今回は、性などの類とは異なり、

重いテーマについて少し触れてみます。



この日本という国では、表面上は平和で、

格差などの困難はありつつも、死との隣り合わせにいる状況ではありません。


もちろん、事故や殺人、自殺、天災、病気などで身内や知人を亡くされた経験のある方も大勢いらっしゃいますでしょうから、完全に死が遠いとはいえませんが、

兵器を用いた戦争の戦火の中にいるだとか、致死率の高い伝染病が蔓延しているだとか

国民の大多数が、おにぎり1つさえ口にできない・・・とかってわけではありません。



日々、不景気で貧しいと謳っている私でさえも、

満足にご飯を口にできているし(豪華な食事ではありませんが)

お風呂も入れますし、エアコン、洗濯機、冷蔵庫、TVなどの家電製品に溢れ、

パソコンでインターネットをしてそれなりに暮らせています。




国民全員がそれを可能にしているわけではないでしょうが、

平均水準でいえば、大多数で占めていると思います。



しかし、そんなこの国での死亡率のTOPは、

寂しい事に、自殺です。



自殺を肯定か否定か・・・などの話は、ここではしません。

それはそれぞれご自身の思想にお任せします。



さて、前述した意味での"平和"の中にあるこの国でも、

インターネットを通じ、"情報"や"視覚・聴覚"により、

死 というものを感じさせられたりする体験も多いのではないかと思います。



実は今回の記事を書こうと思ったのも、

ご存知の方はいらっしゃるかもしれませんが、

某大手掲示板内でのトラブルが発端で、若き学生さんが

"自殺"をインターネットのリアルタイム動画配信にて行った・・・(いわゆる自殺生中継)という事件がありました。

(事件という言葉が適切なのか分かりませんが、ネット上のニュース記事にもなったという事で

この言葉を選ばさせていただきました)


その配信映像は録画され、某大手投稿動画サイトをはじめ

様々な場所で2次配信・配布されたようですが、早い段階でどの動画も運営から削除されたみたいです。

(動画2次配布は故人のご意思だったそうですが、真偽は定かではありません)


ですので、私自身も生中継も、2次配布動画も目にしていませんし

残っていても、恐らく見てはいません。


しかし、方々の掲示板では故人の自殺までのいきさつや、自殺(首吊り)決行、その後の様子や

実況中の心情や会話などまでもが文章で表記されており、映像は目にしていませんが、事の顛末が悲しいくらい目に浮かびました。



冒頭でも触れましたように、日本では年間自殺者が非常に多いのですが、

その多くは報道もされませんし、遺族以外の他人は知ることすらないのですが、

今回ニュースサイトでの記事に上がったのは、


・インターネット掲示板でのトラブルが発端 (遺書もないので公では確定とされていません)

・インターネットでのリアルタイム生放送を利用した、自殺中継

・そして、"自殺幇助"の可能性


などが重なった点もあるのでしょう。


この悲しいニュースを広めるつもりもなかったのですが、

今回の"死"をテーマとした記事を綴るにあたって発端となった出来事が、

この一連の流れであるということを踏まえ説明にあたらせていただきました。




さて、今回の "死"というテーマです。


私は、これまでに身内の他界を何度か経験していますが、

年齢もあってか、死の恐怖や死が身近にある・・・という事を、

まだハッキリと身に沁みていません。


当然、身内や親類を亡くした経験は辛く、とても悲しい出来事でした。

しかしそれは、第三者からの感情による、"死"のイメージであり、

当然のことながら、自身が死を体感するのは、己が死ぬ時しかありません。


しかし、大きな事故や病気などで入院したり意識を失った方は

間接的に"死"に近い体験をされてるのかもしれませんね。


私はまだそういう体験もありませんので、なおのこと分かりません。

あるのは、身内親類の他界や、メディアや文献、インターネットを通しての

"情報"としての、"死"のイメージです。



そんな中、私は特に20歳を超えてから、

"死"というのを真剣に考えるようになりました。



自殺願望という意味ではありません。


生とは何か、

死とは何か・・・


といった概念です。


もちろんこれに答えはないと思いますし、

宗教観念や、科学概念、医学概念、社会通念、個人個人の思想などでも大きく変わることでしょう。


今現在での、私の思う "生" は、 観る/匂う/聞く/触れる/味わうなどの五感から、

食べる、動く、寝るなどの基本欲求、

そして、笑う、泣く、怒る、楽しむ、喜ぶ、などの感情、

そして、考える、悩む、覚える、学ぶ、などの思考、

そして、会話や歌うといったこと、恋したり愛でる愛情・・・


これら全てが、"生"だと思っています。


"生きる"というのは、これらのどれかの組合せを駆使することであり、

その上に個人の信条や、社会通念が乗っかったものだと考えています。



逆に、"死"というものは、これら全てが消えてしまうことなのでしょう。


「死ぬ事は簡単、生きることは難しい」

とよく言いますが、確かにそうかもしれませんが、

私自身は、どんなに辛くても自分の"生"が好きなので、

死にたくありませんし、死も怖いです。


客観的に、「あぁ、このコも生きているんだな」と。


自分という存在がここにあり、

長い間の経験や思い出、出会いにより、自分自身が確かにそこに存在している。



私は現状も胸を張れた生き方もしてませんし、

世間でいう"黒歴史"という恥ずかしい過去もいっぱいあります。



それでも、私は私を好きで、

自分自身が経験してきたこと、思い出など全て含めて愛してます。

つまり、自分という"生"を愛しています。


なので死も怖いし、恐怖でもあります。

更に、一瞬のうちに自分自身を手軽に消し去ってしまう自殺だなんて、もっともっと怖い。


しかし、この世の全て、地球の全てが一瞬にして、

恐怖も痛みも覚悟もなく、知らぬ間にフッと消えてしまうような消え方は、

あまり恐怖ではありません。


この世を残したまま自分だけ消すのが怖いというのは、

もちろん一番愛している自分が無になる事もそうですが、

他には、残された恋人や家族、知り合いの気持ちを考えた時に

それすらも悲しいからです。

他には、未来への夢や野望、執着度合によっても死への拒絶心は増すでしょう。


未来といっても、些細な予定でもいいのです。

明日の食事が楽しみ、TVが楽しみ、または数時間後の読書や

睡眠が楽しみ・・・などでも。


自身を客観的に見て、そこにすぐ先の未来の出来事を楽しみにしているコ(自分)がいるのに、

自分の手で、そのコの未来を奪う・・・だなんて私にはできやしません。



しかし悲しい事ですが、逆に考えてみよう。


もはや今やりたい事も全て済ませ満足し、

将来はおろか近未来でやりたいことも野望も特になく、執着も失せ、

自分以外で自身が消えても悲しむ人が本当に、本当に本当にいなかったとして、

なおかつ、愛する自分の中でも、自身を終わらせる事に同意してしまった場合・・・



想像したら悲しみや恐怖を通り越して、虚無感を感じます・・・


本人はその決意をしたのですから、当然第三者がその選択に介入する余地もありませんね・・・


自殺者の多くは、その決意をした時から気持ちが穏やかになり

一時的に明るくなるとも言いますしね。


なんとも言葉にできません。


しかし、前述した条件が全て揃った方ばかりとも思わないのです。

「やりたい事」については、"有る"けど高確率で実現困難なので諦める・・・ということも

あるでしょうが、

「悲しむ者」が、本当に1人もいないのだろうかな・・と。

もしかしたら本当に誰もいないという方もいらっしゃるかもしれませんし、

いたとしても、自分の死後、周りの者が悲しむ事よりも、

自分の決意を優先したという事に他ならないですしね。


でも、中には一時的な気の動転や気の早まりで、その選択をされた方もいらっしゃることでしょう。

いや、人間である限り、人の心は脆く動じやすいのであることでしょう。



しかし、その一瞬の早まりや動転を、どうにか思い止まり、

数時間か数日間、または数週間かはわかりませんが、躊躇できたら、

また楽しい事や嬉しい事を少なからず体験し、"生"を実感し、

あんな事考えていた時もあったのになぁ~と思える日も来るかもしれません。


実際は、そこが不確定で難しいんですがね^^;



そりゃあ私も、学生時代のイジメや、

公での辱め、屈辱、挫折、失恋など多くの困難を体験してきたし、

何度も気が動転したりして、死にたいと思ったり、未遂に走ったりしたこともありましたが、

"生"の執着や自分愛を思い出したり、一時的な現実逃避で将来の希望や野望を想像したりして

なんとか切り抜いてきました。


そりゃあ、今は満足な生活じゃないし、傍から見れば幼少時や家族と共に暮らした日々の方が私は幸せだったと思われるかもしれませんし、自身もたまにそう感じたりもします。



日々劣化をたどる加齢も辛いですが、それでも過去の経験や思い出(些細な事でもいいんです。

お腹すいた時に食事して満足した事は良き思い出にはなりませんか?)を糧に、

それらの積み上げがあって、良くも悪くも、今の自分自身が存在し、

大事で大好きな自分自身の"生"がここにあり、

現在進行形で文章を綴っている自分も、時間を気にしている自分も、可愛らしく思えてくるのです。



私の今の食事なんて、金欠続きなもので、お茶漬けのみとか

海苔巻きご飯だけ・・とかという日も多いですよ。健康的視点から見ると危険ですが、

それでもお腹が空き、何でもいいから何かを口にし空腹を満たそうとしている自分は・・・あぁ生きているんだな可愛いなって。




でもまぁ、これらの事は、あくまで私自身のことですし、

誰もがこうであるわけでもないし、もちろん思想を押し付ける事もできません。

それぞれの思考は、それぞれです。



一見、ある意味達観してるようにも見えますが、

それでも不健康的な生活ですし、欲求や物欲などの俗物欲求だらけですし、

それらをも覆す事は、今の私には無理でしょうし、覆す必要も感じていません。



いろいろ偉そうな事を綴りましたが、すごく意思の弱い人間ですので・・・(汗

ただし、"生"への執着はまた別です。


しかし社会という枠組みの中では、意思の強さなどが密接に関わってきますよね。

"生"を噛み締めている自分でも、社会の枠で見ればアウトローでしょうし、

一部の宗教的観念から見ても、よろしくないのでしょうね。



当然、社会は辛い場所だとは思いますし、日々大きな風当たりを受けています。


しかし、 自分の"生"に執着する事とは別ではないでしょうか。

しかも社会の枠で扱われるならば、こちらも社会のルールである"法律"を大きく乱していなければ、

なおかつ法律抜きにしても、周りに大きな迷惑をかけていなければ、

私自身が"生"を大事にし、自分を愛でるのも構わないだろうし、

とやかく言われようが、その信念は変えないつもりでいます。


しかし、"迷惑"という概念も、なかなか厄介な存在ですよね。

仮に、私がAさんに対して、迷惑とも何とも思っていなくても、

別の方は迷惑に当てはまるかもしれないし、その逆も然り。

私が迷惑をかけていつもりで信念を持って生きていても、それが迷惑と思う方もいることでしょう。



しかし人間なんて、そんなもんです。


それらを踏まえた上で、同じような思想を抱いた者達とコミュニティを築いたり

出会ったり、または逆の思想がお互いの刺激になって分かち合えたり。

その中で、自身の"生"を噛み締めながら切磋琢磨して生きています。


もしそれら全ても面倒になってしまったら?・・・


うーん・・・難しいですね。私には何もアドバイスもできません。

それそれの意思・思想であり、何も押し付けはできないと言いましたが、

願わくば(あくまで願望)、一時的な周りや環境がどうであれ、自分の"生"を見つめ自分を好きになるところから・・・

という感じでしょうか。もちろん誰もがそうあるべきではないでしょうし、それが正しいというわけではありませんがね。






話が少しまどろっこしくなりましたが、


私は、 死=無 だと考えています。


そりゃ、来世などがあって、


来世はまた人間で、


そして日本で、


今度こそ女の子として生まれたいという願望はあります。




しかし、今を生きる事以上に、来世がある事、人間になれること、

国、そしてその環境や育つ将来が良いか・・など保障も確信もありません。



それならば、今の人生の方が絶対的ですし、現に存在していて、私だけの思想(感情)をもっています。


どんなに辛くても風当たり悪くても、自分が自分の"生"を好きな理由もそこにありますし、

また、その自分が無くなることへの恐怖もあります。



死=無 という考えですが、

たまに想像するのですが、記憶を失った事は経験あるのですが、

その瞬間が永遠に続く・・・二度と目覚めることもない。


例えば、今一瞬目を瞑ったとして、

その一瞬が、音もなく匂いも触感もなく、呼吸もしてない。

思考も感情もなし、時間感覚もなく、その一瞬が、1年も10年も100年、1000年経とうが

一瞬であり、永遠と続く。


むしろ、そういう感覚すら無になる。


命の灯火消えたその瞬間から、自分の思考も感覚も、ほんの一瞬で無になり

あとで目覚めて思い出す事もできない、客観的に見ることも不可、自分が消えて

周りや世間、世界がどうなるかを知ることすらできない。

そのことを悲しいとも苦しいとも感じず、命が消えた瞬間に、

自分自身の全て(=思考や感覚、思い出も感情も)がその時点で、無になる・・・


これって、すごく怖くないですか?


思うに、天国や地獄、輪廻などは現世での行い(業)を死後も背負わせるため、

または簡単に自殺させないため  に、作られ語られてきたものではないのかと、

ある思想と同じ事を思っています。もちろん、もしかしたら、あるのかもしれません。


それこそ、死を体験して、 今この全てを終わらせなければわからないことです。


まぁ、そういう云々は、深く語るつもりもありませんが、


私にとっては、それほど、死 が怖いものなのです。


しかし、人間は、誰1人残らず、人生で死を経験します。

その瞬間を迎える時は、今まで積み重ねてきた自分の思い出も思想も、無 になるのが、

今はまだ、怖いのです。せめて、もういいかなと思えるくらいまでは生きてみたい。



長くなりましたが、


自ら死を選ぶ・・・自殺については

そこにいたるまでの苦悩や決意には、人それぞれあるでしょうし、

とても悲しいとは思いますが、否定も肯定もできません。

(身内や知り合いならば、また別になってくるでしょうが・・・)



自分においては、


自殺・・・行動的な面では、例えば今私がここで適当な紐を探し

首を吊る。その瞬間がくれば実施から数分以内で行えてしまう。


そこが怖いのです。言い方を変えると、"生"を大事にしていて、

その気はなくても

時間もかからない数分の行動で、痛みや苦しみもないうちに、

自分自身を無にできてしまう・・・


ちょっと体験してみるということもできない。


何度も言いますが、精神的なことじゃなく、

あくまで行動的な話です。


死ぬは簡単(決断などの精神は別にして行動においては)


こんなに生に執着している自分でさえも、



その数分のプロセスを行えば、 無 になってしまう・・・

という人間の脆さ、儚さが怖いのです。


危険な事に、たまに本当にそんな事で簡単に死んで(無)しまうのだろうかと、

手で首を絞めてみたり紐をくくってみたりすることもあるのですが、

取り返しの付かないことにならぬよう、抑えています。


自殺含め、事故、病気、殺人、災害・・・

平和とか関係なく、寿命を抜きにしても、

人間である以上、死は身近なものなんですね。







またもや超久々な日記!



さて、そんな久々に何を唐突に日記を書こうと思ったのか・・・



今回は、「指の長さ」です。



ちょっとインターネットをしていて、そういう類の記事を読んだもので、

書こうと思いました。





では本題へ。


最近では、薬指と人差し指の長さの比率により、生誕時にどちらのホルモンバランスが多かったか、

またはどちらの性別性が強かったか・・・といった、訳のわからん話が散らばってます。(ん、もしかしてもう古いのかなw)



薬指と人差し指の長さを比べてみてください。


人差し指の方が長いと女性性が強く(母親の胎内時に女性ホルモンシャワーを多く浴びた)

逆に薬指の方が長いと、男性性が強い (胎内時に男性ホルモンシャワーを多く浴びた)


また、人差し指が短いほど男性性は強く、短絡的で攻撃的。

しかし、数字などに強く、数字を活かした職種に向いている -


といった内容。(ただし後者は、男性の場合において濃厚になるだとか)




はてさて。



実は私、人差し指がものっすごい短い!!

むしろ、どの指も短い。しかし、太い。短くて太いという感じ。


長さで見れば小さな手なんだけど、太さで見れば大きな手。


そんでもって、人差し指は薬指よりも短い。

(余談だけど、小指も短く、薬指の第二間接以内に、小指の両間接が収まってる感じ)



長さはないけど、よく「男の手だね」って言われます。



さて、人差し指が短い=男性的



・・・



攻撃的ってのは、当たってるかも。

昔から、怒りっぽかったしなぁ。

今では、暴力とかはしないものの、キレるとヒステリックになりがち。

(喧嘩とかってのはしたことないんですけど、内向的な攻撃性といいますか・・・タチ悪い方のやつですなw)


あ、でも口喧嘩も苦手ですよ!


昔から爆発すると、物に当たりがちなもので。



まぁそれは差し置いて、



薬指がすごく短いにも関わらず、私はニューハーフですよ?


あぁ、でも昔は普通に男でしたなぁ。

何度か書いたことあるように、女性に恋してたし。



今では精神的にはバイセクシャルよりなのかもしれませんけれど、

男性にも恋するし、恋人もいます。



しかしまぁ、○○であれば男性的、○○であれば女性的・・・といった文献(?)が出てくるたびに、

生きながらして、それらを覆した生き方をしてるわけです。



しかも、男性にありがちなコレクター心も強いですしw

あ、でも数字系は小さき頃から、てんで駄目!

論理的なものとかより、直感的なものの方が得意です。



でも最近ねぇ、いろいろよくわかんないんですよ。



いくら女として生きようとも、肉体的には男性だったという事を再確認するし、

たまに精神的にもわからなくなる。



その例として、最近、学生時代の夢を見るんです。


といっても、そこにいるのは今のジブン。


完全な女性になってなくても、女性になろうとしている自分。


そして、夢の中の舞台は、中学だか高校だか。

登場人物は、実際の昔のクラスメイトたち。


内容は、当時片思いをしていた女の子に会い、告白をしたり、

付き合いたいな・・と思う 夢。


不思議な夢です。


でも夢から覚め、いざ起きてみると、別に付き合いたいとも思わない。


ただし、「久々に会って仲良くなりたいなー」とは常日頃から思ってます。

もちろん恋愛的なものじゃなくってね。



実をいうと、私には女友達といえるものを、多くもっていません。

(前も書いたかもしれないけど)


唯一、いろいろ話し合えるネット上の女友達からも、

「○○ちゃんは、意外と女のこと何も知らないのかもねw」ってのも指摘されたことがある。



最近の私の夢(願望)は、普通の女友達を持つこと。(男友達でもなくニューハーフ仲間でもなく)

もちろんネットじゃなく、リアルのね。


いっしょに買い物行ったり、世間話したり、相談しあったり、etc

友達の概念ってのもよくわからないんだけど、数ヶ月に1度会ったりとかじゃなく、

気が向いたら気軽に遊んだりできるような仲。




最近さ、相手が男ならば、どうやって仲良くなればいいんだろう・・・ってのは気にならない。

もちろん恋して付き合う!となると、モノにする自身はないけど

単純に、仲良くする方法ね。


逆に、女相手だと、「親しくなりたいけど、どうすればいいのかなー」ってアセアセしてしまう。

同性(?)なのに変だよねw


もちろん、変な意味はないし、下心もないよ。当然。


しかし人生の中で、男と触れ合ってきた事の方が多いから女の子と親しくする方法がよくわからない。


今の自分は、素だと、まだまだ男っぽい仕草や言動も多いだろうから、

そこが避けられないかとか不安だらけってのもある。



または、学生時代に、片思いした女の子から次々とフラれ、それがトラウマになってる・・とも考えられる。



更に自分の性について深く探っていくと、納得できる線がある。



幼少時・・・男女問わず、誰とでも仲良くしていた

少年時・・・成長に連れ、女性に恋心を持つようになる

以降、学生時代全般・・・想いを寄せた相手にフラれる所か、女友達すら持てないくらいに嫌われたり避けられたり。


大学時・・・念願の初恋人&初経験。数年間、順風満帆だったが、同時に幼少時からの憧れ(女に生まれたかった)が更に強くなっていき、意を決して、性転向の道を歩みはじめる。


経緯はこんな感じ。初の恋人&初体験がきっかけになったというのもあるかもしれない。

ではなぜ、女に生まれたかった憧れを幼き頃から抱いていたのか・・・


1つは、性別関係なしに誰とでも親しくできた、あの頃へ戻りたい・・・という原点回帰精神もあるかもしれない。


しかし、覚えてる限りでは、5歳以下くらいからなぜ女に生まれなかったのだろうと強く思っていた。

その理由は、謎のまま。



何はともあれ、いろいろ苦労はあるけれど、

女として歩み始めたこの人生、後悔もしてないし、

むしろ男時代よりも前向きになれて、充実してます。


逆に男としてまた生きろ・・・なんてことになってしまったら、

それこそ自分に潰れ、生きる自信すら無さそうです。


それに、心から、早く性転換もしたいって思うしね♪

(貧乏人は辛いよー汗)



まぁ、何はともあれ、女友達ほしいなーって思う。

だけど、フラレ続けたたトラウマもあるし、それもネックになってる。


女友達が欲しい理由・・・

なんか、仕事でも男の人ばかり相手。

プライベートでもネットで多くの男の人とだけの関わり・・・


性自認が余計にわからなくなっていきそうなんです^^;


でも、昔の自分があるからこそ、話題の上では男との方が会話も通じる。

けれど・・・

結局それは、親しくなりやすいだけで、逆に、それ故余計に、殿方たちに私を"女"として扱ってもらえなくなるのも

現状・・・^^;


それはそれで、なかなかキツイものがあります(汗


といっても私自身が、相手を恋愛対象に捕らえてるわけじゃないし、

それこそ恋愛モードで相手するなら、できる限りの女(ニューハーフ)力を出しますよ!(なんて性悪な・・・・苦笑)



いや~、今回もまた、指の話から大きく話題が脱線しました!

もはや十八番ですw



それでは、不定期なブログではありますが、

また何か書くネタが上がった時にでもお会いしましょうm(__)m





先日、「生まれ変わるならどちらの性がいいか?」というアンケートの

ニュースコラム記事を読みました。


結果は、女性は半数以上がまた女性に、

男性は半数近くが、女性に。


また、インターネット上ではしばしば

「日本は男女平等と謳っているが、明らかに女尊男卑の傾向が強くなっている」

という声もちらほら目にします。


私も、これには同意しています。


そして、更には「女体化ファンタジー」系の漫画や小説。

これについては、かなり以前から存在するのですが、

昨今のオタクブームにより、今までアングラだったようなタイトルも平然と表に出てきています。


萌え風のアニメキャラが表紙になった「女装マニュアル」本も

某大手通販サイトじゃよく売れているそうです。


その上、以前コンビニに寄った際に、コミックコーナーの所に

仮に女体化した場合のファンタジー漫画(性的描写多数掲載)が平然と並べられていて

誰でも読める状態でした。最近は萌えチックなキャラ表紙の本が多いので、

一見成人コミックには見えないような表紙です。




幾つか例を挙げてみましたが、"こっそり楽しむ趣味"や"イベント等での演出用"ならば

別に構わないとは思ってはいますが、

ここまで堂々と表に出すと、「趣味が高じて、トランスセクシャルの領域まで平然と手を出す」事が

大きくなるのでは?

と思っています。


現在はインターネットの広い普及のおかげで、周りに当事者がいなくとも、

若干の知識さえあれば誰でも簡単にトトランスジェンダー(TG/TS)の領域に踏み込めます。

もちろん、田舎などの情報や環境が行き届いてない地域の当事者には有用なメリットです。

(私もインターネットのおかげでした)

逆に言えば、趣味程度でも気軽にTG/TSの領域に手を出せるという事でもあります。



まぁ、当事者である私がこれらの事で警鐘を鳴らしても説得力がないということもありますが・・・



インターネット上の一部では、10代の学生の多くが

「体毛を無くしたい、細くなりたい、色白でありたい、髪を伸ばしたい、大きな二重の目にしたい、

中性になりたい、綺麗になりたい、しいては高い女声を出したい、女っぽくなりたい・・・etc」

と悩んでいるのです。


びっくりしました。当事者間の話題かと思いましたが、

どうも萌えの延長であったり、カラオケで女歌を歌いたいとかで、

更にはネカマを装ってVCなどでバレないため・・・といった理由もあるのです。


*ネカマ(インターネット上で男性が女性を演じる事)

*VC・・・(ボイスチャット。インターネット上で無料で複数の他者と同時通話ができる。同じVCソフトを持ってる者同士)



別に他人の事だし、他人の趣味なのですから、私ごときが口を挟むべきではありませんね。

ただし、一当事者として伝えたいことは

「本当に性自認に関して問題があるわけでないなら、行き過ぎて気軽にTG/TSの領域には手を出さない方がよい」

といったことでしょうか。


例え女性ホルモンを投与しても、睾丸切除(去勢)をしても、

本質的に女になれない(戻れない?) という事実に悩むことになります。

(私はまだ性別適合手術(性転換)をしてないのですが、それを行えば戸籍上は変更できるし、

見た目的にも精神的にも安心はするでしょうが、それでも本質的な悩みは解消されないと思ってます)


女性>>(越えられない壁)>>性別適合手術済のTS>>(資金と時間の壁)>>去勢済当事者>>(内分泌系の有無)>>

ホルモン投与当事者>>男性


*身体における違いであり、精神性の違いは含まれません



これらを全て受け止め、強い気持ちで生きていく覚悟は必要です。



国内では、この性別の認識が広まってきて、受け入れてくれる人も多くなってきているのは

嬉しい限りですし、法律などの改正も喜ばしいことですが、

それでも万人が快く認め受け入れるとは限りません。(むしろ今後数十年は無理だと思ってます)

なので"女性に最も近い元男"という位置づけは自分自身が胸に刻み、強く生きてく必要があるという事です。



と、偉そうな事を述べてきましたが、

本心には「性問題を抱えてもないのに、男も女も見た目が変わらないような日が来るのでは」

という少し嫉妬じみた気持ちも含まれていたりしますw


むしろ当事者にとっては、その部分も大きなプレッシャーであり、

努力を重ねた当事者でも敵わぬような、生まれつき見た目が美人女性的な一般男性も存在するのは事実で、

これは天性的なものなので、どうしようもありません。

そういう男の子が今後増えたらどうしよう!という危機感でもあったりしますorz


まぁそういうのは仕方ないことですし、どうこう言えませんが、

性問題を抱えてないのにTG/TSの領域に趣味で手を出す事に関してだけは、

先述したような事を留意してほしいなということです。


それでは長々と失礼しました。



さてさて、ま~たまたお久しぶりです!!

ここで書くような特殊なネタが、ほとんどないので本当に更新が不定期極まりないですあせる


今日、久々にブログを書いた理由はですね、

最近、某大手Q&Aサイトにはまっていて、そして今日たまたま珍しく

「ニューハーフに関して」の投稿Q&Aを読んでたんですよ。



昔は、ネット上でそういうカテゴリの記事や書き込みに貪り付いていたんですが、

ここ1~2年は敬遠していたのです。


なぜかって?

ネット上の 一、書き込みであるにも関わらず、影響を受けやすい自分だからなんです。


もしも否定的な事が書かれていたら真に受けて酷く凹んでしまうからです・・・

逆に好意的な内容、または同じ立場で努力して成功してる方々を見ると

至らぬ自分が恥ずかしく更なる自身喪失にも繋がるからです。


そういうのが嫌で、ネット上ではそういうカテゴリは閲覧しないようにしてました。



しかし最近、自分の中に小さな気持ちの変化が。


そりゃぁ、お金ほしい、綺麗になりたい、性別適合手術したい、

胸大きくしたい、痩せたい などの願望は変わらずありますが(努力はしてません)


自身の生き方というか、性に関してといいますか。



MtFとしての駆け出しの頃は、何があっても女として扱われたい、女らしくありたい、

女として見られたい という一心だったのですが、

ここ最近は、

「んー、ま、自分は良くも悪くもニューハーフか。女にはなりたいけど女にはなれないし。

ただし、いかにもって的なニューハーフでもないなぁ。」

といった感じ。


むしろ、性別を超越して、自分は自分!これが自分です!

というような

ある種の悟り感。


恋愛感情とかも最近よくわからない。

もし恋するなら男相手だけど、そもそも今はトキメキがない。

性交渉に関しては、たぶん男相手でも女相手でもできる。あくまでたぶんね(笑)

そういう状況に陥んないから、わかんないけど。


まぁぶっちゃけ、職業のせいで男性との性交渉は・・・飽きた!?ドクロ

たまーに、女の人とやってみたいって思う。

でも、男特有の「やりたい!我慢できないー!」ってな性欲なんじゃなく

興味の範囲として。

かといって女友達に迫るわけでもないのでご心配なくw


むしろ、自分には女友達というものが物凄く少ない事に気づいた。

学生時代もずっと男友達とつるんでたし、今でも割合的には男性の知人が多い。

だから余計に、世間の女の"普通"がよくわかんない。


ネット友達の1人に、何でも話せる女友達が1人いて、

たまに女に関してのことをいろいろ教えて貰ってる。

女の現場(世界)での日常や、ファッション、好みとか恋愛、

生理に関してとか。

生理&出産に関してだけは、うちらは絶対に知りえない世界だから

改めて「やっぱ、女っぽくはなれても、女にはなれないんだなー」と実感する。


そういう積み重ねで「自分は生涯、ニューハーフなんだろう」と感じる。



冒頭でも述べたように、それでも"どうなりたい、どうしたい"という願望は消えぬものの、

昔ほどの辛さは無くなってきた。


むしろ自分を楽しんでる。自分に酔ってる。


中身的には、蓋を開けたら濃いネタの宝庫だが

表面上は、すごくフラット。

(まぁ、それでも周りには私の経験談や日常会話さえも濃いって言われてるけれどw)



知人に性に関しての質問をされると、

私の場合は、なんの躊躇もなく、ありとあらゆることを平然として答えられる。

たまに堂々と話している自分に恥ずかしくなっちゃうけど^^;



実は今の生活上、仕事の事以外では自分の性がネックになってることはない。


いろんな人たちと出会って、まぁ最初は礼儀をもってマジメに接し

仲良くなればオープンになる。性に関して何か訊ねられれば堂々と胸高らかに答えるし、

聞かれなけりゃ別に率先して言うことはない。


それに第一、性のことであからさまに引かれたとか嫌悪感もたれたっていう経験があまりない。


ただ鈍感なだけなのかな?


たまに不思議に思う。

明らかに私なんかよりも綺麗で美人のニューハーフさんの方が、

性に関しての苦労をしてるみたいだけど、私の方があまり性で辛いを思いをしてることがない。



あ  こういうことなのかな


綺麗で美人ニューハーフ → 男性には恋愛目的で近寄られる。性を知り引かれる


わたし → そもそも私自身が恋愛を考えておらず、理解されて友達になってもらえるなら、それだけで満足なので、いわば男性側も恋愛感情を持たずに仲良くしてくれる


なんだか微妙w


こ、これでも恋愛的な好意抱いてくれる方はいるんですからねっ!目

まぁ、そもそも私自身が恋愛に関してはあまり興味がなく、

もし付き合うとしたら選りすぐりせずにフィーリング重視してるからストライクゾーンが広いというのもあるけど・・・


でもそうすると、

自分から本気で先に恋をすることはなくなった=受身になったのでトキメキがない

という冒頭の内容にも筋が通る。



さて、グダグダ書きましたが、

そもそも今日は何を言いたかったのか自分でもよくわからなくなってきましたあせるガーン



まぁ、言いたいのは

「一般女性と同じ土俵に立とうとせずによい。自分の性に自分が乗り越え、

そのある種悟った自分を楽しみ、かつ自分を持て」 ということでしょうか。


あ・・・今ふと自分主義/自己顕示欲という言葉がよぎってしまったあせる




まぁ、私の記事を読んで頂いて、私も数いるニューハーフの中の一員にしか過ぎませんが、

こういうタイプの方もいるんだなぁと感じていただければ。


性別には、男・女・中間とあるわけですが

体の機能は別として、中身的なものは一概にこうだというものはなく、

男や女と同じく十人十色、多種多様なのです。


男や女である前に、いち人間ですからね。





ということで、タイトルに結びつけるとすれば

私は、この社会という枠組やセオリーの中、そしてニューハーフ業界という枠組内では絶望的かもしれませんが、

人生や、生き方としては負けてないつもりでいます。


よく人に「波乱万丈な人生だねー」と言われます。

幼い頃の自分にとったら今の私は自分でも驚きですが、正直、実はそんなにまだ波乱でもないですしね。。

まぁボチボチ、自分らしく楽しんで生きております。

そりゃあ表面上の苦悩やら悩みは五万とありますが。


気持ち1つで世界は変わって見えます。

形がどうであれ、死ぬときに自分自身が悔いを残していなければ

その人生は自分にとって輝いていたのではないかと。


最近になって、しみじみこんな事を考えるようになった自分は、

それは悟りなのか、それともまだまだヒヨッコなのか。 

 

              御意


それでも、まだまだ自分には経験も修行も足らぬことは重々承知致しております。




PS:

私の文章、「まぁ」とか「そりゃあ」「ということで」が多いですねぇ・・・(汗)





今日見た例のQ&Aの回答にあった言葉で、胸に響いた言葉

「女は女性を捨てても女。ニューハーフは女性を捨てたら男にも女にもなれない」

「女は女の上に胡坐をかいている」



こんにちわ!

またまた久しぶりの更新です^^;



最近は、夜の世界やニューハーフの世界と距離を置きながら

一般の人たちとの付き合いが増えてきました。


それでも仕事は、一、風俗嬢・・・・


今回は、私が感じた風俗嬢になって得たもの・失ったものを簡単に書いてみます。

(あくまで私自身の感じたことなので、多くの風俗嬢が必ずしでもそうであるってわけじゃないですヨ)




(得るもの)

・お金

・強さ

・積極性



(失うもの)

・純粋さ

・一般的な感覚、または社会性





こんな感じでしょうか?

もちろん人それぞれ違うと思いますケド・・・





・お金 についてですが


確かにバイトや無職の状態よりはお金は入ります!

ですが、必ずしもそれがずっと続くわけではありません!


今まで散々書いてきましたが、最初稼げるうちにお金を稼いで

それを溜め込むか、その資金を元に美への投資をして先に繋げるかなどしないと・・・

私みたいに、ある意味負け組になっちゃいます・・・;;


この商売に踏み入って、最初の頃は景気の関係もあってか

安定した収入があったので、最初は「決してそれが無くなることがない」とバカな事を思ってたわけで

湯水のように浪費してた結果、結局貯金もなく、今じゃやっとの生活費を稼げる程度という身分になってしまいました。


風俗のメリットって収入なのに、それを失ったら何が残るんでしょうね・・・

私も、ちょっとした資金があれば真っ当な仕事に転職したいけど、今現時点では難しいようです。

ましてやニューハーフという身分。

かといってもスキルや資格等もないので、逆に考えたらこういう商売でしか生きていけない・・・というのもあるかもしれませんね。





・強さ


ってのは、強さにもいろいろありますけれど、

なんといいますか"一般の人にちょっとやそっとの事言われたってへこたれない"感じですかね。

強さというより、むしろ慣れというか、風俗まで手を出した自分の「もう後はない」という感覚に

無鉄砲になってるような感じでしょうか。強さというよりも、弱さなのかもしれませんね。

といっても、それでもやっぱり「悲しみ」や「辛さ」はあります。

そういう気持ちが表面上に出なくなったということでしょうか・・・


・積極性

ってのは、まぁ性に対してです・・・(苦笑)

悲しいものですね・・・






失うもの、

・純粋さ


というのは、得たものの代償という感じでしょうか。

心では純粋に恋をしたくっても、昔のように男の人に想いを寄せたくっても

風俗嬢という身分、またはニューハーフであるという身分に臆してしまうのです。

また、"もともとニューハーフに興味のある男性"から好かれることは

MtFになった頃からあったのですが、その頃はそれでも嬉しかったのです。

「あ、自分女として見られているんだ」という風に。

しかし、「ニューハーフに興味を持ってお越しになる男性と接する仕事」という今の仕事をはじめてからは

そういう男性に対しては、たとえお店関係なく出会っても、なぜかお客さんと同じような感覚になってしまったのです・・・

欲を言えば、「女性だからとか、ニューハーフだからとかという肩書きじゃなく、自分自身に恋をされたい」

という我侭な気持ちが出てきたのでしょうか・・・

もちろんお店のお客様にも、「私がニューハーフだからじゃなく、私自身を好いてくれて」という方もいらっしゃいます。でも出会いのきっかけは、私がニューハーフだからですよね。


でもきっと、自分自身がニューハーフだと自認して生きている以上は

「まず私自身を見てもらって、その上で性別を知ってもらい、別に気にしないよ」という出会いが欲しいという

願望を抱くのは

やっぱりただの我侭なのでしょうか・・・






・一般的な感覚

というのは、これも人それぞれでしょうけれど

私にとっては、金銭感覚や性に対するオープンさとかいろいろ狂った感じがします。

でも、それって風俗に入る前から私自身にそういう素養があったのも事実なので

一概に職業が原因とは言えません。


でも、出会った男性に、すぐ裸を見せれる だとか

すぐ性行為できる という事は昔よりも気にならなくなったかもしれません・・・


それってのは、自分でもすごく悲しく悔しいことです。



歳をどんどん重ねて、後悔しか残らないようになる前に

はやく足を洗って、普通のお仕事の中で、普通に恋愛をしたい と思うばかりです。


きっとその時にも「性別」のことで大きな試練がくることもあるかもしれませんが

まずは形だけでも、純粋な恋愛がしてみたいです。











東京という土地で暮らし始め、

そして風俗という異端な職についた反面、

自堕落な生活が続き、ついに太ってしまいました・・・



私の身長は165cmほど。

(男時代(?)の4~5年ほど前に計った身長なので今の正確な身長はわかりませんが・・・)


もともと高校から今までずっと身長は162~165あたり。


昔の男時代の体重は60kg前後。

肥満というわけでもなく、もともと骨太でがっちりしてました。


その上、筋力増大のために格闘家的な加圧トレーニングもやっていた時期がありましたので

身長に合わず、体格がよかったわけです。


といっても、ムキムキまではいきませんでしたが。



そして女へと変貌を遂げるために、一度ダイエットに挑みました。

頑張って57kgまで落とせたのが、ここ数年で一番低い体重でしたでしょうか。




MtFとして生活しはじめこの数年間、自分で鍛えた体だったのに

結果的にがっちりとした体系が苦でしょうがなかった。




「細身になるには、今ある筋力を、いったん落としてから絞らないと

根本的にがっちりした体系は変わらないよ」


と教えられ、とにかく大きな筋力を使うのをやめた生活をしてきました。


去勢もしてあるし、風俗勤めといえど自分磨きをしない生活で

ついにジャスト70kgという未開の地獄の数値を記録してしまった。



身長と体重という数値だけ見れば、ものすごく肥満に思えますが

もともとがっちり骨太なのもあり、ぽっちゃり+というラインでしょうか。


幸いなことに、顔太りはしにくい体質なのに、顔は普通なのに

体全体ががっちり+贅肉という感じです。


悲惨なのは、それに見合った胸もないということでしょうか。


しかし、昔に比べたら筋力は結構落ちたと思います。

持続力というか持久力的な体力もないです。


いや、もともと瞬発的な体力を鍛えていたために

持久力はありませんでした。


もしかしたら体力は落ちたけど、今でも瞬発的な破壊力(?)は残ってるかと思われます。



問題なのは、性格が攻撃的な性格もほとんど消え失せ

客観的に見ると女としては「強そう・怖そう」な体つきなのに

性格は真逆なのです^^;



もともとの体系もあるので、細いラインの女性になるのは無理かもしれませんが

やっぱり憧れます。




ダイエット・・・一番嫌いな言葉なんですよね(汗

ちょっとひねくれた性格なもんで、

世間でこの言葉が広まっていなかったら、自然とダイエットも好きになっていたのでしょうけど

世間でダイエットダイエット!と言われてるように、俗世で流行っている事や言葉が

死ぬほど大嫌いなのですよ。



おまけに、もともと超インドアで屋外が大嫌い。

そのインドアも、都会の賃貸マンションで、動いたり運動するスペースもままらないという。


田舎にいたころは、庭とか実家敷地内が何百坪とあったので

人目につかず屋外で自由に好きなことできたんですけどね・・・

家も広かったので、いろいろトレーニングとかダイエット器具もたくさん置いておけたんですけれど(汗


都会って土地は、よほど広い家に住んでなきゃインドアで動いて痩せるって難しいですね。


あとは資金の問題か。実家時代はお金にたくさん余裕があったけど

今じゃ180度逆の経済力。

その頃の資金を女としての肉体投資にしていれば、

きっと多くの不満もクリアしていたのでしょうけど、

"まず趣味に投資"という浪費性格も相まって、結果オーライですよ。


おまけに、今なんて"食"が大好きで

生きる=食べる

幸せとは=味わって食べること

だとか、とにかく食に対しての執着も増えた。


食物に対してのありがたみも、昔よりもあるので

逆にダイエットなんたらで食物を粗末にする輩が許せないくらい。


食に関する漫画本も大好きで、最近はそれ系統ばかり読んでいる。



そういえば、去勢をしてから性欲はほぼ消えたけど

その分、別の欲求が異常に増えるというけれど

食に向いちゃったかな・・・


いや、前の日記にも書いたけど

食欲・睡眠欲とかが半端ない。


食を我慢すると、精神的にもヤバく、集中力もなくなる。


なんとかゼリーとか、ヨーグルトとか、甘いものとかでお腹いっぱいになる女子が

本気で羨ましい。


甘いものやお菓子は嫌いなので、食事のときは必ずご飯系を食べる。

菓子パン系も無理。


女性ホルモン投与すると甘いものが好きになるっていうけど、それって嘘でしょって思う。



フー○ィアとかいうサボテン由来の成分が、食欲を抑えるとからしく

そういったサプリも導入してみたけど、まったく効かないやんけ!



仕事柄部屋にいる時間が多く、しかも狭い。

パソコンに向かって手を動かすくらいはできるが

昔みたいに体を動かす気になれない。

有り余る資金もないので、お金がない=無意味な外出はしたくない

ので家から出ないの負のスパイラル


集中力がない。続かない。やっても三日坊主。


1~2年ほど前に、現在の狭い自宅でヨガとかピラティスとか、ゴムボールとか

試してみたけど、結果1ヶ月ほどしかもたなかった。




ダイエットって自分自身の意思との戦いなんだよね。


自分自身にものすごく甘い自分なもので大変です。


誰か傍にトレーナーでもいて強制的に、私を動かせてくれたら・・・

といいつつも、これ以上取り返しのつかなくなる前に先手を打っておかなきゃ!


と、一時的には「やるぞぉ」と意欲が沸いても、高確率でモチベーションが持続しない。

モチベーションってなんなんだろう。


ダイエット・・か。

お金がどん底の時は自炊でもして強制的に食事制限もできるけど

少しでも余裕できたら、つい出前とかお弁当で美味しいものを食べたくなる。

日ごろの鬱憤や欝を食ではらしてる面もあるしね・・・


動いてもいないのに、すぐ空腹になってしまうこの体もいったい何なんだろうって思う。

いろいろ充実してると空腹も紛れるけれど、心配事や、精神的に不安定になると

空腹に結びつく。


空腹放置すると、更に悪化。

気持ちを安定させて、ゆったりした気持ちになるために食事へと結びつく。


でも考えてみれば、間食・・というのはあまりしてないかもしれない。

時間帯は一般と異なるけれど、1日3食。

起きて少し時間たってから/7~8時間後/7~8時間後。

就寝3時間前からは水分しか取らない。


水分も、普段はお茶オンリー。

たまにお酒もよく飲む。お酒もお茶ハイのみで、おつまみも控える。


食事は・・・、コンビニや、ほ○弁などのお弁当を1つ。

1つ700~1000kカロリー。でもそんな高カロリー弁当は3食のうち1~2食のみ。


平均すると、毎日1800~2300kCalくらいか。

よく考えてみると、男と女って必要カロリー違うらしいね。

うちらってどっちに当てはまるんだろ。


体の作りは男だけど、ホルモン的な体内は女・・・



そうか!食事を辞めるんじゃなく、カロリーを考えなきゃいけないんだ。

ただでさえ動いていないから、動いてなくても

基礎代謝で消費される以下にカロリーを抑えれば・・・


手間がかからず(弁当のようにすぐ食べれるもの)、カロリー低くて、1食500円以下で、温かいご飯系で

近く(とくにコンビニ)で買える食べ物・・・・


なんて魔法の食物なんて存在しない!



ダイエット・・・。

食事コントロールをして、適度に運動



理屈はわかっていても、それができない。

むしろ、運動しよう!食事も自炊でコントロール!

外出もしよう!屋外で散歩しよう!


そんなもんできたら、はなから悩んでないし、きっと食への衝動もないだろう。



あれっ、自分はどこからはじめればいいんだろう。



はぁ、なんかお腹が空いてきた・・・

お昼にサラダパスタ食べたんだけどね。


ついでに眠気も・・・



そうそう、仕事柄、午前=真夜中 昼過ぎ=朝

夜=夕方 真夜中=夜 というリズムになってます。


ここは百歩譲っても、現在では改善できません!




とにかく、70kg台という魔のラインに突入したからには

どうにかしていかなければ!



お金ほしいなぁ・・・

がっちりした体系でも着れる女らしい可愛い洋服も何着か欲しいし、

性転換もしたいし、脂肪吸引→脂肪胸移植(脂肪豊胸)もしたいし

自由にたくさん動ける広めのマンションも欲しいし、

内心プチ整形もしたいし、趣味というか副職のための設備にも

もっと投資したいし。


お金なんてあってもあっても足りないくらい。

諸事情あってAVの類には出れないけど、いくら風俗といえど

がっぽり稼げるわけでもないし。副職も生活費をギリギリ賄えるか否かくらいだし。




そうそう、整形の話だけど

プチ整形には憧れるけど、踏みとどまってしまう理由の1つに

やっぱ周りの話とか聞いてても一生かかって維持費とかかかるみたいだし

加齢すると確実にバランス悪くなるみたいだから再整形必要になるみたいだし

今は整形するお金あっても、将来維持する費用つきたらどうするよ?って話です。


貯めておくなんて、うちらみたいな性別は性転換や、その後のアフターケアにもお金かかるし

それプラス、それぞれ肉体投資以外の個人的投資とかあるなら1千万以上の貯蓄が必要ですぜ。


自分の美を極めてお金のある男に・・・といっても

女じゃなくMtFだし、そもそも、そんな男ひっかけようって気がないわけだし。


まぁ、MtFになったところで男性と同じように、

手に職で一生働いて、自分で自分を養うしかない。


でもって、これといった学歴もスキルもないもんだから

今は副職にもっと投資をし、勉強をし、極めて、そっちの方面に賭けるしかない。


そこが散ったら・・・


そりゃもうフェードアウトですわ。




得意の論点ズレとなりましたが、

精神的にやる気がでてきたら、地道にダイエットとかでもやってみるかな。





今年も残すところ、あと2日!(本日含め)


来年は2010年。


なんかキリがいいですね、2010。


90年代のころは「2010」という未来の数字は、まさしく未来都市を想像していました。



さて、今回のブログは今年で最後の記事になると思いますが、

そんな最後を飾るテーマは「去勢と性欲」の関係についてです。



このことについて、意外と多くの一般男性が疑問に思ってるようです。


まず最初に触れておきたいことは、よくネットで目にしますが

「性欲が強すぎるから去勢したい。ハゲ防止に去勢したい」などという幻想、ふざけた事を

考えるのはよしてもらいたいものです。



まず、お題とは関係ありませんが

改めて、わたしのことについて語りたいと思います。


私は本来、現在"性同一性障害"などと謳われるガイドライン、つまり定義には

ホントのところあまり当てはまっていません。



もともと、限りなくノンケに近く、またはバイという特殊な性指向でした。

どういうことかというと、昔までは恋愛対象は女性でした。

ですが肉体関係では男性でも女性でもOKでした。

(むしろ、恋愛対象は女性でしたけど、肉体関係は男性相手の方が多かったかな^^;)


今では24時間365日、女性として生活しています。

性指向、つまり恋愛対象は"男性"です。



自分自身が、今女性として生きていること(戸籍はまだ男のままです。玉は去勢済ですが男性器もあります)

には、なんの違和感もないですし、とても充実してます。


むしろ男として生きていた過去よりも今の自分の方が活き活きとしていて充実しています。


この恋愛対象の変化については、よく「なぜ?」と聞かれますが、

私自身わかりませんし、お答えできません。


ではなぜ性同一性障害の定義から外れるかと言いますと、

過去にも少し触れましたが、現在、通説の定義では

「幼い頃より自分は、生まれ持った性とは逆の性なんだと揺るぎない確信を持って生きてきた」

ということみたいですね。


私はそうではありません。


"女の子になりたい"”このおちんちんいらない。なんでコレがついて生まれたのだろう”

という気持ちだけは間違いなくありました。覚えている範囲で幼稚園くらいの頃から

そんな気持ちを抱いていました。ですが性自認は"男"でした。なぜかって、

親や兄弟、世間に「君は男の子」「おちんちんがあるから男の子」と教育されてきたからです。

ですから幼い自分にとっては性自認に疑問などはなく、ただ自分に男性器がついてることを

忌み嫌ってました。女の子の洋服がいいとか、そんなものもありませんでした。

遊びについては、男の子の遊びも女の子の遊びもどっちもOKでしたし

どっちも好きでした。



驚くことに、私がおよそ2歳くらいの頃の写真ですが、

自分のおちんちんを引っ張って泣いている写真もありました。(これは、男性器が嫌で泣いているんだろうという

勝手なこじ付けですが(苦笑)でもその写真があるのは事実です)


また、私には同い年のいとこ(男性)がいますが、お互いが生まれた頃は

いつもいっしょにいて、いちゃついたりしていてキスとかもし合ってたそうです(母談)

幼稚園の頃は将来結婚するとか言ってたそうです。




これらの事実と、自分が性同一性障害であるということは当てはまらないかもしれませんし、

もしかしたら、実はそうであるのかもしれません。


ちなみに、"同性への恋愛対象"というのは必ずしも性同一性障害には当てはまりません。

それこそ性自認は生まれ持ったままで、かつ同性が好き=同性愛という場合もありますので。


今現在私の性自認は女性です。といっても、元男性である(戸籍も体も男性である)ということも

しっかり認識しています。


ぶっちゃけ、性同一性障害であろうがなかろうが、関係ありません。

重要なのは、その判断ではないと思います。

現代医学の、しかも未だ絶対判定が難しい精神分野での医学名称であり

"性同一性障害"という1種の分別なだけであるので、そうであるか否かなどは

誰にも判断できないし決定できないものなのです。

あえて自分自身にしかわからないことなのです。

ですが、法的な問題、人道的な問題、そのほかの諸問題等の制限のために

あえて医学名を設けて厳密に診断してるのではないでしょうか。

あくまで自論ですけれどもね。




私は幼き頃の性自認は男性でした。恋愛対象は女性でした。

ですが己の性器を嫌悪してたことも確かです。

異性化願望症とでもいうのでしょうか。でもそれは性欲上/性趣向のことではありません。

もしかしたら物心つく前にトラウマなどがあって、そういう原因が生じたのかもわかりませんし、

もしかしたら母親の胎内にいた頃になんらかの影響があったのかもわかりません。


小さい頃は男友達とも経験ありましたし、

18のころは彼女を持ち女性とも経験ありました。

時は流れ、今現在は女性として生活していて恋愛対象は男性です。


今現在女性には興味はありませんが、肉体関係においては絶対無理ということもないです。

そりゃ当然、過去に好んで経験あったわけですしね。かといって好んで女性と関係持ちたいという

気持ちもさらさらありません。

ここまでくると、それこそもう何がノンケで何がバイで・・などわかりませんね(苦笑)




さて、本題に入ります。



去勢と性欲についてです。



去勢、すなわち玉抜きを行った私ですが

男性時代特有の性欲は、もうほとんど皆無です。

かといって完全に無になったかというとそうでもありません。


ネットでも何件か目にしましたが、去勢=完全に性欲が無くなる

わけではないみたいですね。私自身が実証しました。


勃起についてですが、これも睾丸の有無は少なからず関係あるかもしれませんが

未だ私も勃起します。


仕事の都合上、バイアグラをよく服用する副作用でしょうか。


ニューハーフの風俗という仕事につくまでは、今よりは勃起の頻度は少なかったです。

もちろん、この仕事をしていなかったら、勃起なんてなりたくないですし、

今この瞬間でさえ、股間の男性性器なんて早く取って捨ててしまいたいです。


以前も触れましたが、嫌悪している己の男性性器ですが

仕事のために勃起薬を使ってまでも酷使しなければならない。


なんとも因果な商売です。



その副作用からか、薬を服用せずとも勃起は普通に起こります。

下手すると朝勃ちも、またするようになりました。


オーガズム(絶頂)に達しても射精はほとんどないです。

皆無といっていいでしょうか。

本来、男性性器というのは睾丸を失っても

前立腺からのカウパー線液があるために無色透明の液体は出るはずなのですが

私はどこかおかしいのか、それもほとんどないです。




性欲と快感について述べます。


今の仕事につく前までは、男性に対しての性欲がありました。

女性と同じような"欲しい""つながりたい"という性欲です。


今でも、まったく無いといえば嘘になりますが、

風俗という因果な商売の副作用により

性欲もかなり減りました。


昔はア○ルセックスでも快感があったので

男性との交わりに喜びがありましたが、今ではその快感さえ鈍ったため

性欲はもちろん、快感も失せました。


むしろ辛いです。痛いです。したくないです。



実は去勢して間もないうちに、今の仕事についたために

それらが去勢による副産物なのか、風俗という独自な習性の副産物なのか断定できません。



かといって性欲が皆無になったわけではありません。

本当は愛のあるHがしたいです。心から感じたいです。


ですが恋人とですら、いざHとなると、痛みや辛さを思い出し

拒絶反応を起こしてしまいます。ローションがないといけないのも面倒で嫌です。

本当はいっぱい感じたいのに、実際は痛みが多く、

やっと快感になってきても、昔の比ではありません。


しかしこれが去勢による副産物なのか、仕事による副産物なのか

やっぱり分かりません。もしかしたら両者の相乗効果もあるかもしれませんね。



女性性器があれば、妊娠のリスクはありますが、

今よりはどんなに楽に性交ができるだろうと、ただただ思うばかりです。

処女でなければ最愛の人ともきっと、心から感じあえるでしょうしね。

女性がうらやましいです。性転換手術をして女性性器を形成しても

見た目は女性性器と同じでも、実際には違うというのもわかります。

ですが、叶うならば、今すぐにでも性転換手術がしたいです。



去勢をしたら、代わりに他の欲が多くなるといいます。


それはうすうす実感しています。


もともと物欲などの多かった自分ですから、これも判断材料にはなりませんが

今でも物欲は大きいですし、食欲も増えました。

睡眠欲も半端ないです。


気力やガッツ、体力は昔に比べ格段に落ちました。

これは少なからず去勢の影響が強いかもしれませんね。



でも断定はできません。昔よりも動く量が少なくなったのも事実ですから。



もともとの性格もありますし、仕事のこともあるので

一概に去勢したらこうなった!というのは、私の口からは断言できませんが


冒頭で述べた言葉を持ってくると


>「性欲が強すぎるから去勢したい。ハゲ防止に去勢したい」などという幻想



失うものは性欲だけではない。かといって性欲も皆無にはならない。

下手したらうっすら性欲や、快感願望はあるのに満足できない。

今まで難なくできていた事が当たり前にできなくなる・困難になる。


動物の去勢と人間の去勢は違うものです。

人間は、理性や精神で考えたり行動もする。

去勢をして、それらにも影響を及ぼす可能性も否定できない。


また去勢をしても、男性ホルモンか女性ホルモンを投与し続けなければ

更年期障害に近い症状に見舞われる。


私たちは女性ホルモンを投与することで、体つきや精神の女性的変化も快く受け入れられる。

男性ホルモン投与するならば、もともと去勢しなくても同じこと。




よって、興味範囲や、性欲の低減目的、女性化は望まないのに美化願望などでの去勢

それらは幻想であり、危険であるということだと私は思います。



ちなに私は、女性でありたいし、女性として一生を生きていきたい

覚悟もありますので、去勢をしたことは後悔もしてないし

むしろ満足しています。




不定期ですが本ブログを綴って1年以上経ちました。

もちろん今後も、ごくごく不定期ではありますが

機会があれば、または話のネタがあれば綴っていきたいと思います。


でも実際に、こんな不定期更新なブログを見て下さってる方が

どれくらいいらっしゃるのかは分からないんですけどねあせる


これまで

私の主観を交えた中で、様々な内容を書いてきました。


今回は、

今、思えることを綴ってみたいと思います。



私は、ここ1年で日常やお仕事の中で、様々なことがありました。

ですがなんとか乗り切って今に至ります。


以前、年内には今の職種から引退-  と言ってしまいましたが

どうやら今に至ってそれは難しい事となりました。


あと何年、今の職種にいなければならないのかは

分かりませんが、少なくとも夢を現実として

生計を立てられるまで・・・と思っています。


今は苦ではありません。もちろん辛い面や経済的な縛り、

将来への不安はあります。


ですが、

僅かですが、少なからずちゃんと収入があり、

自分の時間もあり、そして夢を目指して着実と歩んでいます。





私自身がトランスジェンダーであることに、

やはり身内や親類とは未だ完全に打ち解けていませんが、

地元時代の友人や、学生時代のクラスメイトには理解され

受け入れてもらっています。

今現在の身の周りの知人にも理解もされてますし、

偏見なく付き合っています。




今まで、さんざん"偏見がどうのこうの"”メディアがどうのこうの”

と切って参りましたが、

確かに、少なからずより多くの日本人が、性差別や垣根をなくしてほしいとは思ってますが、

私が今感じることは、

日本国民が現に関心があり、または不安に抱えている要素の多くは

今後の日本の経済、政権交代した現在、就職難・・

そういったものでしょう。

中には2012年問題に悩んでいる人もいることでしょう。



そういった点から考えれば、恐らくトランスジェンダーという問題なんて

はたから見れば「別にどっちでもいいよ」という事なのかもしれませんね。



私も、トランスしてから4年が経ちますが、

実際に周りから非難されたり白い目で見られたりという事は

あまりありません。



この、東京という環境のおかげなのでしょうか。


身内や親類等だけは、まだわだかまりがありますが・・・




中には未だにMtFやFtMを嫌悪する方もいらっしゃいますよね。

でも考えてみてください。



一般の女性にしろ、男性にしろ、GIDにしろ、

合う人は合うし、合わない人は合わない。


世の中で非難されるのはGIDだけじゃなく

芸能人でも著名人でも歴史上の人物でも

または一般の人でも、非難される場合もある。


つまりは、どんな相手であれ誹謗中傷する人は存在するわけです。

それを根絶やしにすることは不可能に近いです。



特に会った事もない相手をイメージだけで叩こうとする人の言葉を

真に受けてはなりません。


私は、そういう人には実際に会ってみたいと日々思っています。

会って、実際の言葉と言葉で、心と心でコミュニケーションをとれば

少なからずは心が通い合えるだろうと思っています。


でも、実際に会って、語り合い、それでも合わない場合は

ただ合わないだけです。それだけです。

GIDとか性別は関係ありません。


恋愛観念の上で性別は関わってきますが、

人と人が関わりあう中で性別は重要ではありません。


GIDが問題で恋愛対象として見てくれない と嘆くのは、

私も当事者なので辛い部分は察しますが

生まれ持った性別で、異性に恋をしても恋愛対象と見られない男性も女性もいらっしゃいます。


そう考えると、GIDはあまり関係なく思えますよね。


たとえば、GIDが問題で、異性同性関わらず知り合いにもなってくれない

口も聞いてくれない--


本当にそれはGIDという性別が問題でしょうか?

前述しましたように、男であれ女であれGIDであれ、人間合う人は合う

合わない人は合わないのです。ただの相性問題です。


私は、まだMtFとしては完全体ではありません。

去勢はしてますが性別適合手術はしてませんし、低い声もコンプレックス。

整形・豊胸などもしてないので裸体にも自信はありません。

背は164cmと普通ですが小柄な体系でもないので

お客様にも、そこを指摘されることもあります。


当然、私自身は性転換手術もしたいですし、

胸ももっともっと大きくなってほしい。

叶うならばもっともっと小柄な体系になりたい。


ですが、性転換を除けば誰にでもあるようなコンプレックス。

そんな私ですが、私の知人はとてもいい人ばかりです。

これまでにも私の性別で差別した人も中にはいましたが、

それよりも差別なく普通に付き合ってくれる方々に恵まれています。




性別問題だけに限らず万人に対して分かち合うこと、

理解してもらえることなど不可能なのです。


ですが、自分自身を見つめ、素直になり、ポジティブに前へぶつかっていけば

万人とはいかずとも自分の周りの多くの人が味方になってくれるはずです。


私はそう信じています。


と、このように一昔前とは考え方が変わってきました。



これまでオカマという差別用語を払拭するために頑張ってきたのに

オカマを売りにする芸能人が許せない -

という美輪さんのお言葉には私も大賛成ですが

逆にメディアのおかげで古き時代よりも、GIDが広く認識されるようになっていると思います。



ただやはり、GIDや、オカマ、ゲイ、ホモ、ニューハーフなどは

言葉の成り立ちや意味も違うし、差別を含む言葉もあるために

そこらへんにも慎重になってほしいとは思います。

メディアに対して。






本題に戻りますが、一生懸命、何かを模索して生きることは

皆同じです。


そして、あくまで私自身の例ですが

何か打ち込めるものを見つけ、周りの人に自らぶつかっていき

和解し、笑って生きられるのなら充分です。


でもやっぱり、私も性転換手術もしたいし

コンプレックスも嫉妬もたくさんありますけどねにひひ



昔、恩師に

「人は、悩みやコンプレックスがないと生きてはいけない」というお言葉をいただきました。

今になって、深くて面白みのある素晴らしい言葉だと実感します。





皆様、お久しぶりです。

しばらくぶりの記事です。


このような記事を見つけました


http://alfalfa.livedoor.biz/archives/51322700.html



風俗をやっていてもワーキングプア・・・


事実です。



理由は、不景気によるお客様(男性)の収入の激減

風俗業界新規参入女性増加による飽和、

ネット普及・氾濫による風俗のポジションなし・・


いろいろあると思います。



ましてや、私たちはニューハーフ。

つい昨今までは、女性よりニューハーフのほうが希少価値があったといいますが、

現在はそのニューハーフ、もといMtFトランスジェンダーも若年層業界新規参入やメディアでの露出等が増え、

更に飽和状態/競争状態も激しくなっております。



そして、私もその競争に飲まれ、負けてしまった1人。

まだ25歳ですけれど、ニューハーフとしては、もう闘えません。


同じ風俗でも18~20歳の新人さん達が増えて参りました。



今年に入ってから、私は非常にいろいろなことを考えてきました。

現在の職種への疑問符

女として生きたいだけなのに、なぜ"ニューハーフヘルスで働くのか"

アイデンティティーやメンタリティのこと・・・



そんな考えに埋もれて潰れかけている自分よりも

一生懸命に働いている他の風俗ニューハーフさんたちの方が断然素晴らしいです。



でもやっぱり、いろいろと、辛いし大変です。


私は、人間とは心で繋がりたい と思っているけど

風俗というのは、見た目や外見を売る世界。


もちろん内面も大事。


私は、外見が及ばないので、その分一生懸命中身で頑張ろうとしています。

でも時々思っちゃう。



結局は、見た目で切り捨てる方も多く存在する・・・



そりゃ、別に一番にならなくてもいい、私は私、オンリー1でありたいと思っている。



でもやはり、それだけでは風俗嬢の格差としては超えられない壁があります。




収入もどんどん低下。副職をしたくてもアテもなく


資格もスキルもない。


ただ、僅かばかりの希望を求めて、ただ、現在の風俗を1本に、なんとか縛りついている状態。




玉抜き(去勢)手術をして数年、どんどん体は弱っていって、病気がちにもなりました。

病気になっては、自重してこの仕事をしてはならない、しかし元気な時は働く。

しかし、そこには病気と隣り合わせ。


幸い、性病だけは、まだただの1度もかかったことはありません。



玉抜きなので(それが理由かは分からないけれど)、当然アレは勃ちにくい。

”ニューハーフ”としてこの商売は、勃たせてナンボの商売。

そこが女性の風俗と大きく異なる所。



よく男性のお客様に「玉がなくても、イクと透明な液は出るんだよね?ね?出してよ!」といわれます。

すみません、本当に出ないんです・・・

仲のいいお客様にはご理解いただいてますが、仕事のために

あえてイったフリや、ローションを混ぜて出したフリをすることもあります。


現在は、もう滅多なことでは勃起もしません。

ですから、中国産の安バイア○ラを服用することもしばしば。


危険性は充知してますが、正規のバイア○ラを購入し続けるのは

とても財政的に難しい。


偽者だとしても、正規だとしても

玉抜きまでして、なぜ、リスクを負ってでも勃たせなきゃいけないのか

もし、それをやめたとき、全く勃起させずに仕事をすると

今以上に仕事はなくなる


そういったシガラミも含めて、現在の職種へ疑問があるんです。



- ならば、いっそのこと早く辞めて普通の仕事をすればいい -



一見簡単な事なようですが、現在の不景気な就職状況、それも難しい。

第一、今の私には、すぐに引越しをして、職場をやめて、

転職活動をして・・・ という経済的な余裕が全くないのです。



支払いが滞ってる中、なんとか衣・食・住の「食・住」だけをつなぎ合わせた生活。



精神からきているのか、現在のお仕事も体調の問題で

お休みいただく事も多くなりました。


そのせいで、収入は例年に比べ激減。

その上、それが原因でお店側からも、なかなかお客様をつけてもらうことも少なくなり

今、まさに悪循環というところでしょうか。



おそらく、高確率で年末には、私はもう

今の職場&今の住居にはいないことでしょう。



経済的な余裕がない以上、その先のことをどうするか・・・

考えても考えても定まりません。



ただ、不安を隠して毎日を過ごす日々です。




資格もスキルも学歴もなく、職歴も偏っていて、性の問題もあり、

水商売で転んで、風俗へ流れて・・・



そして風俗で転んで水商売へ戻った所で・・

言わずとも知れています。



願わくば、ニューハーフというカテゴリから卒業し、

たとえ賃金が安くても、普通のお仕事がしたいです。





玉抜きをした22歳の頃、私は30までには絶対性転換(SRS)もしてるんだろうな

という将来を描いてました。


あと5年で30歳。

そして現状・・・


きっと、SRSを済ませ、立派な女性になることは

まだまだ難しいようです。




GID(性同一性障害)やニューハーフ、MtFTSなどの情報が

一般の方にも多く認知されるようになりましたが、


それでも多くの問題が残されています。


現に、情報は広まったといえど

まだ多くの方が、ニューハーフやGIDの違いも知らないでしょうし、

偏った情報を持っている方もいます。

また、とあるアンケートによっては、まだ多くの方が

「身内に当事者がいたら困る」という回答を出しているという情報もあります。



私の知人の20代前半の男性の例ですが

その方には、一応私自身の性については伝えてはいますが

先日、このような会話をしました。

私 「あれ?○○君って私の性のこと知ってるよね?」

男性 「うん、知ってるよ。で、でも、アレはないんだよね?だから普通に女だと思ってるよ^^」

私 「そっか、もしついてたらどうなの?」

男性 「もし、ついてたらオカマじゃん(笑)」

私 「見た目が女だとか内面じゃなく、性器があるかないだけで判断するの?」

男性 「え、だってそうじゃないの?見た目美女でもついてれば男にしか見えないし、そうでなくてもなければ、まぁ女に見える」


というこのようなやり取りがありました。

私は、自身がニューハーフであるという事実は伝えましたが性器の有無などは伝えていませんでした。

今回は、ナイいう嘘をついてしまいました。


知人男性のように、まだ世の中には、性器の有無を重要視する方もいるようです。

また、性器の有無関係なく、先天的な性を重視する方が多くいるのも事実ですし、

世界的に見れば、宗教などの関わりも含めて、「MtFTSは罪」とする方も多いようです。


的を絞って日本国内においても

このように、情報は広まっても、はたして大多数がそれを受け入れるか となれば話は別ですし、

ましてや就職の場においては、現在は、性別関係なく就職難。


恐らく、バブルの時代において、現在のようにGIDやMtFなどの情報が浸透していたなら、

また少し違ってきてたんじゃないかって思います。




MtF TSとして生き、ニューハーフとして生き、まだ僅か数年ですが

私が感じたことは


・スキルも資格もなく、”ただ女として生きたい”という気持ちだけでMtFTSになると大変

・男性に媚を売る能力がなかったり、パトロンを作る能力がなければ大変

・心が弱かったり、甘かったり優しかったりすると大変

・お金をもっていないと、生き抜くのが困難

・資金提供を行う身内や知人がいないと大変


こんなところでしょうか。

3~4番目は性差関係なく当てはまることなのかもしれませんね^^;


私は、今の仕事だけで、お客様からお金を頂き、

ビジネスとして、サービスを精一杯提供しているので

パトロンや、プライベートまで男性を騙したり援助を受けるのが苦手です。

また、仕事上のことはなるべくプライベートには持ち込まないように心がけています。

恐らく、この辺は、性の問題じゃなく

風俗業(水・風)に携わる人間として、合っていない性格なのかもれませんね。




いくら身内が理解してくれても、資金的なサポートとはまた別です。

身内の理解があったとしてもなかったとしても、

スキルも資格もなく、援助してくれる方もいなく、

MtFが都会で1人で生き抜いていく・・・

男女以上に過酷な人生です。


国のあり方や政治、または国民に訴えかけても意味がありません。

自身で解決していかないといけない問題です。

国や一般国民ができること・・・

それは、理解と、戸籍等の処理だけです。


この先、女性になろうとしている若い方、

平成生まれの方は、なおさら、そういう事も覚悟した方がいいと思っています。



SRS手術には莫大な資金と時間が必要。

日本では手術を終え戸籍を変えなきゃ、男性と結婚することもできない。

子供も産めない。

結婚しなくても、一生添い遂げてサポートしてくれるパートナーが現れたら幸いですが

MtFの多くは、何か一生をかける仕事を見つけ、自身で生きていかなければならない。


そして現代の不況。

性に関する問題や、資金作りとは別に

自分自身を生かしていくための資金作り - 生活するための資金作り。



願わくば、もっともっとジェンダーフリーな国へ、

そして、不況も脱出して豊かな人生を送れる国になってほしい。


願っているだけでは解決しない。

だからこそ、自身の力でまだまだ生き抜いていかなくてはならない。



まだまだこの先も、人間のメンタリティ、アイデンティティ、性のジェンダリティ、

この先も、たくさん勉強することが多そうです。









新年明けてずいぶんと経ちましたが、

新年あけましておめでとうございます。




また歳の近い知人が2人ほどSRSしました・・・



私は今の考え方、生き方だとあと最低でも5年はSRSできないと思うので

やっぱり羨ましいなぁとか思っちゃうわけです。



ここだけの話、小さい頃から私が女をイメージすると

女=ま○こ って思ってたわけです。


性的な意味じゃないですよ。

ずっと憧れてたからこそです。


男女の違いなんて脳の医学的構造だとか

骨のつき方とかいろいろあるけど、老いても幼くても

男女の違いが一番顕著に分かるところって性器じゃないですか。



自分が憧れている女という生き物

その証が性器 ってずっと思ってきてるわけで。


それゆえ、早くSRSしたいとか思う。


まぁSRSしたところで、完全な女性のものとは全く異なるのは知ってるけど。



ずっと忌み嫌ってきた男の股間のものが無くなり

ずっと憧れていた女の股間のもの が自分にある


という事に、幼稚園くらいから憧れてたわけです。


まぁ10代はその欲求が女性への性欲にも向いちゃったこともありましたが


今となっては、”ただ、自分もそれが欲しい” それだけです。



本当は女性の脳の構造も、骨の作りも子宮も卵巣も欲しいけど

そこだけは無理だしね。


肉付きってのはホルモンである程度変化するけど。



でもやはり女性器がほしい。



豊胸もしたいな。


でも豊胸なんて見た目を大きくするだけで、

さわり心地は、やはり擬似的なものだから

自然と大きくなって欲しい今日この頃だけど。



やっぱり一番は、第一に女性器が欲しい。



小さい頃は、見た目が女の子になっちゃうと親や周りにバレるから

見た目はそのまま(男の子)のままで性器だけ女性器になればいい だなんて思ってた。



今になって、女性器はもちろん、容姿も女になってくことが普通に感じられるようになってるけど。

(といっても、容姿もまだまだなんだけど・・・)




男性のモノがなくて、女性器がある・・


というのはいったいどういう感覚なんだろうか。



それが気になって昔から落ち着かない。




たまちゃんがある頃は、たまちゃんが無い感覚ってどんなだろ って考えてた。

去勢し、今となっては、ない今の感覚が普通で、

ある感覚を思い出せないくらい。



ただ、去勢した直後は感覚的には違和感はなかったけど

触った感じは、「あ~、なくなったぁ☆」という感じだった。


SRSしてもそういう感覚なんだろうか・・・




以前も書いたことぶり返すけど、

私はもともと男の子が好きだったから女になったわけじゃなく、

ただ"男性器があるこの体"がずっと嫌で育ってきた。



10代後半は諦めて鍛えたこともあったけど、

その裏で幼稚園、小学校、中学、高校、それ以降と

定期的に己の男性器を虐待してきた。



恋愛感としては、生まれつきバイセクシャルで、

ただ、環境的に男が男を好きになっては イ ケ ナ イ コト っていうのを親含め叩き込まれてきたから

自分からそう思うようにしてったけど。


だからMtFに変貌を遂げたとき、

自分はもう男として思わなくてもいいんだ と鍵が解け

すぐに男性を好きになれた。

今じゃ体以外は普通に女として生きてるし、

男しか愛せない。



まぁ、恋愛感ってのは、同じニューハーフでもいろんなタイプの人いるし、

男でも女でもいろんな性嗜好あるから、

尚更、恋愛感は性別関係ないって思ってる。





とにかく


忌々しい 自分の 性器を 切除して


憧れた 女性器 をもった 体へと 転生したい


でも お金がない


しかし ニューハーフヘルスという現場で

まさか この性器を酷使しなければならなくなった という痛手。





前にも言ったけど、私はパパ作ることが苦手で

そりゃ無条件でお金いただけるのなら有難いけど、

風俗で擬似慕情売ってるのが精一杯

しかも恋人のいる手前、プライベートまで

偽の慕情を嘘ついてバラまいて体でお金巻き上げようなんて思えない。




ニューハーフはパトロンがいなきゃ、(もしくは自分で儲けるほどのスキルがあるかでないと)

ニューハーフは不幸になる と、本当に言い伝えられている


私は両者とも持ってないので、


いつか憧れだけを抱いたまま自滅してくんだろうな・・・


とか思って悲しくなる日々。