リバプールの長いクラブ史に於いて、1人しか所属した経歴がない国や地域の代表選手について。

下部組織やファーストチーム、出場試合数などの成績を問わず、記録されている限りで所属歴がある選手という条件の下で①②に分けて13名を紹介。

リバプール所属時は違う国や地域を代表していた場合もあるが、その後に国籍や代表変更を行った選手たちもカウント。

①はこちらから。








ハウクル・インギ・グドナソン


国・地域:アイスランド
所属期間:1997年10月〜2000年5月
ポジション:センターフォワード
成績:ファーストチーム出場無し

19歳でリバプールに加入して3年間を過ごしたが、97-98シーズンの第32節アーセナル戦と第38節ダービー・カウンティ戦でベンチ入りしたのみ。

アイスランド代表でプレーし、同国の監督を務めたグズニ・キアルタンソンの息子であり、本人も1998年6月の南アフリカ戦でアイスランド代表デビューを果たした。



ゴドウィン・アントウィ


国・地域:ガーナ
所属期間:2005年7月〜2009年7月
ポジション:センターバック
成績:ファーストチーム出場無し

ガーナで生まれ、スペインクラブでのプレーを経て2005年7月にリバプールアカデミーに加入。

首都アクラに次ぐガーナ第二の都市クマシで生まれたが、10代前半にスペインに渡ったことから、ガーナ国籍ながらU-19スペイン代表としてもプレーした。



ギオルギ・ママルダシュヴィリ


国・地域:ジョージア
所属期間:2025年7月〜
ポジション:ゴールキーパー
成績:ファーストチーム出場無し

2021年6月にバレンシアにローン移籍すると、当初はリザーブ所属だったものの負傷者などの事情からチーム内の序列を高めて行き、同年末には完全移籍を果たす。

リバプール加入後はまだ出場機会はないが、バレンシア移籍後の2021年9月にジョージア代表デビューを果たし、現在まで31試合に出場。






ラグナル・クラヴァン


国・地域:エストニア
所属期間:2016年7月〜2018年8月
ポジション:センターバック
成績:53試合2ゴール0アシスト

1985年に当時はまだソ連の形成国だったエストニアに生まれ、1999年にU-15代表に招集されて以降、引退するまでにフル代表で130試合に出場した。

エストニア史上最高の選手とも評され、現役だった2016年からは同国のJKタリナ・カレフの会長も務めている。



コロ・トゥレ


国・地域:コートジボワール
所属期間:2013年7月〜2016年7月
ポジション:センターバック
成績:71試合1ゴール2アシスト

アーセナル、マンチェスター・シティ、リバプールとビッグクラブでプレーをし続けたのち、かつて指導を受けたブレンダン・ロジャーズが率いていたセルティックに加入し、引退後はロジャーズの下でコーチを務めた。

ASECミモザでプレーしていた2000年にコートジボワール代表で初出場を果たすと、15年間で同国史上2位となる121試合に出場した。



ニコライ・ミハイロフ


国・地域:ブルガリア
所属期間:2007年7月〜2010年7月
ポジション:ゴールキーパー
成績:ファーストチーム出場無し

2007年7月、ほぼフィオレンティーナへの加入が決定したと言われている中でリバプール加入が実現したことに『言葉が出ない。人生最高の瞬間だ。』と語っていた。

元プロGKの祖父、ブルガリア代表史上2位の出場記録を持つGKの父とエリートGKの家系で育ち、本人も2006年から2022年まで同国代表として46試合に出場した。 





画像:Federação Portuguesa de Futebol


ジョタの親友として知られるルベン・ネヴェスが、ポルトガルメディアTV Guiaがインスタグラムに投稿した低俗な内容に対して冷静且つ強く怒りを見せた。

同メディアは、"死後の結束。ディオゴ・ジョタの後妻が如何にして親友を頼ったか。"という見出しを付け、更にジョタの奥様ルーテさんがキスをするように顔を近づけているように見える画像を投稿。

ルベン・ネヴェスは、その投稿にコメントする形で自身の奥様へのリスペクトや他人を尊重しない人間に対する意見を述べている。




『私は常に人の良いところを信じている。そうしないように警告されたことも、私が間違っていたこともあるが、決して誰かを傷つけようと思ったことはない。』

『この写真を掲載した人物は幸せには値しない、写真の選択が幸せではなかったように。私と妻は11年以上を共に過ごし、幸せで、私を誇らしく思わせてくれる家庭を築いていて、11年間で一度たりとも大きな問題に巻き込まれたことはない。』

『私たちは、ルーテと彼女の家族を出来る限り助けようと全力を尽くしてきた。この写真の選択も、この写真を選択した人物も、発表した人物も残念だ。』

『皆に仕事があることやベストを尽くそうとする人々を尊重するが、私は他人を尊重出来ない人間を尊重しない。』

『もう一度言うが、私は共に居てくれる女性(自身の奥様)や家族を誇りに思う。我々はルーテの強さを誇りに思うし、彼女のためにここにいる。彼女もそれを分かってくれている。』

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画像:Liverpool FC


リバプールの長いクラブ史に於いて、1人しか所属した経歴がない国や地域の代表選手について。

下部組織やファーストチーム、出場試合数などの成績を問わず、記録されている限りで所属歴がある選手という条件の下で①②に分けて13名を紹介。

リバプール所属時は違う国や地域を代表していた場合もあるが、その後に国籍や代表変更を行った選手たちもカウント。






アストリット・アイダレヴィッチ


国・地域:アルバニア
所属期間:2007年1月〜2009年7月
ポジション:セントラルミッドフィールダー
成績:ファーストチーム出場無し

ユーゴスラヴィアのプリシュティナ(現在はコソボの首都)で生まれたが、世代別の代表は長く居住していたスウェーデンを選択。

2017年、両親の母国であるアルバニアに代表を変更すると公表し、同年11月にトルコ代表との親善試合でデビュー。



アンドレイ・ヴォロニン


国・地域:ウクライナ
所属期間:2007年7月〜2010年1月
ポジション:セカンドストライカー
成績:40試合6ゴール5アシスト

ソ連のオデーサ(現在はウクライナ)で生まれたのち、10代半ばにドイツのボルシア・メンヒェングラートバッハへに渡り、マインツやレヴァークーゼンなど主にドイツで活躍。

ソ連時代には世代別を含む代表歴はないが、同国崩壊後の2002年に生まれ故郷がオデーサだったこともあってかウクライナ代表を選択。



トニー・ワーナー


国・地域:トリニダード・トバゴ
所属期間:1993年11月〜1997年7月
ポジション:ゴールキーパー
成績:ファーストチーム出場無し

ファーストチームで120試合でベンチ入りしながらも出場機会は無かったが、タイトルは多く獲得したためトニー・ボーナスという愛称が付けられたことも。

リバプール生まれながら、2006年には家族の血筋からW杯予選に向けたトリニダード・トバゴ代表に招集され、最終メンバーからは漏れたものの2試合に出場。







マルティン・シュクルテル


国・地域:スロバキア
所属期間:2008年1月〜2016年7月
ポジション:センターバック
成績:320試合18ゴール6アシスト

DFとしては当時のクラブ最高額1000万ユーロで加入すると、1シーズンでの最多オウンゴール記録を作りながらもファンから長く愛された存在となった。

アイスホッケー選手としての将来も嘱望されたが、スロバキアと言えばという選手の1人に成長し、同国史上5位となる104試合に出場。



スティーヴン・コーカー


国・地域:シエラレオネ
所属期間:2016年1月〜2016年5月(ローン)
ポジション:センターバック
成績:4試合0ゴール0アシスト

イングランド代表として1試合に出場したが、フレンドリーマッチだったため変更が認められ、2022年からは家族のルーツであるシエラレオネ代表としてプレー。

ルーツであるシエラレオネのコーカー家と言えば、17世紀にイギリスの奴隷商人トーマス・コーカーが築いた同国の有力且つ歴史がある一族。



リアム・ミラー


国・地域:カナダ
所属期間:2016年7月〜2021年7月
ポジション:レフトウィンガー
成績:1試合0ゴール0アシスト

カナダのトロントで生まれ、地元チームでプレーしていた2013年にフラムに加入し、2016年夏にはリバプールアカデミーへ。

2017年にU-20カナダ代表に選出されると2018年にはフル代表にも選出され、2024年のコパ・アメリカにも出場した。



ケヴィン・スチュワート


国・地域:ジャマイカ
所属期間:2014年7月〜2017年7月
ポジション:ディフェンシブミッドフィールダー
成績:20試合0ゴール0アシスト

2010年からトッテナムに所属していたが、2014年夏にフリーでリバプールに加入するにあたり、自身のSNSにて幼い頃からの夢だったと明かした。

世代別を含めてイングランド代表招集経験がなかったが、家族の血筋から2021年にジャマイカ代表の予備メンバーに登録され、2022年1月のパナマ戦でデビュー。