以前、『おんなじ中学生高校生なんです』という記事を書きました。全国大会に行くようなバンドの子も、そうではないバンドの子も、中学生は中学生、高校生は高校生、特別でもなんでもないんだ、おんなじなんだ、と。
こんばんは。
トロンボーン吹きで作編曲家、吹奏楽指導者の福見吉朗です。
おんなじ…
あれは先月のあたまに書いた、この記事…
たくさんのアクセスをいただきました。
先月の記事のアクセストップでした。
どんな学校の子も、特別なんかじゃない、みんなおんなじなんだ…
持っている資質も、可能性も、おんなじなんだ…
やっていることだって特別なことなんかじゃないんだ…
そんなことを書きました。
でも…
それならいったいなにが違うのでしょうか。
そのことを、きょうは書いていってみたいと思います。
とにかくこまかい
たとえば全国大会に行くようなバンド、これまでいくつも見てきました。
そういうバンドの練習には、共通するところがあります。それは…
とにかくこまかいということ。
微に入り細に入り、細かく指示が出る。時間もかける。
たとえば1時間かけて8小節しか進まなかったりするのです。
つまりそれだけ、音楽の細部に対するこだわりがある、音楽のディティールが出来ている、
そういうことだと思うのです。
ただし、木を見て森を見ず、ではないのです。
全体像を捉えた上での細部なのです。
そういえば今年のコンクール前、1回の合奏で課題曲を20小節ほどしか進めなかったら…
「課題曲はいつ最後まで行きますか?」と詰められた?ことがありましたが…
まだまだあんなもんじゃ大雑把に過ぎるのです。
ほんとうはもっともっとこだわりたいのですよ。
目的意識を持っている
もちろん今は時短ですから、そんなに細部に時間をかけているわけにもいかない…
そこでの優先順位のつけ方と、そのピックアップしたことに対するこだわり方、
なにしろひとつひとつの指示や練習に、目的意識がしっかりとあるのです。
なんとなく通して、なんとなく時々止めて、なんとなく指示をして…
そんな合奏ではないのですよ。
そして生徒たちも、ひとつひとつのことにこだわりを持ってやっているのです。
こつこつと、ていねいに。
やっていること自体は、特別なことでもなんでもないのです。
ひとつひとつのことは、ごくごく普通のことだと思うのです。
それを、いかにやるのか。
時間が濃密
それから、過ぎていく時間が濃密なのです。
ムダな時間がひとつもないのです。
それにくらべたら、普通の、せいぜい地区か県大会クラスのバンドって、
もうほんとうにムダな時間だらけだと思うのです。
たとえば、以前の記事でも書きましたが、
指揮者がかまえてもなかなか楽器をかまえない子がいるとか、そういうの絶対ないです。
なんとなくダラダラと練習していたり、やっていることもムダ吹きが多かったり…
そうではない上手いバンドの練習を見ていると、
この練習をなぜやるのか、なんのためにやるのか、それを持ってやっている。
だから、過ぎていく時間がとても濃密に見えるのです。
なんのためにやっているのかわかっていないバンドの練習は、スカスカです。
なんだか意味のない練習をしていたり、そういうの絶対ないです。
指導者の
なにしろそういう時間の使い方、こだわり方、目的意識…
そういう部分はもう、はっきりいって大違いです。
ひとりひとりが持っている資質や可能性は同じ。
取り組む曲ややっている練習内容自体は大差ない。
でも…
根本的には意識が違うのでしょうね。
「楽譜の音がならべばそれでいいじゃん」なんて心のどこかで思っている子なんか、
ひとりもいないのです。
そういうふうに指導する、意識を持たせる、それは、やっぱり指導者なのでしょうね。
そして、意識を高く持つということは、変に熱くなったりすることでもない。
上手いバンドの子たちは、そういうことをたんたんとやっている感じなのです。
こうして見てみると、違うところは大違いですね。
さて、みなさんのバンドはどうですか。

