最近、不登校についての記事が目に留まりました。 

 

特に気になったのが、小・中学校の不登校の主な要因として「無気力・不安」が多いということ。 

 

まだ小学生の子どもたちが「無気力」になっている。 

 

これって、どういうことなんだろうと思ったんです。 

 

私は、無気力なのではなく、 

「気力を使い果たしている」 

子どもがかなりいるのではないかと思っています。 

 

朝から学校へ行き、6時間授業。 

集団の中で周囲に気を遣い、決められた時間割で動く。 

 

そして学校が終わったら、塾、英語、スイミング、ピアノ、スポーツ。 

家に帰ったら宿題もある。 

子どもたちは、いつ休んでいるんだろう。 

 

 

私が子どもの頃は、学校が終わったら友達と遊んでいました。 

朝早く学校へ行ってドッジボールをして、放課後もまた遊ぶ。 

 

学校は勉強をする場所でもあったけれど、 

「友達と遊ぶ場所」でもありました。 

 

今は逆に、学校から帰ってから塾へ行き、勉強する。 

英語を習う。 

スポーツを習う。 

それなら学校って何のためにあるんだろう、と考えてしまいます。 

 

 

私の娘も高校生のとき、不登校になりました。 

当時はいろいろ悩みましたが、今振り返ると、学校を辞めてよかったと思っています。

 

娘が不登校になったことで、私自身も 

「学校へ行くのが当たり前」 

という常識を見直すことになりました。 

 

不登校を、ただ「学校へ行けない問題」と見るのではなく、 

子どもが何かを知らせてくれているサインとして見てみる。 

 

「どうやったら学校へ戻せるか」だけではなく、 

この子は何に疲れているんだろう。 

何が苦しいんだろう。 

今、本当に必要なものは何だろう。 

 

そんな問いも大切なのではないでしょうか。 

 

無気力なのではなく、 

もう気力が残っていない。 

 

だとしたら必要なのは、 

もっと頑張らせることではなく、 

もう一度、気力が戻ってくるだけの「余白」なのかもしれません。

 

 

 

 

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野上徳子(のがみとくこ)
内科医・心理カウンセラー
1967年生まれ、岡山育ち。現在、愛媛県松山市在住。

医師として30年診療に携わる中で、昔から‟病は氣から”というように病気の原因は氣(潜在意識)が大きく関わっていることに気付き、現在は、病気や生きづらさの中に生きる価値を見出し、本当の自分として命を輝かせて生きるサポートをしています。