マンチェスター・ユナイテッドで長く活躍し、サー・アレックスの下で多くのタイトルを獲得した元オランダ代表GKエドウィン・ファン・デル・サール。

現在は20回で並んだが、マンチェスター・ユナイテッドでプレーしていた06-07〜08-09までリーグ3連覇を達成し、リバプールが保持していた最多記録に並ぶなど長きに亘ってライバルチームの守護神として厄介な存在だった。

ただ、過去に応じたインタビューの中で、キャリアのうちに2度リバプールに加入するチャンスがあったことを明かしている。







1度目は、アヤックスのチャンピオンズリーグ優勝などに貢献して評価を高めて移籍市場を迎え、500万ポンドの移籍金でユヴェントス史上初の外国人正GKとなった1999年夏のこと。

『2つの選択肢があった。リバプールかユヴェントスか。両クラブと話をしたが、心がイタリア行きをプッシュしていた。』

『当時のセリエAは世界最高のリーグだったし、ユヴェントスはその歴史に加え、1996年のチャンピオンズリーグ決勝で敗れた相手でもあった。』

『白と黒のシャツも気に入っていたし、ディノ・ゾフといった伝説的なGKが所属したチームでプレーすることに興味をそそられていた。』



2度目はユヴェントスを離れた2001年夏。

大きな期待を寄せられていたものの、チームは2年連続で2位に終わり、イージーミスが続いたことやパルマからブッフォンが加入したことでフラムへの移籍を決断。

『当初はリバプールとドルトムントの2択だったが、どちらのクラブも獲得を少し躊躇ったようで、結局はフラムに行った。』

『オールドトラフォードでは素晴らしい6年を過ごした。所属期間が終わった時、既に40歳というそれなりの年齢になっていたし、ブンデスリーガに挑戦するには歳を取りすぎていた。』


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画像:Athletic Club


アスレティック・ビルバオが2015年に創設したワン・クラブ・アワードの今年の受賞者に、リバプールのレジェンドであるジェイミー・キャラガーが選出された。

プロキャリアを1つのクラブだけで終えた所謂ワン・クラブマンを称えるためのアワードで、男子選手部門では過去にインテルのジュゼッペ・ベルゴミ氏、バルセロナのカルレス・プジョル氏、ACミランのパオロ・マルディーニ氏らが受賞。

キャラガーも1996年から2013年まで、プロとしての17年間をリバプールで過ごし、クラブ史上2位となる737試合に出場したほか、00-01シーズンのカップトレブルや04-05シーズンのCL制覇に貢献。

現地時間9月23日の第6節ジローナ戦の前にサン・マメスで行われる授賞式に出席するほか、ダブルヘッダーとして行われたプレシーズンマッチ前にアンフィールドでアスレティック・ビルバオのクラブ公式メディアからインタビューを受けていた。 









受賞の喜び


『アスレティック・ビルバオから受賞の連絡があった時、本当に光栄だった。過去の受賞者を見てみると、マルディーニやプジョルといった、DFとしても素晴らしい偉大なワールドクラスの選手たち。』

『とても嬉しかった。リバプールでプレーし始めてから、ずっとワン・クラブマンになりたかったんだ。私が個人で受賞した他の賞と同じくらい、もしかしたらそれ以上かもしれない。唯一無二の特別なものだ。』

『凄く光栄だし、この賞は将来に続くものだと思う。私の名前が、他の偉大な選手の名前と並んでいる。ワン・クラブマンとして、同じことをしてきたすべての選手に敬意を払うよ。』

『その中には特別な名前もある。そして、その隣に私の名前があることは凄く名誉なこと。とても特別で、私の誇りだ。2005年のCL優勝と並ぶ、キャリア最大の功績となる。』


リバプールというクラブ


『リバプールは素晴らしいクラブだが、彼らは選手がキャリアをここで全うするよう留まることだけを望んでいる訳ではない。一定のレベルに達していなければならないんだ。』

『アカデミーからリザーブ、トップチームと、様々なコーチや選手、ファンまでもが私を助けてくれたし、大きなインスピレーションを与えてくれた。』

『でも、勝たないといけない。プレーしないといけない。リバプールのファンは選手や監督と同じくらい、いやそれ以上に重要かもしれない。』

『どのチームにも言えることかもしれないが、ファンとの繋がりがリバプールを特別な存在、イングランドで最も成功したクラブにしているのだと思う。』

『その多くは、アンフィールドに来ることと関係している。リバプールの選手だけでなく、相手選手にも影響するんだ。長くプレーする中で、ファンとの関係や、自身がファンの一人であることに凄く助けられたと思う。』

『ファンは私をフットボールのスターではなく、一人の人間として見てくれていたと考えている。ピッチの上にいるファンだったと。』


ヨーロッパタイトル


『ドルトムントで行われたUEFAカップ決勝でアラベスを破ったことは、その数年後にイスタンブールでの決勝があったためかほとんど忘れられている。だが、UEFAカップ決勝としては史上最高の試合だったかもしれない。』

『つまり、2001年にはUEFAカップ史上最高の決勝、2005年にはヨーロッパのカップ戦史上最高の決勝をプレーした。凄くラッキーだったし、私がプレーした試合では最も有名な2試合かもしれないね。』

『2005年のCL決勝で我々が成し遂げたことは、世界中の誰もがずっと覚えているだろう。アスレティック・ビルバオのファンですら、どこにいて、どこで見たかを覚えているだろうと確信している。』

『あの試合の一員であり、この街の出身で、多くのファンや家族、友人を知っている私にとって、地元のクラブでプレーするときは、勝利も敗北もより強く感じるものだと常々思っている。ジェットコースターのようだ。アスレティック・ビルバオに長く所属している選手たちの中には、それが分かる選手もいるはずだ。』

『勝った時は、この大きな家族の一員になったような感じがする。負けた時は、この世界の終わりのように感じる。それは、私やスティーヴン・ジェラードが経験したことでもある。』

『でも、2005年は…地元出身選手であること、地元クラブ出身であること、多くの人々の人生にどれだけの影響を与えるかを知っていることが、より特別なことだった。』


フットボールの現状


『金に支配されている現状のフットボールについて考える時、ユース出身であることや、バスク地方にルーツがある、といったことは、フットボール界で最も特別なことだと思う。』

『人々は放映権やチャンピオンズリーグについて話しているが、全ては金、金、金。そして、ファンが最初に考えるのは、この選手やあのビッグネームを買えるということであり、そこに大きな違いがある。本当に重要なことだと確信している。』

『それが、アスレティック・ビルバオを長くフットボール界の誰からもリスペクトされる存在にしているのだと思う。』






ニコ・ウィリアムズ


『彼がビルバオとの契約にサインしたことには驚いた。だが、彼とクラブな繋がりがいかに特別かや、ワン・クラブマンという伝統を彼が受け継ごうとしていることを物語っている。』

『今後数年間、アスレティック・ビルバオの左サイドには特別な選手がいるという意味でもある。そして、チャンピオンズリーグでも素晴らしいシーズンを過ごすだろう。』

『あのような決断は、世界中のどこを探しても見つからないだろう。だが、それこそがアスレティック・ビルバオの唯一無二のところであり、育成という点で、彼は今、ユースや下部カテゴリーにいる全選手の参考になる。誰もが次のニコ・ウィリアムズになりたがるだろう。』


ハワード・ケンドール


※ 選手や監督としてエバートンで成功し、のちにアスレティック・ビルバオも率いた人物。
『彼は間違いなくエバトニアンから愛され、称賛されているが、それは街全体もそうだ。とても尊敬されていて、それはアスレティック・ビルバオでも同じだと思う。』

『素晴らしい指導者、素晴らしい人として懐かしく記憶しているだろう。エバートンがリバプールのために、特にあの悲劇(ヒルズボロ)の後にしてくれたことは、とても特別なことだった。』

『一体感と連帯感、それがリバプールという街の特徴なんだ。』


リバプールとアスレティック・ビルバオ


『1983-84シーズンに何が起こったかは知っている。アスレティック・ビルバオとリバプールが対戦した。その後にリバプールはヨーロピアン・カップを制したが、彼らが最も難しい対戦相手だっただろあ。』

『マイケル・ロビンソンやサミー・リーなど、スペインでもプレーしたことのある当時の選手たちだけでなく、ファンとも話をしたことを覚えている。当時の監督がジョー・フェイガンだったことも覚えているよ。』

『リバプールは素晴らしいチームだったが、自分たちのチャンスに対する確信がないようだった。1st legは引き分けに終わり、2nd legでビルバオに行ったんだったと思う。だが、当時のアスレティック・ビルバオは2年連続でリーグを制覇している有名なチームだった。』

『特別なチームだったのは明らかだった。スペインの強豪といえば、リーグを制覇するようなチームだと分かっている。だから、アスレティック・ビルバオの2年連続優勝というのは特別なことなんだ。とても優れたチームだった。』

『つまり、リバプールにとっては大逆転勝利だったんだ。だから、さっき、ローマでの決勝までの道のりで最も難しい相手だったと言ったんだ。』


リバプールでプレーすること


『イングランドだけでなく、世界で最高の選手を見つけようとし、常にトップの栄誉を勝ち取ることを考えているチームでプレーすることは私の誇りだと思う。 』

『様々な監督の下でプレーしたし、様々なチームメイトや選手、そして私の後釜にと獲得された選手もいた。だが、私はチームに留まり争って争って、プレーして、3ポイントとトロフィーの獲得のために全てを尽くそうとした。』

『私にとって、キャリアに於ける最大の誇りはプレーしたクラブが一つであるということ。人々に「あなたがプレーしたクラブは?」と聞かれた時、「リバプールだ」と言いたい。他のクラブの名前は言わないんだ。』

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画像:molise


プレミアリーグ復帰が噂されるオリーセについて、Bildのクリスティアン・フォルクは『少しでも長く待ってしまえばバイエルンにとって難しくなる』とコメント。

マンチェスター・シティやリバプールを含むプレミアリーグクラブが注目しており、素早く動かなければ急襲されるだろうとしている。

当然、バイエルンは昨季公式戦55試合で20ゴール23アシストを記録したスターをチームに留めたいと考えているものの、同時に給与総額を抑えたいというチーム方針も変わっておらず。






『オリーセのバイエルンでの契約状況は、ジャマル・ムシアラのものと似ているところがある。少しでも長く待ちすぎると、どんどん難しくなる。』

『過去には、クラブは契約満了の1年前になってからこういった話し合いをしたものだが、今は事情が違う。オリーセが持つクオリティを見れば、もっと早く動かなければならない。』

『そうでなければ、プレミアリーグから急襲される。マンチェスター・シティが注視している。リバプールもそうだ。』

『契約が満了しない限り、残留させるチャンスはある。今、将来はミュンヘンにあるのだと納得させられるものを示さなければならない。』

『一方では「パフォーマンスに応じて年俸を上げろ」と言われるが、もう一方で「チーム全体のサラリーを引き下げたい」というバイエルンの意思は変わらず。だから、難しいんだ。』

 
CF Bayern Insiderより抜粋

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