都育成条例改正案、可決されましたね。


http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20101215-00000050-zdn_n-soci


インターネット上では反対派の声が目立っていました。

漫画家や出版社の反対運動もあったのですが、声は届かなかったようですね。




私は反対とも賛成とも言えないと感じていました。



そもそも、今回の条例案とは、


「未成年向けの漫画やアニメ等の過剰すぎる性的描写」を規制


という内容です。



そのことにおいては、確かに私自身も、


主にコンビニなどでは未成年コーナー"ではない"漫画コーナーの中に

一見表紙は普通だったりするにも関わらず、平然と並べられている事については

疑問を抱いておりました。



特に最近は、アニメや漫画での美少女キャラ人気が上昇しており、

そのため、少女キャラが描かれた漫画の表紙だけでは、非エロ漫画か成人向けか

見分けもつかないこともあります。

中には表紙に"成人向け"と記載されていないのもありましたし、

一部の女性向けのコミック雑誌では男性誌以上にリアリティのある性的描写のあるコミックもありました。


私も昔は何度か買った経験もありましたが、たしかに違和感はありました。




ということで今回の条例案は、

"漫画アニメにおける性的描写を規制"という意味ではなく、

漫画・アニメの販売においても、成人向けDVD(いわゆるAV)やアダルトグッズのように、

しっかりとした売り場分けをする事&未成年が簡単に立ち読みできないようにすること、

そして未成年向けの漫画・アニメにはそのような描写を設けない事

という点を重視した条例なのです。



もちろん、それらを用いて売りにしていた未成年向け漫画の作者等は、

反対することも当然でしょうね。


しかし、反対派がすべてそうであったわけではありません。




実は、一度こういった条例案が通れば、

次は同じ漫画・アニメでこういう描写を規制しよう、そしてその次はこれを規制・・・



といったように、1度条例が可決されればそれを足がけに、

とんとん拍子で規制しやすくなっていく・・・


という懸念があるからだそうです。


特に某知事は、現代日本のサブカル文化やマイノリティなどに対し、

多くの嫌悪感と偏見を持っているようなので、


多くの規制反対派が懸念しているような条例案が、いずれ再発案され、

簡単に可決されるかもしれない・・・という事を不安に感じているわけです。



分かりやすく言えば、一度条例案で上がった「非現実犯罪規制案」。



これはその名の通り、未成年向けアニメ・漫画上における犯罪描写を規制する

といった、なんとも無謀で浅はかな法案なのです。



ご存知の通り、成年向け未成年向け関わらず、

多くの漫画・アニメなどは、実際の法律で見ると犯罪として扱われる描写に溢れています。



銃刀法違反、殺人、強盗、道路交通法違反、決闘罪、etc





未成年誌における過剰な性的描写を取り締まる事は理解できますが、

その他の法律違反も、架空である漫画・アニメでも未成年向け誌においては描写してはならない・・・


という事になります。



ご存知のように、多くの少年漫画でも人気漫画でも、そのような描写は大方"基本"や

”エッセンス”なので、これが規制されれば多くの作家や出版社、読者に大ダメージを受けてしまいます。



しかし矛盾も付きまとうんですよね。


現代日本の法律が適用されない時代設定としたらどうなのか、

現代を描いていても、地球とは異なった地球によく似た世界という設定ならどうなのか。

それに現代だとしても、国ごとの法律も異なります。


多くの漫画は現在でも、地球じゃなかったり、

舞台は地球だとしても国は指定せずに架空都市であったり。


中には国も指定した上で、ストーリーや登場人物はフィクション・・とありますがね。


むしろほとんどの作品がそうだと思います。



また、成年向け未成年向けはどう区別するのか。

性的描写の激しい漫画は本屋でも成人コーナーにありますが、


性的描写を主体としていない成年誌連載の漫画もあります。

そちらは本屋でもコーナーが違うだけで成年向け未成年向けとは区分していません。


それらは未成年も問題なく購入できますし、読む事を規制する理由もありません。


例えば子供に人気のあるクレ○ンしん○ゃんですら、

あれは確か青年向け雑誌に連載されていた作品だったと思います。



未成年誌における過剰な性的描写規制・・・は分かるのですが、

「非実在犯罪」を規制すれば、"犯罪"全てを規制するという面も出てくるので、

矛盾もあれば問題もありますよね。そしてもちろん多くの人気漫画も自粛したり、

テーマや描写が統制されることになりかねないのです。



多くの反対派側は、こうした先にある危険法案を懸念した上で、

その足がけになる今回の法案にも反対していたのです。




しかし、今回の条例とそれとは別!!とも思いますよね。



確かに今回の条例はあくまで「未成年誌における過剰な性的描写規制と販売/陳列方法」なだけです。


これは私も賛成はしています・・・が、



これを足がけに、次回はもっと危険な条例が可決されやすい懸念があるために反対!


という声は、残念ながら少し無理があると思うのです。

その懸念も私には分かりますし、漫画が大好きな私にとっては

そういう条例が出ればかなりダメージを受けます。



そういう意味で私は反対派とも賛成派ともいえなかったのです。



難しい問題ですね、本当に。






でも、この条例が可決されたからといえども、


懸念される「非実現犯罪規制条例案」というのは、安易に今回のようには可決はされないと思っています。



それこそ次回、そういう条例案が出されれば、今回は反対しなかった出版社や作家達も


更に直接的に被害を受けるので反対派に回るだろうし、


一般人読者だけじゃなく、政治家の中でも愛読している方々もいるかもしれませんしね。




そして何より、小説やドラマ、映画などは対象に入らないという点も挙げられます。


これも変な矛盾ですよね。



まぁドラマや映画は既に倫理委員会などがあってそういう機関で審査して

厳密に年齢指定を設けている という事もありますし、

噂では、漫画・アニメを規制したがる先には、

人気のある文化なのにそういう委員会がないので、

委員会や機関を設けて、新たな天下り先を作る目論みがあるゆえだ。


という噂もあります。あくまで噂なので真偽の程はわかりませんけれどね。





それよりも、某知事はセクシャルマイノリティ者に対し

差別発言をしているし、漫画家などに対してもどこか偏見を持っているそうです。



重要な役職である者が公の場でそういう発言をすることは問題ではないのでしょうかね(笑)



思想は誰にも制限できるのではないものなので仕方ないですが、

軽々と発言する というのはまた別問題ですよね。



しかし、その知事を選んだのも、また国民でもあります。

そういう思想を持った方を選ぶ=思想は民意である という解釈もとれるんですが、

実際の世間はどうなんでしょうね。



世論調査も国民アンケートも私はぶっちゃけ信用していないので、

本当の世間的民意 というものが気になるこの頃です。







「世間の本当の意識」といえば、


2~3個前の記事にも書きましたが、



例えば私の職種や、性別、喫煙など、

最近の世間認識的に見れば、確かに胸を張れるものではないですが、


といってもそういう点を兼ね備えた自分が、


実際に街中や知人やお客様から「軽視」されているような感じはありません。



逆に、一部のインターネット民から見れば大多数の人から軽視はされる立場でしょう。




また逆に見れば、そのインターネット民も一部の一般人から軽視されているという面もあるので、



どちらが正しいとか正義はありません。



どちらも正義なのです。




かといって大多数意見側について、対立側を軽蔑するわけにはいきません。



私がそれをすれば、 少数派であるセクシャルマイノリティを差別しないでほしい


という主張に重みがなくなってしまいますしね(苦笑)




でも突き詰めれば、


差別すること、相手を軽蔑すること という行為が、


正義なのか悪なのか・・・という点も判明できなないし、


結局は、時代背景や大多数=一般論に軍配が上がってしまうのも事実です。



人間というのは難しい生き物です。



どんな建前を述べても、


突き詰めれば、


自分の思想を正義だと信じ、それを反対するのは認めたくない。


つまりはエゴという事になってしまいます。


そしてその多くの人間のエゴの中でも、


思想や考え方に共通性があって大多数であるのを、


その時代や地域の「一般論」とし"正"となってしまうのも事実です。



しかし、その”大多数である”という結果はどう得たのでしょう。


本当に意思表意が可能な国民全員の意見を聞き結果を出したわけではないと思う。



俗に言うアンケートや世論調査も、回答者の的を絞った中からということもありえます。



それに成人と未成年はわける必要性もあるのかもわかりません。



極端にいえば赤ちゃんだって、定年を過ぎた高齢者だって、国民であり、


その声は民意に他なりません。

(ただし言葉や文章などで意思表意ができる事は重要なので、赤ちゃん/幼児や寝たきりの方は省く必要はありますね)



成人と未成年の意見を分ける意味には、


法律上社会人であるゆえの責任感や立場から、意見や思想が分かれるのは当然


ということもあるかもしれませんね。



でも単に”思想”といえど、それは一括りにはできない。


成人であっても、20代と30代でも異なるだろうし、


同じ20代であっても、さらには同年間でも思想は異なる。それは当然のこと。



しかし、いち"国家"の存続としての面から考えれば、

個人個人で思想が異なることが分かりきっていても、

ある程度は無理やりにでも共通した思想感や世論を作り上げることも必要なのでしょう。


共通世論を変化させたり統一するには絶対に対立側も生まれるし、


時代によっては血を流してきた歴史も多々あります。



やはり少数派は少数派であって、大多数の世論にうまく受け入れていってもらえることは

難しいのでしょうか・・・



また、セクシャルマイノリティに対し、


人間が男女のつがいを組み子を産み子孫繁栄させるのは鉄則であり、

セクシャルマイノリティを許したら、子孫繁栄を妨害し、人間世界や

国家の衰退にも繋がる


という方もいらっしゃいます。


子孫を残せない という面では恥ずかしながら後ろめたさと無念感を感じています。


ですが、本当にそういう面はあるのでしょうか。


セクシャルマイノリティは古来から存在し、


かのローマ帝国時代もマイノリティ者が多数いたことは有名ですね。


衰退したのはそれが原因でしょうか。


土地の奪い合い、宗教、政治による戦争などの国家殲滅、民族虐殺。


かの国による増えすぎた人口のために設けた生んでよい子供の人数制限。



セクシャルマイノリティを規制しても、絶対に結婚して子作りしなければならない法律がなければ


意味はないと思います。 中には、セクシャルマイノリティだが子孫を作るために

子作りをする方々もいますけれどね。


仮に世の中の3割がセクシャルマイノリティ(公言者も隠れも)だとして、

それを規制しても、公言しなくなるだけで隠れマイノリティであることは規制できません。


どうしても規制するならば、徹底的にそういう教育を施し、完璧な弾圧的世論を作り上げるしかありません。

(そういう国もあるだろうし、日本にもそういう時代もあったかもしれませんが)


そうなれば堂々と差別してよいことになり、イジメてよいことにもなります。

先進国がそういう事になれば、それこそ怖い世の中になると思う。


冒頭で述べた、漫画やサブカル分化の様々な面を規制し、

表現や思想を統一するのは反対だ というのは、

置き換えればセクシャルマイノリティも同じですし、宗教統一論も似た面があり、

対立や闘争は避けられません。


またセクシャルマイノリティではないが、結婚せずに子作りもしないorできない方々は

どうなるのでしょう。

子孫繁栄云々といえば、そちらも同じになります。


では、子孫反映云々でなく、


「見ていて不快感があるから」という方もいます。

その点においては、そういう理由で少数派を軽視する態度も、こちらにとっては不快感がありますよ?

と言い返せます。

これにもどちらにも正義はありますし、甲乙つけられません。

それを、「世間一般(大多数)の認識」という味方をつけて、意見を強調される場合もあります。

そうなれば、少数派は何も言い返せなくなります。

悔しいですがどうしようもありません・・・


最後に、


"美徳感" という面でセクシャルマイノリティを淘汰するべきだという方もいます。


美徳感という面も、個人個人で全く異なります。

美徳感も、ある程度共通性のある大多数で統一し、それが国家の顔となる という面もありますが、

少数派を弾圧する行為も美徳なのでしょうかね。



確かに、日本という国は、「和を大事にする」という面がありますが、

裏返せば、「少数派を排他し大多数側で集いその中で安定し、和を求め作り上げる」という側面があるのは事実です。


1つの平和的な特徴を作り維持するには、その裏に黒い面があるのは仕方のないことです。


その大多数の和の中で生まれ育ち、黒い面を知らなければ、


"平和や和、共存は、平和的な話し合いで解決できるはず"という俗に言われる平和ボケという解釈ももたれてしまいます。



悲しいことに、世の中のどんな事においても、大多数側が市民権をとり豊かに平和に暮らすには、

どこかで犠牲になる側はできるのは避けられないことです。



自分が大多数側である面において、少数派を受け入れ分かち合うために、

いろいろ失わなければならない・・・としたら、そりゃ私とて臆してしまいます。


自分が少数派側の面においては、大多数側に受け入れてもらいたい気持ちも譲れません。


どちらの面においても、お互いに譲れない。


やはり両者が大きなダメージを受けず歩み寄ることは難しいのでしょうかね。


その中でもセクシャルマイノリティ、という少数派は、


実は受け入れられても、大きな問題はないのじゃないか? とも思います。



酒・タバコ・薬などと異なり、規制云々で語れるものではありませんし、

公認されたからといえ、爆発的に増加するわけでもなさそうです。


堂々とされる/メディアにより多く出る可能性もあるので、

2番で述べた「不快感」や、風紀云々・・というものが関わってくるかもしれませんがね。


仮に、今後も今までのようにセクシャルマイノリティが公で活動できにくいとしましょう。

公言はしづらくても、内面は同じなので「隠れマイノリティ」に変わりはありませんが。


しかし、セクシャルマイノリティに関わらず、

「見ていて不快感」と感じるもので認められていて、世にはびこっているものはたくさんありますよね。



結局は、世論だとか、法律だとか、国民の本当の意思=民意ではなく、

一部の有権者達限定の思想によって作られているのではないでしょうか。


プラスに考えれば、この有権者側の多数に認められれば、

認めたくない"大多数"側がいても、世論で認められた---という事になるのでしょうね。




ちなみに、


私は性別や職種、嗜好品などは世論的に少数派ではありますが、

大多数側である思想もたくさん兼ね備えています。


なので今回述べた事が、少数派側の自分にも言えますし、

大多数側の自分に言える面もあります。






本日2回目の記事!


自己分析はお好きですか?



私は大好きです。



このブログのほとんどの記事が、MtFである自分の自己分析だらけのような内容ですしね(笑)



欠点を治すため・・・とかじゃないんです。


むしろ、自己分析して欠点治したり長所伸ばせたらどれだけいいことか。



じゃあ、なんのための自己分析?



このブログを綴っている意味は、セクシャルマイノリティの考え方を知ってほしいという理由もあり、

かつ、同じマイノリティのその中でも1人である自分の考えを綴り、

こういうパターンもあるんですよ と伝える意味でもある。




そしてこのブログ抜きにして自己分析が好きな理由は。



ただのナルシストだからです(笑)



好きな人には興味を持ちいろいろ知りたくなるというのと同じで・・・


ただ、自分の容姿が好きなわけじゃなく、自分の中身が好きなわけです。



中身といっても、たぶんそんなに優れたものじゃありません!


むしろ他者から見れば欠点もいろいろあると思います。


それを含めて自分が好き。


この世の生を受け、いいことも悪いことも経験してきて、


今の自分がここに存在し、生きているということ。


人はそれは、幸せ というのかもしれませんが、


そうかもしれません。


しかし、自分を好きになるのは大事だと思ってます。


ただし私は自身の生まれ持った性別だけは受け入れられませんでしたけどね(苦笑)



多くの人は、自分が自分自身を好いていると思います。


自分の中身まで否定しはじめると、崩壊していきます。


これは自殺について書いた記事の内容とも関係してます。



あとは、タイプ別診断サイトや、占い、○○な人の説明書が流行っているのも似たようなものだと思います。



しかし私は占いは好きじゃありません。



それは無責任に、どうしろと指図されてるような感じがするので・・・




以前、知人に、


「あまり自己分析はよくない。マイナス面を上げても、都合よく捉えてそういう性格だからと逃げてしまう口述になるから」



と言われたこともあります。



それも一理ありますね。



それでも自己分析は好きです。



自分を知ることで、まるで思い出のアルバムをめくるように、


様々な記憶が蘇ったり、いい所も悪い所も知れて、


よりいっそう楽しめるのです。


自分を都合よく捉える というのはまさにそうかもしれませんね(笑)




しかし私は、自分のいい面よりも、悪い面を羅列することが多いです。


欠点とも言うべきか。


そればかり思い浮かぶ。


それでも自己否定はしない。受け入れたら、なんだか潰れてしまいそうで・・・



逆に、他人から分析されると、いい面を言われると恥ずかしく、


悪い面を言われると、それも恥ずかしい。


どちらにせよ、「あぁ、この人はこんなに自分の事を理解していたのか」と都合よく思えてしまいます(笑)


言い方にもよりますけどね!←これ大事。



分析は好きだけど、その後の指南は、されるのは嫌います。




まぁ、その典型的なダメ人間とも言うべきでしょうか・・・



そんなダメっぽい自分も、もしかしたらすごいのかもしれない!と言い聞かせ、



今日も生きています。











一般的に、セクシャルマイノリティ(特にMtFやFtM)は男性性もあり女性性もあって、

つまり2つの性の分の感性があるとか言われますよね。



もちろんそういう方もいらっしゃるだそろうし、

トランスセクシャルだとしても、体のみどっちかで

中身は異性という方もいます。


突き詰めれば、男性性・女性性というものは無い--ともいえますよね。


そりゃ例えば、"生理・妊娠・出産"からくる女性としての感情や精神というのは、

悔しい事に私らMtFはわかりません。


そういう面では、真の意味での女性性は持てないのかもしれませんね。



そういった面を抜きにしての思考や考え方は、男性にも女性にも差はないのかもしれませんし、

もしかしたらあるのかもしれません。


また、生まれは男性でも幼き頃から女性として育てられたり、

もしくは女性に囲まれて育てば、少なからず女性的な考え方を持つ方もいらっしゃるだろうし、



私を含め、「自分の中にある女性イメージ」を元に、自身の思考や行動を

形成する方もいることだろうと思います。



どちらにせよ性嗜好(どの性を好きになるか)は、その先のことであり、

今述べた女性っぽさ男性っぽさは異なります。



だって、男性を好きな女性だけど内面が男っぽい方、

女性を好きだけど内面が女性っぽい方もいるではないですか。


そういう意味で、性嗜好とは別に、女性性・男性性に違いはないのかもしれません。


私は人類学者でも医学者でもないので断言はできませんが、

幼児期からの環境や育成によっても、少なからず性別性の形成に関わってるだろうし、

遺伝や、胎内時の脳形成によっても外見(身体)とは異なる性別性を持つのだろうと思っています。


それこそ、

性的興奮(ムラムラ)を起こしやすい男性性、

生理・妊娠・出産から来る女性性

という大きな違いがあるのも否定はできませんけれどね。


そういった基本的性別性とは別に、

その先に性嗜好(どの性を好きになるか)があるのだろうとは思っています。




人間の精神というのは、本能だけでは語れません。

より本能的に人が生きていたような原始時代とは別に、

現代には宗教観・科学・学問・環境などによっても大きく精神は形成されるので。



なので、幼児期の育成でも精神性や性別性に違いもでるだろうし、

胎内時の脳形成の際の"異変"によって、本能も形成されるかもしれないので、

その面で考えると体と本能が異なる事もあるのかもしれません。



ただし、脳から来る本能と、身体形状から来る本能のどちらが勝るのかはわかりませんけれどね。


脳医学が未だ未知の世界なので、解明のしようはありませんね。




さて、


性別性の前書きから入りましたが、


本日は「中途半端な立場」というお話。


これは、あくまで私自身のお話です。



私自身は、自分の判断においては


幼少時の環境は男性女性共に囲まれ、

バランスよい性別性だったと思います。



そして10歳以降は、イジメや女性に避けられる などの経験があり、

女性とは疎遠で男性ばかりの空間にいました。

学校はずっと共学でした。



これまで何度も話しましたが、

当時は女性を好きになっていたので、

「女性と親しくしたい・好きな人と仲良くしたい=付き合いたい」という気持ちがあっても

18歳までは叶うことはありませんでした。


むしろ、必要以上に女性に対し緊張し、時には怖いこともありました。



今ではどうでしょう。


現在は、女性に対して恋愛感情を抱くこともありませんし、

逆に仲良くしやすい立場にはなってると思います。



ですが長年男性とばかり親しくしていたせいか、



「女性との話し方がわからない」

「仲良くなりたくてもまだ緊張する」

「考えてることがわからない」


と思うこともしばしばあります。



あくまでも私の場合です。


女性と親しくなりやすいMtFの方も大勢いますし、


また、普通の男性の方でも女性と親しくなりやすい方もいます。




こういう面は、私の1つのコンプレックスなのです。



今でも私は、自分自身の地(じ)と、

自分の中にある女性イメージで、

自分を形成しています。


女性イメージは、昔付き合っていた恋人の女性を参考にした部分もあります。


では仮に、その女性イメージを取り払ったら!?


そうすると、普通の男性っぽくなる・・・という感じもしません。


もはや、中性的な感じでしかありません。

でも昔からの育てられ方で微妙に男性性が勝ってるかもしれません。


でも自分は、女性として生きることに満足しているので、

男性として生きる選択肢は全くないので、これで良いのです。



「中途半端な立場」ということですが、

男性相手に親しくしてきた時間が長かったので、

今でも男性相手には、話が通じることも多いです。

むしろ話しやすい という面もあります。


しかし女性相手だと、どう親しくすればいいのか、

何を話せばいいのかいいのか分からず緊張することもあります。


自分の中では、男性よりも女性相手の方が、

恋愛話や世間話(いわゆる愚痴とか)などしやすいだろうと勝手に思ってます。

たぶん先入観なのかもしれませんが(笑)


でも、たまーに男性相手でも、そういう話が好きな方もいるので、

そういう男性相手だと、すごく親しみがもてやすく、

むしろ好きになる傾向もあります。


とはいっても、やはり生き方や内面性の違いがそこにあります。



そういう話しやすい男性相手でも、結局は相手には

こちらの事を、「異性」もしくは「中性」として見られます。

当然です。

完全に男性同士というわけじゃないので、

結局は、エロ話や男性→女性の恋話としては分かち合えません。


むしろ、男性がエロ話で盛り上がると、

なんだか心が痛いというか、ぶっちゃけついていけません(苦笑)


それは女性も同じ感じかな?たぶん。



逆に、恋話なら、女性相手なら通じやすいです。

性的な嗜好が同じですしね。


しかし、生理・妊娠・出産を絡めると、

途端に私たちは完全に共感もできなくなるし、

それにエロトークでも、やはり身体に違いがある以上、

互いに共感はしづらくなるのは仕方ないのです。


もしかしたら女性側も、結局は私達を同性じゃなく

「異性」「中性」として見るのかもしれませんね。




あぁ、今回は恋愛的な意味は抜きで、

「友情」という意味で話しております。


娯楽品などについては男性相手のほうが親しみを持ちやすく、

共感しやすく、


恋話は女性相手が通じやすくなります。



身体的な話、エロ会話は結局は、

同じ立場のマイノリティ同士とでしか分かち合えなくなります。



これは昔、同じ立場の知人も言っていたことです。


「最終的には、私らは同じMtF同士でしかわかりあえない」 と。



最近になって痛いほどわかりました。




その意味では、

恋話・エロ・身体的相談もOKな当事者同士の知人がいる という事が

大きな救いなのですが、


その中でも、娯楽品嗜好まで同じ相手を探す となると、また限られてきます。



もちろん、全くいないわけではありませんけれどね。



幼き頃の嗜好品や、懐かしい品は?


・ミニ四駆/プラモデル/エアガンといった俗に少年的娯楽品。

(シルバニアファミリーで遊んだこともありましけどねw)


あとはファミコンとかのTVゲーム。そして主に少年向けコミック。

(漫画とゲームは最近は性差がなくなってきたみたいですね)



これらの嗜好品は、女性よりも男性相手のほうが通じやすい。

しかし、それだけであって、恋愛話やエロトークは男性相手とは通じ合わない。



女性相手には、恋愛話は通じても、エロは完全には通じ合わない。

少年向け嗜好品も、中には通じる女性もいるかもしれませんね。



そして、エロや身体的相談は、同じ立場の相手のみに限定。



これら全てを兼ね備えた、私と似たような中性さんも、

中にはいらっしゃるかもしれません。

(まだ出会ってませんが・・・)




まぁ、こういう悩みってもしかしたら性別関係ないのかもしれませんね。




男性同士でも女性同士でも、誰もがいろんな感情分かち合えるわけではないですし。





今回、このような気持ちを抱いているのは、




前にも話しましたが、普段VC(ボイスチャット)を通して

男性の知人らと会話したりしています。


私の立場は、完全な同性でも異性でもなく、

限りなく中性(男性の嗜好がわかる)として扱ってもらってます。


嗜好品的な面では話が通じますが、

恋愛話やエロ会話になると、やはり混ざれません。

これは仕方ないですね。


そんないろんな話題で共感し合えるVC内の男性らを見て、

羨ましいなって思うこともあります。


あ、でもだからといって「男性として生きればよかったのに」

とか「男に戻れば?」というのはナンセンスですよ!!


そこはもうあきらめてます。



そして、女性のネット友人とは

恋話とか愚痴とかは聞いてもらったりしてます。


でも嗜好品的なものでは

「そこらへんは男っぽいね」とツッコまれることもあります(笑)



エロトークや身体的な発言は、

職種も合間って、男性相手でも女性相手でもリアルすぎて

引かれるので、そこは封印してます。




ちなみに同じマイノリティの中(あくまでも知り合いの中)では、

嗜好品が男向きな私は、異端児として扱われがちです。



メイクやファッションが好きで

女磨きを頑張っている方々が多い業界ですしね。

この点においては頭が上がりません。



そういう意味で、今回の記事は

あくまで私個人における「中途半端な立場」ということです。



そしておまけですが、

私が親しみやすい男性像


私の性別を理解していて、かつ「女として見て扱ってくれる」のは大前提。

その上で、懐かしな嗜好品を理解できて、

かつ現在の嗜好品もお互いに理解し合える。

そして、よくおしゃべりを聞いてくれる。


こういう男性には親しみやすいと同時に、恋愛感情も発生してしまいます。


でも、、、それって我侭なのかも!?

ていうか、多くの男性は、「女の愚痴を聞くのは嫌」と思ってる人多いみたいだしね(汗


(`ェ´)ピャー



親しみやすい女性像は、

性別を理解していれば、別に異性としても同性としても見られてもいい。

気楽に、いろんな相談したり世間話とかできて、引かれないのであればw

(冒頭で書いた、女相手には緊張してしまうのは、地を出すと引かれるんじゃないかっていう不安から!?)





真意を探れば、



まだ男性も女性もなく平等に親しくなれた、幼少時代のような関係を求めてる


という事も多いにありえます。



でも、こればかりは、男性性/女性性が大きく分かれた大人に求めるのは

難しいというのもあるのでしょうね。



また、学生時代は親しい友人らと夜が明けるまで楽しくいっぱい語りました。


今、女として生きている自分として、


またそのような機会を望んでいる という面もあります。


それも大きいです。


でも、それも性別関係なく"社会人"には難しいものなんですよね。




女として生きている今現在の自分にはすごく満足していて、安心もしています。


ですが同時に、


女という立場で学生時代や10代を送れなかった寂しさ。


それを埋めようとどこか追い求めているのかもしれません。



そういう意味では、私個人だけでなく、


同じように思っているマイノリティの方は多いのではないでしょうか。



人は誰でも歳を重ね、大人になれば大人なりの人間付き合いなどがあります。



私感ではありますが、大人付き合いというのは学生時代(主に10代)での友人付き合いを経て、

それを糧に大人でも活かしているのかもしれません。


時間的拘束や嗜好が変化するだけで。



10代時代はあくまで男同士という友人付き合いしか知らなかった私。



やがて皆、大人になり、よりハッキリと性分化し、

性における大人付き合いも顕著になってきます。



女(中性)として恋愛をする事は、かろうじて取得できましたが、

女として、友人付き合いする方法を、

男性相手にも女性相手にも私はまだわからないままなのです。






今日は割りとどうでもいい話。




最近思うんだけど、ネット上では様々な意見や情報が交錯していて、

対立したり議論しあったりが多い。




私自身は参加はしないが、それらを読む(見る)のは好きです。




これを現実で議論しあってるの見て見たい・・・と思うこともある。


たまに一般人参加型の討論番組とかあるけど、あれはおもしろい。




でもタレントとか有名人は一切噛ませずに、完全に一般人同士の討論番組。




ただ防犯のため参加者の顔はお互い見えないようにし、

その場で暴力に発展しないように仕切りも作る。


ただし発言禁止用語とか無しで普段ネット上で言える事はOK。



って、かなりモラルの低い番組になるのは間違いなしだけどね^^;



しかしインターネットの発達のおかげで、そういう事も更に実現されていくかもしれない。


今でも、生放送として一方が姿を出し、視聴者はコメントで意見といったものがありますが、

結局は、お互いが姿を見せない事には有利不利が生まれる。



姿を出した者は、発言がある程度自粛され、ネットコメント上では出演者以上に強く物申せる。


これをお互いに同じ土俵で討論させる。しかし防犯のために顔は見られないようにする。

すると、冒頭で提案したような感じになる。



匿名でネット上同士討論だと、本心が剥き出しになりやすくても、

結局は、それが本心なのか本意なのかもわからない。


それゆえ、やはり物足りない。




現実でお互いに向き合いながらだと、完全に本心は出しにくい面もある。

なので消化不良。




とはいえ、冒頭で提案したような土俵だとしても、結局は口が上手い者に優位性が上がってしまうという

面もありますがね・・・




まぁどれも現実には無理で、漫画のようなお話になっちゃいますけれども・・・





漫画といえば、

私は小学生の頃は漫画家に憧れてたんですよ。


小学生の頃だけ。



でも絵やデッサンが決定的に下手だという事であきらめました。

今も酷く下手です(苦笑)



最近は絵の上手なアマチュアさんも増えているようで羨ましい限り。




自身のアイデアや思想をとっつきやすい漫画にまとめて

その内容に対し世間はどう捉えるのか。自分もやってみたい。





ちなみに私は今も漫画読書は大好きで、特に世界は限りなく現実に近い世界で、

その中で「もしもこういう事(事件・災害・出来事)が起きたら、こういう法律があったら」といったような

内容のモノが好きです。






今回、こんな記事を書いたのは、


現実で身の周りで暴言中傷で人の心を踏みにじんだりする人らは

自分の周りでは、ほとんどいません。




対してインターネットでは、場所は限られますが、

どんな事に対しても難癖をつけ人格否定したり

暴言を吐いたり、牙を向き合った世界が垣間見れるわけです。




しかもその世界では1~2人だけでなく、大多数が誹謗中傷に賛同している

まさに無法地帯。全員ではありませんけれど。


そういう中でも肯定派否定派に分かれて、誹謗されている側を擁護してくれる方々も大勢います。



しかし悲しいことかな、中傷側が大多数を超えることも珍しくありません。




よってその世界にのめりこみすぎると、

まるでその場所での"声"が世間一般の認識や、本心なのだと勘違いし、

不安感や悲壮感が芽生えてくることもあるのです。




だからといって規制はできませんがね。




そもそも、インターネットでは全てを信用せずに、

発言などは一線引いて見る(読む)必要もありますし、

特に無法地帯と言われるような場所(サイト)に行く事は自己責任であり、

そんな場所であまりのめりこみすぎて、現実と見境つけられなくならないようにするべきですね。





と、自分に言い聞かせてます(苦笑)



しかしながら、全員が全員嘘をついているわけでもないかもしれないし、

むしろ現実では言えないからこそ、匿名で安心して本音が言えるという面もあるのです。





性別のこと、職業のこと、嗜好のこと。


私自身は的にされやすい特徴ばかりで、実際にネット上でも多く批難中傷されています。

(私個人という意味でなく、職業や性別)




しかし、私はここ数年、それらの中傷を直接人に言われたことはありません。



なので尚更、気になる(好奇心がある)のです。




裏返せば、今まで知り合った人の中にも、心の奥底ではそう思ってた人もいたのかな?と。




突き詰めれば、強引ではありますが、そう思ってるような方々と実際に会ってみたい。

それでも目の前にして、そういう発言をするのかなと。




もしかしたら仲良くなったり、偏見を解いてもらえるきっかけもあるんじゃないかなと。


もちろん、余計に悪印象抱かれたり、現実でも言われたり、

またはその場は建前で済まされて、後日インターネットでこっそり誹謗する方もいるかもしれませんね。





インターネットは現実の縮図とも言う方もいらっしゃいますが、

そういう面もあるかもしれませんが、

別の視点では、現実世界と仮想世界の2分化とも見れます。





建前と本音があるのは、どちらにも共通して言えることですが。



現実では、指をさされにくとも、

インターネットでは気軽に指をさされて笑われる。





どちらにも、そこに人間が存在するという点も同じ。

仮想世界といえどロボットが受け答えしているわけじゃないですので。





姿顔を見せない以外では、共通点があるのに

モラルに大きな差が出るこの違い。



悲しいことでもありますが、

逆に、面白くもあります。




ネットで暴言を吐きまくる人と、実際に会ってもそのように見られるのか、そう言われるのか。




よりいっそう、興味が沸くのです。





前回、都知事が「非実現青少年」のなんちゃらという記事を書きましたね。

(結果的に、「非実現犯罪」規制という名目に変わったみたいですが)



その記事で、同都知事は噂によると同性愛を嫌悪しているらしい と書きましたが、

タイムリーなことに、どんぴしゃの問題発言(?)が先日発せられたようですね。



その記事を抜粋して転載します


--------------------------------------

東京都の石原慎太郎知事は7日、同性愛者について
「どこかやっぱり足りない感じがする。遺伝とかのせいでしょう。マイノリティーで気の毒ですよ」と発言した。
石原知事は3日にPTA団体から性的な漫画の規制強化を陳情された際、
「テレビなんかでも同性愛者の連中が出てきて平気でやるでしょ。日本は野放図になり過ぎている」と述べており、
その真意を確認する記者の質問に答えた。

7日の石原知事は、過去に米・サンフランシスコを視察した際の記憶として、
「ゲイのパレードを見ましたけど、見てて本当に気の毒だと思った。男のペア、女のペアあるけど、どこかやっぱり足りない感じがする」と話した。
同性愛者のテレビ出演に関しては、「それをことさら売り物にし、ショーアップして、テレビのどうのこうのにするってのは、外国じゃ例がないね」
と改めて言及した。
東京都の石原慎太郎知事は7日、同性愛者について
「どこかやっぱり足りない感じがする。遺伝とかのせいでしょう。マイノリティーで気の毒ですよ」と発言した。
石原知事は3日にPTA団体から性的な漫画の規制強化を陳情された際、
「テレビなんかでも同性愛者の連中が出てきて平気でやるでしょ。日本は野放図になり過ぎている」と述べており、
その真意を確認する記者の質問に答えた。

7日の石原知事は、過去に米・サンフランシスコを視察した際の記憶として、
「ゲイのパレードを見ましたけど、見てて本当に気の毒だと思った。男のペア、女のペアあるけど、どこかやっぱり足りない感じがする」と話した。
同性愛者のテレビ出演に関しては、「それをことさら売り物にし、ショーアップして、テレビのどうのこうのにするってのは、外国じゃ例がないね」
と改めて言及した。

---------------------------------------


ソース:http://mainichi.jp/select/wadai/news/20101208k0000m040122000c.html





前回も申したように、MtFやFtMなどのトランス系のセクシャルマイノリティは

同性愛には当てはまりませんが(本人が同性を愛していると思っていない故)

都知事の発言や思想から見るに、恐らくトランスセクシャル当事者に対しても一括して嫌悪してるのではないでしょうか。

(これはあくまでも予想ですよ)




”足りない”というのはどういう観点からでしょうね。

一見問題発言にも取れますが、もしかしたら

「自分は"恋愛"というものは男と女で一対になるもの という価値観があるので、

その考えから見れば、自分にとってはやっぱり何か物足りないな~」といったものかもしれませんし、


人間として何かが足りていない といった差別に満ちた意見かもしれない。


そこらへんはハッキリしていないので言及はできない。

しかし後の意見を見ると、明らかな嫌悪感に満ちた発言であるとも取れる。


思想や考え方、価値観の違いは誰にでもあるし、その上で好き嫌いもハッキリ出てくるでしょうが、

日本の首都である東京の知事 というポストの方が、それを大々的に意見するのはどうなのでしょう・・・


政権や知事は国民投票で決まり、決まった政権や知事の政令は民意でもある

とも言いますが、私には知事は自身の好き嫌いで物事を決めているような感じも受けてとれる。


それに言わせば知事だけでなく一部の政治家や政権もそうである。


そもそも民意といえど、結局は実際に出される法律や法案、条令には国民はノータッチじゃないですかね。


本当の民意というなら、全ての法案や条条例案も、国民の投票式で決まるような制度であればいいのかもしれない。

しかしそれだと、少数派を断絶しろという意見の国民が大多数いた場合の恐怖とショックは計り知れないけど・・・



しかし今回は知事の価値観による意見なだけで、条例案でも何でもないから一安心。

でもこの発言がネット上では議論されまくっていて、当然のように肯定派と否定派に分かれている。

もうその部分においてはどうしようもできないけれどね。

国内に限る話だけど、全員に対し理解してもらおうなどとは思わないし、そもそも無理だけれど、

徐々に徐々に、理解してくれる人が増えていっているような気はする。

理解はするけど受け入れられる・・とはまた少し違うけどね。

受け入れられる人も、少なからず増えているとは思う。


また、知事の発言内の「性を売り物にする」という意見には、ほんの僅かは同意。

芸人が自分のコンプレックスや容姿を売りにすることは多いけれど、

直接的な性に関する事ではないしね。卑猥な言葉もアウトという面から考えればね。

むしろ性別はマイノリティでも、ネタや売り方は全く関係ない事でもいいんじゃないかな?って。

実際、メディアで活躍した何名かの方々は、性的なことじゃなく、

モノマネ芸として、美容芸として、モデル業として、そして辛口コメンテーターというのをそれぞれ武器にしていて、

性別を直接売りにしているわけじゃない。私はそういう皆さんは好きですし応援してます。

それでも所々自身の性を武器にした発言することもあるけれどね^^;


うーん。。。どちらかというと、メディア側があえてそういう風に取り上げて

そこを持ち上げるから、その部分だけが目立っちゃうんでしょうね。


特に、ゲイの方は告白しない限りバレにくいから芸能界でも隠れゲイと呼ばれる一般タレントが多く活躍してるそうですが、トランス系マイノリティの場合は、人によっては告白しなくてもわかってしまうしね。


最近は告白しない限り分からないようなMtFのコらも増えていて、本人らが告白して持ち上げられる事も多いけど。まぁ、隠してるより、告白した上でスッキリして堂々としたい気持ちはすごくわかります。

別に結婚を前提に付き合ってるわけじゃないので、告白前と告白後も同じ扱いでいいんじゃない?

という気持ち。


しかしメディアはあくまでイメージを売る という面もあるので、騙されたって思う方もいるのかもしれませんがね。



知事のメディア云々は、当事者を叩くのはお門違いで、

マイノリティという性を売り物にしようとして持ち上げたり騒ぐような風潮を指摘するべきでは?とも思いますね。



昔ではありえなかったセクシャルマイノリティを世間に知ってもらえるように報道(?)するという面では

一役買ってはいますが、少し迷走して行き過ぎている部分もあるように見える。



メディアとて商売なのでしょうがないとも思うが、できれば"芸"というのは見た目や

性に拘らず、芸として優れているか、役として上手かといった面で判断していくようなもっとシビアなものであってもいいかもしれないですけれどね。見た目も芸のうちという人もいるけど、それはそれでモデルという業界で成立していると思いますしね。



欲を言えば、某国のアル○ャジー○のようなどこに媚を売るわけでもなく中立な立場の

放送局が日本にあってもいいと思うけど、放送法や法律云々によって縛られている面もあるけどね。

その分、ネットを使用した番組がより強みにはなっていくと思う。


しかしこのネットですら、都知事は規制をかけようとしているらしく、

場合によってはいつの日か国自体がネットを規制していくかもしれない。


現在はあくまで、未成年に対する規制ということで、

"あくまで未成年に対し"有害な情報を得やすいインターネットの閲覧を規制するという流れ(建前?)なので

その分には賛成するが、変な方向に行き、大人であれど規制し言論統制し、

某国のような縛りにならないで欲しいと思っています。


言論統制といえば、「人権擁護法案」がそれに近いとも言われてますね。

名前だけ見れば、人権を守る・・美しい法案にも見えますが、使い方次第によっては

今以上に言論に対して法的に罰することができるそうです。

極端に言えば、ネット上で個人情報は書いていなく、犯罪予告もしたわけじゃなく、

悪口や愚痴を言うだけで、被害を感じた者がその機関に報告すれば、機関が審査し

黒か白かを決め、罰する・・・といった感じです。

広告の善し悪しを決め不快に感じれば某機関に報告すれば、機関から広告塔に粛正が入ることの言論版みたいなものですね。 広告はそれにより昔よりもシンプルでつまらないものになっていったという原因の1つでもあります。


これの言論版ということは、国民の誰もが標的にされる可能性があり、今以上に言葉遣いに怯えることにもなりかねないという事でもあるみたいです。怖いですね・・・


確かに、褒め言葉よりも批難や中傷の多いインターネット。

学校の裏サイトでの同級生への陰口によるイジメ・・・など、様々な問題も表立ってきてはいますが、

言論を統制すること、悪口を違反化すること・・・

本当に解決法はそれでいいのでしょうかね。


科学や文化が豊かになるほど、新しい問題もたくさん出てきます。

それにどう向き合い、解決していくか・・・ 難しい問題ですね。

個人的には、やはり人の根である家庭環境や教育から・・・も大事だとは思いますが、

多種多様である人の価値観を、1つの価値観教育をしていくのも見方によれば怖いし、

道徳心というのも、何を基準にすればいいか分かりません。

宗教や環境でも何が道徳であるかは変わりますしね。

私もマイノリティである以上、一概に道徳心などと胸も張っていえません。

結局は、愛や優しさも大事ではあるかもしれないが、残念ながらこの世の中はそうはできていないようなので、

これも主張できない・・・。仮に私が愛や労り優しさを尊重!と言っても、ではそれは子供が普通であって欲しかった親への労り優しさに対して、マイノリティになるべきではないのでは?

という見方もできますしね・・・(苦笑)

あまり突き詰めると哲学や禅問答のような分野にまで至ってしまいます^^;

それに、単に家庭環境といっても、家庭環境を形成するのは間接的に地域の環境や

国の経済・財政的な原因もあったりもしますし。


結局は、多数派の意見が、その時期やその地域での正義であり正であるのは

普遍ですよね。


でもそうだからといって、少数派のセクシャルマイノリティが堂々と批難される世の中にはなってほしくない。


少数派が認めてもらうには、やはり戦って市民権を勝ち取っていくしかないのでしょうね。

そういう意味でなら、私は今後も戦っていきたいと思う。(犯罪や血を流す戦いではない)



さて、また記事の主題から外れてしまいましたが、

今回は、ここ最近の国内や世界の流れを見て感じていたことが溜まっていたので、

まとめて記事にしてみました。


本当は他にも言いたい事はたくさんあるけれど、今回はこの変にてチョキ



ニュースサイトより引用


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都青少年健全育成条例改正案:PTA団体など、都に成立求め要望書 /東京

都内のPTA団体などが3日、都青少年健全育成条例改正案の成立を求める要望書を都に提出した。
石原慎太郎知事は「子供だけじゃなくて、テレビなんかにも同性愛者が平気で出るでしょ。日本は野放図になり過ぎている。使命感を持ってやります」と応じた。

要望したのは、都小学校PTA協議会(都小P、加盟248校)▽都私立中学校高等学校父母の会中央連合会(同246校)など5団体。
都小Pの新谷珠恵会長が「児童を性的対象にすることが野放し状態。子供を健やかに育てるため、社会の力を借りないと環境整備できない」と説明した。

一方、学者や評論家らは改正案への反対を訴えて都庁で記者会見した。
藤本由香里明治大准教授は「時代物やSF漫画のキャラクターにも現代日本の刑罰を適用するのか。現実とフィクションを区別しない危険な発想だ」と強調した。
児童文学者の山中恒さんは「日本の官僚は拡大解釈にたけている」と危惧した。【真野森作】

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最近はアニメ・漫画などの性的描写やら犯罪描写などを規制しようと

非実在青少年規正法だとかの問題が巷で話題になっています。


一方、東京都では知事も上記のような条例を提案しているそうです。


噂によると、同都知事は同性愛者に対して理解は無く、むしろ嫌悪している立場らしいです。



ちなみに、MtFやFtMなどのトランスセクシャルは同性愛ではなく、

精神上は異性愛。手術を終え戸籍変更を行ってるのならば、

更に"同性愛"という見解からは遠ざかりますが、

盲目的に同性愛を嫌悪している方々から見れば同性愛者も性同一性障碍者も

セクシャルマイノリティは全て同じ括りで嫌悪してるのかもしれませんね。


(もちろん全員とは言えませんが、都知事の今までの発言や思想から見て

少なくとも彼はそれに当てはまる・・・と私は見ています)



いずれにせよ、件の法案や条例等はあくまでアニメや漫画などの二次創作物に対しての案件にも関わらず、

実在するタレント等を引き合いに出す・・・というのはピントがズレているのではないでしょうか。



先日も書きましたが、

確かにメディア上でのタレントで、性的表現ギリギリなネタでジェンダーアイデンティティを

売りにしている芸人さん達も目立ちますが、恐らく知事は芸人だろうと一般人だろうと

セクシャルマイノリティを断絶したいのだろうと私の目には映ります。あくまで私感です。


政治に思想は大事ですが、この宗教色の強くない国の、しかも首都である東京のTOP(知事)が、

セクシャルマイノリティに対して嫌悪感を抱いているという事は、とても悲しく思います。


一部では、彼はレイシスト(差別主義者)であるとも揶揄されていますが、

その思想が迷走してセクシャルマイノリティを弾圧・抑制するような国になっていかないことを祈ります。



現在、様々な分野でセクシャルマイノリティ者が活躍し始めてきています。

政治の分野にもいらっしゃいます。

今後、更に多くのセクシャルマイノリティ者がより多岐の分野に浸透していくことを願いつつ、

私もそういう世の中(国)になるように努めていきたいと思っています。





今回は、私という性について、更に深く追ってみたいと思う。


最近、肉体と精神の軋轢が強まってきている。


結論から言うと、今まで以上に肉体と精神の相違感が強くなってきた。


現在、日常は精神的にも生活的にも女性と自負して生きている。


社会的なものや身体的なものは、まだ男側。


しかし身体的なものは、ホルモン投与と去勢により中間地点である。


綴りたい事がたくさんあり、どこから書けばよいか分からず
うまく纏められないが、1つずつ書いていきたいと思う。


まず、私は現在不感症に近いかもしれない。
全く・・・というわけではない。性衝動が強まった際は少なからずとも
自慰行為で快感はある。


しかし、去勢済みのカラダと性行為を酷使する仕事が相まって
確実に昔よりも快感は薄い。



しかし男時代に比べりゃ、激しい性衝動、絶え間ない性衝動が少なくなってるのも事実である。



そして、この因果な商売のため、去勢後は安心感もあってか
長い間ホルモン投与を中断していた。


その間は精神的にも安定してモノの立ち具合も良かった。

玉が無けれど、男性ホルモンは体内で少なからず生産されるという話は
本当だったようだ。


だからといって、それを受け入れるつもりはない。

去勢したのに僅かな男性ホルモンが優勢されるなど、本末転倒だ。


それを抑えるべく、病院で処方してもらった女性ホルモン剤の服用を不定期間隔で再開した。
(この薬は玉抜きをした自分には既に強いらしく、毎日の服用は困難であるため)


不定期服用といえど、再開した甲斐もあって性衝動は落ちた。
そして、無ホルモン服用期間に比べ、モノの立ちも悪くなった。


(因果な商売上、この部分は悲しきかな不安でもある)

この職種に就くまでは、全く立たなくなっても構わない、むしろそうであってほしい・・・
と思ってたんだけれどね・・・^^;


さて、肉体の快感の面では、女性ホルモン服用再開後では、
当然のごとく、ホルモン未服用期間よりも落ちた。

恥ずかしながら、10代の頃の私は、猿のように自慰に

ふけっていた。
男という性は嫌悪しつつも、自分を慰める肉体は、ソレしかついていなかったのでしょうがない。


その頃の名残で、今も精神的にたまに盛りがつく。

しかし、自慰行為を行えど、恋人との性交を行えど、
満足のいく快感は得られない。

無理やり早くイクこともあるし、面倒になって辞めることもしばしば。


それでも、自身の本来の性欲の煩悩からは逃れられないことがあり、
心の奥底では、大きな喜びと快感を味わいたい。


また、性嗜好に関しては、これまでも何度か述べたことがあるが、
男時代は女性が好きで、現在は男性好きだ。


だが、こういう一面もある。

・彼女と幸せそうにしたり、性交体験を語る男性に嫉妬を抱くこともある


・男を虜にするような女に嫉妬することもある。


前者は、男時代のトラウマや因果を引きずっているからなのだろう。
後者は恐らく、女性に対する肉体への嫉妬かもしれない。


完全な後付けかもしれないが、男時代、女性を欲していたのは、
女性という肉体を持った嫉妬だったのかもしれない。


現に、ホルモン投与と去勢を行い、少し近づいてからは
女性に対する気持ちも和らいだ。


しかし、未だ欲して(嫉妬)している部分は残っている。

否定はできない。


だがこれは、何度も言うが交わりたい、SEXしたいという欲求ではない。
母性に触れたい、女性性(内面)に触れたいというものでもない。


残念ながら、まだ私は完全ではない。


脱毛も完璧でなく、髭も無駄毛も依然生えてくる。
(男時代に比べたら生える速度は遅くなったが)

骨格的にも男性。声も作ってるとはいえど、
普通にすれば男性。(野太いわけではないが、ハスキーな女性といった感じ)

もちろん、胸の大きさもまだまだだし、性器もそう・・・

無論、これらは骨と内性器を除けば、
時間と膨大な資金によって解決していくことはできるが。。


まだまだそういう肉体的な男性面が多く残ってるので、
未だ女性に対し嫉妬もするし、欲している面もあるのかもしれない。


たまに思う。

細身のMtFさんで、胸も十分あり脱毛も性転換も戸籍変更なども終え、

生理がない・妊娠できない という以外で、身体的な面に限り、

まだ自分の体に男性性を感じることはあるのかな? と。


いずれ私も、その段階まで終えたとき、分かるではあろう。


もちろん全てを終えても妊娠できないというのは大きな悩みではあるだろうが、

少なくとも今の段階よりは気が楽になるのではと思う毎日。


まだまだ中途半端な上、不感症気味で、欲求不満な現段階であるからこそ、


肉体と精神に軋轢が強まってきたのでは・・と思うのだ。


自身の内面において、本当は男性なのか女性なのか、
そういうのはどうでもいい。


しかし、女性ホルモンにより、脳が女性であるという信号を受け、
強制的に認識を変更されていく・・という事も聞いたことはある。


だからといって、今、完全に男性の体(生殖機能も)に戻れる となっても
私は拒むでしょう。


今でも、まだ不満はあるが、


自分の体が男性であるということよりは、何倍もマシで、
今のほうが精神的にも大きな救いだ。


ぶっちゃけ、性自認とか内面性よりも、
「自分の体が男である」という事実に、ずっと悲観し嫌悪してきた。


青年後の男時代は、「結局、性転換しても、脳や遺伝子レベルからは女になれない」と言い聞かせ、
男として強く生きていこうと受け入れてた時期もあったが、結局苦悩には勝てなかった。

結果的に完全ではないけど、女として生きることを選び、大きな救いになってる。
後悔もしていない。


だがしかし、男という肉体、男だった過去というのは
嫌でもついてくる。

それに対して
現在の精神や考え方、皮肉にも商売までもが複雑に絡まり、


肉体と精神に大きな軋轢を生んでいるのでしょう。


女としての道を歩み始めた時期は、自身の勇気と、開放感のおかげで
堂々と生きてこられた。


ホルモンで徐々に変わり行く肉体。


嫌悪していた象徴の玉を取ったことへの喜び。


しかし今は停滞期。

ホルモンでの変化も安定し、変化の打ち止め状態。

加齢していく年齢。

忌み嫌っていた肉体を変わった形で酷使する職業。


次にこの停滞期を乗り越えるのは、ようやく性転換手術ができる頃だろう。


だけど今度の壁は、時間的にも資金的にもあまりにも大きな障害です。


低収入なこの時期に、精神的・肉体的にも停滞期に入ってしまった。


まさに泥沼。


何か大きな転機となるきっかけを模索し、

もう数年ばかりは耐えなきゃならないでしょう。


あと4~5年で30代。

20代までには全て終え、肉体的にも社会的にも20代女性というものを体験したい。



こんにちはパー



今月はブログを綴る勢いが止まりませんメラメラ



毎日書くまでは行かないものの、


1年に数回しか記事を書かない自分にとっては、


今月は書きたい事が次々と生まれます。




本日の題材は、


とあるMtF/ニューハーフの夢の中ぐぅぐぅ




睡眠時の夢です。



といっても私はMtFの代表者でなく、



あくまで大勢の中の1人であって、



これから綴る夢話も、あくあまで1パターンとして捉えてくださいニコニコ




私自身、他のセクシャルマイノリティの方々の夢に興味があります。

共通する点もあるだろうし、


案外一般のノンケの方々と変わらない夢であったりもするかもしれません。




では私の最近よく見る夢を告白します。




たぶん、過去の記事のどこかでも少し触れたかもしれませんが、



私はよく学生時代の夢や、地元時代の夢を多く見ます。


そこにいる自分は、当時のままの自分ではありません。



多くが、能力/知識的に今の自分だったり、


または高確率で今の性別の自分。




そして、学生というものは性別で分けられているイメージが強いですよね。


実際私もずっと男女共学で、性別で分けられていました。



夢の中では、限りなく中立に近いけれど、



どちらかといえば男性グループ寄りに分けられています。



そして面白い事に、多くの夢で共通して、


当時、実際に片思いをしていた女の子相手に、


夢の中でも恋をしています。



あの頃のように、夢の中でも男性の友人に相談したり、


恋が成就せずに嫉妬心を抱いたり・・・



しかし多くの場合、性的(肉体的)な欲求はありません。



幼い頃の恋愛のように、


・もっと親しくなりたい


・もっと独占したい


といった純情な思い。


いわば肉体的欲求抜きにした普通の恋愛感情ですね(笑)



片思いを寄せてた相手だけでなく、


当時は全く気には留めてなかったけど、


綺麗なコだよなとは思っていた同窓生の他のコに思いを寄せている夢・・・


といった事も、ごく稀にあります。



また、元彼女の夢を見る事もあります。


その場合のみは、夢の中に限り肉体欲求を求めている事も多いです。




一見、何の変哲もない普通の男性の夢のようですが・・・



少し違うのは、どのパターンであれ、


私は私。今の性別の私なのです。



言うならば、夢の中では



「私も女だから、相手に受け入れてもらえるだろうか」


「相手にとっては迷惑なんじゃないか」


「自分も女で同性だから、相手を守ったり甘えさせていく自信はない」


といった感情がある。



知る限り、思いを寄せてた相手はビアンでなく、

普通の男性が好きなコばかりだったし。




結局、夢の中で思いを寄せた相手と成就する事はない。


限りなく親しくなれる一歩手前まで行くのだけど、


最後の最後で惨敗する。



そこら辺は、当時の自分と同じ。昔と同じ。


夢の中で違う点は、自分の性自認のみ。





とまぁ、あくまで夢の中でのお話です。



重要な事は、どんな夢であれ、

その後、実際に起きた後の感情。



夢から目覚めた時点で、女性や同窓生に対する

恋愛感情は一切ない




もちろん、現実に目の前にその同窓生が現れようが、

再会しようが、


たぶん好きでもないだろうし、恋愛感情もない。



「懐かしいね」 といって女友達として

仲良くはしたいだろうけど、


恋愛的な感情や性的な感情は沸かないと断言できる。



夢って本当に不思議ですよね。




夢は自分の深層心理を反映するとも言いますが、



私の夢は、いったい何を語り何を暗示しているのだろう。





1つに、何度か話していますが、


自分の中に、「女友達がほしい」という理由がある。


「女友達が少ない」というのも話しましたよね。



現在の性別と、昔のトラウマが混ざったという事は考えられます。



学生時代の私は、男の子であったため


女性と恋愛するどころか、緊張して満足に女友達も作れなかった。



当時の自身の性が邪魔していたと思う。



相手を異性として見ると、奥手だった私は誰に対しても緊張して

臆病になってしまう。

男である以上、好かれるよう、嫌われぬよう、変な意地やプライドを張ってしまい、

それが邪魔してたのだろう。


男として自分に自信がなかったからともいえる。


その点、同性に対しては何の緊張もない。




よって、今の性での自分ならば、


女性を異性として見ないので、緊張することなく

喋る事ができる。


(もちろん同性だからといっても誰とでも親しくなれるわけはないでしょうが・・・)




そういった感情や自分のアイデンティティが顕著に夢に反映されているのだと思う。






私の性の不思議な点はそういったところ。



恐らく、多くのMtFさんであるなら、


学生時代の男子=異性

女子=同性


といった感情だったのでしょうが、




私の場合は、そうじゃなかった。



しかし、それはあくまでも過去の話。




今、今の性で出会ってきた人に対しては、


男性=異性

女性=同性


として見てます。



しかし、今の自分で同窓生に出会う機会があるならば、


男も女も、同性として見るだろう。

または、どちらに対しても異性として映るのかもしれない。


かといって同窓生の女に恋愛感情は抱かないと思う。


男に対しては・・・ぶっちゃけよく分からない。


昔のイメージのままならば、同性という感覚は残っているが、

彼らも大人になり、下手したら、今なら同窓生の男子に恋心を抱く・・という事は否定できない


そもそも同窓生の男子ならば、逆に私を女として見てくれるような奴なんていないだろうけどね(笑)




本当に、性の感情って不思議だよね。





でもこういう話って、匿名だからこそ言えるってもん。



現実で、男相手にも女相手にも話したら、



変に疑われ兼ねないあせる




過去は過去。今は今。



昔は女に恋してたとしても、今は男に恋をする。


人生ひっくるめてバイセクシャルとはいえるのかもしれないが、


現在進行形では、バイではない。




そして重要なのは、




自分の性自認は、好きになる相手の性別は関係ない。

(相手からすれば重要な事もあるだろうけど)






なにはともあれ、機会があれば


同窓会・・・に出席したい。



当時の学友達は、今の私をどう見て、どう扱うのか・・・


とても楽しみにひひ


もちろん、変な下心とかはありませんよチョキ




たぶん、夢に出てきてた同窓生達に、


"今"会うことで、結果がどうであれ、



私の当時のコンプレックスによるトラウマが減り、



変な夢を見る事もなくなるんじゃないかと思う。





しかし・・・



夢の多くは地元や家族、当時飼ってたペット、

そして今回話した同窓生や学校。


それらを見なくてもいいような経験をしたら、


今後私は、どういう夢を見ていくんだろう。







どうも!


今月は珍しくブログ書き込みが多いです(笑)

なんたる暇人!w



最近、ネットでニュース記事読み漁るのが好きです合格


政治・国際情勢から、どうでもいいネタ記事まで・・クラッカー


実技や行動が追いついてないのに情報ばかり入ってきて

頭デッカチになってしまう例とはまさしく私のことです叫び



さて、そんなニュースネタの中で本日知ったお笑い芸能人の方がいます。

名前は伏せますが、甲高い声で同性愛であることを告白しつつ、

ギリギリラインのネタでお笑いをしているお笑い芸人の方。


最近出てきたっぽいですね。

最近はTVを全く見ないので、芸能関連には疎くなりましたが

一昔までTVを見ていた頃は拝見しなかったので、最近の若手芸人の方なのでしょう。



さて、その方のネタ。

別にその方のキャラや個性自体には何も感じないのですが(むしろやってるネタにリアリティがありすぎて、

今はこういうネタでもメディア公開はOKなんだな~って事は感じましたあせる)



大手動画配信サイトにて、その芸人さんの関連動画を見てたんです。

そこで不思議に思った事(メディア宣伝方法)が!


あるバラエティ番組にて、その芸人さんが登場する際の

宣伝テロップ(?)に、「ニューハーフ芸人 ○○」という紹介がなされていたんです!!



私の知っているニューハーフ芸人さんは、晴れて性転換手術も終え戸籍変更も済まし、

ニューハーフミスコンをお取りになられた経営者の一面もある、あの芸人さん。


あの方も、お笑いネタとして自身を"オカマ"呼ばわりし、

戸籍変更をしても"ニューハーフ"として宣伝している事は知っていますが、

その方に対しては、私の中での定義の"ニューハーフ"には当てはまるんです。



だけど今回知った若手芸人さんの番宣テロップで「ニューハーフ芸人」と紹介されていた事が

あまりにも不思議に感じました。



ご自身はネタの中で、「どの意味でもゲイ能人の○○で~す。同性愛で~す」とおっしゃってるし、

見た目もホルモンやってるようでもないようだし、メイクもしていない、女として生きようとしてるようでもない。



同性愛として男性が好きなのであって、受け側なのであれば

ニューハーフというより、"ゲイ"の受け側さんなのであって"ニューハーフ"とはまたちょっと違うんじゃないの?


と思いました。


もしかしたら、勝手に番組側がそのようなイメージテロップをつけただけかもしれませんけどね・・・






それでも性別観念や恋愛観念においてノンケな世間一般の方々からしてみれば、

まだまだ、ゲイ・ホモ・ニューハーフ・オカマ・性同一性障害の違いが分からない方もいっぱいいるみたいです。

(もちろん、分からなくて当たり前だとは思ってますが)



過去の記事を通して何度か伝えて参りましたが、


・当事者の意見(認識)

・医学的見解(医学用語)

・他者から見た見解(認識)


などで分かれます。

もちろんどれが正しいかってのもありません。



特にこの業界では、


・オカマと呼ばれるのは嫌な人(私も含めます)

・手術も終え、戸籍変更もしていて、見た目も女性にしか見えないのに自分を"オカマ"とネタにしている方


いろいろな方がいますので、一般の方が混乱するのも仕方ありません。


ちなみに私は、努力をして女性となった当事者がネタのつもりで自身をオカマと称する事には反対していません。(なぜなら私でさえ、親しい知り合いの間で、あくまでギャグの一環としてオカマと自称することもあるからです。)


しかし!!!


世間にそれは通用しません。



オカマと自称する人に対し、または自称しない人にも対し、


「おい、オカマ~!キモイ~!オ・カ・マ」と使う人も存在するのです。


これは、「オカマという単語自体が、ネガティブなイメージ、またはイジメで用いやすい単語」になってるからなんでしょうね。


難しい問題です。


かといって

単語だけをタブー化したりしても、ただの言葉狩りになってしまい、

代わりに今までポジティブなイメージだった単語が代用され、新たにネガティブイメージな単語(隠語)として出てくる。

いたちゴッコですね。



でもまぁ、私の身近な人間が、オカマ=ネガティブなイメージと知らずに使用していたならば、

そこは優しく「それは傷つくから、こう言ってほしい」と頼みます。



しかし、悪意もって使用してくるならば、無視してしまうか

こちらも相手の弱みを見つけて言い返してやれば済むことですグーニコニコ



でも難しい問題ですよねホントに・・・


特にインターネットが発達して広まるようになってからは、

お互いの顔を見ず、または一方的に好き勝手言えるものです。


これは止めようもありませんし、何かしらの力や権力を行使して廃止するなんてことはもってのほか。

(しかしこれを行使できるような一見良く見えて、実は物凄く恐ろしい法案が通ろうとしてるみたいですが・・・

くわばらくわばら)


だけど現実で面と向かって言われないのならいいじゃありませんか。


幸い、私は現実で面と向かって自身の性を馬鹿にされたことはありません。

(親類は省く)

まぁ表面で言われずとも中でどう思ってるかは知らないですが、

現実として直接的に不快な思いをさせられてないんだし、心の中でどう思われても結構。と。



うーん・・・

まっ、恋愛経験とか少ないからってのもあるのかもしれませんけどねっあせる

恋愛経験豊富な同業の諸先輩方の経験談で、

「性がネックとなってフラれた、捨てられた」という事も聞くことがあります。


確かにそういう事があれば・・・私も苦しくなって嫌気を起こすかも。。

まだそんな経験がないから、こんな楽天的でいられるかもしれませんね。



あぁ、でもネット大好き人間の自分ですから、

自分で偉そうな事抜かしても、やっぱりネット上で

セクシャルマイノリティを差別したり批難されてるのを見ると辛いですよ?

それこそ、私も学生時代にいろんなイジメを受けて、トラウマもありますし。


でもやはりネットはネット。

どんな対象であれ叩くんです。

むしろ、全く叩かれない人やものを見たことがありません。



比較的多くの人に愛されている猫だって、

大の猫嫌いの人はネットで叩くものです。

(*私は猫大好き人間です)


逆に、ネット上でま~~ったく叩かれずに褒められてしかいない事があったのなら

そちらの方が違和感あって気持ち悪いです・・・(苦笑)

(考えがひねくれだしてきた!?)



しかしネットはネットといえど、ここまでインターネットが日常やビジネスシーン、プライベートシーンに

深く介入してきた時代。

中にはインターネットと現実が区別つかなく実際の犯罪に走る方も出てきています。

それはそれでしっかり取り締まるべきだろうけれど、

一番いいのは、個人個人がしっかり"ネットマナー""リテラシー"や今じゃ死語の"ネチケット"を

身につけられることなんですがね。


ところで、今は小学校から積極的にパソコンが教育に取り入れられてるみたいですが、

同時にネット上のマナーもしっかりと教育されてるんでしょうかね・・・・

(私が小~中学生時代は時代と田舎というのもあってパソコンの授業はありませんでした)



何はともあれ、悪意持ったり、本当に嫌で私らのようなセクシャルマイノリティを批難する人らには

何も言いませんが、

まだ”何も知らない”という方達に対しては、今後、ポジティブなイメージを持ってもらえるようにしていきたいです。




ちなみに、

セクシャルマイノリティーだからといって


・おネエ言葉を使う

・女性も使わないような独特な仕草(身振り手振り)

・同性愛

・性に貪欲



そんなことはありませんからw



まだメディア上でしかセクシャルマイノリティをご覧になった事がない方々は、

変な固定観念をお持ちかもしれませんが、

恐らく、実際に様々なタイプのセイクシャルマイノリティと知り合ったならば、

良い意味でも悪い意味でも、いろいろ驚かれることでしょう。


(その先にある、やはり身体上同属的な意味で受け入れられない・・・だとか、

結局肉体が云々とか思われるのは仕方ないとして)


街中を歩いていて、あなたが気づいていないだけで、

目の前をセクシャルマイノリティが歩いているかもしれませんよ?


むしろ高確率でそうだといえます。


同業だと同業の人間を見抜きやすいけれど、

それでもたまにうちらでも分からないようなコも日々増えています。


街で「お、好みの女の子」と思ったコや

メディア上でメジャーではないけど活躍していた女の子に対してイイナって思ってたり。

実はセクシャルマイノリティかもしれませんよにひひ


そんなものなのですチョキ






(編集時と反映時の改行部分等が異なるので

少々読みづらくなっていますがご了承ください・・・)


- 男の娘 -

最近メディア、ネット上や本などでよく目にしますよね?



前も似た内容で少しブログを書いたことがありました。




日々、オタク文化と同じペースで、

この言葉を多く目にするようになってきました。

(アニメなどに比べたらまだどこかアングラ臭さは残ってるかもしれませんけど・・・。)



今回は、その「男の娘」に関して私の意見をば語りたいと思います。


まず、私は

"男の娘"ではありません


むしろ世間での定義があやふやなので、

私自身がそうじゃないと思ってるだけかもしれませんが・・・




私の中での"男の娘"という定義、

個人の見解としては、


趣味またはファッションの1つとして、性自認は男性であり、

女性として一生生きるつもりもなく、身体にも手を加えていなく

女装をする一過性の楽しみの1つ


だと考えています。

少し前までは女装子とも呼ばれていましたね。


英語で言えば、

トランスヴェスタイトもしくはクロスドレッサー・・・という所でしょうか。



しかし中には、


・より完璧に女装したい! 


という気持ちで女性ホルモンに手を染めたり、


将来性転換手術を希望する人までいるそうです。




そういう方も中にはいるので、

より男の娘の定義が大雑把になっちゃってるのかな?とも思います。



そういった理由については、反対はしませんが、

どういうリスクを背負って生きていかなくてはならないか

という現実も受け止めてもらった上で

自由にしてもらえば・・・という気持ちです。


無責任な発言ではありますけどね・・・・あせる



本心でいえば、

できれば軽い気持ちでは、この道を歩んでほしくはない

とは思います・・・。(どっちなんだ汗)



そこら辺については

以前も記事にしたので参考にしてもらえるとありがたいです。



過去のブログ記事 


 タイトル:女性化に憧れる男たち

http://ameblo.jp/trans-mind/entry-10619743515.html



その他、

MtFとして生きている上で感じた事や見た世界など、

あくまで一個人、私だけの視点ですが、

このブログ全体を通して記事にしております。


こういう世界に興味ある方、

迷ってる方・悩んでる方などは是非是非各記事を読んでいただけたらなとひらめき電球


本題に戻りますあし



私が日ごろ不安に抱いている事は、

それこそ男の娘というハッキリとした定義が

世間でされていないようなので、

(または認知されていないようなので)


セクシャルマイノリティであるMtFも、

性同一性障害者も

すべて"男の娘"という枠で見られ扱われかねないということです。



男の娘という言葉自体は、

男性が娘(女性)でもある という風に捉える事もできるので、

一見分かりやすく、面白い言葉ではあるなと思います。


サブカルチャーにおける造語ですしね。




ちなみに"ふたなり"は、

IS(インターセックス)

つまり半陰陽(両性具有)の方を指す隠語(サブカル造語)のようですが、

当事者達はどう思われてるんでしょうかね・・・


(注:医学上は半陰陽の方でも、外性器が実際に両方ある方ばかりではありません。

外性器や見た目がどちらかの性でも、遺伝子が逆の性・・・という方もいらっしゃいます。)



ふたなりにしろ男の娘にせよ、共通して言える事は

どちらとも、広く「”萌え”や”エロ”」の観念で扱われているという事です!!



もちろんそれ自体は構いませんが、

やはりここで重要なのが

明確な定義が浸透してないということでしょうか。




流行の中で男の娘をしてみた という方もいらっしゃることでしょう。


しかし、この男の娘という言葉が出てくる前から、

セクシャルマイノリティの一環として、

生きてきた者達。


TS/TG、性同一性障害、

大雑把に言えば、ニューハーフ等も。


私もそちら側です。



セクシャルマイノリティが広まり、

広く認知されていくのは嬉しい事ですが、

萌え/流行を含んでいる男の娘と一緒くたにされると

たまったもんじゃありませんしょぼん




といっても、


別に男の娘を否定するわけじゃありませんよビックリマーク


見解・認知の方面。


セクシャルマイノリティまで

萌え・流行の範囲を含んだ扱いはされたくないという事です。




もちろん、萌えや流行とは考えてなく、

自称男の娘であるとプライドを持っている方もいらっしゃるかもしれませんね。



そういう方にとっても逆に、

「あぁニューハーフか」

「あぁ性同一性障害ってやつね」

と言われたら違和感を感じませんか?




男の娘 という言葉に、

私が勝手ながら萌えや流行であるというイメージを持ってしまっているために、


ニューハーフや性同一性障害、

 TS/TGはセクシャルマイノリティである


と思ってほしいのです。


(あぁ、ニューハーフの定義というのも本当は曖昧なんですよね・・・

職業の意味を指す意味でのニューハーフだとしたら、

今まで男の娘してたコが、それを売りにした業界に携わると

ニューハーフとも呼べるようになります・・・本当に曖昧な世界ですね・・・)



何度も言いますが、萌え自体は否定もしません。

ただ、萌えは萌え、

セクシャルマイノリティはセクシャルマイノリティと別物として理解してもらいたいだけです。


見解の問題です。


つまり、仮に"男の娘"の定義が、


趣味やファッション等を含んだ一過性の女装をする者


という定義であったとするならば、


そう考えているならば、


男性として生を受けたけど、女性として生きている

セクシャルマイノリティに対して、

同じ「男の娘」か

と扱ったら失礼ですよ!


というお話。


もちろん知らずに、

MtFも女装も含めすべてを指す言葉なんだって思っていたのなら

しょうがありませんけどね・・・


しかし、そこなんです!!


言葉は違えど、


ファッションや趣味での異性装と、


生き方においての性別セクシャルマイノリティ


は一緒ではないですし、


一緒にしてはいけないのです。



純粋にファッションとして

女服を着てメイクをしてる方が

「オカマ!男好きなんだろ?」

と馬鹿にされると辛いですよね?


逆に、私はそう言われる覚悟はあっても

「あぁ男の娘流行に乗った人間か・・」と思われるのも辛いのです。



もちろん、そこらへんの分け方がしっかりしていて、

多くの方もそう認識していれば

ありがたい事なんですけどね。




もしかしたら、男の娘とは単純に、

萌え・ファッション・流行の一環の言葉という定義ではないのかもしれませんね。


私が誤解していたのなら、謝りますしニューハーフも男の娘と同じ見解であると受け入れられます。



今回は、あくまで最初に述べた自分の男の娘という勝手な定義を元に話を進めております。




男の娘という定義があいまいな現在、

私達もその一環と見られ、

流行に乗っている一員と思われやしないか(流行に乗ることは悪いことではありませんが、

そう思われてしまう・・・というもどかしさはご理解いただけるんじゃないでしょうか)、


そして流行が去った後、

その流れに巻き込まれて

セクシャルマイノリティも一緒に淘汰されてしまうんじゃないか・・・という心配はあります。



とはいってもメディアでは、

性同一性障害とサブカルチャー現象としての男の娘は別として扱ってるようなので、

深く心配することでもないかもしれませんね(苦笑)。




総括して言えば、

もともとあったものが

そこに似たようなものが出てきて、流行言葉や流行として世間に広まる。

世間では、もともとあったものまで流行の一環で扱われ、流行が廃れると同時に

もともとあったものまで淘汰されてしまう。



といった不安です。


これが物だったり、または全く同じものであれば話は別ですが、


今回の件に関してはマイノリティや生き方を含んでいる所なのです。



単純に、ファッションや趣味としての男の娘流行が廃れても、

マイノリティとは関係なく、残っていけば(受け入れられていけば)よいのですが、

定義が曖昧なので、単純にファッション&趣味だけを指してるのか、

マイノリティも含んでいるのかがわからない・・という点です。


後者であれば、"流行"という冠がついた以上怖いものはないです。



かつてヒッピーという現象がブームを巻き起こした事があります。


あの時代に乗ってヒッピーになった方も大勢いらっしゃるでしょう。


でも、そんなブームとは関係なく、

生き方として精神として、

長い間ヒッピー的に生きてきた方もいらっしゃることでしょう。 


ヒッピーはファッションだけでなく、生き方やマイノリティも含んでいたのですから。



時代はブームになり、そういう方々もブームの一環に飲み込まれてしまう。


そしてブームが廃れた後では、

姿はもちろん生活や考え方まで「もう古いぞ」としてあしらわれたかもしれません。


それで無理やり現代風の生き方に合わせた方もいるかもしれませんし、

肩身の狭い思いをしながら今を生きてらっしゃるかもしれません。


ブームに関係なくそういう生き方をしていたのに、ブームを作られブームに巻き込まれられ

ブームが去った後はいっしょに淘汰されてしまう・・・



なんとなく似たような不安を感じるのです。



でもこの考え方だと、

マイノリティだけでなく、


ブームとか造語とか関係なく、昔から

純粋にファッションとして楽しんでいた方にもあてはまるかもしれませんね。


ブームに関係なく、好きでずっとやってきたのに、

勝手にブームが起きて造語まで作られ、その一環に見られ、

ブームが去れば自身の好きなファッションも淘汰されるんじゃないか・・・と。



それならなおのこと、"男の娘"という単語が、

ネット上の、そして一部のコミュニティの中だけの流行言葉&ブームであってほしいですね。





私はセクシャルマイノリティも、

いずれは堂々と理解される世の中になってほしいと思ってます。


(もちろん、少なからずは後ろめたさもあるし肩身の狭い気持ちでもいます)


そしてこの国で徐々に認知度が広まってきている中で、


今や男の娘という言葉で、サブカル文化として一部で広まっています。


下手したらこの言葉にセクシャルマイノリティも含みかねません。


ブームが去った後にマイノリティまでもが淘汰されないよう、

流行と、マイノリティは別物であると認知されてほしいと願っているのです。



話は変わりますが


実は 性同一性障害 という言葉にも私は違和感があります。

たぶん同じ気持ちを抱いている方は多いことでしょう。




実際に、「あ~じゃあ性同一性障害?」

って言われても、素直にそうだとも言えないし(思ってないし)

「男の娘か」と言われても違う気がする。



そこらへんの質問への返答は毎回悩みます。

今のところ、

「いつか性転換手術&戸籍変更も望んでるニューハーフ」

というのが今一番しっくりきます。そう返答しています。



まぁ実際にニューハーフを売りにする職業についてるからというのもあるんですがね。


(ちなみに、そういう職業に手を染める前はニューハーフと呼ばれるのもしっくりこなかったんですよね^^;)



結局は、自己申告といいますか自分がどうだって思えるかですよね。




もちろん、呼び方や呼称はたくさん存在します。


しかし同時に本人のアイデンティティが多く存在するので、

呼称とその方のマイノリティが異なる例もたくさんあります。


カテゴリ(呼称)や性別で分けられたくないという方も多くいらっしゃいます。



遺伝子学、医学上では男・女・インターセックスに分けることは可能ですが

それとマイノリティや性格は別です。


血液型もそうです。~型と形として区別はできていますが、

それに伴う性格やアイデンティティ・マイノリティまでは判断できません。



世の中には血液型に伴う大雑把な性格分類 とか出ていますが、

根拠もないし、必ずしも当てはまりません。

それとこれとでは同じではないけど、似ていると思う。




あと、男の娘 と見られ扱われるのは、"私"は嫌ですが、

TS/TGの方でも、自称して男の娘という言葉を使っている方もいます。


なので、やはり本人がどう思うか・・・ってことですね。



人間は定義分け・ジャンル分けをしたがるので、

それならそれで、せめて趣味や性癖としての異性装なのか

セクシャルマイノリティなのかは世間にも分かりやすい言葉でわけてもらいたいなって思います。







そうそう、よくセクシャルマイノリティの方に対して

「好きなのはどちらなの?誰にでも恋するの?」という質問がありますよね。



好きになる性別・・・


これは、男性を好きになる/女性を好きになる/どちらの性でも構わない

と大雑把に3つには分けられますよね。


なので、仮にこれを x3パターン としましょう。


性別を男と女の2つで区別すれば、


(自分の性)  (好きになる相手の性)

 男   x  3パターン

 女   x  3パターン


になりますよね。


セクシャルマイノリティ(自身の性パターン)にもたくさんあります。


ですので同じく、好きになるパターンはx3パターン だと考えてもらえればいいと思います。


(中には、どの性別に対しても好きにならない 無性愛(アセクシャル)という方や、

自分自身しか愛せない という方もいます。更に突っ込めば性別は関係なく、特定の対象、または物質しか愛せないという方もいらっしゃいますが、それはもう今回の件とは異なり、性倒錯の分野のカテゴリーになるので割愛します。)






そしてなぜか、セクシャルマイノリティ者に対してだけ、

"好きな性対象であれば誰でもいい"といったなんとも勝手で迷惑な先入観をもたれていたりします。

もちろん、中にはそういう方もいらっしゃるかもしれませんが、

大多数は決してそうではありませんので誤解のないよう・・・


女性の事が好きな男性の方。相手が女性ならばそれだけでOKで誰でもよいですか?

男性の事が好きな女性の方。相手が男性ならば誰でもOKですか?



必ずしもそうではないでしょう。


年齢もあるし、性格の相性もあるし、好みもあるし、他にも相手を好きになる要素はたくさんあります。

同時に、合わないな、苦手だな・・と思う要素もたくさんあります。


一方的に、


MtF(男→女)セクシャルマイノリティの方や

ゲイの方(男性が対象の男性)が特にそのように誤解されている傾向がありますが、

これは多くメディアでそのようなキャラクターとして扱われてきた事が原因の先入観かもしれませんね。


または、体力的にはやはり男性に分があるので、体力と行動力のある男性が無理やり襲ったことが

目立ったということもあるかもしれませんね。

しかしそれも全員には当てはまりません。



例えばどこかの学校や地域、国の中の何人かが何か事件を起こし目立ったとします。

なので、その地域の他の者も全員そういう性格なんだろう・・・と思ってしまう心情にも似たものがあると思います。

これはもう本人がその他の人達と触れ合い先入観をなくすしかありませんね。

または、決してそうではない・・という情報が浸透していくか。


難しい問題ではありますけれどね。






さて、最後に。



私の中では、男の娘 と セクシャルマイノリティ(ニューハーフや性同一性障害、TS/TG)は異なるといいました。

実際には同じ括りで見られてるのかもしれませんが。


しかし、"見た目"の上では

どちらがより女性っぽいか・・・という点は悔しいながらもどちらに優位性があるわけじゃないんですね・・^^;


もちろん、女性ホルモンを投与していれば

肉体的な意味では投与している方が肉体的に女性らしいです。


性器の有無では当然、手術されてる方のほうが女性に近くになります。



では他の見た目・・・つまり顔つきとかですね。


最近は、私含めてホルモン投与を行ってる当事者達よりも美人な

女装者(ここでは、肉体的な改造をしていない一般男性としましょう)さんも大勢いらっしゃいます。



メイクの技術もあることでしょう。

しかし時代の環境的に最近の若い人達のほうが

性別を感じさせない先天的な体質(見た目や体系など)を持った方もどんどん増えています。



当事者である私たちよりも、ファッション&メイクを行っただけの男の子の方が美人・・・

というのも恥ずかしい話、なんだか悔しくもあります。

そんなコ達でセクシャルマイノリティをもっていて、その道で生きるコ達もこの先増えていくでしょう。


となると、この世界でも更に競争率は高くなりますね(苦笑)

そこはもう仕方のないことです。私も20代なんですけどね・・・


ですが過去にも何度か書いたように性風俗という職業。

ただでさえ不景気の煽りを受けているのに更に美人度の競争率が高くなって

別の意味でも完全に淘汰されていきそうです( ̄Д ̄;)


むしろ、性風俗以外でもいろんな分野で美人なニューハーフさんが活躍してきているので、

私は美人とかは売りにせず、別のことに打ち込み見た目とか関係のないセクシャルマイノリティ達が

いろんな分野で普通に活躍できる時代がくることを願っています。


もちろん特殊な分野では、男か女かという役割分担もあるし

女またはニューハーフだとしても美人であることが条件な分野もありますが、

そういう分野じゃなくても、活躍できる日が来ることを祈ってます。



ちょっとした愚痴ですが、


メディアでは、 超美人なニューハーフがこの職業に!

または、お笑いキャラとして!としてしかまだ脚光を浴びてませんよね。

その2つにも属しない方々はどうなの?って思う。


中には、「その2つに属しなかったら話題にもならないし、面白みもないから当然」という方もいますが、

多種多様の性別があり、マイノリティがあることを世間に認知してもらうには、

やはり様々な人たちもクローズアップしていかなきゃいけないと思う。


テレビ的なものは、ビジネス的な問題もあるので上記の意見のような事もあって難しいかもしれませんが、

ネットを通じて今後も広く浸透していけばいいなと。


現在そうなりつつありますが、

今回はそれが萌え・ファッション・趣味を含んだ"男の娘"としてセットで広まりそうな予感もあるので、

そこが心配です。


マイノリティがサブカル文化とセットで広まぬよう、別々のものであるという前提で、

セクシャルマイノリティの存在やあり方を認知していってもらうのも、私の1つの定めかなと感じています。




さて、今回も長い記事でしたが、目を通していただいてありがとうございました。



(追記)


いったん公開した後、少し読みやすいように改行したり色つけしましたが、

あまりにも長いので全てを編集するのは・・・途中でやめました(苦笑)




ところで、


過去の記事にて、


性転換手術完了&戸籍変更済み


の方と、手術前(未工事)には差があると書きました。


そりゃ、性器的な見た目と、

戸籍(資料上的な)差はあります。



何も手をつけておらず、

まだ見た目(全体的に)男性である状態から、

完全にトランスするには時間も資金もかかります。


私はホルモンも長く投与してるし、

玉抜き(去勢)もしてます。


なので、本当に、あとは性転換して性器の見た目問題なだけなんですよね。

だけど、実はこれが一番大きな問題。戸籍も大事だけど、別として。


声とか、体系的なものはしょうがないとして、

「あぁ、あとはやっぱりあそこがついてるのがな~」

ってよく言われます。


ですので、やっぱり最終的には、あるかないかが重要なんだな・・・と。

(結婚するわけじゃないので、子供産める云々はまた別)


もちろん、性の興味としてトランスセクシャルが好きな人は、

「見た目女だけど、ついている事が興奮」といいますが、

それは男性目線での性欲の一つ。


私みたいなトランスセクシャルとしては

最終目標は、性転換までして戸籍も変更すること。



性転換を目指すMtFとして

・女性ホルモンは投与しているか

・24時間女性として生活しているか

・一生女として生きる覚悟はあるか、支障はないか

・そう扱われている見られているか

・玉はあるか否か(内分泌問題なので重要)

これら1つ1つは重要です。

これにカミングアウト済みか、受け入れられてもらっているか

という点も、自分に大きなプラスになります。


幸い、私はこれら全てをクリアしています。

あと大きな必要性はないですが、

診断書も一応、取得済。

あっ、診断の際は↑の内容も聞かれます。



あとは・・・性転換手術=戸籍変更

のみなのですが、時間や資金を考えると本当に大きな壁です。


風俗でもお金が貯まらない。出資者もいない。

本当に30歳になるまでに実現することやら・・・


手術して退院した所で約半年~1年の療養。

実家や知人宅にお世話になれるのなら幸いですが、

これらのアテもありません。

それ含め、生活費なども計算にいれて手術費混ぜて

200~300万は必要でしょう。


今は頑張っても月に2万くらいしか貯金できない・・・

その計算でいくと・・・10年はかかるorz


療養中の生活場が確保できたら、手術費のみか。

転職、出資者、宝クジ・・・本気で視野に入れておかなきゃな。


ちなみに耳より情報。

性転換を最終目標にするのではなく、

あくまでスタートライン。いざ女性になったからといって

それからも働き口とか生活していけるかの準備を先にしておくことが肝心。

と、昔カウンセリングした時に先生に言われました。