耐えている人は気づかない。

 

知らず知らずのうちに

積み重なっていくのを。

 

でも、周りには見えている。

その人が無理していることが。

 

体に反応が出てきたら

相当重症だ。

 

倒れちゃう

病気になる

入院する

 

そこまで行って

やっと気づく人もいる

あれ、私、無理してたんだって。

 

 

気持ちは、やってやる。

できると思っていても

 

疲れがたまって

突然強制終了が来たりする。

 

なにくそ、これぐらのことで

 

頑張り屋さんは思いがちじゃない?

 

それが心からやりたいことから

頑張ってやれば

欲しい結果もついてくる。

 

でもさ、

義務とか、無理してだと

最後は大変なことになる。

 

だからね

心躍ることを増やしていこう。

 

とは言っても

どうしても「やるべきこと」はあると思う。

 

そんなときは

助けを求めたり

お金で解決したり

人に頼って自分の負担を減らしてみる。

 

頼って、いいんです。

 

それより

あなたが暗い顔して続けるほうが

よっぽど迷惑だから。

 

普段から体調管理しておくのも

大切ですね。

 

元気で短期間なら
乗り切れる。

 

やりたくないことを

義務だから

義理があるからといって

「長期で引き受ける」のは

やめましょう。

絶対に具合悪くなる。

 

これが欲しい結果につながっているなら

別かもしれないけど。

 

あなたにとって

嫌なことでも、

誰かにとっては楽でやりたいことかも

しれませんよ。

 

だとしたら、

やりたい人にお願いしたほうが

全員がハッピーでしょう?

 

無理には生産性はない

という話でした。

 

 

違和感に気づき、自分の真ん中で生きる人を増やしたい。

 

ほどける日々です。

 

今日は、新しいオンラインサロンの

初グルコン日。

 

新人は

私含めて2人だったので、

主催者とがっちり3時間超にわたって

私という人物の輪郭を確かめました。

 

自分のことを人に説明しようと思っても

意外とできないもの。

 

大人になってからは

「こんな生き方をしたい」はあっても

小さい頃は、

ただ「楽しかった」で

一日終わっていた気がします。

 

子どもの頃に感じたことは

大人になってからの方向性に

影響していることがあります。

 

小学生くらいから大人までの

好みや思いをひもとくと

今の思いにつながったり

 

表現しきれない心の内が

解明できたりするのです。

 

でも、そこがわかっていても

丹念に聞かれると

言葉につまってしまう。

 

主催者は手を替え品を変え

私の心のうちを言語化していきます。

 

この方は、言葉が包含する意味や

言葉遣いの細かい誤差を拾っていくため

 

この「きく」は聞くか、聴くか、どっちなの?

「きれい」は綺麗か、キレイ、どちらが近い?

と質問してくれます。

 

これが些細なことのようで、

大きな違いになってくるから

細かくニュアンスを確かめていくのです。

 

なぜ、2人に3時間超という時間をかけるのか。

 

それは

「1年後のありたい姿」を言葉で定義していくから。

 

ただ「目標は〇〇」みたいな大雑把な言葉ではなく

読むだけで気持ちが上がるような表現を見つけるため。

 

私の1年後を割り出したときは

「私、きれい!」と思えるのか

「わたし、きれい」と思えるのか

 

この2つでは

少しイメージが違ってきませんか。

 

こんなふうに細かく1年後を言語化していって

3つの目標を設定しました。

 

そうしたら、どうなったと思いますか?

 

やったのは、ズームでインタビューされて

1年後の目指すイメージを表現しただけなのに、

夜になってからの心が満ちる感じがものすごい!

 

ついでに、肩こりと首凝りもなくなっている?!

 

なんだろう。

何か特別な出来事や

嬉しいことがあったわけじゃないのに。

心が喜んでいるんです。

 

人はぼんやりとした思いを明らかにして

それが言葉で定義されると

とても安心します。

 

理解された、つながったという思いで

心の中が平和になっていくようです。

 

ただズームに参加して、

頭を振り絞りながら気持ちを言葉にしたら

夜には、満ち足りた気持ちがやってきました。

 

人の幸せって案外、
こんなところにあるのかもしれません。

オンラインサロンのこれからの活動が

楽しみでたまらなくなる

初回グルコンでした。

初めて新しいことをして

それがうまくできたら

全力で喜びますよね。

 

たとえば、私だったら

多肉の寄せ植えを習ったときです。

 

友達にコロナ渦でやることがなくて

多肉にはまった人がいました。

 

多肉のユーチューバーに紹介されたり

家中が多肉だらけになっていたりして

だいぶ熱中している人だったんです。

 

彼女が多肉寄せ植えを教えてくれる

というので

友達と二人で行ってきました。

 

初めての寄せ植えだったけど

すごく上手に植えられたんです。

 

自分で自分を褒めましたよね。

私って起用、すごい、天才って。

 

でき上がった作品を持ち帰って

毎日見るたびに

初回なのに素敵な作品をつくる私に

才能あるな、なんてニマニマしていたんです。

 

でも、冷静になって考えてみたら

初めてだからレベルは大したことはない。

 

はまっている友達から

丁寧に教えてもらったから

うまく作れただけです。

 

何の多肉を植え込むか。

どの順番で、どこに植えるか。

入れ物のデザインはどうするか。

 

その辺は全部彼女がやってくれたわけ。

 

だから、よく考えたら

ほとんどは彼女の手柄です。

 

それなのに、「私天才」って自分を褒められる。

まさに、初心者あるあるですよね!

 

では、あなたが10年続けていることでは

どうなるか。

 

10年、華道で花を生けているとします。

 

展覧会があって、他の人の作品を見る。

 

ああ、あの人は色使いがイマイチ。

あの枝の方向をもう少し上がいいな。

なんでこの花を使ったのか

意味不明だな。

 

あの花は3センチ短いほうが

バランス良くないか?

 

などなど、細かいところが目に付くでしょう。

 

そして自分の作品を先生と比べると

わー自分なんて、まだまだだ~

と思いがちじゃないですか。

 

でも、初心者から見たら

あなたの作品は

かなりのレベルに到達しているはず。

 

より素晴らしいものを知っていて

そこと比べる審美眼もついているから

なぞに謙遜するわけです。

 

不自然にハードルを上げているから

自分はまだまだ

と思ってしまうわけです。

 

でも、才能がなかったら10年続かないからね。

 

続いていること自体が

才能を生かしていることなんです。

 

どのレベルにあるかは、人それぞれですが。

 

ひるがえって、私の場合。

 

小さいときから絵日記も褒められてきたし。

小学校の卒業論文には

ルポライターになりたいと書いている。

 

新聞係でお昼も食べず

お腹をへらしながら3時間かけて

仲間と壁新聞をつくる。

 

大人になってから

あちこちにブログを書いては移動する。

 

夫の転勤があれば

新しい土地ので

地名を入れた〇〇通信を

勝手に作って友達に送りつける。

 

結構やっているわけ。

 

それは、もう書きたいっていう

才能ですよね。

 

でも、上には上がいるのを

知っているから、

なぞに「私なんてたいしたことない」が

発動するのです。

 

あなたが長く続けていたり

ずっと興味がある分野に

才能のヒントがあるかもしれませんよ。

 

どんな分野をそう感じてきたか

よかったら教えてください!

音声入力ができるようになり

AIの台頭までやってきて

テープ起こしの単価もどんどん下がっています。

 

でも、テープ起こし会社は今でも存在します。

では、誰が頼んでいるのかというと

 

私が想像するに

学術的なもので用語が難しいため

資料を見ながら書き起こしたり

調べて用字を正確にしたり

 

そういう手間のかかるものは

まだ費用をかけて

プロに頼んでいるはずです。

 

ちなみに私のところにも

分厚い資料と一緒に

年1回だけご依頼をいただくお客様がいます。

 

ただ起こすだけでは終わらないんです。

 

言葉が専門用語なので

チェックしないと間違えます。

 

それを元に当日のレポートを

起こさないといけないので

ずっと続いているのです。

 

ご依頼いただきありがとうございます。

 

あとは通称、科研費と呼ばれるものも。

科学研究費助成事業です。

学術研究に必要なものに研究機関が

助成金を出していて

その費用があるから文字起こしを

業者に出す。

 

しかも最先端の研究だから

知識のある人たちにお願いしないと

間違える。

かといって研究者は忙しい。

なので業者に回るのでしょう。

(推測です)

 

マスコミ関係の超絶急ぎ案件は

もう社内で処理していそうです。

(これも推測)

 

5年ほど前、テレビ局のテロップをつくっていた人と

一緒に仕事をしたことがあります。

 

簡単そうに見えるかもしれませんが、

一行15文字ほどに

情報をコンパクトに入れていく能力は

私自身もとても勉強になりました。

 

要約力が自然と身につきます。

 

専門用語も機械に学習させれば

変換してくれるようになります。

 

まずは良い音声で、滑舌よい話し方で

録音していくことですね。

 

以上、業界裏話でした。

 

テープ起こしの仕事は、もうほとんどない。

または、低価格しかないって思うかもしれない。

 

でも、あるところにはあるんです。

 

なぜなら、今私がやっているのが証明だから。

 

AIがどんなに性能よくなっても

会話のニュアンスを拾いつつ

読みやすく

滑らかな会話を阻害しない。

 

生き生きとした取材のやり取りを

残す書き起こしは

機械にはできないのです。

 

全体の意味を捉えながら

専門用語や固有名詞に調べを入れつつ

引っかかりがなく読めるような文章

 

これは

文章に対する感度が高くないと

できないものです。

 

本をたくさん読んできたから大丈夫

という方もいると思います。

 

でも、トータルで

流れるような起こし方って

意外に難しいもの。

 

なぜならフィラー(不要語)が

会話の中にはたくさん入るし

考えながら話すと文脈が乱れるから。

 

乱れを前後の話から読み取って

意味を変えずに本人の話にしていく。

 

その辺を丹念に調整し

編集者やライターという文章のプロたちが

よどみなく、流れるように

文字を追うために

私という存在があると思っています。

 

そんな仕事をしている中で

インタビュアーがお相手の話を引き出し始めると

私も一緒に、来た来た~とドキドキ。

 

今回の仕事は

インタビュアーが、そこだ! 

素晴らしいです、〇〇さん!

と連呼するのですが、

 

私もそうだよね、ここがキーだよねと

頷きながら聞いています。

 

仕事で培った力と

聞きたかった本音にたどり着いたときの

喜びの場面に立ち会って

静かに感動している私がいます。

 

そんな場面を思い出しながら

私自身も「情熱ポイント探し」というセッションで

提供していけたらなあ、と考えています。

もし気になる方がいたら、メッセージください。