吹奏楽の世界では、「合わせる」、「合わせて」という言葉が、とてもたくさん聞かれるように思います。さて、合わせるってどういうことなのでしょうか。どうなることなのでしょうか。どうすれば出来るのでしょうか。
こんばんは。
トロンボーン吹きで作編曲家、吹奏楽指導者の福見吉朗です。
合わせてください
「音程を合わせてください」
「音型を合わせてください」
「縦の線を合わせてください」
きょうもたくさん聞かれたのではないでしょうか、これらの言葉…
そして間髪入れず、みんなで「はい!」って…
そういう儀式(失礼)、いろいろな吹奏楽部で見られたかもしれませんね。
合わせる、これって、どういうことなのでしょうか。
どうすればいいのでしょう。そもそも、なぜ合わないのでしょうか。
なぜ合わないのか
いろいろな原因があると思うのですが、もしかしたらいちばん大きいのが…
意識に入っていないこと、なのかもしれません。
- まわりが意識に入ってない
- 響きが意識に入ってない
- 音型が意識に入ってない
どんなにずれていても、まわりがどうあっても、なんの反応もしない人って、
きっと、そういう状態なのだと思うのです。
自分の世界にだけ入ってしまっている。合奏なのに…
あるいは、指揮者に一点集中の弊害かもしれませんよ。
一点集中では、決していい合奏は出来ません。
いろいろなことが意識に入っていることこそ大切なのです。
同じにすること?
合わせることは同じにすることなのでしょうか。
高さを同じにすること?(ピッチを合わせて…)
形を同じにすること?
同じタイミングにすること?
とにかく、同じにすれば合うんだ…、そんなふうに思っていませんか。
同じ楽器を使えば合う? 同じマウスピースを使えば合う?
そうとは限りませんよ。
そして、『同じにする』→『統制』という発想になることもあったり…
指揮者、指導者を中心とした統制…
合わせることは、同じにすることとは違うように思うのです。
ましてや、ひとりひとりの個性を消してしまっては、ほんとうの意味での『合う』はない…
そんなふうに思います。
持っているもの
たとえば、リズムや縦の線が合うのはなぜでしょう。
同じテンポ感を共有しているからですよね。
それぞれが、ちゃんとテンポを持って演奏している、それが合っているからです。
縦の線って、結果的に合うのですよ(だからぼくは「縦の線」って言いません)。
まず大切なことは、それぞれが、自分の中にテンポを持っていること。
その自分の中のテンポに、正直に音を出すこと。だから、
「合わなくていいから自分の感じたように演奏して」っていうと、合ってしまったりする。
自分の中にあることが大切なのです。
個性を消したり、自分をなしにしてメトロノームに合わせたりしてる場合ではないのです。
自分の中に
響きや音程も同じです。
まず、自分の中に持っていること。ソルフェージュ。
簡単にいうと、自分の声で歌えること。
自分では歌えない、音を取れない作れないで楽器まかせ…
そんな音が、まわりと合うことはないのです。
どんなにチューナーで合わせても、ね。
自分を持たずにチューナーに合わせても意味がない。そうではなく、
まずは、歌ってみること。
そして、響きが意識に入ること。つまり、
ここはどんな響きなのかをわかっていること。
そうすれば、音は自然に寄っていくし音程も合ってくる。
音程だって、やっぱり結果的に合うのです。
さて、合わせるということ、どういうことだと思われますか。
