都育成条例改正案、可決されましたね。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20101215-00000050-zdn_n-soci
インターネット上では反対派の声が目立っていました。
漫画家や出版社の反対運動もあったのですが、声は届かなかったようですね。
私は反対とも賛成とも言えないと感じていました。
そもそも、今回の条例案とは、
「未成年向けの漫画やアニメ等の過剰すぎる性的描写」を規制
という内容です。
そのことにおいては、確かに私自身も、
主にコンビニなどでは未成年コーナー"ではない"漫画コーナーの中に
一見表紙は普通だったりするにも関わらず、平然と並べられている事については
疑問を抱いておりました。
特に最近は、アニメや漫画での美少女キャラ人気が上昇しており、
そのため、少女キャラが描かれた漫画の表紙だけでは、非エロ漫画か成人向けか
見分けもつかないこともあります。
中には表紙に"成人向け"と記載されていないのもありましたし、
一部の女性向けのコミック雑誌では男性誌以上にリアリティのある性的描写のあるコミックもありました。
私も昔は何度か買った経験もありましたが、たしかに違和感はありました。
ということで今回の条例案は、
"漫画アニメにおける性的描写を規制"という意味ではなく、
漫画・アニメの販売においても、成人向けDVD(いわゆるAV)やアダルトグッズのように、
しっかりとした売り場分けをする事&未成年が簡単に立ち読みできないようにすること、
そして未成年向けの漫画・アニメにはそのような描写を設けない事
という点を重視した条例なのです。
もちろん、それらを用いて売りにしていた未成年向け漫画の作者等は、
反対することも当然でしょうね。
しかし、反対派がすべてそうであったわけではありません。
実は、一度こういった条例案が通れば、
次は同じ漫画・アニメでこういう描写を規制しよう、そしてその次はこれを規制・・・
といったように、1度条例が可決されればそれを足がけに、
とんとん拍子で規制しやすくなっていく・・・
という懸念があるからだそうです。
特に某知事は、現代日本のサブカル文化やマイノリティなどに対し、
多くの嫌悪感と偏見を持っているようなので、
多くの規制反対派が懸念しているような条例案が、いずれ再発案され、
簡単に可決されるかもしれない・・・という事を不安に感じているわけです。
分かりやすく言えば、一度条例案で上がった「非現実犯罪規制案」。
これはその名の通り、未成年向けアニメ・漫画上における犯罪描写を規制する
といった、なんとも無謀で浅はかな法案なのです。
ご存知の通り、成年向け未成年向け関わらず、
多くの漫画・アニメなどは、実際の法律で見ると犯罪として扱われる描写に溢れています。
銃刀法違反、殺人、強盗、道路交通法違反、決闘罪、etc
未成年誌における過剰な性的描写を取り締まる事は理解できますが、
その他の法律違反も、架空である漫画・アニメでも未成年向け誌においては描写してはならない・・・
という事になります。
ご存知のように、多くの少年漫画でも人気漫画でも、そのような描写は大方"基本"や
”エッセンス”なので、これが規制されれば多くの作家や出版社、読者に大ダメージを受けてしまいます。
しかし矛盾も付きまとうんですよね。
現代日本の法律が適用されない時代設定としたらどうなのか、
現代を描いていても、地球とは異なった地球によく似た世界という設定ならどうなのか。
それに現代だとしても、国ごとの法律も異なります。
多くの漫画は現在でも、地球じゃなかったり、
舞台は地球だとしても国は指定せずに架空都市であったり。
中には国も指定した上で、ストーリーや登場人物はフィクション・・とありますがね。
むしろほとんどの作品がそうだと思います。
また、成年向け未成年向けはどう区別するのか。
性的描写の激しい漫画は本屋でも成人コーナーにありますが、
性的描写を主体としていない成年誌連載の漫画もあります。
そちらは本屋でもコーナーが違うだけで成年向け未成年向けとは区分していません。
それらは未成年も問題なく購入できますし、読む事を規制する理由もありません。
例えば子供に人気のあるクレ○ンしん○ゃんですら、
あれは確か青年向け雑誌に連載されていた作品だったと思います。
未成年誌における過剰な性的描写規制・・・は分かるのですが、
「非実在犯罪」を規制すれば、"犯罪"全てを規制するという面も出てくるので、
矛盾もあれば問題もありますよね。そしてもちろん多くの人気漫画も自粛したり、
テーマや描写が統制されることになりかねないのです。
多くの反対派側は、こうした先にある危険法案を懸念した上で、
その足がけになる今回の法案にも反対していたのです。
しかし、今回の条例とそれとは別!!とも思いますよね。
確かに今回の条例はあくまで「未成年誌における過剰な性的描写規制と販売/陳列方法」なだけです。
これは私も賛成はしています・・・が、
これを足がけに、次回はもっと危険な条例が可決されやすい懸念があるために反対!
という声は、残念ながら少し無理があると思うのです。
その懸念も私には分かりますし、漫画が大好きな私にとっては
そういう条例が出ればかなりダメージを受けます。
そういう意味で私は反対派とも賛成派ともいえなかったのです。
難しい問題ですね、本当に。
でも、この条例が可決されたからといえども、
懸念される「非実現犯罪規制条例案」というのは、安易に今回のようには可決はされないと思っています。
それこそ次回、そういう条例案が出されれば、今回は反対しなかった出版社や作家達も
更に直接的に被害を受けるので反対派に回るだろうし、
一般人読者だけじゃなく、政治家の中でも愛読している方々もいるかもしれませんしね。
そして何より、小説やドラマ、映画などは対象に入らないという点も挙げられます。
これも変な矛盾ですよね。
まぁドラマや映画は既に倫理委員会などがあってそういう機関で審査して
厳密に年齢指定を設けている という事もありますし、
噂では、漫画・アニメを規制したがる先には、
人気のある文化なのにそういう委員会がないので、
委員会や機関を設けて、新たな天下り先を作る目論みがあるゆえだ。
という噂もあります。あくまで噂なので真偽の程はわかりませんけれどね。
それよりも、某知事はセクシャルマイノリティ者に対し
差別発言をしているし、漫画家などに対してもどこか偏見を持っているそうです。
重要な役職である者が公の場でそういう発言をすることは問題ではないのでしょうかね(笑)
思想は誰にも制限できるのではないものなので仕方ないですが、
軽々と発言する というのはまた別問題ですよね。
しかし、その知事を選んだのも、また国民でもあります。
そういう思想を持った方を選ぶ=思想は民意である という解釈もとれるんですが、
実際の世間はどうなんでしょうね。
世論調査も国民アンケートも私はぶっちゃけ信用していないので、
本当の世間的民意 というものが気になるこの頃です。
「世間の本当の意識」といえば、
2~3個前の記事にも書きましたが、
例えば私の職種や、性別、喫煙など、
最近の世間認識的に見れば、確かに胸を張れるものではないですが、
といってもそういう点を兼ね備えた自分が、
実際に街中や知人やお客様から「軽視」されているような感じはありません。
逆に、一部のインターネット民から見れば大多数の人から軽視はされる立場でしょう。
また逆に見れば、そのインターネット民も一部の一般人から軽視されているという面もあるので、
どちらが正しいとか正義はありません。
どちらも正義なのです。
かといって大多数意見側について、対立側を軽蔑するわけにはいきません。
私がそれをすれば、 少数派であるセクシャルマイノリティを差別しないでほしい
という主張に重みがなくなってしまいますしね(苦笑)
でも突き詰めれば、
差別すること、相手を軽蔑すること という行為が、
正義なのか悪なのか・・・という点も判明できなないし、
結局は、時代背景や大多数=一般論に軍配が上がってしまうのも事実です。
人間というのは難しい生き物です。
どんな建前を述べても、
突き詰めれば、
自分の思想を正義だと信じ、それを反対するのは認めたくない。
つまりはエゴという事になってしまいます。
そしてその多くの人間のエゴの中でも、
思想や考え方に共通性があって大多数であるのを、
その時代や地域の「一般論」とし"正"となってしまうのも事実です。
しかし、その”大多数である”という結果はどう得たのでしょう。
本当に意思表意が可能な国民全員の意見を聞き結果を出したわけではないと思う。
俗に言うアンケートや世論調査も、回答者の的を絞った中からということもありえます。
それに成人と未成年はわける必要性もあるのかもわかりません。
極端にいえば赤ちゃんだって、定年を過ぎた高齢者だって、国民であり、
その声は民意に他なりません。
(ただし言葉や文章などで意思表意ができる事は重要なので、赤ちゃん/幼児や寝たきりの方は省く必要はありますね)
成人と未成年の意見を分ける意味には、
法律上社会人であるゆえの責任感や立場から、意見や思想が分かれるのは当然
ということもあるかもしれませんね。
でも単に”思想”といえど、それは一括りにはできない。
成人であっても、20代と30代でも異なるだろうし、
同じ20代であっても、さらには同年間でも思想は異なる。それは当然のこと。
しかし、いち"国家"の存続としての面から考えれば、
個人個人で思想が異なることが分かりきっていても、
ある程度は無理やりにでも共通した思想感や世論を作り上げることも必要なのでしょう。
共通世論を変化させたり統一するには絶対に対立側も生まれるし、
時代によっては血を流してきた歴史も多々あります。
やはり少数派は少数派であって、大多数の世論にうまく受け入れていってもらえることは
難しいのでしょうか・・・
また、セクシャルマイノリティに対し、
人間が男女のつがいを組み子を産み子孫繁栄させるのは鉄則であり、
セクシャルマイノリティを許したら、子孫繁栄を妨害し、人間世界や
国家の衰退にも繋がる
という方もいらっしゃいます。
子孫を残せない という面では恥ずかしながら後ろめたさと無念感を感じています。
ですが、本当にそういう面はあるのでしょうか。
セクシャルマイノリティは古来から存在し、
かのローマ帝国時代もマイノリティ者が多数いたことは有名ですね。
衰退したのはそれが原因でしょうか。
土地の奪い合い、宗教、政治による戦争などの国家殲滅、民族虐殺。
かの国による増えすぎた人口のために設けた生んでよい子供の人数制限。
セクシャルマイノリティを規制しても、絶対に結婚して子作りしなければならない法律がなければ
意味はないと思います。 中には、セクシャルマイノリティだが子孫を作るために
子作りをする方々もいますけれどね。
仮に世の中の3割がセクシャルマイノリティ(公言者も隠れも)だとして、
それを規制しても、公言しなくなるだけで隠れマイノリティであることは規制できません。
どうしても規制するならば、徹底的にそういう教育を施し、完璧な弾圧的世論を作り上げるしかありません。
(そういう国もあるだろうし、日本にもそういう時代もあったかもしれませんが)
そうなれば堂々と差別してよいことになり、イジメてよいことにもなります。
先進国がそういう事になれば、それこそ怖い世の中になると思う。
冒頭で述べた、漫画やサブカル分化の様々な面を規制し、
表現や思想を統一するのは反対だ というのは、
置き換えればセクシャルマイノリティも同じですし、宗教統一論も似た面があり、
対立や闘争は避けられません。
またセクシャルマイノリティではないが、結婚せずに子作りもしないorできない方々は
どうなるのでしょう。
子孫繁栄云々といえば、そちらも同じになります。
では、子孫反映云々でなく、
「見ていて不快感があるから」という方もいます。
その点においては、そういう理由で少数派を軽視する態度も、こちらにとっては不快感がありますよ?
と言い返せます。
これにもどちらにも正義はありますし、甲乙つけられません。
それを、「世間一般(大多数)の認識」という味方をつけて、意見を強調される場合もあります。
そうなれば、少数派は何も言い返せなくなります。
悔しいですがどうしようもありません・・・
最後に、
"美徳感" という面でセクシャルマイノリティを淘汰するべきだという方もいます。
美徳感という面も、個人個人で全く異なります。
美徳感も、ある程度共通性のある大多数で統一し、それが国家の顔となる という面もありますが、
少数派を弾圧する行為も美徳なのでしょうかね。
確かに、日本という国は、「和を大事にする」という面がありますが、
裏返せば、「少数派を排他し大多数側で集いその中で安定し、和を求め作り上げる」という側面があるのは事実です。
1つの平和的な特徴を作り維持するには、その裏に黒い面があるのは仕方のないことです。
その大多数の和の中で生まれ育ち、黒い面を知らなければ、
"平和や和、共存は、平和的な話し合いで解決できるはず"という俗に言われる平和ボケという解釈ももたれてしまいます。
悲しいことに、世の中のどんな事においても、大多数側が市民権をとり豊かに平和に暮らすには、
どこかで犠牲になる側はできるのは避けられないことです。
自分が大多数側である面において、少数派を受け入れ分かち合うために、
いろいろ失わなければならない・・・としたら、そりゃ私とて臆してしまいます。
自分が少数派側の面においては、大多数側に受け入れてもらいたい気持ちも譲れません。
どちらの面においても、お互いに譲れない。
やはり両者が大きなダメージを受けず歩み寄ることは難しいのでしょうかね。
その中でもセクシャルマイノリティ、という少数派は、
実は受け入れられても、大きな問題はないのじゃないか? とも思います。
酒・タバコ・薬などと異なり、規制云々で語れるものではありませんし、
公認されたからといえ、爆発的に増加するわけでもなさそうです。
堂々とされる/メディアにより多く出る可能性もあるので、
2番で述べた「不快感」や、風紀云々・・というものが関わってくるかもしれませんがね。
仮に、今後も今までのようにセクシャルマイノリティが公で活動できにくいとしましょう。
公言はしづらくても、内面は同じなので「隠れマイノリティ」に変わりはありませんが。
しかし、セクシャルマイノリティに関わらず、
「見ていて不快感」と感じるもので認められていて、世にはびこっているものはたくさんありますよね。
結局は、世論だとか、法律だとか、国民の本当の意思=民意ではなく、
一部の有権者達限定の思想によって作られているのではないでしょうか。
プラスに考えれば、この有権者側の多数に認められれば、
認めたくない"大多数"側がいても、世論で認められた---という事になるのでしょうね。
ちなみに、
私は性別や職種、嗜好品などは世論的に少数派ではありますが、
大多数側である思想もたくさん兼ね備えています。
なので今回述べた事が、少数派側の自分にも言えますし、
大多数側の自分に言える面もあります。