私たちは、誰かの役に立っているから、自分には価値がある。
そんなふうに思っていませんか?
人の役に立ちたいと思うことは素晴らしいことです。
でも、もし誰の役にも立たない自分だったとしたら?
そんな自分にも価値があると思えますか?
私たちは「役割」で生きている
私たちは、さまざまな役割を持って生きています。
母親、父親、妻、夫。会社では部長や課長。
私にも「医師」という役割があります。
家庭では妻であり、母親です。
でも、もしその役割がなくなったとしたら?
医師でなくなった野上徳子に、価値はないのでしょうか。
例えば、
子どもが成長して親の手を離れたとき。
それまで必要とされていた母親としての役割が変わり、喪失感や無価値感を感じることがあります。
男性も、定年退職して会社での役職がなくなったとき、同じようなことが起こるかもしれません。
私たちは、自分の価値を役割や社会的な立場に結びつけてしまいがちです。
誰の役にも立たなくていいとしたら?
ここで、皆さんに質問です。
もし、誰の役にも立たなくていいとしたら、何をしたいですか?
お金も時間もある。身体も自由に動く。
何でも好きなことをしていい。
そう言われたら?
私は、
馬に乗って走りたい。
世界中を旅したい。
アラスカやチベットにも行ってみたい。
気球に乗って空を飛びたい。
オーロラを見たい。
ピアノも弾いてみたい。
考えてみると、やりたいことが次々と出てきます。
普段、私たちは「誰かの役に立たなければ」と思いすぎているのかもしれませんね。

「先生」ではなく「徳ちゃん」
最近、「徳ちゃん」と呼ばれることが増えました。
これが、とっても嬉しいんです。
医師というだけで、どこに行っても「先生」と呼ばれます。
もちろん、それが嫌なわけではありません。
でも「徳ちゃん」と呼ばれると、医師という役割ではなく、一人の人間として認めてもらえたような気がするんです。
何もしない自分にも価値がある
役割がなくなっても、誰かの役に立たなくても、何もできなくなったとしても、
自分の価値がなくなるわけではありません。
何もしない自分にも価値がある。
存在しているだけで、人には価値があるんです。
最後に、もう一度質問します。
「もし、誰の役にも立たなくていいとしたら、あなたは何をしたいですか?」
そして、
「役に立たない自分にも、価値があると思えますか?」
ぜひ、一度考えてみてくださいね。
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