夫は、
食洗機で食器がきれいに洗えていなかったら、
「ダメだな」
奈々太郎が言うことを聞かなかったら、
「バカ犬」
部下が論文を書かなかったら、
「ダメだ」 と言います。
私は、その言葉を聞くたびに、
まるで自分に言われているように感じていました。
「そんなこと言わないで」
そう伝えたら、
夫から、
「じゃあ、食事はそれぞれ別に買ってきて食べたらいい」
「何なら離婚してもいい」 と言われました。
その時、私は思いました。
「言わせたのは私」
「私が言わせた」
でも、それは、
私が悪いという意味ではありません。
この出来事が、
私の内側の何を見せてくれているのだろう。
そんなふうに、自分の内側を見てみようと思ったのです。
夫が「ダメ」と言うたびに、
私はなぜ、自分まで否定されたように感じるのだろう。
もしかすると、私の中に、
失敗したら価値がない
ちゃんとしていないと愛されない
本音を言ったら関係を失う
そんな思いが残っていたのかもしれません。
夫の言葉は夫のもの。
でも、
その言葉が私のどこに刺さるのかは、 私の内側にあるものです。
だから私は、 夫を変えようとする前に、 自分にこう伝えました。
誰かが「ダメ」と言っても、 私はダメにはならない。
誰かが私を否定しても、 私の価値はなくならない。
私は、愛されるために、 自分の気持ちを我慢しなくていい。
そう思えたら、 とても心が楽になりました。
その後、夫と一緒に夕食を食べました。
すると夫が、
「散歩の時にいつも会うおばさんが、 徳子のことをすごく若いって褒めてたよ。
次女に、お姉さん?って聞いたら、 お母さんだって言うから、 すごく若いねって」
と話してくれました。
直接「ごめん」と言ったわけではありません。
でも、夫なりに、 私とのつながりを戻そうとしてくれたのかもしれません。
人は、相手の言葉に傷つくことがあります。
でも、その痛みの中には、
自分をもっと深く知るための入り口があることもあります。
今回、私が気づいたのは、
私はもう、 誰かの評価で自分の価値を決めなくていい
ということでした。
相手の言葉は相手のもの。
私の価値は、私のもの。
それを取り戻すことが、 この出来事から受け取った、
私へのメッセージだったのかもしれません。
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