第9話「交錯する記憶」
――U.C.0127年5月14日 地球連邦領外宙域・サンクチュアリ
深宇宙の闇に浮かぶ白い巨体――オルビタル・フレイムが、静かにその稼働を止めていた。カイ・アルバレストはコクピットの中で深く息を吐き、今しがた交わされた会話の余韻に呑まれていた。
「……あれが、シャア・アズナブル……なのか?」
アストラル・シャア。 フレイムレイスの中で共鳴した“記憶”と、“声”。そして見せられた、ニュータイプの殻すら突き破る超常的な映像群。
目に焼き付いて離れないのは、赤い彗星と呼ばれた男が最後に放った言葉だった。
『俺は亡霊などではない。お前たちが“進化”を諦めた代償、その象徴だ』
声が、血のように熱く脳を焼いた。
艦隊では緊急会議が開かれ、リアンは隔離処置を受けていた。フレイムレイスの特異な“覚醒”現象により、彼女の人格構造が一時的に崩壊していたと判断されたのだ。
「お前が見たもの……それは、誰にも予測できなかった“情報災害”だ」 ブライス司令の言葉が重く響く。
そのとき、カイの胸に響いた声がある。
──呼んでいる。誰かが、俺の中の“記憶”を求めている。
彼は意識の底にある、無数の他者の記憶にアクセスを始めた。
それは、自分ではない誰かの戦闘記録。 それは、フレイムレイスに蓄積されたパイロットの意識残滓。 そして──シャアの遺伝的思考モデル。
その中に、見覚えのない少女の記憶があった。
──ノア。
どこかで聞いた名だった。だが、脳が拒絶反応を起こすような、切断された過去の断片。
「君は……誰なんだ……?」
その瞬間、全身に電撃が走るような苦痛。 カイは膝をつき、虚空に浮かぶ記憶の断片を掴もうと手を伸ばした。
そして見た。 U.C.0105、ダイクン派残党と連邦情報局の裏交渉。 U.C.0113、ルオ商会とVIST財団の衝突。 U.C.0120、プロトコル・ラグナロク、第一段階発動。
そのすべてに、赤い仮面の男が関わっていた。
いや。
赤い仮面の“複数の男たち”がいた。
──アストラル・シャアは、単一人格ではない?
その謎が確信に変わる直前、艦に警報が鳴り響いた。
「未確認艦隊、座標72-Σより接近! これは……AEF所属コードじゃありません!」
ブリッジに緊張が走る。
「識別コード確認。艦名……レヴィアタン・セル……」
その名に、艦内の空気が凍った。
それは“計画の番人”。 プロトコル・ラグナロクの守護者を名乗る、正体不明の外郭艦隊だった。
フレイムレイス、再出撃。
カイは、目を閉じて呟いた。
「記憶に囚われるな……未来を選べ、俺」
その声に応じるように、機体の瞳が赤く輝く。 そして、新たなる戦いが、始まった。
――U.C.0127年5月14日 地球連邦領外宙域・サンクチュアリ
深宇宙の闇に浮かぶ白い巨体――オルビタル・フレイムが、静かにその稼働を止めていた。カイ・アルバレストはコクピットの中で深く息を吐き、今しがた交わされた会話の余韻に呑まれていた。
「……あれが、シャア・アズナブル……なのか?」
アストラル・シャア。 フレイムレイスの中で共鳴した“記憶”と、“声”。そして見せられた、ニュータイプの殻すら突き破る超常的な映像群。
目に焼き付いて離れないのは、赤い彗星と呼ばれた男が最後に放った言葉だった。
『俺は亡霊などではない。お前たちが“進化”を諦めた代償、その象徴だ』
声が、血のように熱く脳を焼いた。
艦隊では緊急会議が開かれ、リアンは隔離処置を受けていた。フレイムレイスの特異な“覚醒”現象により、彼女の人格構造が一時的に崩壊していたと判断されたのだ。
「お前が見たもの……それは、誰にも予測できなかった“情報災害”だ」 ブライス司令の言葉が重く響く。
そのとき、カイの胸に響いた声がある。
──呼んでいる。誰かが、俺の中の“記憶”を求めている。
彼は意識の底にある、無数の他者の記憶にアクセスを始めた。
それは、自分ではない誰かの戦闘記録。 それは、フレイムレイスに蓄積されたパイロットの意識残滓。 そして──シャアの遺伝的思考モデル。
その中に、見覚えのない少女の記憶があった。
──ノア。
どこかで聞いた名だった。だが、脳が拒絶反応を起こすような、切断された過去の断片。
「君は……誰なんだ……?」
その瞬間、全身に電撃が走るような苦痛。 カイは膝をつき、虚空に浮かぶ記憶の断片を掴もうと手を伸ばした。
そして見た。 U.C.0105、ダイクン派残党と連邦情報局の裏交渉。 U.C.0113、ルオ商会とVIST財団の衝突。 U.C.0120、プロトコル・ラグナロク、第一段階発動。
そのすべてに、赤い仮面の男が関わっていた。
いや。
赤い仮面の“複数の男たち”がいた。
──アストラル・シャアは、単一人格ではない?
その謎が確信に変わる直前、艦に警報が鳴り響いた。
「未確認艦隊、座標72-Σより接近! これは……AEF所属コードじゃありません!」
ブリッジに緊張が走る。
「識別コード確認。艦名……レヴィアタン・セル……」
その名に、艦内の空気が凍った。
それは“計画の番人”。 プロトコル・ラグナロクの守護者を名乗る、正体不明の外郭艦隊だった。
艦載システムに不正侵入の兆候が現れ、電子戦が開始される。
「来る……!」
宙域に無数の光条が走った。 レヴィアタン・セルのドローン群が、サンクチュアリを囲むように展開し、波状攻撃を開始する。
「全艦、迎撃態勢! モビルスーツ隊、即応出撃!」
カイの乗るフレイムレイスがドックから射出される。
だが、敵は従来の戦術を超えていた。複雑に変化する波動干渉兵器、進化型ファンネル、そしてパイロットの意識を撹乱する“幻影型ニューラルジャマー”。
「何だ……意識が……引きずられる!?」
戦場に、もう一つの“記憶領域”が開かれていく。 そこにいたのは、ノアと名乗る少女。
『あなたが、カイ・アルバレスト……私を“消した”人』
「……俺が?」
過去の断片が、ノアの視点で流れ込んでくる。 研究施設、ニュータイプ適性試験、人格融合計画。そして、最後に“プロトコル・ラグナロク”と名付けられた兵器制御AIとの同調失敗。
ノアはそのとき、確かにフレイムレイスと繋がっていた。
『あなたは私の“器”を奪った。今度は……私があなたを乗っ取る』
幻影の中で、ノアの瞳が真紅に輝く。
そのとき、戦線後方から閃光が走る。
「リアン!?」
隔離されていたはずのリアン・グラハムが、自機レーヴァティンと共に突撃してきた。
「どいて、カイ。今度は、私が“彼女”を引き受ける」
リアンの目にも、微かにノアと同じ色が浮かんでいた。
ふたりの少女。 一方は記憶の中に棄てられた者。 一方は、その記憶と共に生きることを選んだ者。
そして戦場は、ふたつの“意志”を交錯させながら、最終局面へと向かっていった。