無人の家で発見されなかった手記 -20ページ目

無人の家で発見されなかった手記

──ある素人小説家の陳述

 前回の続き。
 初めてのミステリ小説で、いきなり840枚ぐらいの長篇を書いたって話でしたね。

 タイトルは『蠱毒(仮)』だったと思います。なんかもうちょっと気の利いたタイトルつけたっけ? 覚えてない。
 主人公は高校生の少年で、あるとき同年代の謎めいた少年と出会い、徐々に親しくなっていったと思ったら、自分の友人たちが次々に殺されていって……みたいな話。やがて、自分(と殺された友人たち)の過去の罪が、今回の事件の起因になっていたことが判ってくるんだけど、どう考えても謎の少年が怪しいのに、過去の罪にどう関わってくるのかが判らない……そして、なんやかんやあって、とんでもない真相が明かされるのだった! ギャフン! てな感じだったはず。
 当時大いに影響を受けていた人の作品を、ごった煮にしましたね。敬称略ですが、京極夏彦、綾辻行人、ロバート・ブロック、塚本晋也、北野武、等々。アニメ『新世紀エヴァンゲリオン』とか、映画『フリークス』とかも、ちょっと入ってましたね。
 どこかにデータ残ってるかな? 残ってないような気がします。残ってたら、このブログで連載しましょう(嘘)。

 はっきり言って習作レベルです。長けりゃいいみたいな考えが自分の中にあって、文字数稼ぎをしているような場面も多々ありました。京極さんのレンガ本に憧れてたんでしょうなあ。最初から長くしようとするのと、結果的に長くなるのとでは、わけが違うよ。
 きっと今読み返したら、書いた人に殺意を覚えるぐらいの内容だと思いますが(それとも、この少年頑張って書いたなーと暖かい目で見られるか?)、なんと、なんとなんと、無謀にも、この作品を出版社に持ちこんだ人がいるらしいですよ、あなた。たぶんこのへんの行動も、京極さんへの憧憬があったんでしょうね(京極夏彦さんは『姑獲鳥の夏』を持ちこんでデビューに至り、それを受けて〈メフィスト賞〉が創設されたとか)。

 持ちこみの話します?
 では次回……。

 

 

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 さて、ミステリに夢中になったからには、ミステリが書いてみたくなるものです。普通は。当然。やっぱり。そういうものなんです。そういうことにしておいてください。
 とはいえ、ミステリなんてものは特別な才能というか頭の構造が必要で、自分が書くだなんて不可能だと思っていました。何か明確な根拠があるわけではないのですが、ただなんとなく。でも強い確信ではありました。今にして思えば、やはり基本が身についていない──古典を読みこんでいない──ことが、自信のなさにつながっていたのだろうという気がします。

 小説は無理だから、TRPGのシナリオでミステリものをやろうか、などと考えて創りかけたこともあるのですが、こっちはもっと無理でした(笑)。TRPGの場合、PC(プレイヤー・キャラクター)の行動はこちらで好きなように操れませんから、謎解きシナリオは基本的に成立しないんですよね。
(僕が知る例外としては、『ソード・ワールド』のシナリオ集『猫だけが知っている』所収の表題作が、かなりよくできたミステリシナリオだと思います。実際にプレイしましたが、面白かったです)
 まあ、CoCでミステリっぽい雰囲気のシナリオは作って回したことはありますけどね。ホームページ『闇匣』にリプレイが掲載されている、『神の子らの密室』っていうんですけど。ただあれはあくまでも雰囲気を味わってもらったにすぎず、「ミステリシナリオ」と呼べるような代物ではなかったですね。

 で、僕に書けそうなミステリってなんだろうと考えました。ロジック重視の正統派パズラーは真っ先に諦めました(それに、こういう小説って、地味であまり好みではなかった当時の僕)。そして考えた末、自分の場合、超常的な、オカルトチックな、本格ではなく変格ミステリのほうが合うんじゃないかという結論に至りました。
 今にして思えば、はっきり言って、逃げ、ですね。
 自分の得意分野を書く、と言えば聞こえはいいですが、チャレンジをせずにただ逃避していただけです。
 そんなことで、成長できるわけもありません。

 なんてことは当時の自分には思い至らず、まー、書きましたね。840枚。長すぎやろ。

 そして次の記事に続く……。

 

 

 

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 前回の続き。
 なんでしたっけ?
 そうそう、僕が若いころに超ゴイスー(凄いの意)と思った長篇ミステリの話でしたね。残り2作、行きます。

京極夏彦『姑獲鳥の夏』
 言わずと知れた、京極さんのデビュー作ですね。映画化もされたほどメジャーです。実は最初、序盤のスロー展開に一度だけ投げ出してしまったのですが、少し置いてから気を取り直して最初から読み直して、今後は一気読みできたという経緯があります。京極堂と関口の会話が割と冗長なんですよね。でも、ラストの効果のためには必要ですし、再読をしてみたら全然苦ではありませんでしたので、これから読む方は頑張ってください(笑)。
 これはですね、読了後にどうしたかというと、泣きました。その前に、叫びました。こんな凄いことが小説でできるのか、この作品と出会えて本当によかった、という感動で。例の真相に文句をつける人もいるようですが、フィクションをもうちょっと楽しむ余裕を持ったほうがいいと思う。

森博嗣『笑わない数学者』
 森さんといえば、『すべてがFになる』『スカイ・クロラ』が超有名ですね。割と最近の『ヴォイド・シェイパ』という剣豪小説(シリーズ)も凄まじく面白いのでお勧めです。僕の中では、スカイクロラシリーズを軽く超えてると思う。
 で、笑数(略称)です。これは、すべF(略称)の次の次に出版された、S&Mシリーズ3作目にあたるミステリ、いやミステリィなわけですが、いや、やばかった。これはですね、読了後には、呆然としました。そしてなぜか目的もなく外に出ました。彷徨いました。やがて帰宅しました。
 この作品の面白いところは、読者のおそらく全員が、早い段階で真相(作中のメイントリック)に気づく、というところでしょう。勘のいい人なら、文章を読み始める前に予想がつくでしょう。推理小説なのに、そんなヌルゲーでいいの? 大丈夫? 成立するの?──もちろん大丈夫です。森さんは、あえて、わざと、そういった難易度に設定しているのです。いや、これって画期的じゃないですか? ミステリであることを逆手に取って、読者に謎を余裕で解かせて、その上で作品の真のテーマをぶつけてくるという……。
 たまに、謎が簡単に解けたぜウェーイ、こんなトリックをメインにしてるなんて駄作じゃん、などという感想を目にすることもあり、少々哀しい気持ちになります。

 ……てな感じです。もしこれから手に取ってみようという方は、できればシリーズものは順に読まれることをお勧めいたします。麻耶さんのは、先に『翼ある闇』を。森さんのは、先に『すべてがFになる』『冷たい密室と博士たち』を。

 

 

 

 

 さて、今度こそミステリの話に戻ります。


 唐突ではありますが、ここいらで、僕が特に度肝を抜かれた思い出の作品を、長篇に限定して4つ挙げたいと思います。四天王ですな。ククク……。
 いずれも、真っ当な「本格」を期待して読むと、戸惑いを覚えてしまうような作品ではありますが、ミステリという文学における表現の可能性、その底知れなさを教えてくれました。しかも、読んでいてとても楽しい(これ大事)。

竹本健治『匣の中の失楽』
 これは3回か4回ぐらい読んだはずです。竹本さんのデビュー作にして最高傑作なのではないかと思いますが、そんなことを言ったら、以降の作品は駄目なのかと思われてしまいそうですね。他も素晴らしい作品が多いですよ。『狂い壁 狂い窓』とか『閉じ箱』とか『フォア・フォーズの素数』とかウロボロスシリーズとか、どれも傑作じゃないでしょうか。
 で、肝心の『…失楽』ですが、これは読んでいて眩暈を覚えました。こんな読書体験は他にありません。第三章まで読み進めたら、この気持ちが判っていただけるのではないでしょうか。こんな構造を思いついた時点で、竹本さんの大勝利ですよね。まさに唯一無二の、歴史に残る作品と思います。三大奇書にこれをプラスして四大奇書と呼ばれるのも頷けます。

麻耶雄嵩『夏と冬の奏鳴曲(ソナタ)』
 先日もちょっと言及しましたが、頭をガツンとやられた気がしたほどの衝撃作にして問題作です。これは、読了後に吐き気を覚えました(笑)。いや、もう、ほんとに凄くて。ミステリという看板を巧みに利用(悪用?)して、ここまで文学的な高みを目指すとは、恐れ入ります。結末を知ってから再読すると、もっと吐き気がします(笑)。
 この作品は麻耶さんのデビュー2作目にあたりますが、以降も数々の傑作をドッカンドッカン発表されてまして、『メルカトルと美袋のための殺人』『鴉』『木製の王子』『螢』『神様ゲーム 』『メルカトルかく語りき』等々、大好きな作品が多すぎます。
 ちょっと話は逸れますが、麻耶さんはミステリ作家の中でもかなり尖がった作風で、イロモノっぽい雰囲気もあったりするのですが、何よりも基礎がしっかりしているからこそ、その土台に奇妙な家を建てても成立するのだと思います。あるいは彫刻に喩えるなら、造形がしっかりしているからこそ、突飛な色を塗っても芸術になる、みたいな感じ。家や色だけを見て麻耶さんの真似をしても無様になるだけなので、気をつけましょう。

 ──長くなるので、続きは次回に。

 

 

 

 

 予定を変更してオマケ。あるいは弱音(笑)。

 本格クトゥルーミステリ、などという概念を自分で勝手に決めて、その枷(コード)で自分を縛りつけて気持ちよくなって喘いでいたら、2作目が書きたくても書けないという困った状況に陥りました。
 書きたい欲求はあるし、細かいアイデアも色々と考えてはいるのです。チャウグナル・ファウグンとか盲目のものとか星の精とかシャッガイからの昆虫とかアイホートとかを使ったトリックを。馬鹿馬鹿しいネタもありますが。

 しかし、フェアに手掛かりを提示して、本格ミステリとして成立させようとなると、これが難しい。
 目指すところとしては、「クトゥルー神話を知らない人にとってもフェアである」かつ「クトゥルー神話に詳しくても簡単に真相には辿りつけない」といったものです。少なくとも、作者はそう思えないといけません。「ティンダロスの密室」では、なんとかかんとか形にできている気がするのですが、さて、どうでしょうか。

 ともかく、そんな自分で自分を拘束している枷のせいで、2作目が困難な状況です。
 この状態はあらかじめ予想できていたことであり、それもあって、「ティンダロスの密室」には例のサブタイトルをつけたという背景もあるのですが。最初で最後だと思うよー、という意味で。
 とはいえ、かの銘探偵メルカトル鮎だって、デビュー作が最後の事件だったわけですから、続篇を書いてもバチは当たりますまい。

 いっそのこと、「本格」をやめちゃおうか。
 そうしたら、だいぶ枷が緩くなりそう。良くも悪くも。

 

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