第12話 全人格解放(オーバーソウル)
――宇宙世紀0129年5月13日/サンクチュアリ・深層中枢域――
重力が揺らぐ。物理法則の境界が、光の粒子とともに溶けていく。
サンクチュアリ最奥、かつて地球連邦が封印したニュータイプ研究施設「インフィニタス・コア」にて、 カイ・オリファーとノア=アークはついに相対した。
「……お前は俺だったのか?」 「違う、カイ。私は“可能性そのもの”だ。君が選ばなかった未来……いや、選べなかった未来の果てに在る、影の人格」
ノアの瞳が光るたび、周囲の空間が震えた。空間が意志を持ったかのように脈動し、 プロトコル・ラグナロクの中枢が明らかになっていく。
それは「人類の全記憶アーカイブ」、ニュータイプ因子の観測と操作を目的としたシステム。
だが、そこには一つの“意志”が存在した。
それこそが「アストラル・シャア」――死を超え、思念体としてこの中枢に残留したシャア・アズナブルその人。
「カイ……君が来たか」
低く響く声。それはもはや肉体を持たぬ“観測者”の声だった。
「アムロも……君の中にいるのだろう?」
カイの意識は、ノアとともに深層へ沈む。精神空間において彼は、自らが積み上げてきた人格の“地層”と対峙する。
アムロ・レイの記憶。ラナ・ミレイの面影。 そしてかつて倒した敵たち、失った仲間、全てが彼の中に生きていた。
そのすべてを統合することが――“全人格解放(オーバーソウル)”。
フレイムレイスが変貌する。
全身の推進フィンが展開し、ヴァリアント・ファンネルは赤と白の螺旋を描きながら、 サンクチュアリの防衛システムを瞬時に無力化していく。
機体のAIコアと共鳴するのは、“新たな存在”カイ=ノア。
彼はもう、ただの人間ではない。
「人類の進化は、選別ではなく、共鳴だ……!」
防衛機構レヴィアタンの残骸を押しのけ、覚醒したフレイムレイスが突入していく。 その姿に、アストラル・シャアの残留思念が反応する。
「……ならば証明してみせろ、人類の未来を。あの忌まわしき“ラプラスの箱”を乗り越えた先を」
インフィニタス・コアの最深部で、カイ=ノアと“観測者”シャアの最後の対話。
「君の正しさが、間違いを生んだんだよ、シャア」
「……それでも私は、愚かな人類を信じることができなかった。信じた結果が、アクシズだったのだ」
「ならば、俺は信じてみせる。……たとえ“間違える権利”ごと背負ってでも」
フレイムレイスはすべての観測データを開放し、 プロトコル・ラグナロクの制御システムを“再定義”する。
それは、「人類はまだ未完成である」という仮説の確立―― そして、ニュータイプとは「孤独を抱えながら、それでも手を伸ばす存在」であるという証明。
シャアの意識は、微笑とともに消えていった。
U.C.0129年9月28日 月軌道宙域 サンクチュアリ外縁部
燃え盛る光の奔流が、虚空に一瞬の静寂を刻む。 それはカイとノア、二つの精神が一つの魂として共鳴した刹那──
そしてフレイムレイスが変貌を遂げる。
フレイムレイス・リリースモード── いや、今やそれは“オーバーソウル”と呼ぶべき存在だった。
鋼鉄の外殻は艶やかな漆黒のエネルギーに包まれ、翼のように展開されたファンネル・ヴァリアントは、虹彩のように回転しながら高密度のIフィールドを形成。 カイの意識がノアの情報処理能力を取り込み、完全な多重並列思考に昇華される。
「これが……俺たちの、境界なき進化か……!」
対峙するのは、アストラル・シャアが駆る《サザビー・リデンプション》。 無数のドラグーン・バーストが星屑のように散り、空間を裂くように射出される高エネルギー体。
しかし、フレイムレイスはその全てを予見する。
カイ=ノアの意識は、戦場全体を俯瞰し、粒子の流れ、敵機の動作予測、重力波の微細な揺らぎすらも演算可能となっていた。
「見えている、シャア……いや、“キャスバル・レム・ダイクン”……!」
名を呼ばれ、アストラル・シャアが微かに口元を歪める。
「ならば試せ……この矛盾と怨念の器が、まだ世界に何を遺せるのかを!」
両機の武装が閃き、光の奔流が幾重にも交差する。 だが、それは破壊の応酬ではなかった。
カイとシャア── その戦いは、意志と意志の対話でもあった。
「なぜ戻ってきた!」 「終わらせるためだ。歪んだ進化も、滅びの系譜も……すべてをここで閉じる!」
その時だった。 サンクチュアリの最深域から、黒い輝きが放たれる。
《プロトコル・ラグナロク》
本体が、ついに姿を現す。 それは人型ではなかった。 巨大な多面体の構造体──宇宙に刻まれた理(ことわり)そのものであり、 人類がアクセスしてはならぬ“観測の門(ゲート)”。
「……来たか、原初の選定者」 シャアの声はもはや、人間のそれではなかった。
彼の意識は、アストラルを超えて“観測者”と同化しつつあった。
だがカイ=ノアは、その中心へと突き進む。
ファンネル・ヴァリアントが空間座標を書き換えながら展開し、ゲートの内側に接続。 同時にノアの記憶中枢が、かつてアクセスした“人類の行動履歴アーカイブ”と同調する。
「……君の罪も、僕の痛みも、すべて焼き付けて──!」
“焔”が世界を包む。 そして、観測は途切れた。
刹那、すべての意識が停止したような無の空間。 そこに現れたのは、白い靄の中で佇む一人の青年──
アムロ・レイだった。
「カイ、ノア……君たちは、まだ戻れる。まだ未来は、君たちの中にある」
そう微笑んだその姿は、幻だったのか。それとも……