実家に帰って自分の部屋を漁っていたら、高校の時にやっていた基礎練習の楽譜が出てきました。
ずいぶん難しいことをやっていたのですね…
こんばんは。
トロンボーン吹きで作編曲家、吹奏楽指導者の福見吉朗です。
基礎練習の楽譜
高校のときに自分で書いた、基礎練習の楽譜。
ずいぶん難しい高度なことが書いてありました。
ほんとうにこれ、やっていたのかな…
しかもこれ、自分がやるだけではなくて、トロンボーンパートのメンバーにも課していたのですね。
さらに、音階全調も課していたのですけど、たとえばパート練習で、
「F-durの平行調の下属調の同主調、2オクターブ」とか言って、やっていたのです。
ひどい先輩…(*_*;
難しいことをやっていた割には…
こんな難しい高度なことをやっていた割には、ヘタクソだったのです。
ほんとにヘタでしたね。一生懸命練習していた割に、センスのないしょぼい音を出していたと思います。
高校の頃にリムスキー・コルサコフのコンチェルトを吹いた録音が、どこかにあります。
とても聴けたものではありません。ヘタクソ!
高校を卒業して、その後についた師匠の最初のレッスンで、開口一番に言われた言葉、忘れません。
「トロンボーンはそんなふうに吹くもんとちゃうで!」
さて、どうしてあんなにダメだったのでしょうか…。
どうしてダメだったのか…
ひとつ確実に言えることは、
どんな練習をどれだけやったところで、いい音や演奏を聴いた経験やイメージがなければ、
決して上手くはなれないということ。
なにをやるのか、ではないのです。
どんなイメージを持って、いかにやるのか、なのですね。
そういう意味では、そのことを身を持って証明していました。
練習ってなんのためにやるの?
『難しい高度なことを根性でやり抜けば上手くなれるんだ』みたいなことを聞くと、
『はぁ、何言ってんの!?』と思ってしまうのです。
自分がさんざん通ってきた道だからこそ、思うのです。そんなんじゃ上手くならないよ、って…。
チューナーの針を揺らさずに16拍伸ばす!?
そんなの、くだらないですよ。
リップスラーがテンポ132で出来る?
それがなに!?
ほんとうに大切なことは、そこではないのです。
自分の中にあるものが
子どもが言葉をおぼえるのは、なぜだと思いますか。
その言葉を、生まれた時から聞いて育つからです。
理屈でも技術でも知識でもないのです。
聞いて、それが自分の中に出来ていくのです。
練習や訓練をしたわけでもない。
楽器や音楽も同じです。
どんな練習をどんなにやっても、自分の中にないものは、決して出てくることはありません。
どんな練習をどれだけやっても、です。
いい音や演奏をたくさん聴いて、自分の出したい音や演奏が自分の中で明確になっていく、
それがあるから、練習によって上手くなれるのです。
なにしろ田舎だったので、いい演奏を聴く機会なんかほとんどなかったのですよね。
他校との交流もなかった、ネットもYouTubeもCDもない時代でした。
そういう意味では、今はとても恵まれていると思うのです。
でも、録音やネットではなくナマで聴くインパクトは絶大なのですよ。
高校の頃にやっていたロックバンドの、自分で耳コピしたタブ譜も出てきました…


