合奏中にミスを申告する? | フクロウのひとりごと

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3日の記事『こんな指示しかできないのなら…』に関連して、ツイッターにも反響が多かったのですが、

その中に、こんな書き込みがありました。

 

こんばんは。
トロンボーン吹きで作編曲家、吹奏楽指導者の福見吉朗です。

 

 

合奏中にミスを申告する

 

こんな内容です。

みなさんの吹奏楽部はどうですか?

ぼくもこんな吹奏楽部を見たことがあります。

そして、これと似たようなことなのですが、合奏中にミスすると、『すみません』と言う吹奏楽部。

これも見たことがあります。

こういうすみませんバンド、どれくらいあるのかな、と思って、ツイッターで訊いてみたのです。

 

 

ツイッターで訊いてみた

 

1ヶ月ほど前におこなったアンケートなのですが、こんな結果になりました。

 

 

有効投票数220票。

予想外に拮抗していますね。こんな結果になるとは思っていませんでした。


もちろん、「すみません」と言うのにもいろいろな場合があります。

指示を単純な不注意で忘れてしまった時など、「すみません」が出ることはありますよね。

でも、ほんのちょっと音が外れた、指が回らなかった、それで、「すみません」?

毎回できなくて、毎回、「すみません」?

 

 

ミスをなくすことが目的なのか…

 

練習する、合わせをする、合奏する目的って、なんでしょうか。

ミスをなくすことでしょうか。

合奏って、ミスをチェックする場なのでしょうか。

そして、ツイッターの書き込みにもあるように、いちいち申告されないとわからないのでしょうか。

それとも、見せしめでしょうか。

ミスを『反省』する場が、合奏なのでしょうか。

性根を叩き直す場が、合奏なのでしょうか。

 

だとしたら、なんと後ろ向きで非創造的な場なのでしょうね。

そこは少なくとも、『音楽』をつくる場ではないと思います。

欠点をなくすことで、いいものができるわけではないでしょう。

 

 

 

音楽をつくることは

 

音楽をつくる、演奏を完成させることは、ミスをなくす、キズをなくすことなのでしょうか。

ミスした自分を戒め、メンバーに申し訳ないという意思を表明し、キズをなくすことに心を砕く、

それが、音楽をつくることなのでしょうか。

もちろん、ミスやキズ、不完全なところはない方がいいでしょう。

でも、そもそも、反省し戒めるから、ミスがなくなるのでしょうか。

そして、それで音楽ができるのでしょうか。

ミスやキズは、どうしてできるのでしょうか。不注意が原因なのでしょうか。

 

 

音楽を求めることで

 

むしろ発想が逆なのではないかと思うのです。

ミスをなくす→完全な音楽ができる、ではなくて、

音楽を追求する→結果的にミスがなくなる、なのではないでしょうか。

ミスやキズをなくすことは、ほんとうの目的ではないはずです。

それなのに、そこにばかりこだわっている合奏って、

ほんとうの目的を忘れてしまっていることが多いのではないでしょうか。

 

さて、どう思われますか。

みなさんの吹奏楽部はどうですか。音楽、忘れていませんか。