3回目(表現先生2回目)のレッスンでした。
1回目のレッスン後に本当に私はピアノが弾けない・・・とすごい憂鬱な気分になり、そこからなかなか立ち直れずにいた所、基礎先生のレッスンがわかりやすく練習しやすいと感じて、私には表現先生のレッスンはまだ早いのでは?と思っていたのですが、レッスン前日に私が憂鬱な気持ちを持っている原因に気付きました。
憂鬱な気持ちになるのは、本当はもっと出来るのにとか、人によく見られたいとか、きちんと練習できていない事への言い訳のような恥ずかしさのような気持ち、教わった事が出来ないかもしれないという自信のなさなどがあって、もうこのお教室も今後レッスンを受ける事も辞めて逃げ出したい気分になっていました![]()
そして頭の中は言い訳ばかりと気づきました。
そんなつまらない気持ちはレッスンを受けるにも音楽をするにも必要がない、ただただご指導くださる事を理解し実践して行けば良いだけの事。
今は出来なくて当たり前、もっと素直に今ある現実を受け入れようという気持ちになりました。
過去の栄光・・・なんてものはありませんが(若い頃はというような)、今はできないのに過去にやったレベルまではすぐに戻れると思い込んでいた事も大きな間違いでした。
また地道に取り組んで行くしかない、その為には今回出会った先生のご指導が必要でそれを実現できるように練習し進んで行かなければまたこの「自分はピアノが弾けない」という気持ちをいつまでも持ち続ける事になる。
目の前の事に取り組むだけの事、ネガティブな感情を持つ必要はない。
「自信を持ちなさい
」と散々言って下さったA先生の言葉も思い出し、今回「また逃げ出さなくて良かった」とレッスン後は晴れ晴れとした気持ちで帰ってくる事ができました![]()
レッスンはまずソナチネ8番を全楽章通して弾き、続きを弾いて良いものかと先生の顔色を伺いながらでしたが、前回よりも前向きに「演奏」できたと思います。
1小節で止められる、1楽章を弾いたら2,3楽章は「たかが知れてる」ときいてもらえないなんて事はなく・・・これはA先生の1年目、タダ音を並べる練習をしてレッスンに行ってしまった時の事、浮ついた気持ちで弾き始めてしまった時の事ですが、このビクビク感を未だに持ってしまっている事はA先生のレッスンの後遺症とでも言いますか![]()
きちんと気持ちを前向きにして演奏しようとする人に誰がそう言えるのか、というぐらいの気持ちで演奏しなければとまたこのネガティブさにも気付けました。
「止められるのではないか」などと思って弾き始めたら止められるに決まっているではないですか
と、演奏する気持ちも取り戻しつつあるように思います。
レッスン内容は1回目と同じような感じで1音1音の音について、先生の音を聴いて修正して行く感じで、すぐに実現できる事とできない事がありますが、このようなレッスンのおかげでレッスン後家に帰って1回弾くと耳が良くなっている事を実感できます。
「久しぶりだから弾けない、指が転ぶのではない、耳が悪くなっているのです」
「100回弾くんじゃない、その1回で」
とA先生から散々言われていました。
今回の先生のレッスンを受けたその時間内で、大して基礎練習などしていないのに修正されていく自分に驚きます。
全ては耳だという事が本当によくわかります。
ハノンやチェルニーを弾く必要がない、先生がそれを勧めなかった理由を体感したという驚き。
最近偶然出会った動画↓ですがこのような事です。
今回のお2人の先生からのご指導により、それがまだ演奏として実現できていないのに、すでに自分に満足してしまっています。
もちろんそれを練習して目指す音、演奏に近づけていきますが、これまでは「もう少しやりたいんですけど」といつも1曲終わるごとに思っていたというのに、今回はもうこちらが「趣味なのでこのぐらいで勘弁してください
」と言いたくなりそうなほど教えて下さる![]()
先生からしたらまだまだこの先があると思いますが、私は本当にこのぐらいで満足です。
こんな気持ちになるほど教えていただけるとは思ってもみませんでしたし、たとえレッスンで弾くだけの曲でも本番かのように1曲をきちんと完成させるような演奏をこちらも目指してレッスンに臨む必要があって、私にも「演奏」と言える演奏ができるのかもしれないと思えるようになってきました。
「自信」というのは、導いて下さる指導者がいて、やらなければならない事を明確に示していただき、その道を地道に歩んで行こうとする事で湧き上がるのか。
今回の先生方から「何をすれば良いかわからない状態」から救っていただけたと思います。