名乗ることって,大切だと思うのです。
こんばんは。
トロンボーン吹きで作編曲家,吹奏楽指導者の福見吉朗です。
ブログ
偶然見つけた,とあるブログ。
いいこと書いてるなぁ,引用しようかな,と思って,どんな人が書いたんだろう,と見てみても,
名前もない,写真もない,どんな人なのかもわからない。
ちょっと子どもっぽい自己紹介とペンネームがあるだけ…
これじゃあ引用できません(*_*)
いや,素性や肩書にこだわるわけじゃないけれど,どんな人が書いたのだかわからないのではねぇ…
顔が見えること
21世紀に入って,ひとりひとりが自分のホームページを持つことが当たり前のようになってきて,
そんな頃,こんなことが言われていました。
『アクセスが増えるのは,やっている人の顔が見えるページだ』
『人』が見えること,これが大切なのだ,と。
そのとおりだな,と思いました。
一体どんな人がやっているのかわからないようなホームページ,
一体どんな人が書いているのかわからないようなブログ,
やっぱり読む気にならないもの…。
プロフィールの書いてないツイッターアカウント,フォローしないでしょ。
本名を明かすこと,とは限らないかもしれない。
顔写真を出すこと,とは限らないかもしれない。
でも,『人』が見えること。
大切な気がするのです。
肩書き
ホームページでもブログでも,プロフィールってありますよね。
なにを書くのか,どう書くのか…,いろいろ考えたりもします。
たとえば『肩書き』。これ,書いたほうがいいのでしょうか。
肩書きで,人間の価値が決まるわけじゃない。
肩書きが,ほんとうのその人を表すわけじゃない。
そんな思いから,ぼくはプロフィールには肩書きって書いていません。
日常生活でも意識しないでしょ,肩書きって。
ぼくの場合だと…
名古屋トロンボーン協会事務局次長
名古屋芸術大学同窓会理事
関西トロンボーン協会会員
日本音楽家ユニオン中部地方本部事務局長
ほかになにかあったかな…
でも,これが,ぼくという人間をあらわすものではないと思うのです。
個ってなんだろう…
では『人間が見える』って,どういうことなのでしょうね…
なにが,その人をあらわしているのでしょう。
考え方? 思い? 生き方?
それを,どうあらわしたらいい?
それは,どんな人たちに対してなのか,どういう場所でなのか,
それによっても変わってくるでしょう。
自分のことを,どんなふうに伝えたらいいのか,
どんなことを,どんな言葉で,どんな画像をつけて…
ネットやブログばかりではなく,実社会でも。
なんとなく当り障りのないことを言って済ませてしまっているだけだったり…
なんだか考えてしまいますね。

