長男は、本当に手がかかったけど、とっても空気が読める次男は、本当に手のかからない、素敵な赤ちゃんでした。

しかし、、あれは何才だったかなー?
2歳ぐらいかな? 3歳かな?それぐらいの時、いつもズバッと言いたいこという、なかなか厳しい小児科に掛かった時、付き添いの次男が、少しだけフラフラとしていたら、、

「兄ちゃんもだけど、弟もそっち系じゃない? 発達の、、」と言われた。

私的に、ビックリだったけど、、正直な話しちょっとラッキー!と思った。

何故なら、次男の進路を決めなければいけない時、長男は発達支援枠で保育園に入園していたけど、次男は健常児だと私が働いていないといけない、、それは、保育園に入れるなら当たり前だけど、かなりの頻度で、療育センター行ったり、先天的な病気でも通院していたので、とにかく働くには支障がありすぎだったので、、、

先生からそう言われ、まず最初にしたことは、長男が通っていた発達センターに連絡し、週1のプレ保育に行くための手続きをした。

そして、療育センターに連絡し、次男の発達テストの予約をした。

次男の事、疑ったり、信じられないというよりは、とにかく発達障害なら、すんなり保育園に入れるから、そうだといいな、、、ぐらいの気持ちでいたのが、普通のお母さんと、私の違いかもしれない、、

そんな次男、、、、いや、私達家族の今後を決めるテスト結果は、言わなくても分かりますが、長男と同じく

「広汎性発達障害」でした。


つづく
発達障害が確定してから、それに向き合うに当たって、長男の特徴や、トラブルの際の対処法、とにかく色々と改めて見つめ直し、次に向けての準備をした。

その頃の長男と言えば、本当に手がかかり、何をするにも一筋縄ではいかない毎日に、私の心が悲鳴をあげ始めました、、、

穏やかに暮らしたいのに、日々イライライライラ、、、こんな子育てをするつもりなんてなかったのに、、、

思い通りに行かない日々に、本当に疲れ果てていたんだと思います。

「子供なんて、手がかかって当たり前だよ!」と地面に寝転びのたうち回る長男を見て、近所のお婆さんがいいました。

そうでしょうね、、私も分かっています、、ただ、手のかからない子供はいなくても、育てやすい子はいますよね、、、悪いけど、そういう人に比べたら、本当に本当に大変だと思うんです、、、
でも、これが私の息子。

誰かと比べてどうとか、、あまり感じたことはないけれど、、知らない人からの忠告や優しいお言葉は、時に私を苦しめるものもあり、かなり落ち込んだりもしました、、、

それでも、何かを捨てたり、諦めたり、投げ出したり出来ないので、私にできることをやろう!!
そう自分を奮い立たせていました。

幸い私は、色々と調べたり、まとめたり、、そういったことが得意だったので、それが後々役に立ちました。

そうこうしていたら、、全く手のかからなかった、ほぼほったらかしで育てた次男に、まさかの発達障害疑惑が浮上。

つづく
3歳健診も、とっても優秀で、何の問題もなく全てをクリア。

そのまま帰されそうになったので、慌てた私は、発達に不安や問題がある場合に通される、最後の部屋の手前で、保健師に
「どうしても相談したいことがあるので、良ければお時間いただきたいです」と伝え、最後の部屋に通してもらった。

そこで、長男の様子を話し、どれだけ手がかかって困っているかを伝えた。

そうしたら、発達に不安があったりする子を受け入れてくれる、プレ保育のような、、そんなセンターがある事を聞いた。

連絡先を聞き、早速連絡をして、1度見学に行くことにした。
それが、発達センターで週に1度やっていた集まりで、1クラス20組ぐらいの親子が集まり、担当の先生が付いてくれて、リズム遊びをしたり、お絵かきしたり、色々とできる場所だった。

そこで、同じような悩みを持つママさん達と一緒になり、お互いの悩みを相談しあったり、普段では周りに気を使って、あまり自由に遊ばせてあげられなかった遊具やオモチャなんかも、思いっきり楽しそうにしながら、遊んでいる長男を見て、「あぁー、、もっと早くここの存在をしっていたらなぁ、、」と思った。

そこから、中央療育センターの話を聞き、予約をして初めて受診することになった。

私からしたら、何とも長い道のりだった、療育センターまでの道。
発達テストを受け、後日結果を聞きに行くと、、、

「広汎性発達障害ですね」と言われた。

そっか、、やっぱりそうだったんだ!その時は、悲観的な気持ちなんて一切なかった。
むしろ、清々しくて、その診断がありがたかった。

この日から、長男の発達障害と向き合う日々がようやくスタートした。


つづく