きたいがあるのかな。移動する間はどうする。無理だな。温泉に行きたい。でも、鼻カニューレ状態では風呂には入れんでしょう。あずましくない。

 

 

 いよいよ寒くなってきた。最近は、昔のことばかり考える。

 食器洗いしながらも、小さい時、餅つきをしたこと。土間のような玄関に近所の人たちが集まり、せいろで米を炊き、ぺったんぺったん。こんなこと、本当に50数年前にはやっていた。どうして、家だったのかなと考える。父は社交家だったので・・。私は真逆ですが。大人の人たちみんなで片栗粉?をまぶし丸めたり豆餅にしたり、幼い自分も友達と順番にぺったんぺったん。これが恒例だった。あと、大根ほし。大量に大根を買ってきて軒先にほし、たくあんをつける。小さい時は、遊んでいてよく肩を脱臼していた。近所のおじいちゃんが肩を入れてくれた。お隣がお金持ちの電気屋さんで、カラーテレビでジャングル大帝を、放映時間になったら近所の子供が集まってみる。父の会社では、春には花見をする。秋には温泉旅行。夏には海水浴。地域や会社などのコミュニティでの交流が頻繁にあり、人間関係が濃かったな。自転車に乗るのを教えてくれたのは、隣の電気屋で働いているお兄さん。いつもかわいがってくれた。超貧乏だったが、家に帰ってくると母が、お菓子箱におやつを入れておいてくれる。母も工場で働いていたので。そんなことを考えながら食器洗いをしていると、涙が出てくる。たとえ貧乏でも、温かい環境の中で育ててもらえたことに感謝せねば・・と。自分は子供たちをそんな風に育てられたのか?と今更自問する。

 すみません。家で一人でいるとこんなことばかり考える。もっと、前を上を向かないと、と思うのですが・・・。