第10話 「エリザベス港、最後の倉庫」
夜のニュージャージー、エリザベス港。
海風に混じって、コンテナの鉄の匂いが漂っていた。
港の奥、唯一灯りの漏れる古い倉庫の前で、アレックスとマヤは車を止める。
「準備はいい?」
マヤはジャケットの下の防弾チョッキを軽く叩く。
「足はまだ痛いけど…撃たれるよりマシ。」
二人は小型の突入用ライフルを構え、静かにシャッターの隙間から中を覗く。
中には、古い事務机と巨大なサーバーラック。
そして、机の前に立つ男──白髪混じりのスーツ、鋭い灰色の瞳。
「ようこそ、アメリカの英雄たち。」
男は流暢な英語で言い、机の上のノートPCを指差した。
そこには、ユナイテッド航空機の航路データがリアルタイムで表示されていた。
「これはただのデモだ。君たちがもう一歩近づけば、全米の空港を止めることもできる。」
アレックスが低く答える。
「お前はVoryNetの司令塔か。」
男は微笑む。
「司令塔? 違うな。私はただの契約者だ。真の依頼人は──君たちの政府にも友人が多い。」
その瞬間、倉庫の奥でカチリと音がした。
マヤが叫ぶ。
「爆破装置!」
二人はとっさに鉄製コンテナの影へ飛び込み、爆風が背中を叩く。
視界が白く霞む中、男の姿はすでに消えていた。
代わりに机の上には、たった一枚のUSBメモリが残されていた。
赤いラベルにロシア語でこう書かれている。
"Это только начало"
(これはまだ始まりに過ぎない)
アレックスはUSBを握り締め、マヤと視線を交わす。
「次は…モスクワだな。」
港の外では、既に黒いSUVが何台も近づいてきていた。
彼らの戦いは、終わるどころか、これからさらに深みに入ろうとしていた。