心理学の名著30 サトウタツヤ | 怠け者のつぶやき

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今まで勉強してこなかった怠け者が
今更だけど本でも読もうか、ってことで色々と
本を読んだりニュースを気にしたりしてつぶやいてます。

心理学には3つの領域があるという事で、本書では、この3つの領域に分けながら30の本と著者の主張等を紹介している。紹介されている本は、古くはフロイトやユング、ジェームズと言った心理学が科学的な地位を築き始めた時期のものから、2011年に刊行されたカーネマンまで本の主張や著者の背景、芯となる主張などを紹介していく。

 第1の構成、本能的な「ヒト」としての心理学とは認知心理学の紹介である。認知心理学においては、物の見え方、記憶や感情の大切さ、人間の協調活動は適応をしていく上で重要である事や、協調活動のための言葉の発達が取り上げられている。逸話もいくつか紹介されているが、記憶力が極めて優れ直観力と共感覚を持ったシィーという人物の話と、脳に傷を負ってしまったエリオットという人物の話は興味深い。シィーは見た物を写真の様に記憶できるという直観像と、ある言葉を聞くと他の感覚―例えば数字毎に別の色がついて見える―という共感覚の能力をもっていた。しかし現実社会では比喩の様な表現を聞くと同時に別の感覚が反応してしまい普通の会話をすることすら難しかった。忘れるという事の大切さがわかる本であるそうだ。もう一つの逸話のエリオットは優れた人物であったが、ある日脳に傷を負った。手術は成功して元の生活が戻った様に見えたが、彼からは欲求がなくなっていた事から、受け身であれば今まで通り仕事ができたのだが、主体的には物事を決められなくなってしまった。着る服すらも決められない彼の例から、欲求の大切さを感じ取ることができる。

 第2の構成、発達領域としての「ひと」については、発達心理学の著書の紹介である。発達心理学は、昔は中年期を境に衰退すると考えられていたが、エリクソンにより今では生涯発達をすると考えられている。誰もが知っている「知能指数」は本来子供の発達度合いを確認し、フォローするためのものだったものが頭の良さを表す数値と勘違いされていると言った事や、アイデンティティという言葉もエリクソンに考えられてきたが、ハーマンスの「~としての自己」という考えによって自己は一つではないといった考えが書かれている。言葉という記号を発する事で心への影響があると主張するヴィゴーツキーと、心で考えて初めて言葉が発せられるというピアジェの考えなど、時にいくつかの異なる意見も見受けられる。

 第3の構成、社会領域「人」としての心理学では、社会心理学について紹介されている。社会心理学では様々な実験が紹介されており、フロムやミルグラムの実験から、人は悪いと思っている事でも他の人から命令されたことであればできるといった結果や、フェスティンガーの認知的不協和―矛盾があると思うと都合のよい解釈をして納得できるようにしてしまう―によって現状を受け入れようとするなど様々な話がある。その他にも、レヴィンのゲシタルト心理学、チャルディーニの承諾誘導、ミシェルのマシュマロ・テスト等様々な話がある。

 最後の構成、心理学の展開では我々に身近な話題を紹介している。ロフタスの目撃者の証言では、我々の記憶はあまり当てにならない事が描かれており、記憶の内容はその後の言葉などで上書きされやすいという事が示されている。記憶のテストをすると、再認(あったかなかったかを思い出す)で約半分、自由再現だと7割以上の人が間違える結果となった。ヴァルシナーは、文化について「人が文化に属する」と考えがちであるが実は「文化が人に属している」と主張した。これは文化が人間の性格を作っていると思われがちであるが、実は一人の人間には様々な文化が存在している事を示している。例えば、日本人としての文化、学校の文化、会社の文化等である。文化は人間の存在の一部なのである。最後に紹介されているのは、カーネマンのファスト&スロー思考とプロスペクト理論である。ファスト思考とは、即断即決の思考方法で、スロー思考とは熟考の事である。ファスト思考は素早く決定する事が強みであるが、これは多くの場合認知的錯誤が起きやすいという欠点もある。プロスペクト理論とは、人間の損得勘定は対照的ではないという理論である。必ず900ドルを失うか、90%の確率で1000ドルを失うかだと、前者をとる人が多い、という具合である。ここでカーネマンは最後に人生の評価について扱っているが、この評価も認知的な判断である以上、一定のバイアスは避けられないという事である。ここでは焦点錯覚が起きると言っている。後天性の半身不随の人はそうでない人よりも不幸せだ、と考えるような状態であるが、その人のそれまでの経験も知らずにそのような判断はできないと主張する。

 30冊との制限があった事から重要な主張がありながら紹介できなかった本がある事や、あくまで著者の判断で本を選んだ事が伝えられている。そうは言っても30冊の本を紹介するこの本の情報量は十分であろう。