8月4日、オミクロンに感染した。ラゲ何とかを4日のみ治ったかと思ったら、やめたとたん発熱し、保健所に電話しても、かかりつけの病院がOKを出さないから入院もできず、10日後くらいに、他の指定病院へ入院。対してしんどくなかったので、解熱剤を投与され翌日を迎える。朝、来た看護師がパルスオキシメーターを付けて間もなく、医者が飛んでくる。

 何が始まったかと思ったら、HCUに連れていかれ、重篤化への一歩手前、よくなるの50、このまま人工呼吸器につながるまで悪化するの50だって。SPO2が90なかったようだ。そのあとは、あのすこぶる痛い導尿をされ、うつ伏せで寝かされ、高濃度の酸素吸入。1週間、ベッド上でのうつ伏せ生活。大のほうもベッドの上で。もう、恥ずかしいも何もなかった。各種点滴をされ、結局

間質性肺炎が増悪し、酸素ボンベを常に携帯する生活に。階段をちょっと上がっただけで、SPO2が90を切る。医者は、コロナなので、この後どうなるかはエビデンスがないと。3か月たった今も、ボンベを携帯したり、リュックにしょって常に酸素を吸入している。煙草は47歳の時にやめたのに。

 これで、唯一の楽しみのエアロビクスやズンバなど、スポーツクラブとは無縁の人間になった。いよいよ、何をして生きていけばよいかわからない。30代から、ロードバイク、マウンテンバイク、スキー、40代からエアロなどのフィットネスクラブ通い。これが楽しくて、仕事も続いていた。このすべてが奪われた今、何もやる気がしない。ウオーキングすら、SPO2 90を維持しようとすると、80歳くらいのおじいさんに抜かされる。酸素ボンベがないとどこにも行けない。

 酸素療法はお金がかかって、月づき3万円が飛ぶ。もし、特定疾患で賄われなかったら、医療費は月々5万円に達する。もう、やけになって毎晩酒をのむ。退職金は使い果たした。今は、まだ、起業した会社が順調だから何とかなっている。でも、自分の精神状態を正常に保つのが無理かもしれない。

 ANCAになって、ステロイド生活になり、免疫が落ちているところでオミクロンにかかり、主治医に見放されもう少しで危なかった。命は助かったが・・・。私の主治医は、医科大学なので、私が今後どうなるか楽しみなようで、すごく機嫌がいい。ふざけるな。

 今は、また、コロナがはやってきているので、一人でずっと家にいる。人生、山あり谷ありとはよく言ったもんですね。