昨日は、 日本ホリスティック医学協会主催。
愛媛県の秘境、森の国Valleyの 「水際リトリート」に 参加してきました。
前の日は雨だったのに、 とってもいいお天気でした。
“森の声をきく、フィールドワーク”へ。
船越 ゆきおさんに案内して頂きました。
雨上がりの土地は、 水を多く含んでフッカフカ。
寝っ転がってみると、 少し湿っていて、 肌に吸い付く感じ。
少し森に入ると、 トトロが出てきそうな 深淵な雰囲気。
すぐ脇を流れる川は、 四万十川の源流。
前日の雨にも関わらず、 川の水はすごく澄んで きれいでした。
川上を上り、 水遊びをしたあと空を見上げたら、 太陽のまわりに虹の輪
なんだか、それだけでも 「来てよかったなぁ」と 思える時間でした。
森の中を歩きながら、 ふと思ったことがあります。
自然って、 みんなお互いに支え合って 生きているんだなぁって。
森の中には、木を切られて、 葉っぱもないのに 生き続けている切り株があります。
自分では光合成もできないのに、 どうして生きていられるんだろう?
実は、 隣の木と根っこでつながって、 水や栄養を分けてもらって いることがあるそうです。
その話を聞いたとき、「じゃあ、この切り株は 隣の木に何をあげているんだろう?」 って思ったんです。
一見すると、元気な木が、 弱った切り株を助けている。
そんなふうに見える。
でも、本当にそれだけなのかな。
これ、人間も同じかもしれない。
元気な人が病気の人を支える。
若い人が高齢者のお世話をする。
親が子どもを育てる。
「助ける人」と 「助けてもらう人」。
つい、 そんなふうに分けて 考えてしまうけれど、 実際には、 助けている側もたくさんのものを受け取っているのかもしれない
必要とされること。
誰かを大切に思う気持ち。
立ち止まって考える時間。
生きる意味。
優しさ。
どんぐりのクッキー
目には見えないけれど、 受け取っているものって きっとたくさんある。
だから、 支える側が偉くて、 支えられる側が弱い、
ということではないんだと思う。
今日は私が誰かを助ける。
明日は、私が誰かに 助けてもらうかもしれない。
そしてもしかすると、「助けてもらうこと」 そのものが、誰かに何かを与えているのかもしれない。
私は人に頼るのが苦手で、 自分でやろうとしてしまう。
でも世の中には、「助けたい」と思っている人もいる。
だったら、 頼ることもひとつの 循環なのかもしれない。
森の中では、 誰が上で誰が下なんてなくて、 ただ、それぞれが つながりながら生きている。
昨日、森の中で虹の輪を見ながら、 人間も本当は そうなのかもしれないと思いました。
誰かに与えること。 誰かから受け取ること。
どちらもあっていい。
それが、 支え合って生きることなのかも しれません。
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