監督:クロエ・ジャオ
キャスト
フランシス・マクドーマンド(ファーン)
デビッド・ストラザーン(デイブ)
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「スリー・ビルボード」のオスカー女優フランシス・マクドーマンドが主演を務め,アメリカ西部の路上に暮らす車上生活者たちの生き様を,大自然の映像美とともに描いたロードムービー。ジェシカ・ブルーダーのノンフィクション「ノマド 漂流する高齢労働者たち」を原作に,「ザ・ライダー」で高く評価された新鋭クロエ・ジャオ監督がメガホンをとった。ネバダ州の企業城下町で暮らす60代の女性ファーンは,リーマンショックによる企業倒産の影響で,長年住み慣れた家を失ってしまう。キャンピングカーに全てを詰め込んだ彼女は,“現代のノマド(遊牧民)”として,過酷な季節労働の現場を渡り歩きながら車上生活を送ることに。毎日を懸命に乗り越えながら,行く先々で出会うノマドたちと心の交流を重ね,誇りを持って自由を生きる彼女の旅は続いていく。第77回ベネチア国際映画祭で最高賞にあたる金獅子賞,第45回トロント国際映画祭でも最高賞の観客賞を受賞するなど高い評価を獲得して賞レースを席巻。第93回アカデミー賞では計6部門でノミネートされ,作品,監督,主演女優賞の3部門を受賞した。(「映画.com」より)
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今回は飛行機雲(「飛」と表記)と架空の対談相手(Aと表記)の対話形式で書いてみました。
飛)ひと言で言うとどんな映画?
A) タイトルにある「ノマド」って遊牧民のことなんだけど,この映画では季節労働者としてあち らこちらの現場で働きながら,車上生活を送って いる人たちを指していて,主人公の高齢の 女性(ファーン)がリーマンショック後の不況で会社が倒産して住んでいる家を失い,自由を求めて「現代のノマド」になる決意をし,そこで出会ったノマドたちとの触れ合いやファーンの心情をアメリカの大自然をバックに描いた作品ってとこかな。
飛)で,感想は?
A)ファーンを演じたフランシス・マクドーマンドの演技がすごくて,ノマドの自由な生き方,その孤独感や喪失感といったものが伝わってきていろいろと共感できる映画だったよ。
飛)なるほど。ボクもだいたいそういう感想なんだけど,ちょっと引っかかるというか,もう少し違った視点からも観ることができる映画じゃないかとも思うんだよね。
A) たとえば?
飛)映画の終盤でファーンが姉の家を訪ねていき,そこで姉の夫のジョージや初めて会った人たちと食事をするシーンがあるよね。
A) うん。
飛)その時,同席していた人たちがリーマンショックの時に不動産を買っていれば儲けることができたのにと言うんだけど,それを聞いたファーンが「客たちに貯金をはき出させ,借金までさせて家を買わせるのは理不尽だと思う」と口を差し挟むよね。
A) そうだったね。
飛)そこでジョージが「誰もが君みたいに身軽じゃないから」と反論するんだけど,それに対してファーンは「そう思ってる?私が軽い気持ちで旅に出たと?」と言うんだ。
A) うん。
飛)このシーンがボクの中で印象に残ってるんだけど,それは,このファーンのセリフに続いて彼女がノマドになった時の決意やら悲しみやらを語るのでもなく,現代の格差や分断と言った社会的な話に発展するのでもなく,ファーンの姉の「ノマドって…」というどうでもいい話に続いていって別のシーンに切り替わったからなんだ。
A) ん?
飛)つまり,示唆的なんだよね。
A) でも,ファーンがノマドになった経緯は冒頭で示されているよね?
飛)2~3行の字幕でね。ストーリーを進行するために簡単に説明されてはいるんだけど映像としては一切説描かれていないよね。つまり,クロエ・ジャオ監督は示唆するだけで,それ以上突っ込んではいかない。もっと言えば,あえて避けているようにも思うんだ。キミはさっき「ファーンは自由を求めて現代のノマドになる決意をして…」と言ったけど,その自由ってカッコ付きの「自由」でしょ。自ら積極的に選びとった自由ではなく…。
A) でも,リンダ・メイに誘われてファーンがノマドの生活を勧めているボブ・ウェルズの話を聞きに行ったとき,彼が世界の分断だとか,貨幣が支配している世界を批判するシーンもあったよ。
飛)あったよね。でも,結局ボブ・ウェルズは「もし社会が我々を野に放り出すなら,放り出された者たちで助け合うしかない」と言って話を締めくくるよね。これはある種のコミューンなんだけど,たとえばリベラル派の人たちなどが最近よく口にするコミューンとは違うよね。
A) ダメなの?
飛)いや,逆だよ。だからいいんだ。終盤近くのシーンでボブ・ウェルズが言う「悲しみや喪失感を抱いている人たち」がお互いを分かりあった上で,「絆」などという面倒臭くて欺瞞的な言葉じゃなくて,「‘さよなら’がないんだ。‘またどこかで’」といった緩い連帯感がね。ただ,なぜクロエ・ジャオ監督は声高に社会の分断だとか,新自由主義経済の批判といった方向に行かなかったのかということは考える必要があると思うんだ。
A) なるほど。
飛)ひょっとしたらだけど,そういうことって,もう認めるより仕方のないことだと思ってるんじゃないかという気もするんだよね。
A) どうかな。
飛)高齢になった人間になんて用なしだという社会って,生産性にしか価値を置かない社会ってことじゃない?
A) そうだね。
飛)だったら,生産性の低い人間の側からすればそんなことに抗議するより,「上等じゃねえか」って居直っちゃえばいいじゃんってならない? さっき,ここでの自由ってカッコ付きの「自由」でしかないのでは?って言ったけど,それでいいじゃんってことなんだけど…。
A) う~ん。
飛)もっとも,そう言っちゃうと,「自由な働き方改革」なんていう言葉が浮かんできて,やっぱりダメかなとも思うんだけどさ。
A) やっぱりダメなような気がするけど。
飛)でも,映画としては,その「自由」と格差社会という問題とのギリギリのせめぎ合いのところで成立しているということを見ないと,ただのノマド賛歌になっちゃうからね。
A) 映画の中でファーンが言う「‘ホームレス’じゃなくて‘ハウスレス’なのよ」ってことかな?
飛)名セリフなんだけど,あのセリフの中にノマドの覚悟を読み取れなければ意味ないよね。
A) で,この映画,5点満点で点を付けるとすると何点?
飛)4点なんだけど,いろいろ気づかされたので,やっぱり5点だね。キミは?
A) ボクは無条件に5点だな。


