JR最後の昼間急行「つやま」走る!! | TRAIN+

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朝日新聞ウエブ版の記事の抜粋です。

今、津山、いや地方のローカル路線の優等列車は岐路を迎えている。

こんな風にして、地方からの優等列車は消えていくんだと実感してしまった。いやー時代の流れはこうして地方にも浸透していくんですね。さみしいですよ、まったく。。。


「快速」→「急行」。車掌がみずからの手で表示板を掛け替える。JR岡山駅のホームに2両編成で入ってきた列車は、通勤、通学用ではない。でも、出張や旅行に使う特急とも違う。2月前半、昼間に運行されるJR最後の急行「つやま」に乗ると、そこには小旅行の趣が残っていた。

 「つやま」は、前身の急行「砂丘」(岡山駅~鳥取駅)が1997年に廃止されたのに伴い、同年、誕生した。2007年の「みよし」(広島駅~三次駅)廃止により、JR線で昼間に走る最後の急行列車となった。

 午前11時、人影のまばらなホームにクリーム色のディーゼル車両が姿を現す。乗客は中年夫婦や会社員風の男性ら様々だ。向かい合った4席のボックスシートに1~2人、ベンチ型のロングシートには1人ずつ、1両に20人弱の乗客。出発前、車掌が車内を回り急行列車であることを説明する。

 「え、それじゃあ次のに乗るよ」

 別途、急行料金730円が必要だと知ると、次の快速に変える人も。

 午前11時15分。「キハ48」のディーゼル音がひときわ大きくなる。

 「急行つやま、発車します」

 乗り込んで出発を待っていると、車内放送の車掌の声。普通列車よりもいくぶん、力がこもっているように聞こえる。

 津山駅まで1時間5分。車窓には田園風景が流れる。途中駅では、数人が乗車するが、降りる人はほとんどいない。本を読んだり携帯電話を見たり。静かに目的地までの時間を過ごしている。

 1日1往復しかない。帰省の折、わざと選ぶ人もいるという。

 「あの時はけっこうな騒ぎだったようですよ」

 津山市産業経済部の岡晃司次長が、資料をめくりながら懐かしそうに話す。

 1997年、利用者減などからJR岡山支社が市側に急行「砂丘」の廃止を打診すると、商工会を中心に反対運動が盛り上がる。津山市など沿線の自治体、経済団体などは「津山地域JR急行砂丘号廃止反対協議会」を発足。「路線のさらなる縮小、地域のイメージダウンは避けられない」などと訴えた。

 JRへの働きかけの結果、1日5往復していた急行「砂丘」を廃止する代わりに、岡山駅と津山駅を1日1往復で結ぶ急行「つやま」を新設することで合意した。

 人口11万人の津山市は新幹線の駅がある岡山市、倉敷市に次ぐ県内第3の都市。商業が盛んで津山城など史跡も多い。

 「当時は相当の危機感があったのでしょう」と岡次長は振り返る。岡山駅と津山駅の間で、急行料金のない快速とは停車駅1駅分、数分しか違わない。急行存続は、利便性より「メンツ」を重視したものだった。

 JR西日本によると、現時点で急行「つやま」の廃止の計画はない。しかし、もし浮上したら前回のような動きが出るのだろうか。

 「反対運動は、もう起こらないでしょう。メンツよりも効率優先の時代ですからね」。岡次長は少し寂しそうに笑った。

 最近では、津山駅に残る「旧津山扇形機関車庫」や、ディーゼル機関車「DE501」などを「鉄道遺産」として観光資源に活用する動きもある。2007年には「みまさかスローライフ列車」と題し、旧国鉄急行色の車両が走った。

 1往復の小旅行を終え、岡山駅で車庫に向かう「つやま」を見送った。次の快速を待つ乗客が列をなす中、「つやま」の車体がのそりと動き出す。相変わらずのディーゼルの音がホームに残った。