体験レッスンに行きお教室が決まりました。

大変な場違い感がありましたが、せっかく調律師さんがご紹介下さったし、体験だけでも受けてみよう、無理そうなら辞退どころかまず受け入れて下さらないかもしれないというのもあったので無理なら無理でいいかと思って行きました。

この5年ほどのブランクによりちょっと上級の楽譜になると読めなくなっている、まったく頭に入って来ないという状態で、初中級程度の曲で体験レッスンしていただきましたがカタコト過ぎましたあせる

そんな状態でしたがお二人の先生のダブルレッスンできちんとレッスンして下さり、主に基礎的な事を教えて下さる先生と音楽的な事を教えて下さる先生でどちらの仰る事もなるほどと思う事ばかりでどちらの先生のレッスンも受けたいと思いました。

 

この体験でメインとなる担当の先生が決まるようでしたが、結局私がそう感じたように、先生もそう感じて下さったのかお二人の先生のレッスンを交互に受けさせていただけるというスタイルに決まりました。

こんな事は初めてで驚きましたが、1つのお教室でお二人の先生からのご意見がいただけるというのはすごい良いかもと思いましたビックリマーク

お二人のご指摘はあまりにも的確で違った視点からのご指摘という感じがして、本当にどちらの先生のご意見も聞いてみたいと思ったので、こっちはこう、あっちはこう言われたというような混乱が起こるような事はないと感じました。

 

そしてガチガチの基礎教本の束を持って行ってしまった私でしたが、お1人の先生から「これらを普通の人はやりたいと思わないもので、弾きたい曲よりもこれがやりたいという人はいるかもしれないけどそう思うならそれはその人がちょっと・・・」というようなお話をされ、仰りたい事はよーーっくわかりますが汗

 

でも私がそのようになってしまったのは結局進んで行けばどこかで壁にぶつかり超えられず、これが子供時代にソナチネ終了程度までしか弾いていないからと感じていて、大人になってそれ以上の曲を弾いてもいつももやもやとしたものを残したまま終わる。

それは次の曲で解決して行けば良いと言われてもいつまでもいつも同じような仕上がりにしかならない。

おまけにA先生に出会って「今の貴方にショパンは弾けませんパンチ!」と言われて、5年目には「ショパン弾いていいわよ」と言わせてしまいましたが、当時もまだそこには到達していない自覚とその気持ちの解決が出来ていませんでした。

 

そのモヤモヤを払拭するために基礎教本をやる事で解決しようとしていたわけですが、今回出会った先生のお言葉とレッスン内容から、基礎教本をやる事・進める事で安心したかっただけだったとすぐに理解できました。

 

お二人のレッスンを受けまず思った事は「こんなレッスンが受けられるならむしろこの時間弾きたい曲だけをレッスンして欲しい」と思ったという事。

このようなレッスンなら基礎教本をやらなくてもその曲内で解決できると感じられて、そして弾けるところからのその先の事をもっともっと知りたいと思いました。

私が無意識に避けていたちょっと上質と思うようなお教室はやっぱりちょっと違いました。

おそらく本気になりきれないものがあって、出来ないかもという恐れもあったのでこのようなお教室を避けていたような気がします。

その「弾けないかも、できないかも」という気持ちを持って弾いている事も今回お一人の先生からご指摘いただいて、A先生ほど遠慮なくストレートには言われなかったですが笑これを言うのに恐らく先生はこの短時間の長い時間その事を言うか言うまいかとお悩みになられたのだろうと感じてとても申し訳なく恥ずかしく思いました。

もうこの気持ちを消し去るには練習するしかない、そんな気持ちにさせていただけました。

 

良い調律をしていただけたことでピアノが弾きたくて仕方ないという気持ちにさせていただき、さらにお教室も決まりレッスンで言われた事ができるようになりたいとまたまた練習が捗り、それがまた良い音の出るピアノのおかげでさらに「もっと」という気持ちが湧くのです。

調律によって上手になったと錯覚してしまうと思っていましたが違いました。

「どうしたらこのピアノはもっと良い音を鳴らしてくれるのだろうか?」と。

 

何かが大きく劇的に変化した体験レッスンでしたお願い

 

 

先月、5年ぶりの調律していただきました。

信頼していたA先生に紹介していただいた調律師さんが亡くなってしまって以来、ピアニスト先生に紹介していただいた調律師さんに1回調律をしていただいたきりでした。

 

以前の調律師さんが引退する時にお二人の調律師さんをご紹介下さったのですが、A先生がそのうちのお1人に頼んだそう。

私はその事がきっかけとなりA先生から離れる事になってしまったのでした。

何も知らされずその調律後のピアノを弾いた時、私は自分の出す音がとても煩く感じて、自分が悪いのだと思っていました。

当時、歌の会に全力を注いでしまっていて、自分のピアノの練習が疎かになっていたり、簡単な曲ばかりをアップライトで弾くという事を毎週やっていました。

 

レッスンで1曲弾き終わるとA先生は「ごめんね、調律が悪くて」と言いました。

私は「え??」っと思い、そんなはずはない。

私の練習不足、いい加減な練習がこのような乱雑な音を出しているのだと思い、先生がやんわりと私の耳の悪さ・音の悪さをピアノの調律のせいにして伝えられたと感じてしまったのです。

 

以前なら少しでも練習を怠ればストレートに「貴方耳が悪くなってます」と言って下さっていました。

それが徐々に先生とのお付き合いも長くなり、先生もあまりストレートに言わなくなってしまったように感じていた所。

そのように調律のせいにされた事がとても恥ずかしく感じたのです。

 

というのがA先生から離れた理由。

そしてピアノが弾けなくなった理由の一つです。

 

 

今回、初めての方に調律をお願いしました。

最初に鍵盤を叩かれた音に本当に驚きました。

鍵盤を叩くなむかっ

以前の調律師さんと違って大して音が聞こえてこない。

高音部なんて1回音を出したかな?ぐらいな。

 

弾いてみるとすごい違和感を感じる上になんだかとても疲れるし弾きにくさを感じる。

和音に感じる雑音、高音部は音が止まるような感覚の音・・・

チューナーをあててみると音は合ってはいるけどとても不均衡に揺れる。

 

翌日練習していても本当にストレスを感じて、自分の練習不足を疑いましたがピアニスト先生に紹介していただいた調律師さんから感じた あの感覚 が忘れられない。

怒りの勢いがあって、その調律師さんにダメ元でメール。

「もうピアニスト先生のレッスンは受けていないが調律をしてもらえるか」と尋ねると

快く引き受けて下さいました。

 

そして当日。

やっぱりこの人が鍵盤を叩くわけがない。

調律したばかりだというのに1音1音何度も何度も調整をする。

ずっと聴いていたい調律の音。

 

そして調律後にいつもの曲「月光第1楽章」と「異国から」を弾く。

響きの中に雑音がなくなり、指が思う通りの音が鳴り、音がすーーーーっと伸びて行く、とても気持ちの良い感覚。

やっぱり私が求めていたものはコレだと思い大満足しました。

調律だけでこんなにも変わるのかという驚きと、自分が上手くなったと錯覚しないよう気をつけなければと思いました。

 

という事は、やっぱり調律の悪さ=音の悪さ という事は起こり得るという事をまさに実感。

A先生が調律が悪いと言って下さったのは本当だったのかとあせる

ちょっとした心の行き違いや勘違いによってA先生から突然離れてしまった事を申し訳なく思いましたショック

でもこれも潮時だったのかもしれない。

 

なんとその調律師さんは私がもうピアニスト先生のレッスンには行かないと伝えた事で事情を察して下さり「いくらでもピアノの先生紹介しますよ」とまたまた驚きアップ

調律師もピアノ教師もホームドクターを選ぶのと同じ事だと選んで良いのだと言って下さりとても心強く感じて。

調律師さんはピアニストさんやピアノの先生をたっくさんご存じなわけですよねビックリマーク

 

一先ず、この先生はどうかと教えていただいたお名前で検索してみるとなんだか凄いお方のようで、とても私などが行くには場違いと感じるようなお教室でした。

それでもせっかくご紹介下さったので、調律師さんのお名前をお借りして勢いで問い合わせをするとすぐに体験レッスン日が決まりました。

その時先生は「海外でのリサイタルを終えて違う国に寄っている所らしい」という調律師さんの情報にまたまた恐れ多く感じてしまったわけですが滝汗

でもHPに「大人コース」って書いてあるし汗

その「大人」は私のような弾けない大人、今から上達したいという大人を想定してはいないのかもしれない。

恐らく弾ける人のその先をレッスンするようなお教室だと感じますが、基礎からという文言もあったし、調律師さんのご紹介ですし笑

だいじょうぶ・・・ですかね??

 

 

一先ず調律師さんが決まった事は本当に嬉しい。

脊椎炎に関しても専門医を定期的に受診して経過を見て行く事で落ち着きました。

痛みが出ても原因がこれとわかっているというだけでやり過ごせます。

あとはピアノ教室が決まれば進んで行けると思います。

 

最強の開運日であり啓蟄の今日は歌の会。

啓蟄とは土の中に眠っていた虫たちが活動を始める頃、虫に限らずさまざまな生き物が目覚めはじめる。

というわけでシニアピアノ教室再開の宣伝もしてこよう音譜