同居している次女が大学を卒業し、

来週には家を出ることになりました。 

 

 

そんな時、主人がこんなことを言いました。 

「中学受験をせずに、

地元の公立中学に進んで、高校受験をしていたら、

もっと普通の学生生活を送れたんじゃないかな。」 

 

私はこう答えました。 

「そんなことはないと思う。

あのネガティブな体験も、

きっと必要だったんだと思う。」 

 

すると主人は、こう言いました。 

「そう言えるのは、そこから抜け出したからだよ。

もし抜け出せなかったら、そんなふうには言えない。」 

 

 

 

次女は、私立の進学校に進んだものの

ついていけず高校中退。

大学も1年生の時、単位が取れず留年しました。

 

 

 

主人がそう感じるのも無理はないと思います。

なぜなら、

主人はその出来事を“外側から見ていた人”だからです。 

 

乗り越える過程や、

そこにあった葛藤や努力を、

同じ温度で体験していたわけではありません。 

 

だから、

「ネガティブな体験はない方がいい」

「どこで間違えたのだろう」

という発想になるのだと思います。 

 

 

でも私は、少し違う見方をしています。 

ネガティブな体験があるからこそ、

人は学び、成長することができる。

 

 出来事そのものが問題なのではなく、

そこから何を受け取るかだと思うのです。 

 

もしその体験を「学び」として受け取れなければ、

同じような苦しさは形を変えて続いていく。 

 

でも気づきが生まれたとき、

その出来事は意味を持ち始めます。 

 

私は今回の経験を通して、

そのことに気づくことができました。 

 

だからこそ、あの時間を体験させてくれた娘に、 

今は心から感謝しています。 

 

娘の成長だけではなく、 

親である私自身も、大きく成長させてもらったと思っています。

 

 

 

 

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野上徳子(のがみとくこ)
内科医・心理カウンセラー
1967年生まれ、岡山育ち。現在、愛媛県松山市在住。

医師として30年診療に携わる中で、昔から‟病は氣から”というように病気の原因は氣(潜在意識)が大きく関わっていることに気付き、現在は、病気や生きづらさの中に生きる価値を見出し、本当の自分として命を輝かせて生きるサポートをしています。