なにかの動きをやめること | フクロウのひとりごと

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愛知県在住のトロンボーン吹き、作編曲家、吹奏楽指導者。
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やめる、といっても、楽器を演奏するときの動きのお話です。

観察していて、なにかの動きに気がついたとします。
この動き、必要ないな、と思ったとします。でも…

それは必要のない動きなのか、やめるほうがいいのかは、
人により場合によりいろいろだと思います。
なので、あくまで例として。。

たとえば、『ブレスをする時に上を向くのをやめる』
これ、気づいていて、ゆっくりやれば、
難しいことではないかもしれません。

たとえば、『吹く時にくちびるを横に引くのをやめる』
これは、もしかしたらなかなか手強いかもしれませんよね。

この2つの違いって、何なんでしょう…

なにかの動きを、ただ『やめる』のと、
その動きを『しないようにする』のは、
ちょっと違うことなのかもしれません。
しないように(禁止)と思ってしまうと、
その動きに対して、反対の動きを使って抑え込んでしまうかも…。
身体の中の戦いです。これ、いらぬ緊張になりますよね。

『~しないように』、禁止否定だと、
まず、その動きを思ってから、それをしないように意識しますよね。
『ピンクの象を思い浮かべないでください』の話です。
人間の脳は否定型を理解しない、って言いますしね。

それから、禁止や否定に限らず、『この動きを使って』の場合でも、
自然にその動きが起こるのと、
意識的(作為的)にその動きを起こすのとでは、
身体の中の緊張度が変わってきますよね。

そもそも、何かの動きが起こるとき、その動きは、
必要だから、あるいはかつて必要だったから起こっているのですよね。
あるいは、もっと大元の何かの動きの結果として起こっているのかも…
たとえば、アンブシュアって結果であることが多いと思うのです。

うまくいかなかったり戦っていたりすること、やっぱりあります。
もちろんぼくにも…
反対向きの動きで抑え込んでいない?
もっと大元のなにかを忘れていない?
なんのためにそうするの?
どうなりたいの?
いちど立ち止まって自分にそんなふうに問いかけてみる、
もしかしたら、それが助けになるのかもしれません。