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金融政策には市場を混乱させないために動学的整合性を維持する必 要があります。動学的整合性とは1970年代から1980年代にかけて行われた金融政策を例に説明できます。主要国では、高いインフレの抑制が政策課題となっていました。高いインフレとは石油の供給不足によるスタグフレーションのことです。主要国の中央銀行はインフレ抑制を政策目標にかかげて、金融引き締め政策に乗り出しました。しかし、実際には、多くの中央銀行がインフレの低下につれて、失業率が上昇したため、失業率の上昇を止めようとして、低いインフレ(2~4%のインフレ率)が安定的に維持される前から金融緩和政策に転換するようなことを繰り返しました。このように、インフレを抑制すると約束しながら、後になってその約束を放棄する政策を動学的に不整合な政策といいます。
ここで金融引き締め政策・金融緩和政策について説明します。日本銀行の例を用いて、説明すると金融政策手段には日本銀行貸出、公開市場操作、準備率操作の3つがあります。
まず、日本銀行貸出について説明します。日本銀行は手形割引や手形貸付(国債や手形を担保とする貸付)などにより民間銀行に資金を貸し出しています。これを日銀信用の供給といいます。これは、民間銀行が家計や企業の非銀行部門に貸し出すことと同じであるので日本銀行は銀行の銀行と言います。日本銀行が民間銀行に資金を貸し出すときには、借り手の民間銀行の日本銀行当座預金に資金を入金することと同じことを意味します。逆に、日本銀行が日本銀行貸出を回収するときには、借り手の銀行の日銀当座預金から資金を引き落とします。日銀当座預金はマネタリーベースの一種であるので、日本銀行の貸出が増加、あるいは減少すればマネタリーベースの供給量は増加、あるいは減少します。日本銀行が民間銀行に貸出に用いる金利を公定歩合、あるいはコール・レートと言います。
次に、公開市場操作について説明します。日本銀行は民間銀行などの金融機関(民間銀行、証券会社、短資会社)を相手に、債券や手形を売買します。この日本銀行による債券・手形の売買を公開市場操作と言います。例えば、日本銀行が民間銀行から債券・手形を買い入れる場合には、それと引き換えに当該の民間銀行の日銀当座預金に資金を入金します。すなわち、日本銀行は債券・手形の買入代金を売り手の民間銀行の日銀当座預金に資金を入金することによって支払うということです。この、操作を日本銀行が債券・手形を買うという意味で買いオペレーションと呼ぶ。債券・手形を売った民間銀行みれば、買いオペレーションは日本銀行から日銀当座預金が供給されたことにほかならないため、日銀貸出が増えることと同じ効果をもっており、これも日銀信用の供給になります。一方、日本銀行が民間銀行に債券・手形を売却することを売りオペレーションと言います。この場合には、売却先の民間銀行は日本銀行から債券・手形を購入する場合には、その購入代金を自らが保有している日銀当座預金を引き落とすことによって日本銀行に代金を支払うわけです。したがって、この場合には日銀貸出が回収された場合と同様の効果がもたらされます。1999年代には公開市場操作の対象になっている金融商品には手形(日本銀行と当座預金取引のある民間銀行が振り出した為替手形)、CP(コマーシャルペーパー)、短期国債(満期が3か月、6か月、1年の3種類があります)、FB(政府短期証券)、TB(割引短期国債)、長期国債などがあります。これらの金融商品のうち、長期国債を除くものは現先方式が採用されています。例えば、短期国債買いオペでは、日本銀行は一定期間後に一定価格売却条件付きで、取引金融機関(民間銀行や証券会社など)から短期国債を買い入れて資金を供給します。これを短期国債現先買いオペと言います。一定期間は6か月以内です。これは、日本銀行の目的は主として短期の金融調節にあると考えられているからです。それに対して、日本銀行が主として長期国債を取引先金融機関(民間銀行や証券会社など)から、一定期間後の売戻し条件を付けずに買い入れる金融機関を国債買い切りオペ(または債券無条件オペ)と言います。この買い切りオペの目的は経済成長に伴って長期的に必要になる資金を供給することにあります。他方、資金の吸収手段である売りオペについては、手形売出と短期国債の現先売りオペが採用されています。手形売出とは、日本銀行が自己を振出人、受取人および支払人とする為替手形を振り出し、金融機関に売却して、マネタリーベースを吸収するものです。短期国債の現先売りオペは短期国債を一定期間後(6か月以内)に日本銀行が買い戻すことを条件に金融機関に対して売却するオペレーションです。
最後に、準備率操作について説明します。日本の民間銀行はその債務である預金総額に、あらかじめ決められた率をかけて得られる金額を日銀当座預金として保有しなければなりません。この保有しなければならない日銀当座預金を所要準備預金と言い、所要準備預金額を民間銀行の債務である預金総額で割った比率を所要準備率または法定準備率と言います。日本銀行はこの所要準備率を必要に応じて変更することができ、この変更を準備率操作と言います。
このように3つの手段によって民間銀行から資金を調達しやすくするような操作を金融緩和政策、資金を調達しにくくする操作を金融引き締め政策と言います。
ここで話をもとに戻します中央銀行が動学的に不整合な金融政策を繰り返すと、人々は中央銀行を信用しなくなります。そのため、中央銀行がインフレ抑制のために、金融引き締め政策をとったとしても、人々は中央銀行は失業率が上がれば、金融緩和政策に戻るから、インフレは収まらないと予想して行動するようになります。その結果、実際のインフレも少しも収まらないことになってしまいます。したがって、金融政策がその目的を達成するためには、約束したことを、後になって覆すことがないという意味で動学的に整合的な金融政策を維持しなければなりません。
それでは、動学的に整合的な金融政策とjは何か、その模範的事例がインフレーション・ターゲティングとなります。主要国の中央銀行はスタグフレーションを引き起こさないために80年代半ば頃から動学的整合性が取れた金融政策を模索していました。この動学的整合性が担保された、すなわちインフレーション・ターゲティングを最も早く採用したのはニュージーランドです。ニュージーランドは70年代半ば以降、インフレを抑制しようとしたが、80年代初めになっても、インフレ率は15%~17%にも達し、一向に沈静化しませんでした。インフレ率が一向に沈静化しなかったのは、景気後退が予想されるたびに、中央銀行がいインフレ抑制政策を放棄して金融緩和政策に転向することを繰り返すような動学的不整合な金融政策を運営していたために、人々はインフレ率の低下は一時的で、長期的にはインフレが続くという予想を抱いたからです。
そこで、政策当局者たちは動学的整合性のある金融政策を導入して、予想インフレ率を引き下げそれによってインフレ率低下のコストを引き下げようとした。インフレ率低下のコストとは、インフレを抑制するために金融引き締めをするときに起きる産出量と雇用の減少のことを指します。
この考え方から、89年の終わりに準備銀行法が改正され、90年からインフレーション・ターゲティングが実施されるようになりました。ニュージーランドに続いてカナダ、オーストラリア、イギリス、スウェーデン、ノルウェーなどの国がインフレーション・ターゲティングを採用しました。1997年のアジア通貨危機後は、タイ、インドネシア、韓国がインフレーション・ターゲティングを採用しました。IMFの2006年の調査では、25か国がインフレーション・ターゲティングを採用しています。
これらの国の中央銀行は、中央銀行が金融政策を明確な枠組みを持たずに、裁量的に運営することは、かえって物価や雇用の安定に失敗するリスクが大きいと考えています。インフレーション・ターゲティングはそのリスクを回避するための金融政策の枠組みとなっています。