4回目のレッスンでした。

最近は歌の会を毎週開催する事になり、そちらの準備に追われているというか、前もって準備をしない自分が悪いのですが、やらなきゃと思いつつ、あっという間に1週間が経ってしまって会の前日になって伴奏作りをしたり、トークのネタを探したりという感じで、まだまだ落ち着いて自分のピアノに取り組めていません。

 

今の練習のメインは毎日の歌の練習と伴奏の練習、発声練習の音階練習をして、とりあえず一通りレッスン曲をなんとなくさらってというその日暮らし的な練習ばかりで、そんな練習ではレッスンに行きたくない気持ちになるのも当然。

でも今日行かなかったらそのままフェイドアウトしてしまう事は目に見えているので、なんとか踏みとどまれました。

 

少々今やっている曲に飽きてきた感じでもあり練習意欲が湧かなかった事もありましたが、ソナチネ8番第1楽章は合格をいただけました。

第2楽章もオマケ合格という感じになってしまいましたが、16分音符のリズムの甘さを二人の先生から注意されていて、いきなり弾き始めると絶対にリズムが甘くなる。

連打での練習によりすぐに改善できるのですが、弾く前に連打させてもらうわけにもいかずでやっぱり甘くなってしまっていた。

リズム感がないのですね汗

よくこんなで伴奏の仕事をしているなぁとつくづく反省。

 

そして先生とソナチネの難しさという話になり、甘く見てましたと白状して、第1楽章にも第3楽章にも同じ問題点を感じていて、これが出来ていないという事は何を弾いても誤魔化しているだけで何も弾けていないのですねというお話をしました。

全楽章通してリズムの甘さ、拍感のなさというよりその事への意識の薄さ、フレーズや転調への意識、音色の変化など、根本的な私自身の問題点について、楽譜の読み方や練習の仕方をこの1曲目でしっかり学び身につけて行かねばと思います。

 

そして今日受けた指摘の中で衝撃だったのはいかに自分の音が聴けていないのかという事あせる

レミファソラシド・レ・レというフレーズの最後のレが落ちているという事、その打鍵の悪さに気付いていなかったのです。

このような事を散々A先生から学び、1音1音について注意深く練習する事、その事を学んできたはずでした。

本当にこんな初歩的なご指摘を2回も受けていてスルーしていた事がショック過ぎましたショック

これまでやってきた事はなんだったのかと思ってしまうこれまでの自分ではなく、出来ていない事にもっと注意深く意識を向けて行かなければと、すぐに切り替える。

A先生のレッスンノートとその時に書いていた意識の変化や感じた事ノートを今一度読み返し反芻、反省します。

 

フォーレ シシリエンヌ

まー良い練習が出来ていないのでお話にならない感じでしたが、レッスンしていただけました。

スタインウェイのペダルの踏みにくさのせいにしてはいけませんが、切りたい音が次のフレーズに残る箇所が何カ所かあるというご指摘。

これも自分の音が聴けていない事が一番の原因だと思います。

 

しかし、やっぱり帰宅してピアノを弾いてみると本当にこれまでのレッスンでは感じた事がない不思議な感覚なのですが、耳がスッキリして良くなっているという感覚。

これを持続したいのですが難しく、A先生曰く子供のレッスンの後は「耳を洗いなさい」と伝えていると仰っていましたが、歌の会の簡単な伴奏をタダ弾く練習をしている事が悪影響なのか?と思ってくる。

この両立についてもしっかり意識して考えて行く必要がありそうです。

 

基礎先生は体験の時から私の音が綺麗と言って下さっているのですが(他に褒める所がなく笑)、先生の演奏を聴くとそんな先生に綺麗と言っていただける事が恥ずかしいほど、どうしたらそんなに澄み切った音色が出せるのかという、同じピアノから出るあまりにも違い過ぎる音に衝撃を受け、私の音が全然綺麗ではない事を自覚します。

A先生から1音について許されたというだけでそこで終わってしまっていたと思い、目指すべき基本の音をもっともっと磨いて行かねばと思いました。

その為にはやはり姿勢と呼吸から。

 

次回こそ整えて行きます!!

3回目(表現先生2回目)のレッスンでした。

 

1回目のレッスン後に本当に私はピアノが弾けない・・・とすごい憂鬱な気分になり、そこからなかなか立ち直れずにいた所、基礎先生のレッスンがわかりやすく練習しやすいと感じて、私には表現先生のレッスンはまだ早いのでは?と思っていたのですが、レッスン前日に私が憂鬱な気持ちを持っている原因に気付きました。

憂鬱な気持ちになるのは、本当はもっと出来るのにとか、人によく見られたいとか、きちんと練習できていない事への言い訳のような恥ずかしさのような気持ち、教わった事が出来ないかもしれないという自信のなさなどがあって、もうこのお教室も今後レッスンを受ける事も辞めて逃げ出したい気分になっていましたあせる

そして頭の中は言い訳ばかりと気づきました。

 

そんなつまらない気持ちはレッスンを受けるにも音楽をするにも必要がない、ただただご指導くださる事を理解し実践して行けば良いだけの事。

今は出来なくて当たり前、もっと素直に今ある現実を受け入れようという気持ちになりました。

過去の栄光・・・なんてものはありませんが(若い頃はというような)、今はできないのに過去にやったレベルまではすぐに戻れると思い込んでいた事も大きな間違いでした。

また地道に取り組んで行くしかない、その為には今回出会った先生のご指導が必要でそれを実現できるように練習し進んで行かなければまたこの「自分はピアノが弾けない」という気持ちをいつまでも持ち続ける事になる。

目の前の事に取り組むだけの事、ネガティブな感情を持つ必要はない。

「自信を持ちなさいパンチ!」と散々言って下さったA先生の言葉も思い出し、今回「また逃げ出さなくて良かった」とレッスン後は晴れ晴れとした気持ちで帰ってくる事ができました笑

 

レッスンはまずソナチネ8番を全楽章通して弾き、続きを弾いて良いものかと先生の顔色を伺いながらでしたが、前回よりも前向きに「演奏」できたと思います。

1小節で止められる、1楽章を弾いたら2,3楽章は「たかが知れてる」ときいてもらえないなんて事はなく・・・これはA先生の1年目、タダ音を並べる練習をしてレッスンに行ってしまった時の事、浮ついた気持ちで弾き始めてしまった時の事ですが、このビクビク感を未だに持ってしまっている事はA先生のレッスンの後遺症とでも言いますか汗

きちんと気持ちを前向きにして演奏しようとする人に誰がそう言えるのか、というぐらいの気持ちで演奏しなければとまたこのネガティブさにも気付けました。

「止められるのではないか」などと思って弾き始めたら止められるに決まっているではないですかひらめき電球と、演奏する気持ちも取り戻しつつあるように思います。

 

レッスン内容は1回目と同じような感じで1音1音の音について、先生の音を聴いて修正して行く感じで、すぐに実現できる事とできない事がありますが、このようなレッスンのおかげでレッスン後家に帰って1回弾くと耳が良くなっている事を実感できます。

 

「久しぶりだから弾けない、指が転ぶのではない、耳が悪くなっているのです」

「100回弾くんじゃない、その1回で」

とA先生から散々言われていました。

 

今回の先生のレッスンを受けたその時間内で、大して基礎練習などしていないのに修正されていく自分に驚きます。

全ては耳だという事が本当によくわかります。

ハノンやチェルニーを弾く必要がない、先生がそれを勧めなかった理由を体感したという驚き。

 

最近偶然出会った動画↓ですがこのような事です。

 

 

 

 

 

 

今回のお2人の先生からのご指導により、それがまだ演奏として実現できていないのに、すでに自分に満足してしまっています。

もちろんそれを練習して目指す音、演奏に近づけていきますが、これまでは「もう少しやりたいんですけど」といつも1曲終わるごとに思っていたというのに、今回はもうこちらが「趣味なのでこのぐらいで勘弁してくださいお願い」と言いたくなりそうなほど教えて下さるあせる

先生からしたらまだまだこの先があると思いますが、私は本当にこのぐらいで満足です。

こんな気持ちになるほど教えていただけるとは思ってもみませんでしたし、たとえレッスンで弾くだけの曲でも本番かのように1曲をきちんと完成させるような演奏をこちらも目指してレッスンに臨む必要があって、私にも「演奏」と言える演奏ができるのかもしれないと思えるようになってきました。

 

「自信」というのは、導いて下さる指導者がいて、やらなければならない事を明確に示していただき、その道を地道に歩んで行こうとする事で湧き上がるのか。

今回の先生方から「何をすれば良いかわからない状態」から救っていただけたと思います。

2回目のレッスンでした。

基礎の先生のレッスンは1回目。

レッスン内容が基礎と表現と厳密に分かれているわけではないのですが、先生が違うという意味でそのように記載しております。

レッスン曲は同じです。

 

1回目のレッスン後からの「私はピアノが弾けない、ぜんっぜん弾けない!」という気持ちから、いくつか感じているその出来ない事に対して先生がピンポイントでその事について教えて下さり、本当に本当に痒い所に手が届くとはこの事かと思いました。

今日1日でめちゃくちゃピアノが上手になりました笑(自分比です)

 

基礎の先生はYoutubeに講座でお話されている動画があって、それを見た瞬間から「こんな先生に習いたい」と思った方でした。動画で感じた通り一切の嫌なものを感じない笑顔を絶やさない方で、表現のお言葉も演奏も感動的で、説明のために弾いて下さっているのに聴き入ってしまい何も入ってこない爆  笑

今回の先生もとても優しく厳しい事を散々教えて下さり、これが出来れば私にも演奏と言える演奏ができるのではないかと自信が持てました。

 

私の体感ではこれまでの先生ならこのぐらい弾けたら合格で次の曲となっていました。

それでいつまでたっても「そういう演奏」から抜け出す事ができずに、モヤモヤとしていました。

今回のお教室ではその事をご理解下さっているというわけではなくて、「これが当たり前ビックリマーク」という感じでレッスンが進みます。

大人なので厳密には出来ていなくても許して下さっているとは感じますが、その事を教えて下さるという事がとても有難い事だと思います。

 

今回出会ったお二人の先生はA先生よりも優しい言葉でA先生よりも厳しい事を言い、A先生よりも許して下さらない感覚。

A先生は優しかったのかと思うほど爆  笑

このお教室に行く事は勇気が必要でしたし、今でも場違いだと思っていますが、受け入れて下さる限りここで続ける事が出来なければ今後一生「演奏」と言える演奏にはならないと思っています。

 

今回はその私の長年のモヤモヤに切り込んで下さるようなレッスンで、今度こそ出来るようになる!と思えました。

だからとても痛気持ち良いような、前回は痛みの方が勝っていたのですが、今回の先生で「やればできる!!」と思えた事で一瞬にして心地よさに変わりました。

前回のレッスン後からはこのお教室は辞めなければならないのでは?とか、表現の先生はもう私のレッスンをして下さらないのでは?などと思っていたのですが、来月もきちんと両方の先生のレッスンが受けられるように予約を入れて下さりホッとしましたあせる

そして私のモヤモヤを晴らすものはハノンやチェルニーをやる事ではなかったという事も今回また完全に理解できましたひらめき電球

ソルフェージュとバッハは必要だと思っています。

 

1つの教室でお二人の先生からのご指導が受けられる事のメリットもたくさん感じられて、1回目のレッスンがあってこその今回だったという事も多々感じられ、また次回もさらに上を目指して練習したいという気持ちが湧き上がりました。

なかなか重たい腰が持ち上がらずに練習時間の確保やペースがつかめていなかったのですが、やっとやっとそれも出来そうな気がします。

 

呼吸への指摘もしていただき、A先生の時にやっていた事を再度見直して、弾く時にその注意をするのではなく、ピアノを弾く以前にそもそも日常的に深い呼吸である事、良い姿勢である事、その状態を作らなければと思います。

その為のストレッチ、瞑想、規則正しい生活習慣などまた頑張ろうと思えました。

 

意識、考え方、1音と響き、基本的奏法を教えて下さったA先生の5年間がなければ今このようなレッスンを受け入れる事や理解する事は出来なかったと思います。

A先生と調律師さんとこれまでの全てに感謝しかありませんお願い

今回ピアノの先生はもちろんの事、調律師さんがこんなにも貴重な存在である事を知った事も大切な経験となったと感じます。

 

 

表現の先生のレッスン1回目でした。

久々に音そのものについてのレッスンが受けられたという感覚。

A先生とはまた違った厳しさを感じるレッスンで「できないかも」と思うぐらい散々でしたので大変満足でした。

 

音に対する厳しさはあっても、大人の趣味の人がやらなくて良い事、知らなくて良い事はA先生と同じなのか、和声記号は一切出てきませんでしたし、ココは何調ですか?などと言わされる事もなく「何調だからこのような音で」と教えて下さり、ここはsubitoと先生が書きながら音楽用語は教えて下さるという優しさがあり、要するに「知識があっても音に出来なければ意味がない」のその音についての答えを教えて下さる感じでした。

その場で出来た時には「そうです!」とおもいきり言っていただける、それが最大限の誉め言葉で下手に褒められないのが本当に良かったです。

そして一番は私のやっている事を大袈裟に物まねして下さり、それが上手すぎて何が悪いのかがとても捉えやすく、すぐに求められている音を先生が弾いて下さるので耳をフル稼働させて感じて・・・それをその場で音にできないもどかしさ。

言われた事の半分も出来ていないので、現在の課題が浮き彫りとなりその答えに向かってあとはやるだけです。

 

しかし先生に言われればすぐにアタマでは理解できる事がほとんどで、なぜこれを先に自分で考えられないのか。

その事についてももっと深く楽譜を読み、音楽の流れと音を作る事について考えていかなければと思います。

ソナチネ第3楽章では最初のフレーズについて音とエネルギーの量・変化を教えていただき、そのような考え方で全体の抑揚を自分で考える事が課題となったので、徐々にそのような事も自分で考えられるようになっていくものかと思ったり。

 

これまで先生も決まらず、何がしたいのかもわからなくなっていた理由がよくわかりました。

A先生のレッスン以降自分の穴を埋める事ばかりを考えていました。

楽譜を前にして弾く事は出来ても「楽譜のその奥にあるものが読めない」自分の知識のなさを感じてしまい弾けなくなっていた事。

やりたくもないわけでもないけど、分析の勉強をしなければ、ソルフェージュを習わなければ、チェルニーを弾けるようにならなければ・・・

そんなような事が積み重なり負担に感じていた事。

今後興味が持てる事は勉強しますが、「それをやらなければこれができない」と思ってしまう事、そこからやっていたら人生が先に終わってしまう。

この事もまたA先生の仰る「何を恐れているの?」というブロックの事で・・・また1つブロックを外せたと思います。

 

これからは自分で出来る限りの勉強もしつつ演奏の事だけを考えて「演奏」をしようと思います。

再開当初の意識とは全く別次元となりましたが「楽しみ」としての「大人のピアノ」に戻れたように感じている所です。

 

ただ、今度のお教室では発表会にはお誘いもないかもしれませんが、出ようとは思っていませんし、ステップでもと思っていましたが人前で弾こうという意欲が全くありません。

なんだかまた乗り越えなければならない大きな課題を感じて、高度なレッスンによってよりピアノが弾けない自分である事を突き付けられたというのも事実です。

 

★ソナチネ8番 全楽章

★フォーレ シシリエンヌ