リバプール下部組織で成長し、ファーストチームでも公式戦67試合1ゴール2アシストを記録したスティーブン・ウォーノック。
主にレフトバックとして活躍し、ブラックバーンやアストンヴィラに所属していた2008年から2010年にかけてはイングランド代表にも選出され、2010年W杯南アフリカ大会にも帯同。
その後、リーズやウィガンを経て、バートン・アルビオンからブラッドフォード・シティにローン移籍していた2018年4月に17-18シーズン限りでの現役引退を表明。
引退後は鬱症状にも苦しんだことも明かしながら、BBCやSkysportsなどで解説者やレポーターとして活躍。

先日、All Out FootballのIn The Mixerに出演し、そんな自身のキャリアについて振り返る中で、リバプール加入前にライバルとの契約にサインしたことや、リバプール行きを決心したのが意外な場所だったことを明かした。
『地元チームでプレーしていた頃、リーグベストを作り上げた監督が居たんだ。リバプール、マンチェスター・ユナイテッド、エバートンなどとの試合をはじめとして、そういった試合を巡りながら活動していた。』
『昔はそうやってスカウトに見つけてもらっていた。今みたいに、全試合をスカウトが観にくることなんてなかったからね。』
『最初はエバートンを選んだけど、数週間後にリバプールと対戦した。良いプレーはできたけど、何も聞かされなかった。それで、試合後にマクドナルドに寄ったらリバプールのコーチも入って来たんだ。』
『皆んなそこに居て、リバプールのコーチだったヒュー・マコーリーが言ったんだ。「試合後、君に会いたかったんだよ。トライアルに来ないか?」って。だから、エバートンを出てトライアルに行った。10歳くらいだったかな。』
『違ったよ。週に2回しかトレーニングがなかったし、学校を休むこともあるような、今とは違った。日曜日に試合があって、それだけだった。』
『でも、リバプールファンとして育ったからには、それは特別なことだった。それがどれ程の重要性を持つか、どれ程の大きなものになるか、どこに辿り着けるかは想像できないだろう。』
『KOPとして育ったんだ。両親は離婚したけど、母と私がレッズ、父と弟がブルーズだった。』
『昔はそうやってスカウトに見つけてもらっていた。今みたいに、全試合をスカウトが観にくることなんてなかったからね。』
『最初はエバートンを選んだけど、数週間後にリバプールと対戦した。良いプレーはできたけど、何も聞かされなかった。それで、試合後にマクドナルドに寄ったらリバプールのコーチも入って来たんだ。』
『皆んなそこに居て、リバプールのコーチだったヒュー・マコーリーが言ったんだ。「試合後、君に会いたかったんだよ。トライアルに来ないか?」って。だから、エバートンを出てトライアルに行った。10歳くらいだったかな。』
『違ったよ。週に2回しかトレーニングがなかったし、学校を休むこともあるような、今とは違った。日曜日に試合があって、それだけだった。』
『でも、リバプールファンとして育ったからには、それは特別なことだった。それがどれ程の重要性を持つか、どれ程の大きなものになるか、どこに辿り着けるかは想像できないだろう。』
『KOPとして育ったんだ。両親は離婚したけど、母と私がレッズ、父と弟がブルーズだった。』

エバートンファンで、シーズンチケットを保有する程に熱心に応援していたお父様。
ただ、自身がそんなエバートンからリバプールに乗り換えたことについて、何も気にせずにサポートし、幸せを願ってくれたともコメント。
『父はエバートンのシーズンチケットを保有していた。私と弟と自分の分と、3つのチケットをね。だから、エバートンの試合にはよく行っていたけど、アウェイファンと一緒に歌っていた。1週間後にはリバプールに行って、KOPスタンドで立っていたよ。』
『父は気にしていなかった。「お前がハッピーで、フットボールをプレーできるならどこだっていいんだ。心配なのはそこだけだよ。」って。』
『弟はエバートンファン、でも彼の息子2人はリバプールファン。弟は彼らをリバプールの試合に連れて行っているけど、気にしていない。ただ、「さて、どんな奴らを応援しているのかな…」という感じでね。』
『父は気にしていなかった。「お前がハッピーで、フットボールをプレーできるならどこだっていいんだ。心配なのはそこだけだよ。」って。』
『弟はエバートンファン、でも彼の息子2人はリバプールファン。弟は彼らをリバプールの試合に連れて行っているけど、気にしていない。ただ、「さて、どんな奴らを応援しているのかな…」という感じでね。』



