吹奏楽指導って,なんでしょう…
って,こんなこと書けるほどぼくは立派な指導者でもないのですが…
学校吹奏楽の指導について書くならば,
まず,そこで初めて楽器と出会う子も多いので,
当然,各楽器の指導が出来なければならない…
吹奏楽で使われる楽器は,管楽器が大ざっぱに10種類ほど,
それに,打楽器各種…
これだけの楽器を全部演奏できる人って,いなくはないでしょうけど,希少でしょうね。
ぼくは金管楽器なら,一応は吹いてみせることはできます。
音を聴かせられるという程度。
でも,演奏ができれば指導ができるかといったら,そうではないのです。
演奏するスキルと,教えるスキルは,まったく別のものです。
演奏が上手くても教えるのがダメな人もいる。
また,その逆もいます。
第一線で活躍する奏者ですら,教えるのが達者とは限らない。
また,相性もある。
経験を積んだ先生に習っても,さっぱりってことだってあるのです。
たとえば,理詰めで,
「この筋肉をもっと使って…」
「このバランスが…」
なんて言われても,全然できなかったりもする。
逆に,理屈でちゃんと教えてほしいって生徒さんもいたり…
どんなタイプの生徒さんでも伸ばせる先生って,ほんとうに稀だと思うのです。
各管楽器に共通の要素もあるでしょう。
でも,こんなに違うのか,と思うくらい異なる要素もあります。
たとえば口腔内の使い方だって,トランペットとテューバでは全然違います。
また,身体の使い方…
AT(アレクサンダー・テクニーク)的な要素だって,持っていた方がいい。
でもこれ,勉強すればできるというものではないのです。
たとえば,言葉で伝えれば伝えるほど,生徒は不自由になっていったりする…
これもまた,特別なスキルが必要なんですね。
そして,合奏指導…
合奏を整えるトレーナーとしてのスキル,
これは,音楽作りとはまた別のものです。
特に学校吹奏楽だと,こういう能力が必要とされるんですね。
そして,曲作り。指揮者としての能力…
棒だってちゃんと振れなきゃならないし(指揮法),
いろいろな曲のスタイルや料理法,そういうことに精通していなければならない。
吹奏楽で取り扱う音楽って,ほんとうに多岐に渡ります。
そういうさまざまな音楽の,時代背景,創り方,表現…
また,オーケストレーション,楽器法や作編曲法,
そういうものにも,ある程度は精通していなければならない。
そして,運営。
何十人もの子どもたちが集まるバンドをまとめ,動かしていかなければならない。
人間的な部分での指導…
教育的側面…
そして,もろもろの事務的な作業…
これ,どの要素ひとつを取ってみても,
たとえばひとつの楽器を極めるのだって,
ひとりの人間が一生かけて取り組むべき奥深いもの。
そうして考えてみると…
完全無欠の吹奏楽指導者になるのって,ひとりの人間が一生かかっても,絶対に不可能だと言っていいと思うんです。
上に挙げた要素が全部完璧にできるようになるのって,不可能でしょう。
なので,揚げ足を取ろうと思ったら,そのポイントなんて無数にあるんです。
穴だらけなんです。仕方がないんです。
こうして考えてみると,それくらい大変なんですね吹奏楽指導って…
でも,だから不完全でいいと言っているわけではないのです。
ずっと勉強し続けるべきものなんですね。
それでも,どんなにどんなに頑張っても,やっぱり不完全なんです。それくらい大変なのです。
だけど…
それがどんなに不完全であろうとも,日本に『学校吹奏楽』っていう立派な文化があることに,とっても大きな意義があると思うんです。
今,第一線で活躍されている管楽器奏者のほとんどは,学校吹奏楽の出身でしょう。
その人たちも,学校吹奏楽がなければ,楽器にすら出会っていないんです。
学校吹奏楽がなければ,日本の管楽器文化はなかったと言っていい。
そして,それよりももっともっとたくさん,学校吹奏楽を経験したことで人生がとっても豊かになった人たちがいるわけです。
ぼくだって,決して音楽で成功してはいませんが,中学高校の吹奏楽部で音楽に出会わなかったら,一体どうなっていたんでしょう…
だから今,学校吹奏楽で顧問をされている先生方,
とっても大変でしょうけど,こんな立派な文化に携わっておられることに,とってもとっても誇りを持ってほしいと思います。
そして,吹奏楽部の生徒さん,今,部活動で仲間と一緒に楽器や音楽に取り組んでいる,その経験は,大人になってからもとっても大きな財産になります。
だから,まっすぐに一生懸命取り組んでほしいと思います。
そこで一緒に音楽した仲間は,きっと一生の友になりますよ。