最近、ふと気づいたことがあります。 

 

私はずっと、自分のことを「鈍感な人間」だと思っていました。 

でも、どうも違ったようです。 

 

鈍感だったのではなく、鈍感なふりをしていた。

 

本当は敏感に感じていたけれど、それを感じていないふりをしていたんです。 

 

人と話しているときの目の動き。 

声のトーン。 

ほんの一瞬の表情の変化。 

その場の空気。 

 

私は、そんな小さな小さなものを、本当はずっと感じていました。 

 

でも、人と一緒にいるといろいろ感じてしまう。 

それがしんどくて、ひとりでいたくなる。 

 

ところが、ひとりでいるとやっぱり寂しい。 

 

だから私は、 

「もっと強くならないといけない」 

と思ったのかもしれません。 

 

強くなって、感じないふりができるようになれば、誰かと一緒にいられる。 

 

今思うと、そんなバカな、です。 

 

感じないふりをすればするほど、苦しくなっていきました。 

 

 

私は3人きょうだいの真ん中で、3歳のときに妹が生まれました。 

「お姉ちゃんなんだから」 

 

そんな言葉を聞きながら、いつの間にか、

 我慢しないといけない。 

強くないといけない。 

 

そう思うようになったのだと思います。 

 

もちろん、親が悪かったという話ではありません。 

 

小さな私なりに、自分を守る方法を身につけたのでしょう。 

 

でも今は、 

もっと敏感でいい。 

もっと繊細でいい。 

と思っています。 

 

「なんとなく嫌」 

「なんとなく心地いい」 

「なぜかわからないけど、ざわっとする」 

 

うまく説明できなくても、それも自分の大切な感覚です。 

 

感じたものを、すぐに打ち消さなくていい。 

 

「私は今、こう感じているんだな」 

 

まずは、自分が自分の感覚を拾ってあげる。 

 

ずっと強くいなくてもいい。 

ずっと平気なふりをしなくてもいい。 

敏感なままでも、人と一緒にいていい。 

繊細なままでも、生きていていい。 

 

 

私は今、そんなことを少しずつ自分に許し始めています。

 

 

 

 

 



野上徳子(のがみとくこ)
内科医・心理カウンセラー
1967年生まれ、岡山育ち。現在、愛媛県松山市在住。

医師として30年診療に携わる中で、昔から‟病は氣から”というように病気の原因は氣(潜在意識)が大きく関わっていることに気付き、現在は、病気や生きづらさの中に生きる価値を見出し、本当の自分として命を輝かせて生きるサポートをしています。