「仕事にやりがいが無い」とか、「いまの仕事はスキルなんて、転職したい~こんな事をする為に会社に入ったんじゃない~理不尽な上司がたまらん等々の悪態をつき、1~2年でやめちゃう若者は多い。
今や世の中、ブラック偏差値とか企業とかあるそうで。
まったくよ~と嘆く年配のオジサン自身もそうでした。
実は、ワタシは特に愚痴っていた張本人!!なのである。
商社に、新卒で、わくわく気分で、不毛地帯やら読んで。 風切って、いつも海外出張だぜ!という感じで入社すると、
(ワクワク気分は内定貰って、ちやほやされて、卒業して入寮、入社までの間だけなんです。)
卒業旅行で、真黒な顔で導入研修後 会社に行くと 待っていたのは、まだメールのない時代。
テレっクス最終世代のワタシ。
毎朝、 就業1時間前に出社をして、テレやらFAXを担当者別に仕分けとデスクに配布をし、新聞と業界誌を本部長席へ他 バタバタと。 これが丸1年続いた。
(FAXをちゃんと盗読みすると、案件の進行具合が実は会得できるのですが、そんな智恵も無し。)
社内では常に書類のチェックや、プレゼン資料作り、議事録も日英文で書く。
(真っ赤に添削されて、何度も怒鳴られる。)
日中は先輩について、客先へ(殆どが郊外の田舎の工場だ)。
図面や、資料をどさどさカバン持ちで 担いで、ほいさほいさ!
接待の会場アレンジ、接待を終えると、え~今から社に戻んのよ? (これが辛い...)、メールや残務を23時過ぎまでやりとげる。
濃い~ラーメン食べて先輩と 寮へ、タク券で帰宅。
(商社って、仕入先と売り先 両方のアテンドをするので、飲む機会多いんです。それに社内の飲み会もあります。アルコール好きにはたまならい 職場です。)
帰宅しても、深夜に海外店の駐在員のおっさんから電話がかかる日が1週間に1-2度かかってくる。
でボロボロで寝て、朝また早く出社なんて生活。
また3年以内に社内試験に全科目合格しないと、海外へ出してもらえません。
(TOEIC/商業英語/貿易実務/経理/法律で順位まで通達されます。)
ワタシは、出来が悪くまる2年かかりました。
来る日も来る日も、どろんどろん、くたんくたんであった(もちろん寮なので、お金は溜まった。) 大学まで体育会だったから体力は自慢なものの、慶応のラグビーだ、京大のアメフトだ、名だたる部の男どもが ふつうにゾロゾロいるし、マジで成績イイ奴も多くて、ボクはビリグループは明らかでした。
ウチの出身校は、お恥ずかしい事に、女子は商社にけっこう多い。
男子は極端に少なく、立教は、同期100名うち3人だけ、ボート部の男とおれと海外の大学の学位をもってるオトコだけ。
またバブルな時代。
9社会(同業他社のクラブ活動)で バスケや、サッカーの試合まで穴埋めに駆り出されました。
でも楽しい事もありました。
合コンやらスキー&スノボ合宿やらPartyやら。 1~3年目は社外活動もかなり充実してました。 (それはそれで、楽しかったけど...)
フリーな土曜日は、夕方まで寝倒していましたね。
組織のスタイルは、また良い時代(今はないだろうが)だった故、 アシスタントが新人にも女性が2人(輸入と国内)各々ついてくれた。
かなり出来の悪いボクに、文句を表面では言わず、献身的に手伝ってくれた。
今、思うとお礼をしても払いきれないくらい感謝だ。
もっとごはんとか、スイーツとかごちそうしておくんだった。 (今でも、あの時はごめん!ありがとう!!と土下座したいくらいだ。) そうした一見、雑用ばっかの仕事の中で、日々の仕事の進め方、社内外との意思疎通の仕方、組織としてのオペレーションのノウハウを覚えられたと思うのです。
石の上にも三年とよくいわれる。 ある意味、これは当たっている。
ときどき、話をする若者で、やはり1~2年でやめてた人は、話の中ですぐわかる。
なんだろう? 話に厚みががないんですよね。
なので、ビジネスでお付き合いする場合も、自己紹介できる人。 バックグラウンドを簡潔にお話してくださる人は、年齢に関係なく とても好感が持てる。
最低5年くらい我慢して続けること。 知らないうちにビジネスの中で会得するものって、ここでは書ききれない 多いのです。
ボクが始めて転職をしたのは30歳を過ぎてから。 7年目か.. .我慢したのは正解でした。