2.謎と手掛かり
①ロングストリート殺害の際の凶器のコルクを入れたのは誰か?
②ロングストリート殺害の凶器は、恐らく列車に乗ってから入れられたと思われる。
③マイクル・コリンズにロングストリートが勧めた株は、暴落する事が改めて分かっていたが、なぜこれを勧めたのか?
④チェリー・ブラウンに寄り添うポラックスとの関係は?
⑤チェリー・ブラウンがドウィットを人殺しといった理由は?
⑥チャールズ・ウッド殺害の事件で、ドウィットは誰に呼び出されたのか?
⑦チャールズ・ウッドの死体が持っていたドウィットの葉巻はどのように入手したのか?
⑧チャールズ・ウッドが買ったという黒いカバンはどこに行ったのか?
⑨チャールズ・ウッドの死亡報告書と事実検証の整合性はあるか?
⑩フェリー・ボートの乗客リストとここ数カ月で疾走した人間のリストを要求したドルリイ・レーン氏の思惑とは?
⑪ドウィットが殺害された時のダイイングメッセージと思わしき左手は何の意味があるのか?
⑫左胸のポケットに入れていたはずのドウィットの回数券が内ポケットに入っていたのはなぜか?
⑬マーティン・ストープスとは誰か?
3.真相
マーティン・ストープスなる人物は、チャールズ・ウッドであった。彼は、エドワード・トムソンという人物になり済まし、車掌として働いていた。マーティン・ストープスはマキンチャオの話していた通り、ウルグアイ人であり、妻を殺した容疑者であった。しかし事実は、彼の妻を殺したのはウィリアム・クロッケットであり、罪をなすりつけられただけであった。ストープスは復讐の念にかられ、ロングストリート、ドウィット、クロッケットの3人を殺害する計画を練る。何とこれは5年もの月日をかけた殺害計画であった。
まずストープスはクロッケットの姿になりすまし、チャーリー・ウッドと名乗った。クロッケットの赤い髪から古傷までも再現することで、顔を潰した際にウッドだと思われるように細工していた。次にウッドは、変装を解きエドワード・トムソンという名前で車掌の臨時工を行う事にした。これで下準備は完了した。
殺害をするのは本来であれば天候が良い方が良かったが、ロングストリートが知人を連れて列車に乗り込んできたため、雨のこの日に決行する事にした。ウッドはロングストリートの検札の時に満員の状態にまぎれて毒入りのコルクをロングストリートの左ポケットに入れた。ドルリイ・レーン氏はこの凶器が素手で触るには危険すぎる事から、9月のこの時期に手袋をしていても不自然でない人物、つまり車掌が犯人または共犯者である事を見抜いていた。ウッドはさらに警察を呼びに行くために一度列車から離れており、手袋を捨てるチャンスも得ていた。
第2の殺人では、ウッドはクロッケットに連絡を取り、フェリーの上甲板に来るように伝える。一方でドウィットに電話をした時には、階下にいるように指示していた事から、2人は出会う事もなかった。またこの時、フェリーは片道10分程度と短い事から、よっぽどのことがない限り上甲板に人は現れない事は分かっていた。霧が濃くなる時間帯に行う事も既に計画済みで、普段から何往復もフェリーに乗っている事で、それが不自然でないように思わせる事も成功している。上甲板に来たクロッケットを殺したウッドは、来ていた車掌の服をクロッケットに着せ、自分は黒いカバンの中に用意していた衣装に着替える。鞄の中には他にも、変装を行ったセールスマンのヘンリー・ニクソンという人物に必要な書類などを入れておいた。ホテルなどに向かい、彼が存在するような店かけもしていた。着替えた後、ウッドはクロッケットの死体を杭との間に潰される様に投げ込み階下に向かい、目撃者の1人となった。
この事件は、ドルリイ・レーン氏からすると奇妙な話であった。犯人、もしくは共犯者であるはずのウッドが、事件に関する告発をする手紙を書き、さらには自身が死んでしまうと言う事が起きてしまったためだ。彼の解剖報告書を見ると、盲腸の手術を行った跡が見られていたが、ウッドは5年間1度も休んだことがないと言う事を聞き、入院が必要なはずの盲腸手術をしている人間とウッドが同一人物でない事を確信した。足の傷痕はクロッケットの傷をウッドが真似して作ったであろうこと、それが5年前に既に話されていた事から、この事件は5年以上前の出来事に関する動機である事を推理し、ドウィットの口のつぐみ方からも炭鉱を掘り当てた時の事が動機に繋がっていると考えた。そこから次に殺されるのがドウィットである事を確信していた。
そこでドウィットの身柄を拘束する事で殺害を遅らせる事とした。釈放をされても、機会をうかがうため1カ月程度は犯行が行われないと考えていたが、ウッドはその当日にやってのけてしまった。これはドルリイ・レーン氏にとって大きな誤算であった。殺害方法は、臨時工として働いていたトムソンとして近づき、拳銃で撃ち殺した。ドルリイ・レーン氏は、左胸から内ポケットへ移動していた回数券の理由を考えた。これは回数券を取りだした時に殺され、左胸を撃ち抜いてしまった事からポケットに戻すこともできず、かといって当日購入した回数券を持ち去ることも不自然だった事からした苦肉の策であったことが窺えた。さらに、深夜で暗い中凶器を川に落とす事ができたほど周辺の地理に精通した人物であることも間違いないと思われた。そのような人物はやはり車掌であり、ポケットから回数券を取りだしたのは、検札をするためだと推測された。これに対して2人とも検札をしていないというのであれば、どちらかが嘘をついている事になる事は明確だった。2人いた車掌のうち、ボトムリーは小柄だったことから、トムソンが犯人である事が分かった。
最後に証拠が必要となるが、変装を見破られない限りは捕まえる事ができない事が分かっていたため、ウルグアイ領事のアーホスに頼み、ストープスの指紋を採取する事にした。そこからトムソンがストープスである事を立証する事で、逮捕する事ができるようになったのだ。
ドルリイ・レーン氏も最後まで分からなかったドウィットのダイイングメッセージだが、あれは車掌ごとに異なる検札時のスタンプの柄が、トムソンはXだったことを表そうとしたものである事を付けくわえた。またサム警視はストープスの自白から、ドウィットからもらった葉巻は、彼が何かの帰りの際に気分が良く車掌の自分に渡した物をとっておいたと言っていたそうだ。
4.登場人物
①ドルリイ・レーン
1871年11月3日、ルイジアナ州ニューオリンズに生まれる。父はアメリカ生まれの悲劇俳優リチャード・レーン。母はイギリス生まれの寄席芸人キティ・パーセル。未婚、学歴なし。7歳にて初舞台。13歳の時、ボストン劇場のキラルフィ作「魅惑」に初めて主要な役が付く。23歳、ニューヨークのデイリー劇場の「ハムレット」に主演。1909年、ロンドンのドルリイ・レーン劇場における氏の「ハムレット」がロングラン興行のレコードを樹立した。著書「シェイクスピア研究」「ハムレットの哲学」「カーテンコール」その他多数。所属クラブ、プレイヤーズ、ラムズ、センチュリー、フランクリン・イン、コーヒーハウス。アメリカ文芸アカデミー会員、名誉会員。フランス政府よりレジョン・ド・ヌール勲章拝受。住所、ニューヨーク州、ハドソン川を見下ろすハムレット荘(下車駅、ウェストチェスターのレーンクリーフ)。1928年、劇界を引退。
本作の探偵で、元々は俳優であったが、耳が聞こえなくなった事で俳優を引退した。現在は古城風の自宅ハムレット荘に執事達と共に暮らしている。俳優時代は有名であり、今でもその名は知れ渡っている。
シェイクスピアをこよなく愛しており、事あるごとに例え話などに引用をしている。どこか煙に巻くような発言をする事も多い。
②ハーリー・ロングストリート
株式仲買人で、ドウィット・アンド・ロングストリート商会の共同代表の1人。過去に炭鉱を掘り当てたことにより富を得て、会社を経営する事になった。株式仲買に対する知識は、実際のところ全くダメだったようだ。しかしながら、ストープスの事件によりドウィットは逆らう事がなくなり、事あるごとに彼を罵っていた。
背の高い中年であり、無類の女好きで、女優のチェリー・ブラウンと婚約する事になった。しかしながら陰では、秘書のアンナ・プラットやドウィットの妻ファーンなど見境なく手を出しており、彼に対する恨みを持つ者も多い。夜毎に遊んでいたため、資産と呼べるものはほとんど残っていなかった。
チェリー・ブラウンとの婚約発表パーティーの2次会の自宅へと向かう途中、ニコチンによる毒殺で死亡。
③ジョン・O・ドウィット
ロングストリートと共に、ドウィット・アンド・ロングストリート商会の経営者を務める。実直な性格で、あまり人付き合いをする方ではないが、曲がった事が嫌いな性格は多くの人から好かれていた。炭鉱を掘り当てた際のストープスの事件では、後悔をずっとしており、それに付け込まれてロングストリートには好き放題やられてしまっていた。
小柄で半白の頭をしている。妻のファーンはロングストリートと不倫をしていた事から離婚の手続きを進めていたが、娘のジーンの事は非常に愛していた。
チャーリー・ウッド殺しの犯人として逮捕されるも、釈放。そののちパーティーを行った帰りに列車の中で銃殺される。
④ファーン・ドウィット
ジョン・O・ドウィットの妻。スペイン系であり、若い時は美人であった面影が見受けられる中年の女性。以前にハーリー・ロングストリートと不倫をしていた事から、ドウィットに離婚をしたいと弁護士を通して言われた。そのような時も動揺を見せない振る舞いは非常に強い精神力を感じさせる。
⑤ジーン・ドウィット
ジョン・O・ドウィットの娘。ドウィットからは非常に愛されており、父が殺された時は自身も非常にショックを覚えていた様子であった。素直な性格であると思われるものの、性格に大きな特徴は見られない。婚約者のクリストファー・ロードと常に一緒におり、母との不倫疑惑も合った事から、女好きのロングストリートの事は嫌っていた。
⑥クリストファー・ロード
ジーンの婚約者で、ドウィットの部下。非常に正義感が強い青年で、ロングストリートの事は非常に嫌っていた。ファーンとの不倫疑惑があった際にはロングストリートの事を殴っており、「ナイト気取り」であると揶揄されることもあるほどである。
⑦フランクリン・エイハーン
ドウィットの隣人。チェスは大会で優勝をするほどの腕で、ドウィットとも良くチェスを売っていた様である。ドウィットのパーティーでアンペリアルにチェスの話をして流されていた事から、人付き合いが良い方ではないとも見受けられる。
⑧ルイ・アンペリアル
スイス人の商人で、ドウィットの元に訪れた際に殺人事件に巻き込まれる。ジーンに詰め寄る姿からそこまで年齢が高くない事が窺える。事件の際は容疑者の1人となったことから、スイスへの帰国が禁止されてしまった。
⑨マイクル・コリンズ
サム警視達も知っている柄の悪い公務員。ロングストリートの顧客として株の購入をするも、下落が確実な株を買わされてしまい大きな損失を負ってしまう。死んでしまったロングストリートに変わり、共同経営者のドウィットに損失を補償させようとするが、相手にされていなかった。実はコリンズはずいぶん前から横領をしており、今回の株式購入はそれを取り返すためのものだった。警察がドウィット殺害の犯人として踏み込んできた時には、とうとう横領がバレたと思い自殺をしようとした。
⑩アンナ・プラット
ハーリー・ロングストリートの秘書。まだ若いわりに持ち物が良い。実はロングストリートとは交際をしており、別れた今も秘書をしているという事である。サム警視から、そのような事ができるのは肝が据わっていると言われた。ドウィットの離婚調停の際には、ファーンの不倫の証人となる予定であった。
⑪チャールズ・ウッド
ロングストリート達が乗る42丁目線の車掌。第1の殺人の時に車掌として警察を呼びに行き、警察に無署名で事件への新たな情報を提供しようと手紙を出してきたが、その後フェリーと杭の間に挟まれて圧死。生活習慣は非常に真面目で、5年間の仕事期間に1度も欠勤をした事がなく、毎週10ドルに満たないまでも貯金をしていた。
これらの表の顔は、マーティン・ストープスという素顔を隠すための生活であった。マーティン・ストープスはウルグアイで妻殺しをしたとされているが、これはロングストリート達のでっち上げた嘘で、本当はクリッケットの罪をかぶせられただけであった。復讐をするためにニューヨークへとやってきたストープスは、チャールズ・ウッド、エドワード・トムソン、ヘンリー・ニクソンなど数々の変装を行っている。最後はロングストリートに変装したドルリイ・レーン氏の姿に驚いている所を、殺人犯としてサム警視に逮捕される。
⑫ウォルター・ブルーノ
地方検事。ロングストリート事件の担当検事となり、サム警視と犯人の調査をしていた。
事件の手掛かりがつかめない事から、ドルリイ・レーン氏に依頼をする。第2の殺人が起きた際にはドウィットを犯人として裁判まで起こしているが、ドルリイ・レーン氏により失敗、またそれを証明したのがサム警視と言う事で笑い物にされてしまった。
最初はドルリイ・レーン氏の事を半信半疑であったが、ドウィット犯人説を覆されてからは、信頼して捜査を手伝う。
⑬サム警視
ロングストリート事件の担当刑事。身体が大きく、横柄な態度をする事が多い刑事である。署内でも有名な刑事で、数々の事件を解決してきた。ブルーノ同様最初はドルリイ・レーン氏の事を疑ってかかっていたが、後には協力関係に至る。
⑭その他
・ライオネル・ブルックス…ドウィットの離婚協議に関する弁護士。
・ライアン…ドウィットの殺人容疑の際の弁護士。
・シリング…検死医。彼の解剖報告は非常に正確であった。
・クェイシー…ドルリイ・レーン氏の家の執事の一人。扮装係で技術は超一流。せむし。
・フォルスタッフ…ドルリイ・レーン氏の家の執事の一人。
・ドロミオ…ドルリイ・レーン氏の家の執事の一人。運転手。
5.感想
500ページを超える非常に長編の小説であった。難しい言い回しが多く、最初の頃は眠気に襲われることも多かった。ロングストリート事件が起こった際には、ロングストリートが女性にだらしない事や、ドウィットに対する当たり方など、色々なひとから恨みを買うには十分な人間であった。自分の中では犯人はドウィットか、チェリー・ブラウン、ポラックスの当たりが怪しいと思っていたので、今回も犯人当てはまったく出来なかった印象だ。しかしウッドの殺人事件が起きた時に、顔が潰されていたという方法が、入れ替わりのトリックに良く使われているので、これは…と思ったが、解剖診断書の20年来の古傷で入れ替わりがないと信じてしまった。ウッド自身の古傷のほうが偽物だとは思いもしなかった。
ドルリイ・レーン氏の真相解明には、サム警視達と同じ気持ちになった。自分にはとても見付けられる気がしない。第1の殺人が起きた際に、毒を含んだ針が刺してあるコルクの凶器は、素手で持っているわけがないから車掌が怪しい。ウッドの解剖診断書には盲腸の跡があって入院しているはずなのに、1日も休んでいないと言う、など正直細かい…と最初は思ったが、これらは読者にも十分分かるように書いてあり、犯人を当てる為の情報は公開してある。非常に公平にできている。ドルリイ・レーン氏の唯一のミスは、ドウィットを死なせてしまったことだが、自分にはこれが、ドルリイ・レーン氏が探偵というものに慣れていない為の「実力不足」を露呈したところであるように感じた。
1930年代のアメリカという、これまた今まで読んできたアガサ・クリスティーや江戸川乱歩、エドガー・アラン・ポーなどとは違う世界観は新鮮であった。特に、建物などについては詳しく書いてあり、知らない表現は多かったが調べるとその姿が目に浮かぶようであった。
全体的にみると自分の中では傑作とは言い難いものの、十分楽しめる作品では合った様に感じる。しかしながらドルリイ・レーン氏はエラリイ・クイーンではなく、バーナビー・ロスの探偵である。名探偵エラリイ・クイーンも読んでみたいので、もう一度エラリイ・クイーンの作品を読んでみたいと思う。