昨日、ネドじゅんさんと対談をしました。
上はネドじゅんさんとの対談をイメージした画像です。
実際の対談動画YouTubeはこちらです。
ネドじゅんさんは、 頭の中で勝手に続いている「自動思考」を静かにして、 身体の感覚に戻っていくことを伝えている方です。
今回お話ししていて、 私の中でひとつ腑に落ちたことがありました。
私たちは普段、
「こうしなければならない」
「もっと頑張らなければ」
「失敗してはいけない」
「私はちゃんとできていない」
そんな言葉を、 知らず知らずのうちに頭の中で繰り返しています。
自分で考えているようで、 実は自動的に出てきている思考もたくさんある。
私はこれまで、 こうした思考や感情、思い込みが、 身体の状態にも影響することがあるのではないかと感じてきました。
でも今回、 ネドじゅんさんのお話を聞いていて思ったんです。
その意識よりも、 もっともっと深いところがあるのではないか、と。
ネドじゅんさんは、 何かを決めるときに頭だけで考えるのではなく、 「これでいいですか?」 と身体に問いかけるそうです。
胸やお腹のあたりの感覚に耳を澄ませて、 身体の反応を感じる。
ネドじゅんさんは毎日、「腑に落ちる」という体験をしていると。
日本語には、 身体を使った言葉がたくさんあります。
腹が立つ。
腹を割って話す。
胸が苦しい。
胸がいっぱいになる。
肩の荷が下りる。
鼻が高い。
目も当てられない。
心のことを話しているのに、 身体の言葉を使っている。
昔の人は、 心と身体がつながっていることを 感覚的に知っていたのかもしれません。
そして私は今回、 病気や不調に関係しているような思考や思い込みは、 比較的浅い意識のところにあって、 そのもっと奥には、 病気さえも超えた、 もっと深い「生命の感覚」のようなものがあるのではないか。
そんなことを感じました。
そこにつながることができたら、
「なぜこの病気になったんだろう」
「この症状にはどんな意味があるんだろう」
「どうしたら治るんだろう」
と、病気のことばかり考え続けなくてもいいのかもしれません。
もちろん、 必要な検査や治療は大切です。
病気を無視する、ということではありません。
病気だけを見ない。
ここが、とても大切なのだと思います。
「ここが痛い」
「ここが悪い」 だけではなく、
「それ以外の私はどうだろう?」
「今日も動いてくれている身体がある」
「私は今、生きている」
そんなふうに、 少し視野を広げてみる。
「病は氣から」と私はずっと伝えてきました。
でも今回、 そのさらに先があるのかもしれないと感じました。
思考や感情の原因を探し続けるだけではなく、 もっと静かな身体の奥に戻っていく。
頭で答えを探すのではなく、 「私は今、どう感じている?」 と身体に聞いてみる。
健康の主導権を自分に取り戻すということは、 こういうことでもあるのかもしれません。
10月31日に開催する 「医療のパラダイムシフトサミット2026」では、
「健康の主導権を、自分に取り戻す」 をテーマに、
さまざまな立場の方と一緒に、
これからの健康と医療について考えます。
ネドじゅんさんにもご登壇いただきます。
病気を治すことだけではなく、 「私はどう生きたいのか」。
そんなことを一緒に考える1日にしたいと思っています。
▼サミットの詳細・お申し込みはこちら![]()
https://fandy.online/project/5239/
こちらで毎日お話しています👇



