書籍,雑誌,新聞だけではなく,映画やドラマのセリフ,テレビやラジオから聞こえてくる言葉,さらには日常生活において耳にする言葉など,私たちのまわりには言葉が溢れている。そこには良くも悪しくも自分の中にとどまり続ける言葉もあるはずで,今年はそのような言葉について自分が感じたことを折に触れて「光のことば 闇のことば」と題して書いてみることにする。

 

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第1回は以下の「ことば」である。

 

彼の活躍を毎日スマホで調べ,動画をお気に入り登録している。それらを繰り返し見ていると,心臓発作の回数が明らかに減り,症状も軽くなっていくのを実感できた。

 

 これは「朝日新聞」の2024年12月30日付「声」欄に投稿された福岡県在住の77歳の主婦の文章である。ここで「彼」と言われているのはLAドジャースの大谷翔平選手のことだ。彼女は野球には興味がなかったのだが,一昨年テレビで偶然WBCを見て大谷の大ファンになったということである。テレビなどで見る限り,大谷翔平はとても聡明な選手で,一部のスポーツ選手が時折口にする「勇気を与えたい」などといった不遜なことを言うのを聞いたことがないが,それでも彼女は大谷の活躍する動画を見ているだけで病気の症状が軽くなったのだと言う。彼女は大谷を応援することで「毎日が笑顔で楽しい一年を過ごせた」と書いている。これは精神が身体にプラスの作用を及ぼす一例だろうが,それは彼女が大谷から勇気を貰ったということではないだろう。私には医学の知識はないが,笑顔でいることで「幸せホルモン」と呼ばれるセロトニンが分泌していたのではないだろうか。私は彼女よりは若干年下だが,年相応に体の不調を抱えており,中には致命的ではないものの手術が必要になるかもしれない病もあるので,彼女のように笑顔で楽しく過ごすことができればそれも少し和らぐかもしれないとは思う。しかし,考えてみれば私の平凡な生活においても笑顔で楽しい一年を過ごすことはとても難しいことのようにも思うのである。

2024年10月~12月には以下の映画を観ました。

 

評価は★5つが満点。☆は0.5点。

 

1. 「沈黙,愛」(2018年 韓国) ★★     

監督:チャン・ジウ

キャスト:パク・シネ / チェ・ミンスク  

●寸評

謎解きの道具立ては大がかりだが,ほとんどリアリティがない。

 

2. 「ある閉ざされた雪の山荘で」(2024年 日本)   ★☆      

監督:飯塚健   

キャスト:重岡大毅 / 中条あやみ                          

●寸評

謎解きの面白さもなければ人間洞察の深さも感じられない映画。三層構造というのもずいぶん薄っぺらい。

 

3.「福田村事件」(2023年 日本) ★★★

監督:森達也   

キャスト:井浦新 / 永山瑛太 / 東出昌大 / 田中麗奈          

●寸評

期待したほどの映画ではなかった。啓蒙的な意味はあるとは思うが,人物造形が善悪を基準として類型化されすぎていて,映画としての深みに欠けると思われた。事件が起こるまでの描写が長すぎるし,そこで描かれている福田村の閉鎖性があの事件の背景であると言うのであればそれも類型化された捉え方でしかない。

 

4. 「君たちはどう生きるか」(2023年 日本) ★★★         

監督:宮崎駿

●寸評

タイトルの「君たちはどう生きるか」に対して「私はこう生きた」という宮崎駿の告白映画。感想としては「そうですか」としか言いようがない。

 

5. 「評決のとき」(1996年 アメリカ) ★★★     

監督:ジョエル・シュマッカー   

キャスト:マシュー・マコノヒー / サンドラ・ブロック

●寸評

アメリカ南部,ミシシッピ州における黒人差別問題を扱った映画。このテーマを扱うことはいいのだが,裁判にも差別問題にもあまり説得力が感じられなかった。

 

6. 「告発の行方」(1998年 アメリカ) ★★☆

監督:ジョナサン・キャプラン   

キャスト:ジョディ・フォスター / ケリー・マクギリス

●寸評

ひと言で言うと「正義は勝つ」という内容の映画。

 

7. 「インサイダーズ・内部者たち」(2016年 韓国)★★★☆            

監督:ウ・ミンホ          

キャスト:イ・ビョンホン / チョ・スンウ / ペク・ユンシク

●寸評             

韓国の政界,財界,メディアの癒着とそれに対して復讐をする男(たち)を描いた映画。ラストに二転,三転のどんでん返しがあるが,評判ほどの見事さではない。

 

8. 「アンテベラム」(2020年 アメリカ)★★★     

監督:ジェラルド・ブッシュ / クリストファー・レンツ     

キャスト:ジャネール・モネイ

●寸評

映画のテーマは冒頭のフォークナーの言葉に集約されている。そのこと自体は確かにその通りなのだが,エンタメ作品として仕上げるのなら,どんでん返しにもう少し工夫を。

 

9. 「野火」(1959年 日本)★★★☆         

監督:市川崑   

キャスト:船越英二 / ミッキー・カーチス / 滝沢修                         

●寸評

戦争の悲惨さはそれなりに伝わってくるが,全体としてやや焦点がぼけている気がする。大岡昇平の原作は未読だが,原作を読んで比べてみたい。

 

10. 「昼下がりの情事」(1957年 アメリカ)★★★★          

監督:ビリ-・ワイルダー          

キャスト:オードリー・ヘップバーン / ゲイリー・クーパー                          

●寸評

プレイボーイの裕福なビジネスマンと恋に背伸びをしている少女とのラブコメディー。いくつもの軽妙な会話と洒脱なシーンはさすがにビリー・ワイルダーといったところ。ラストシーン,オードリー・ヘップバーンのいじらしさに少しホロっとさせられる。

 

11. 「マグノリア」(1999年 アメリカ) ★★★   

監督:ポール・トーマス・アンダーソン   

キャスト:ジェレミー・ブラックマン / トム・クルーズ / メリンダ・ディロン

●寸評

LAに住む関わりのない人たちのある1日を描いた映画で,ラストに向けてそれらの人たちがつながってくるのだが,その繋がり方ってあり?と思わせる点で,あまりおもしろくなかった。大量のカエルが空から降ってくるエンディングは?の一言。観る人によって評価が極端に分かれる映画だと思われる。

 

12. 「ディアハンター」(1978年 アメリカ) ★★★★

監督:マイケル・チミノ             

キャスト:ロバート・デ・ニーロ / クリストファー・オーケン / メリル・ストリープ●寸評

公開当時劇場で観てから4回目の鑑賞。最初観たときにはこの映画の世界観に反発を覚えたが,その後,私の中で評価が変わった。ベトナム戦争に赴いた3人の陽気な若者たちが,戦地での過酷な体験によって心身ともに傷つく姿を描いた反戦映画。ロシアン・ルーレットのシーンは有名。冒頭からの1時間に及ぶペンシルヴェニアでの結婚式のシーンはやや冗長な感じがしたが,見終わった後の感想としては戦地との対比を描くのに必要だったと納得。そのシーンで出てくるベトナム帰りのグリーンベレーの男のセリフが生きている。

 

13. 「白ゆき姫殺人事件」 (2014年 日本) ★★★           

監督:中村義洋             

伽首都:井上真央 / 綾野剛 / 菜々緒 / 蓮佛美沙子              

●寸評

“美人OL殺人事件”が起こる。無責任なテレビ報道とSNSによって同僚の地味なOLが容疑者に仕立てられるが,真犯人は被害者の後輩OLだった。この映画は容疑者と疑われたOLと知り合いであるいろいろな人の「証言」によって冤罪が作られるが,そのOLが犯人でないことは途中でほぼ分かってしまう点にミステリーとしての面白さが半減。かといって,メディア批判も中途半端。"

 

14. 「PERFECT DAYS」(2023年 日本) ★★★★☆          

監督:ヴィム・ヴェンダース      

キャスト:役所広司                    

●寸評

一見,淡々としているように見える主人公・平山の日々の生活の繰り返しを極力セリフを押さえて役所広司の表情と仕草で表現する中で,彼の現在の心境と,そこに至るまでの過去を観客に伝える演出と演技力は秀逸。本年観た映画の最高の作品。

 

   気がつけば10月2日に映画の感想を書いて以来ほぼ3カ月になる。いくつかの作品については途中まで書いたのだが,結局,うまく表現することができずに挫折。それで,思ったことは私には映画の批評を書く能力が不足しているのだろうということ。というわけで,映画の感想文は前回の「Winny」で終了することにいたしました。来年からは観た映画の報告ということで,今回のように月に1回程度の割合で寸評を書いていくことにいたします。

 

 ご訪問くださった皆様,よいお年をお迎えください。

12月28日付けのブログの内容の続きです。

 

⑪三島由紀夫『ぼくの映画をみる尺度』(潮出版社)

 *当ブログ2024年12月1日に取りあげた書物。

 

⑫ヴォルフガング・シュトレーク『時間かせぎの資本主義』(鈴木直訳 みすず書房)

 *著者の主張は比較的明解である。第2次世界大戦終了から1970年頃までの資本主義の発展を資本主義と民主主義のハネムーン時代と位置づけ,それがニクソンショックによって資本主義は自らの延命策を講じなければならなくなったとする。それがタイトルにある「時間かせぎ」ということであるが,「時間かせぎ」なのでやがてほころびが出てきて次の「時間かせぎ」に移行していくという経過をたどらざるをえなかった。具体的には70年代のインフレ政策,80年代の国債発行と金融市場の自由化,90年代におけるサブプライムローンに見られるような国家債務の家計債務への付けかえという3段階をたどったのであるが,この最後の「時間かせぎ」がリーマンショックに至ったのは記憶に新しいところである。その他,ヨーロッパの通貨同盟の問題点にも言及していて読み応えはあるのだが,肝心の「時間かせぎ」をしなければならない資本主義の根本的な問題が何かということには触れておらず,その点に疑問は残った。

 

⑬大木毅『独ソ戦』(岩波新書)

 *当ブログ2024年2月12日に取りあげた書物。

 

⑭佐伯啓思『経済学の犯罪』(講談社現代新書)

 *本書のタイトルにある「経済学」とは,新自由主義的な考えに基づく経済学であり,この経済学を批判するという点に本書の大きなテーマの一つがある。著者も述べていることだが,私が経済学部の学生であった1970年前後,経済学にはさまざまな潮流があった。大きく分ければ新古典派経済学とマルクス経済学であり,前者は「新古典派総合(アメリカケインジアン)」と「シカゴ学派」に分かれ,それ以外にも「制度学派」(アメリカ),「ケンブリッジ学派」(イギリス)などがあった。ところが,1970年代になると社会主義の矛盾の露呈とともにマルクス学派が衰退し,1980年頃にはケインズ学派の限界が指摘されることによって「シカゴ学派」,つまり現在の新自由主義的な思想に基づく経済学の一人勝ちになったのであるが,この学派の根本的な問題点を指摘しながら新たな方向性を模索しているのが本書である。前回の当ブログでも取りあげたが,保守派の論客であるこの著者の考え方にはとても惹きつけられるところがあり,当分追いかけることにした。

 

⑮平野啓一郎『日蝕・一月物語』(新潮文庫)

 *芥川賞を受賞した『日蝕』は当時「文藝春秋」で読み始めたのだが,何となく難しくて途中で放棄した記憶がある。しかし,今回はなぜかかなり面白く読むことができた。最近,錬金術に少し関心があることがその原因かもしれないし,難しい漢字にルビが振ってあるのもとてもよい。

 

⑯舛添要一『プーチンの復讐と第三次世界大戦序曲』(インターナショナル新書)

 *ウクライナ戦争の行方は予断を許さない状況にあるが,本書はウクライナ戦争を,プーチンという人物,ロシア史,ウクライナ戦争の流れという3つの観点から考察した書物である。著者は最後に「残念ながら,第三次世界大戦への扉が開かれつつあるように思う」と述べているが,この予言が実現しないことを望みたい。

 

⑰栗本慎一郎『経済人類学』(講談社学術文庫)

 *1980年に出版された本の文庫版であるが,直すところがなかったと著者が言うように,古いところがまったく感じられない。逆に言えば,この分野の研究がほとんど進捗していないということにもなるだろう。そもそも,「経済とはなにか?」,「貨幣とはなにか?」について,商品経済だけを見ていても解明できるとは思われないのだ。

 

⑱桐野夏生『OUT 上・下』(講談社文庫)

 *上下巻合わせると800ページ弱だが,ほぼ一気読み。とても面白かったが,ラストの展開はちょっとね…。

 

⑲チームK『私たちは売りたくない』(方丈社)

 *10月1日からコロナワクチンの秋の定期接種が始まったが,レプリコンワクチンを巡っては様々な噂が飛び交ったようで「接種した人の入店お断り」などといった事態まで起きたようだ。この本はレプリコンワクチンを製造したMeiji Seikaファルマの現役社員(たち?)によるその危険性についての警告本であり,売れ筋の書ということもあって,とりあえず読んでみた。で,感想は? ウ~ンよく分からない。(笑) 著者はレプリコンワクチンだけではなく,mRNAワクチンそのものが有害だと述べており,そのポイントは,①mRNAを囲っているLNP(脂質ナノ粒子)が全身の器官で炎症を引きおこす,②mRNAワクチンが細胞内で産生させるスパイクタンパクに強い毒性がある,③人間の免疫システムがスパイクタンパクを作る自分の細胞をウィルスに感染した細胞と見なして攻撃する,の三点である。レプリコンワクチンは体内で自己増殖するのでさらに危険だということらしいのだが,結局,私のような素人にとっては「信じるか,信じないか」の選択にしかならないので,「ウ~ン」となるわけだが…。

 

⑳中野剛志『世界インフレと戦争』(幻冬舎新書)

 渡辺努『世界インフレの謎』(講談社新書)

 *我が国だけではなく世界的にも喫緊の経済問題はインフレ対策であろう。そのためにはその原因を明らかにすることが重要だが,それが論者によって様々であるところに問題の難しさが表れていると言えるだろう。中野はインフレにはディマンドプル・インフレとコストプッシュ・インフレという二種類があり,現在のインフレは後者であり,供給の減少にその原因があるとし,「恒久戦時経済」にその打開策を探る。渡辺の場合は新型コロナウィルスの出現に対する人々の行動変容にインフレの原因を求め,その行動変容を手がかりとして社会と経済をよりよい方向に変えていく変革の原動力にすべきだと主張する。両者の間に共通点はないが,私の理解では,中央銀行の金利操作に解決の糸口を求めていないという点は共通しているように思われる。

 本日(12月28日)の「朝日新聞」朝刊にライターの武田砂鉄が「ひもとく」の欄に「今年売れた本」について一文を寄せている。そこに日販調べによる「2024年ベストセラー」(23年11月22日~24年11月19日)が掲載されていて,以下のようである。

 

①変な家2 11の間取り図  ②大ピンチずかん 2  ③成瀬は天下を取りにいく  ④大ピンチずかん  ⑤変な家  ⑥変な絵  ⑦頭のいい人が話す前に考えていること  ⑧WORLD SEIKYO vol.4  ⑨パンどろぼうとほっかほっカー  ⑩TOEIC L&R 出る単特急 金のフレーズ  ⑪パンどろぼう  ⑫成瀬は信じた道をいく  ⑬パンどろぼうとりんごかめん  ⑭書いてはいけない  ⑮新版 科学がつきとめた「運のいい人」  ⑯キレイはこれでつくれます  ⑰英単語ターゲット1900  ⑱小学生がたった1日で19×19までかんぺきに暗算できる本  ⑲続 窓際のトットちゃん  ⑳ポケモン パルデア図鑑 (記事には著者名,出版社名も掲載されているが,ここでは省略。)

 

 リストをザッと見て私が読んだ本は⑤雨穴『変な家』(飛鳥新社)と⑭森永卓郎『書いてはいけない』(三五館シンシャ)の2冊だけで,③,⑰,⑲以外はタイトルも知らない本ばかりである。⑤は当ブログでも取りあげたが,期待ほどの出来ではなかった。⑭は著者が遺書のつもりで書いた本のようで,我が国のメディアが絶対触れない3つの話題を取りあげている。そのうちの一つである「ジャニーズの性加害問題」についてはBBCが取りあげて以降周知の事実にはなったが,それがなければ未だに私たちの知るところではなかったかもしれない。残りの2つのうち,著者の造語になる「ザイム真理教」は要するに前著でも展開されていた財務省批判である。最も目新しいのは第3の「日航123便はなぜ墜落したのか」だが,森永の主張のポイントは2つで,日航機の墜落は事故ではなく事件だということと,それ以来日本の新たな対米従属が始まったということである。ことの真偽は私には判断できないが,政治サスペンス小説を読んでいるようで,とても興味深かった。

 

 ところで,上の「ベストセラー20」だが,武田砂鉄は「いわゆる本好きは今回のベストセラーリストを眺めた上で,自分が選んだ本との毛色の違いに驚くはず。しかし,その驚きを冷静に見定める視点を残しておきたい」と言って記事を結んでいる。

 

 私は自分のことを「本好き」などとはおこがましくてとても言えないが,ベストセラーリストを見て自分が選んだ本との毛色の違いに驚いたことは確かだ。そこで,以下に私が今年読んだ本のリストを眺めてみてベスト20を挙げてみた。(今年読んだ本は全部で112冊だった。)

 

①デヴィッド・グレーバー/デヴィッド・ウェングロウ『万物の黎明』(酒井隆史訳 光文社)

 *啓蒙思想家たちによって描かれた従来の人類史を根本から転覆。当ブログ2024年7月11日に取りあげた書物。

 

②佐伯啓思『貨幣 欲望 資本主義』(新書館)

 *1990年代以降のグローバリズムは一般には資本主義の新しい現象であると考えられているが,実はそうではなく,18世紀の重商主義的思考の延長上にあると捉え,アダム・スミス以降の経済学の歴史はその思考を闇に葬ってきたのであり,グローバリズムという現象を理解するには重商主義的思考がもたらした資本主義の側面を考察する必要があるとする書物。ジョン・ローから始まり,ニュートン,ウェーバー,フロイト,ゾンバルト,ユダヤ教,プロテスタンティズムなど,論点は多岐にわたるが,非常に刺激的な書物である。本書は2000年に公刊された書物だが,その後,『貨幣と欲望』(筑摩学芸文庫)というタイトルで文庫化されている。

 

③ガブリエル・ガルシア=マルケス『百年の孤独』(鼓直訳 新潮文庫)

 *今年文庫化されたのを機に読んでみた。登場人物の名前が紛らわしいが,掲載されている「ブエンディア家家系図」をコピーして読み進めたら,「やめられない,とまらない。かっぱえびせん」になってしまった。なぜ今まで読まなかったのだろうか?

 

④福岡伸一『フェルメール 光の王国』(木楽舎)

 *当ブログ2024年5月29日に取りあげた書物。

 

⑤施光恒『英語化は愚民化』(集英社新書)

 *政治学者が書いた反英語化論。現在我が国の政府と財界が推し進めている日本の英語化の問題点を様々な観点から批判している。例えば,宗教改革は聖書をラテン語やヘブライ語から土着語(ドイツ語,フランス語など)に翻訳することで,知,つまり抽象的観念の一般化をもたらし,そのことが近代化を達成したのだと主張。それは福沢諭吉,馬場辰猪,夏目漱石などの反英語公用語化論にも当てはまるのであって,それがグローバリズムが要求する日本英語化に反対する論拠にも通じると主張する。「ちょっと言い過ぎでは?」と思える箇所も散見されるが,基本的な論点は首肯できる。

 

⑥佐々木実『竹中平蔵 市場と権力』(講談社文庫)

 *高校時代,社会哲学部に所属し,日本共産党の下部組織である日本民主青年同盟(民青)の活動家との交流を通じてマルクスなどを読んでいた竹中平蔵が権力の中枢に近づき「構造改革」の飽くなき追求者になるまでを描いたドキュメンタリー。この両者は矛盾するように見えるが,その原点にあるのは父親が一生懸命働いているのに豊かにならないことに対する疑問だったのだろう。そして,その疑問はあるときから「自由の国」アメリカに対する憧れになったのだろう。竹中が初めてアメリカに留学した1980年代の初めはケインズ経済学の限界が露呈し,ミルトン・フリードマンを初めとする新自由主義的な経済学が台頭してきた時期であり,その経済思想が彼の生来の上昇志向と結びついた結果が現在の我が国の格差社会を作ったと言っても過言ではないであろう。

 

⑦村上靖彦『客観性の落とし穴』(ちくまプリマー新書)

 *当ブログ2024年2月28日に取りあげた書物。

 

⑧山本圭『嫉妬論』(光文社新書)

 *当ブログ2024年5月22日に取りあげた書物。

 

⑨ヴァージニア・ウルフ『ダロウェイ夫人』(丹治愛訳 集英社文庫)

 *映画『めぐりあう時間たち』を再鑑賞するきっかけとなった書物。この本を読んだおかげでこの映画に対する評価が180度変わった。

 

⑩広尾晃『データ・ボール』(新潮新書)

 *映画『マネーボール』はセイバーメトリクスを用いて従来とは異なる尺度で選手を評価することで弱小球団であったオークランド・アスレチックスが2004年のワールドシリーズで優勝するまでを描いた作品だ。これは現在のデータを駆使したMLBの野球の出発点になったのであるが,その点でNPBはかなり立ち後れてはいる。しかし,昨年のWBC以降,その状況は徐々に変わりつつあるようにも思われるが,本書はそういったデータ野球の最前線を紹介するという点で恰好の書物と言える。

 ⑪以下は明日のブログで…。

 先日,自分の書棚を見るともなく見ていたら三島由紀夫『ぼくの映画をみる尺度』というタイトルの書物が目に留まった。奥付を見ると「昭和55年2月25日 発行」となっている。昭和55年と言えば西暦1980年にあたるが,自分ではこの書物を買った記憶は全くないのである。ただ,ページをパラパラと捲ると自分の字で所々に書き込みがあるので自分の所有物であることが確認できたと同時に興味が湧いてきて(再度?)読んでみることにした。

 本の成り立ちは昭和30年代を中心に20年代末から40年代初めにかけて『スクリーン』や『映画芸術』といった映画雑誌や『婦人公論』その他の一般雑誌に掲載された三島の映画評を集めた書物なのだが,昭和31年2月の『スクリーン』に発表された「ぼくの映画をみる尺度 シネマスコープと演劇」という一文が冒頭に掲載されていてなかなか興味深い。

 その一文の書き出しを見ると,三島の映画をみる尺度が次のように述べられている。

「私がいい映画だと思うのは,首尾一貫した映画である。当たり前のことである。しかしこれがなかなかない。各部分が均質で,主題がよく納得され,均整美を持ち,その上,力と風格が加われば申し分がない。」

 これに続いてこの基準に従っていくつかの映画についての簡単な批評が続くのだが,三島の示している評価を○×で示すと以下のようである。

×「足ながおじさん」(構成に難)

×「青銅の基督」(滝沢の演技が均衡を破っている。)

○「エデンの東」,○「マーディ」(この2作品は上の各要請に答えている。)

○「天井桟敷の人々」(特に理由は述べられていない。)

×「埋れた青春」(上の各要請に万遍なく答えているようでありながら,登場人物が皆薄手である。人間が描かれていない。)

×「恐怖の報酬」(均整美が悉く犠牲に供されている。)

○「裏窓」(恐怖の裏側には,人間生活に対する余裕のあるシニシズムが行き渡っている。)

△「重役室」(いい映画になり損ねた。捨てがたい箇所は随所にあるが,クライマックスにおける主人公の描写に伏線が足らず,そこで均衡が破れて,破綻している。)

 

 この書物で私が最も興味を持ったのはヴィスコンティ監督の『地獄に堕ちた勇者ども』に関する三島の批評だ。三島は「久々に傑作といえる映画を見た。生涯忘れがたい映画作品の一つになろう。/この荘重にして暗欝,耽美的にして醜怪,形容を絶するような高度の映画作品を見たあとでは,大ていの映画は歯ごたえのないものになってしまうにちがいない」と絶賛している。私もこの映画は過去何度か観ていて素晴らしい作品だと思うが,この映画に対する三島の批評そのものが絶品なのだ。私などがそれをまとめるとうまく伝わらないと思われるので,いくつかの箇所を引用するに止めておく。

 

引用①

「この映画だけを見ても,圧倒的な病的政治学のカの下で,むしろ人間性は性的変質者によって代表されているのであり,幼女姦のマーチンも,男色の突撃隊も,その性的変質においてはじめて真に人間的であるのに反して,どこから見ても変質のカケラもない金髪の人間獣アシェンバッハ(このヘルムート・グリームという俳優はすばらしい)の冷徹な「健全さ」が,もっとも悪魔的な機能を果して,ナチスの悪と美と「健康」を代表しているのである。実に怖ろしいものはこちらにあるのだ。」

 

引用②          

「すべてが人間性の冒瀆に飾られたこの終局で,ヴィスコンティは,序景の,直接的暴力によって瞬時に破壊された悲劇の埋め合せを企らむのだ。それがもう少しで諷刺に堕することなく,あくまで正攻法で堂々と押して,しかも感傷や荘重さや英雄主義を注意ぶかく排除し,いわば「みじめさの気高さ」とでもいうべきものをにじみ出させ,表情一つ動かさぬマーチンの最後のナチス的敬礼をすら,一つの節度を以って造型する,…こういう「良い趣味」は,この映画のスタイルの基本である。参列の娼婦やならずものの描写の抑え方を見よ。そこには野卑すらが一つの静謐に参与している。」

 

引用③                                                

「ヴィスコンティがこの映画で狙ったものが,今さらナチス批判やナチスの非人間性の告発である,ということは疑わしい。二十世紀はナチスを持ち,さらに幸いなことには,ナチスの滅亡を持ったことで,ものしづかな教養体験と楽天的な進歩主義の夢からさめて,人間の獣性と悪と直接的暴力に直面する機会を得たのである。これなしには,人間はもう少しのところで人間性を信じすぎるところだった。古代の悲劇があれほど直截に警告していたところのものに,ナチスがなければ,人々はよもや二十世紀になって対面するとは思っていなかったのである。その無慈悲,その冷血,その犯罪の合法化,その悪の体系化,その死のエステティック,…そこからわれわれは,侮蔑というものの劇化の機縁を得たのだった。」